長い旅路を経て、ついに私達は桜花の村へと辿り着いた。 幸い、途中で近衛隊に襲撃される事は無かった。
村は木造の塀で囲まれ、その威容は全ての人を拒むような感じをさせた。 嵐春は門の前に立つ兵士に近づくと何かを話始め、もう一人の兵士が慌てて中に走っていった。
「あ、開いた。」
大きな門がゆっくりと開かれる。 この村がこうも簡単に門を開くなんて、一度も聞いた事はない。 しかし、横にいる銀華は分かっているかのような顔をしている。 いや、この人が自信満々な顔をするのはいつもの事だったか。
「待たせたな、族長が会ってくれるそうだ。」
戻って来た嵐春が、ゆっくりと馬車を走らせる。 門番の兵士は私達に深々と頭を下げている。 まぁ、”嵐春へ”だとは思うが。
――しかし、本当に彼女は何者なのだろうか? 明らかに周りの反応がおかしい。 村の大通りを走っているが、村人達はこちらを見るなり必ず頭を垂れる。
「嵐春さんって、何者なんですか?」
「おそらく、そんな事を言えるのはお前くらいではないかな?」
「うーん、なんか馬鹿にされてる気がする。」
助けて翡翠、私一人じゃ弄られるだけなのよ……
「なら、この村の事は知っているか?」
「えっと……」
――小さい頃に聞かされた話を思い出す。 ダメだ、真面目に勉強なんかやった事のない私には、これといって引っかかるものがない。 強いて言うならとても閉鎖的な村だという事くらいだ。
予想通りと言わんばかりに、嵐春はクスクスと笑っている。
「この桜花の村はな、かつて白竜の女王だった桜花という名前からきているんだ。 当然、その血筋の直系の者達が住んでいる。」
「うわ、優秀な血統ってやつか。 私達なんて散々血が薄まってるからなぁ。」
「その代わり、風の民には時空龍の血が流れているだろう? そういう意味ではお前達は強力な一族だ。」
「ふーん、詳しいんですね。」
前から思っていたが、嵐春は異常に白竜について詳しい。 それも族長のみが知っているようなレベルの情報まで知っている。 だとするならば、他の村の族長だと考えるのが妥当だろうか?
「ふむ、何か勘ぐっているのか? 身の丈に合わない事はするべきではないぞ。」
「大きなお世話です!」
あぁもう。子供二人も後ろで笑ってるし! 私に救いはないのか!
「もう! さっさと戻ってきなさい翡翠!」
―――
――
―
「よっ。」
族長の家の中に見慣れた男がいたので、とりあえず一発ぶん殴った。
「何するんだエリカ!」
「あんたがいない間大変だったんだからね! 心配かけて!」
思いっきり翡翠に抱き着く。 体温がとても懐かしくて、自然と涙が瞳から溢れ出た。
「待たせたな。」
そう言って優しく頭を撫でてくれる。 本当に無事で良かった……
2人が先に村に来ていた事は驚きだが、それ以上に――
「……」
アフラムも一緒にいたのだ。
「こいつは俺達二人の脱出を手伝ってくれたんだ。 ――その結果、同じお尋ね者になったが。」
「気にするな、これは私が決めた事だ。 王の真意を知るにも丁度いい。」
あれほどクラディス王を信じていた人が離反するほどだ、今の王の行動は異常だという事なのだろうか? 確かに私の聞いていた人物像は、賢王と呼ばれるような立派な人であった。
「感動の再会もいいが、そろそろ会議を始めるぞ。」
嵐春が一人の女性と共に家の中に入って来た。 白く長い髪に透き通った肌、赤い瞳がとても印象的だ。
「妾がこの村の族長、
周りの空気が凍り付く。
「今まで尻尾を掴めずにいたが、ついにその正体に辿り着いた。 奴の本当の名前は
「その麗明って誰よ?」
私の返答にその場全員の視線が突き刺さる。
「な、なによ。 知らないの私だけ?」
同じタイミングで周り全員が頷く。 なんで私だけ……
「エリカ、麗明っていう人物はな、はるか昔の大戦――四聖大戦を引き起こした悪い奴なんだ。」
「へぇ、すっごい悪い奴なのね! っていうか、それってどのくらい昔なの?」
「千年以上は前だな。」
「せんねん……?」
多分、今私の頭からは大量の煙が吹き出ている事だろう。 この話は私の理解範囲を軽く超えている。
「コホン! 夫婦漫才はそれくらいにして、話を続けてよいかの?」
「す、すみません!」
私は深々と頭を下げる。 ――煙はまだ出たままだ。
「では、具体的な計画を話そう。 まず部隊を三つに分ける。 1つは奴の本拠地であるレクテン城を攻め落とす、もう一つは陽動としてメルキデスの兵力を首都より引き離してもらう。 そして最後に、麗明を暗殺する部隊だ。」
「なら、レクテン城落としは私がやろう。」
そう名乗り出たのは銀華だった。
「そこには恐らく宗月がいる。 私は奴と決着をつけたいからな。」
「姫が行くならば私も。」
「ならば妾の部隊を率いて行くがよい。」
レクテン城攻略部隊は銀華と晧月の二人が中心となりそうだ。
「すまない、私も連れていってはもらえまいか?」
そう名乗り出たのはアフラムだ。 彼にとっても故郷である場所だ、地理には詳しいだろうし、何よりも民間人を巻き込まないようにしたいのだろう。
「ふむ、好きにするがいい。」
「では、これで決まりだな。 陽動部隊は風の谷の村の族長を筆頭に、各村の精鋭が集まってくれている。」
お兄ちゃんが戦う? 身体は大丈夫なのかな……
「じゃあ、私と翡翠もそこかな?」
「いや、お主ら二人は妾と共に麗明の暗殺部隊に入ってもらう。」
「えっ! 絶対そんなの無理です! そういうのは嵐春さんの方が向いてるでしょ!」
「――すまないなエリカ、私は戦えないんだ。」
悲しそうに嵐春は堪えた。
「それ、どういう意味ですか?」
「私の力は、お前達をここに連れてくるまでが限界だ。 これ以上この身体を維持する力は残っていない。」
「嵐春様は、他の3方同様に麗明によって封じられてしまっているんだ。 こうやって写し身を作るだけでもかなりの負荷が……」
「写し身? 他の3方?」
桜己は大きくため息をつくと、仕方ないとばかりに説明を始めた。
「嵐春様は四聖獣のお一人だ。 生ける伝説なのだよ、このお方は。」
「それって、絵本とかに出てくる……」
流石の私にも理解出来た。 目の前にいるのはご先祖様、青龍・嵐春だと言っているのだ。
「同じ名前だなぁとは思ってたけど、まさか本人なんて……」
「エリカ、歴史くらいはしっかり覚えとけ……」
「まぁそういうわけだ、私の代わりに頑張ってくれエリカ。」
「かみさま、かみさま……」
――私の頭は最早パンク寸前であった。
―――
――
―
「なぁエリカ、指切りしようぜ!」
「指切り? なんで?」
「俺は絶対にずっと一緒にいる! そのための約束だ!」
「そんなの産まれた時の誓約で決まってるんじゃないの?」
「儀式とは別にだよ!」
「ふーん、男の子ってよくわかんない。」
それは昔の記憶、私と翡翠の約束。
「別にいいだろ! お前の事がす、好きなんだから!」
「すきー? 何それ!」
「なんでもねぇよ!」
「じゃあ私とも約束してよ!」
「何をだよ?」
「私を、空の彼方に連れてって!」
「意味わかんね。」
「だから空の彼方だよ! 青空の先の世界を見たいのよ!」
「そんなもんないよ!」
「見てみないとわかんないじゃない!」
この頃から、私と翡翠はよくケンカしたっけなぁ。 ほんと私達って、馬鹿みたいに――
”エリカ”
それでも、その当たり前が愛おしくて――
”ずっと、一緒だからな”
ずっと、抱き合っていたかった……
私はついに取返しのつかない事をした。 捕らえた男二人を連れて、今にも城を抜け出そうとしているのだ。 これは明らかな王への背信行為だ。 しかし、最近の王は明らかに様子がおかしかった。 いつからだろう、表向きに変化はなかったが、王の動向を探るうちにまるで別人のような行動を目の当りにしてしまったのだ。
あの男、宗月との取引もそうだし、大統領であるブレンとも怪しやり取りをしていた。 そして何よりおかしかったのは、纏っている雰囲気が別人だったのである。 父の代から近衛隊の隊長を務めているが、父の日記からもそのような行動をする王でなかったのは間違いない。 だからこそ私は、真実が知りたいのだ。
「このまま裏口から抜ければ、無事に首都から抜け出せるはずだ。」
互いに顔を隠し、夜の街を駆ける。 ある程度離れてしまえば、この翡翠という男の背にのって飛んでいけばいい。 間違いなく追手は振り切れる。
しかし、南門の前でとある男が立ちはだかった。
「隊長、どこに行かれるんですか?」
「クログ……」
「分かってるんですか、これは明らかに背信行為ですよ! どうしてこんな事を……」
「クログ聞いてくれ、私は王の真意が知りたい。 今の王は私達の知っている王とは何かが違うんだ。」
「そんな話は聞きたくない!」
クログは剣を抜き放ち、アフラムに向けて構える。
「クログ!」
「戻ってきてくださいよ! 今なら目撃者は僕だけだ、罪に問われる事はないんですよ!」
「クログ、どいてくれ。」
「貴方は僕の憧れなんです、だから僕の夢をこれ以上汚さないで下さいよ。 僕に貴方を斬るなんて事させないでください!」
「そうか、お前の気持ちはわかった。」
アフラムも槍斧を抜き構える。 ――三呼吸程の沈黙の後、二人は交差した。 倒れたのはクログの方であった。
「殺したのか?」
「いや、峰打ちだ。」
「そうか。」
私達は門を潜る。 振り返ると、クログは倒れたまま動かなかった。
「この、裏切りものぉぉ!」
その言葉だけが、私の耳に反響していた。
~四聖大戦~
青龍の長が反乱を起こし、4つの種族全てを巻き込む事となった大きな戦い。
全ては麗明がティアマトを復活させるために仕組んだ事である。
当時の四聖獣と巫女、その仲間達によって麗明を討たれ、戦争は終結した。
しかし、しぶとく生き残った麗明は、クラディスとして今も生きているのであった。