Dragons Heart   作:空野 流星

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第九話 ひとときの休息

「予想より遥かに動きが早いな。」

 

 

 フォルカは眉間に皺を寄せながら手紙を読んでいた。 琥珀の持ってきたお茶を啜ると、その手紙を折りたたんでテーブルに置いた。

 

 

「何が書いていたの?」

 

「クラディス王への対策についてだよ。」

 

 

 琥珀はフォルカに顔を近づけ、真剣な眼差しで見つめる。 それに答えるかのようにフォルカは唇を重ねる。

 

 

「間違いなく、このままでは戦になるな。 そうなれば――」

 

「それ以上は言わなくても分かってる。」

 

 

 琥珀は人差し指をフォルカの唇に押し当てる。 まるでそれ以上は聞きたくないかのように……

 

 

「エリカが間に合ってくれればいいんだがな。」

 

「複雑そうな顔ね?」

 

「本来ならば、僕が動かなければならない事案だ。 それを妹に押し付けている自分が嫌になってね。」

 

「こればかりは仕方ないわ。」

 

「だからこそ、僕に出来る事をしようと思う。」

 

 

 フォルカの瞳には強い意志が宿っていた。 その瞳を見た琥珀に、彼を止める事は出来なかった。

 

 

「――わかった。 私も覚悟を決めるわ。」

 

「ありがとう琥珀。」

 

「愛してるわ。」

 

「僕もだよ。」

 

 

 二人はもう一度、深く口づけを交わした。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 私達は、桜花の村を目指して旅を続けていた。 途中、目を覚ました銀華さんを取り押さえるのに苦労したが、それ以外は何も問題なく旅は進んでいた。 これも二人が時間を稼いでくれたおかげだろう。

 ――翡翠、大丈夫かな。

 

 

「うむ、少々臭うな。」

 

 

 銀華が唐突そんな事を口走った。 臭うって――確かにこの数日、湯浴みをしていないから当然ではあるが。

 

 

「どこかで水浴びでもしないか? 流石に臭くてかなわん。」

 

「た、確かにそうしたいけど……」

 

 

 追われている身でそんな事をしている暇はあるのだろうか? 流石に馬鹿な私でもそんな事は分かる。

 

 

「いいんじゃないか? この先に森に囲まれた泉がある、そこで水浴びする事にしよう。」

 

 

 ローブの女性、嵐春(らんしゅん)はその意見に同意する。 馬の方向を変え、森の方へと走らせる。 ――子供達も少しだけ目を輝かせていた。

 

 

(子供達にとっても軽いガス抜きになるだろ?)

 

 

 そう銀華は私に耳打ちした。 ここまで気が回るのは正直意外に思った。 いつもの自分勝手で我儘な王女だというイメージがあるためだ。 そういう意味では、流石は王家の血筋という所だろうか?

 

 

「それならお言葉に甘えて……」

 

「うむ、汚れを落として心機一転だな。」

 

 

 アッハッハ! っと両手を腰に当てて笑う銀華。 彼女だって辛いだろうに、それでも率先して空気を変えようとしてくれているのだ。

 

 

「なら私は泳いじゃおうかなー!」

 

 

 合わせて私も空元気を出してみる。 ――少しだけ気分が楽になった気がする。

 

 

「ほう、なら私と勝負するか?」

 

「へぇ、過保護に育った王女様が泳げるの?」

 

 

 私と銀華の視線の間でバチバチと火花が散る。

 

 

「言ったな、謝っても許さんぞ。」

 

「望むところよ!」

 

「お前達、白熱するのはいいが程々にな。」

 

 

 嵐春はクスリと笑うとそう言って制した。 そして馬車を止めると魔法で視認出来ないようにした。

 目の前には50平方キロメートル程の湖が広がっていた。 これを泉と呼ぶにはかなり大きい。

 

 

「よーしお前達! まずは準備運動からだぞ!」

 

『はーい!』

 

 

 ルナとラクスが元気よく返事をする。 そのまま銀華の動きに合わせて体操を始める。

 横では嵐春がフードを降ろして素顔を晒した。

 

 

「わぁ……」

 

 

 銀華とはまた違うベクトルの美人だ。 なんというか、大人の女性の魅力を凝縮した神々しさのような感じだ。 うん、上手く表現できない。

 長い髪は縛って上に持ち上げてポニテスタイルに、額に何か紋様のようなものが見える。 そして、私と同じ青い髪と黄色の瞳が同族だと自己主張している。 間違いなく彼女も白竜の末裔なのだ。

 

 

「どうした、私の顔に何かついているか?」

 

「そ、そんなんじゃなくて! ただ綺麗だなぁって。」

 

「ふふっ、お世辞でも褒められるのは嬉しいな、ありがとう。」

 

 

 あぁ、笑顔も綺麗だなぁ。 私も大人になるならああいう女性になりたい。

 

 

(無理無理、お前には絶対に無理。)

 

 

 脳内に現れた翡翠に全力で否定される。 そ、そこまで否定する事ないじゃない! わ、私だってまだ成長期なのよ!

 思いっきり頭を横に振って邪念を振り払う。

 

 

「だ、大丈夫かエリカ?」

 

「大丈夫です! 全く問題ありません!」

 

 

 その瞬間バシャリと水を盛大にかけられた。

 

 

「……」

 

「遅いぞエリカ! 勝負するならさっさとこい!」

 

「こんのぉ――」

 

 

 ―キャストオフ!―

 

 私は濡れた服を脱ぎ捨てる。 もちろん木の枝にひっかかるように調整してだが。 そのままの勢いで泉へとダイブする。

 

 

「待たせたわね!」

 

「ふん!」

 

 

 銀華は私の胸を見て鼻で笑う。 少しだけ大きさが勝ってるからってこいつめ!

 

 

「お姉ちゃん意外とおっきぃ。」

 

「エリカは着痩せするタイプだったんだな。」

 

「私よりは小さいがな!」

 

「ええい、そんなに変わらないでしょうが!」

 

 

 こうなったら勝負に勝って思い知らせてやる!

 

 

「よし、二人共準備はいいな?」

 

「いつでも!」

 

「うむ!」

 

 

 私は息を整える。 全身の力を抜いて、今は勝負の事だけを考える。

 

 

「向こうの岸まで行って、先に戻って来た方の勝ちだ。 では、よーい――スタート!」

 

 

 ――出だしはほぼ互角。 互いにほぼ同じ速度で泳いでいく。

 

 

「お姉ちゃんがんばれー!」

 

「銀姉さんもがんば。」

 

 

 しかしこの状態は私にとっては不利だ。 身体能力、体力は圧倒的にこちらの方が下回っている、なんと言っても相手は純潔の時空龍なのだから。 だから私は小細工を使わせてもらう。

 

 

「脚部強化……!」

 

 

 魔源(マナ)を収束させて魔法を発動させる。 風魔法では唯一の強化魔法で自らの脚力を強化する。 本来は移動を早めるためのものだが、今は泳ぐ速度を上げるのに貢献してくれるはずだ。

 その効果もあり、徐々に私が銀華を離していく。

 

 

「あらあら、王女様はその程度なの?」

 

「こやつ、言わせておけば!」

 

 

 岸にタッチして反転する。 このままいけば、勝てる! 私は更に加速をかけて引き離す。

 

 

「手加減していれば調子に乗って!」

 

「うっそ、そこで速度あげてくるわけ!?」

 

 

 ぐいぐいと後ろから追い上げてくる。 これだから化け物スペックは! あと少しで私の――

 

 

「うぉぉ!」

 

「負けるかぁ!」

 

 

 ごぉぉぉる! ――ほぼ同時だった。 全てはジャッジである嵐春に委ねられた。

 

 

「……」

 

『ゴクリ』

 

「判定の結果――」

 

 ルナとラクスが私の傍に寄ってくると、私の右腕を持ち上げて高々と宣言する。

 

 

「お姉ちゃんの勝ち!」

 

「よしっ!」

 

 

 私は握りこぶしを作りガッツポーズをする。 私はやり切ったのよ!

 

 

「くぅ、油断しすぎたか……」

 

「勝ちは勝ちだからね?」

 

「ぐぬぬ……」

 

「よし、では罰ゲームを執行しまーす!」

 

 

 私は両手をわきわきさせながら銀華へと近づく。 ラクスも私の真似をして銀華へと迫る。

 

 

「な、何か?」

 

「くすぐりの刑じゃぁ!」

 

「じゃぁ!」

 

「ぎゃぁぁぁ!!」

 

 

 銀華の悲鳴が、しばらく森の中に木霊した。


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