「予想より遥かに動きが早いな。」
フォルカは眉間に皺を寄せながら手紙を読んでいた。 琥珀の持ってきたお茶を啜ると、その手紙を折りたたんでテーブルに置いた。
「何が書いていたの?」
「クラディス王への対策についてだよ。」
琥珀はフォルカに顔を近づけ、真剣な眼差しで見つめる。 それに答えるかのようにフォルカは唇を重ねる。
「間違いなく、このままでは戦になるな。 そうなれば――」
「それ以上は言わなくても分かってる。」
琥珀は人差し指をフォルカの唇に押し当てる。 まるでそれ以上は聞きたくないかのように……
「エリカが間に合ってくれればいいんだがな。」
「複雑そうな顔ね?」
「本来ならば、僕が動かなければならない事案だ。 それを妹に押し付けている自分が嫌になってね。」
「こればかりは仕方ないわ。」
「だからこそ、僕に出来る事をしようと思う。」
フォルカの瞳には強い意志が宿っていた。 その瞳を見た琥珀に、彼を止める事は出来なかった。
「――わかった。 私も覚悟を決めるわ。」
「ありがとう琥珀。」
「愛してるわ。」
「僕もだよ。」
二人はもう一度、深く口づけを交わした。
―――
――
―
私達は、桜花の村を目指して旅を続けていた。 途中、目を覚ました銀華さんを取り押さえるのに苦労したが、それ以外は何も問題なく旅は進んでいた。 これも二人が時間を稼いでくれたおかげだろう。
――翡翠、大丈夫かな。
「うむ、少々臭うな。」
銀華が唐突そんな事を口走った。 臭うって――確かにこの数日、湯浴みをしていないから当然ではあるが。
「どこかで水浴びでもしないか? 流石に臭くてかなわん。」
「た、確かにそうしたいけど……」
追われている身でそんな事をしている暇はあるのだろうか? 流石に馬鹿な私でもそんな事は分かる。
「いいんじゃないか? この先に森に囲まれた泉がある、そこで水浴びする事にしよう。」
ローブの女性、
(子供達にとっても軽いガス抜きになるだろ?)
そう銀華は私に耳打ちした。 ここまで気が回るのは正直意外に思った。 いつもの自分勝手で我儘な王女だというイメージがあるためだ。 そういう意味では、流石は王家の血筋という所だろうか?
「それならお言葉に甘えて……」
「うむ、汚れを落として心機一転だな。」
アッハッハ! っと両手を腰に当てて笑う銀華。 彼女だって辛いだろうに、それでも率先して空気を変えようとしてくれているのだ。
「なら私は泳いじゃおうかなー!」
合わせて私も空元気を出してみる。 ――少しだけ気分が楽になった気がする。
「ほう、なら私と勝負するか?」
「へぇ、過保護に育った王女様が泳げるの?」
私と銀華の視線の間でバチバチと火花が散る。
「言ったな、謝っても許さんぞ。」
「望むところよ!」
「お前達、白熱するのはいいが程々にな。」
嵐春はクスリと笑うとそう言って制した。 そして馬車を止めると魔法で視認出来ないようにした。
目の前には50平方キロメートル程の湖が広がっていた。 これを泉と呼ぶにはかなり大きい。
「よーしお前達! まずは準備運動からだぞ!」
『はーい!』
ルナとラクスが元気よく返事をする。 そのまま銀華の動きに合わせて体操を始める。
横では嵐春がフードを降ろして素顔を晒した。
「わぁ……」
銀華とはまた違うベクトルの美人だ。 なんというか、大人の女性の魅力を凝縮した神々しさのような感じだ。 うん、上手く表現できない。
長い髪は縛って上に持ち上げてポニテスタイルに、額に何か紋様のようなものが見える。 そして、私と同じ青い髪と黄色の瞳が同族だと自己主張している。 間違いなく彼女も白竜の末裔なのだ。
「どうした、私の顔に何かついているか?」
「そ、そんなんじゃなくて! ただ綺麗だなぁって。」
「ふふっ、お世辞でも褒められるのは嬉しいな、ありがとう。」
あぁ、笑顔も綺麗だなぁ。 私も大人になるならああいう女性になりたい。
(無理無理、お前には絶対に無理。)
脳内に現れた翡翠に全力で否定される。 そ、そこまで否定する事ないじゃない! わ、私だってまだ成長期なのよ!
思いっきり頭を横に振って邪念を振り払う。
「だ、大丈夫かエリカ?」
「大丈夫です! 全く問題ありません!」
その瞬間バシャリと水を盛大にかけられた。
「……」
「遅いぞエリカ! 勝負するならさっさとこい!」
「こんのぉ――」
―キャストオフ!―
私は濡れた服を脱ぎ捨てる。 もちろん木の枝にひっかかるように調整してだが。 そのままの勢いで泉へとダイブする。
「待たせたわね!」
「ふん!」
銀華は私の胸を見て鼻で笑う。 少しだけ大きさが勝ってるからってこいつめ!
「お姉ちゃん意外とおっきぃ。」
「エリカは着痩せするタイプだったんだな。」
「私よりは小さいがな!」
「ええい、そんなに変わらないでしょうが!」
こうなったら勝負に勝って思い知らせてやる!
「よし、二人共準備はいいな?」
「いつでも!」
「うむ!」
私は息を整える。 全身の力を抜いて、今は勝負の事だけを考える。
「向こうの岸まで行って、先に戻って来た方の勝ちだ。 では、よーい――スタート!」
――出だしはほぼ互角。 互いにほぼ同じ速度で泳いでいく。
「お姉ちゃんがんばれー!」
「銀姉さんもがんば。」
しかしこの状態は私にとっては不利だ。 身体能力、体力は圧倒的にこちらの方が下回っている、なんと言っても相手は純潔の時空龍なのだから。 だから私は小細工を使わせてもらう。
「脚部強化……!」
その効果もあり、徐々に私が銀華を離していく。
「あらあら、王女様はその程度なの?」
「こやつ、言わせておけば!」
岸にタッチして反転する。 このままいけば、勝てる! 私は更に加速をかけて引き離す。
「手加減していれば調子に乗って!」
「うっそ、そこで速度あげてくるわけ!?」
ぐいぐいと後ろから追い上げてくる。 これだから化け物スペックは! あと少しで私の――
「うぉぉ!」
「負けるかぁ!」
ごぉぉぉる! ――ほぼ同時だった。 全てはジャッジである嵐春に委ねられた。
「……」
『ゴクリ』
「判定の結果――」
ルナとラクスが私の傍に寄ってくると、私の右腕を持ち上げて高々と宣言する。
「お姉ちゃんの勝ち!」
「よしっ!」
私は握りこぶしを作りガッツポーズをする。 私はやり切ったのよ!
「くぅ、油断しすぎたか……」
「勝ちは勝ちだからね?」
「ぐぬぬ……」
「よし、では罰ゲームを執行しまーす!」
私は両手をわきわきさせながら銀華へと近づく。 ラクスも私の真似をして銀華へと迫る。
「な、何か?」
「くすぐりの刑じゃぁ!」
「じゃぁ!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
銀華の悲鳴が、しばらく森の中に木霊した。