Dragons Heart   作:空野 流星

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第十四話 滅びをもたらす巨蛇の咆哮

 私と翡翠、桜己さんの3人は作戦通り首都メルキデスへと潜入した。 後方ではお兄ちゃんが陽動で時間を稼いでくれている。 このまま私達は大統領官邸に忍び込み、麗明を暗殺する……

 首都は静まり返っていて、外を出歩く人は一人もいない。

 

 

「ほんとに上手くいくかなぁ……」

 

「敵兵の恰好で、お前の魔法を使ってるんだ、バレる事はないだろ。」

 

 

 攻撃的な魔法は苦手だが、こういうサポート魔法に限定すれば、私は翡翠よりも優秀だ。 決してそれしか取り柄がないわけじゃない……決してない! 泣いてもいない!

 

 

「ほら、ハンカチ使うか?」

 

「いらない! 翡翠の馬鹿!」

 

 

 前方を歩く桜己は、どうでもいいと言わんばかりにどんどん先へと進んで行く。 慌てて私と翡翠は駆け出し――追いつく。

 

 

『……』

 

 

 再び沈黙が辺りを支配する。

 そういえば、この通りは前に翡翠と通った場所だっけか…… 確かお昼を食べようとして、あの少女に出会ったのだ。

 

 

「二人共、いい子にしてるかな。」

 

「桜花の村の守りは硬い、妾達にもしもの事があっても大丈夫であろうよ。」

 

「もしもの事とか不吉なんですけど。」

 

「大いにありえるぞ? 3人仲良く殺される可能性も高いしのう。 まぁ、そうならないためのコレじゃが。」

 

 

 そう言って腰に下げている刀を指差す。 なんでも大昔、麗明を倒した英雄が使っていた刀だそうだ。

 

 

天之尾羽張(アメノオハバリ)、悠久の時を経ても錆もしない恐ろしい代物よ。」

 

 

 本物かどうかは別として、その刀で決着が付くのならばさっさと決めて欲しい所だ。

 

 

「麗明を討ち取った後、国民達に真実を伝える。 メルキデスは混乱に包まれるだろうな。」

 

「でも、このままヤバイ奴に支配されるよりはマシよね? それにこんな時の四聖獣でしょ?」

 

「まぁそうだな。 彼らがなんとかしてくれるだろう。」

 

 

 生ける伝説である彼らの言葉は、神の言葉と何ら変わりはない。 彼らが死ねと命令すれば、国民のほとんどは自害するであろう。 宗教という垣根を越えた存在なのだから。

 

 

「おしゃべりはそのくらいにしろ、もうそろそろだ。」

 

 

 目の前に大統領官邸が見えてくる。 正門には厳重な警備が敷かれ近づけそうもない。

 

 

「予定通り行くぞ、大人しくしていろ。」

 

 

 翡翠は書類を取り出すと門番に受け渡す。 二、三言葉を交わすと、門番の兵士が道を開けた。 私と桜己は互いに頷き翡翠の後に続いて中へ入る。

 

 

「……行くぞ。」

 

「うん。」

 

 

 私は生唾を飲み込んだ。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 小さい頃、よく翡翠に悪戯を仕掛けた。 魔法で自分の気配を消して顔に落書きをしたり、風を起こして髪の毛をぐちゃぐちゃにしたりだ。

 これは魔法の修行でいつも翡翠に後れを取っていた腹いせだったのだが、思ったよりも上手く行ったため何度も繰り返した。 その一瞬だけは優越感に浸れたからだ。 でも、そんなある日……

 

 

「俺に勝てるわけないだろ。」

 

 

 ――翡翠に返り討ちにあった。 どうあがいても時空龍の血が濃い翡翠には勝てないのだと思い知らされた。 それでも私は主導権を握りたかったのだ……

 多分私の性格もあるのだろう、乗り手としてのプライドもあったのかもしれない。 だから、涙が止まらなかった。

 

 

「悪かったって! だからもう泣くなよ!」

 

 

 ……謝られても現実は変わらない。 私は、弱くて……惨めだ……

 

 

「翡翠の馬鹿!」

 

「あぁ、俺が全部悪いから……機嫌直してくれよ。」

 

「やだ。」

 

「じゃあどうすればいいんだよ?」

 

「私を乗せて飛んで、今すぐに!」

 

「ちょっ、それは大人になってからじゃないとダメって言われてるだろ?」

 

 

 成人を迎えるまでだ、飛ぶ事は村の掟で禁じられていた。 でも私は……飛びたかった。

 

 

「それでチャラにしてあげる。」

 

「……しょうがねぇな。」

 

 

 それが、私と翡翠が初めて飛んだ日だった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「この先だ。」

 

 

 桜己は扉の前に立つと天之尾羽張を抜いた。

 

 

「このまま突入して一撃で終わらせる……もしも仕留めきれなかったならば援護を頼むぞ。」

 

「あぁ。」

 

「えっと、私は……?」

 

「死なないように隠れていろ――!」

 

 

 ――扉を蹴飛ばして一気に突入する。 玉座にふんぞり返った麗明に切っ先を向け、真っ直ぐに突撃する。 1秒も立たずにその切っ先は胸の中へと沈み込む。

 

 

「うそ……」

 

 

 一瞬の出来事に、私は唖然となって見ている事しか出来なかった。 神速の剣とはこういう物を言うのだろうか?

 

 

「どうやら、俺達の出番は無かったようだな。」

 

「そ、そうだね。」

 

 

 胸を貫かれた麗明はぴくりとも動かない。 本当に一撃で勝負を決めてしまったのだ。 あとは桜己さんが情報の公開を……

 

 

「もう、びっくりしたなぁ……」

 

「何!?」

 

 

 桜己の身体が宙に浮く。 麗明は胸に剣が刺さったまま玉座から立ち上がると、右手を頭上に掲げて握りしめる。

 

 ――ぐちゃり

 

 肉のつぶれる嫌な音が響く。 恐る恐る顔を視線を上げると……

 

 

「ひっ……!」

 

「1回は1回だよ、僕だって痛かったんだから。」

 

 

 ――そこには身体を潰され、首だけになった桜己が浮いていた。

 

 

「嵐春の血が濃いから期待してたんだけど、君じゃダメそうだね。」

 

「え?」

 

「バイバイ。」

 

 

 自らの胸に刺さった剣を抜き、それをこちらに投げつける。

 ――避けられるわけがなかった。 特別な訓練をしてるわけでも、戦闘のセンスがあるわけでもない私は、黙って訪れる死を受け入れるしか……

 

 

「……馬鹿かお前は。」

 

「翡翠……?」

 

「いつも、言ってるだろ……俺が守るって……」

 

 

 私に刺さる筈だったものが、翡翠の身体に刺さっていて、ソレから滴る血が私の顔に垂れる。

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

 いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 

 その瞬間、私の意識は途絶えた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「皆の者、聞くが良い。」

 

 

 バルコニーから姿を現した麗明は、クラディスの仮面を被り語り出した。 その右手には桜己の首が握られている。

 

 

「愚かにも、私の命を狙う賊が現れた。 しかし、その者は無事討ち取った。」

 

 

 ――辺りから歓声が上がる。

 

 

「どうやら刺客を送ったのは時空龍のようだ。 実に残念だが、我々も黙ってやられるわけにはいかぬ……」

 

 

 クラディスは両手を高らかに掲げて宣言する、終焉へと導く言葉を……

 

 

「今こそ、時空龍共を駆逐し、我らの世界を取り戻すのだ!」

 

 

 民衆の歓声は彼を肯定し、全ては彼の計画通りとなった。 もう、誰にも止められない。

 

 

「諸君には、かの龍を打ち倒す力を見せよう!」

 

 

 麗明が指示を送ると、官邸内から巨大な砲身がせり上がって来た。

 

 

「これぞ我らが切り札、魔導兵器”巨蛇(おろち)”だ!」

 

 

 巨蛇の砲身に巨大な魔力が収束していく…… その矛先は、陽動部隊である風の民達に向けられていた。

 

 

「さぁ、これが開戦の狼煙だ――人龍戦争のな!」

 

 

 放たれた白き光は、遥か空の彼方をも塗りつぶしていた……

 

 

 

 

 

 おそらく、何も変わったようには見えないだろう。 もし違うとすれあば、泣き叫ぶ少女が急に静かになった事だ。 しかし、麗明にとって、少女が変わったという事はすぐに理解出来た。 それと同時に、自分に沸き上がる感情の意味も……

 

 

「……はっ!」

 

 

 麗明は続けざまに魔法を放つ。 その顔は満面の笑みを浮かべている。

 

 

「……」

 

 

 少女は男に刺さっている刀を抜き取り、それと同時に治癒魔法を施す。 刀を横に一振り――それだけで魔法は掻き消えた。

 

 

「天之尾羽張の贋作かと思ったけど、まさか天羽々斬(あめのはばきり)とはね……」

 

「君は、一体”誰”だい?」

 

「そんな事はどうでもいい。 私は大事な客人に恩返しに来ただけ。」

 

 

 少女は天羽々斬を正眼に構える。 放たれる殺気に、麗明は笑顔で答える。 互いの距離は10m程だが、この二人にとっては間合いにすらならない。

 ――少女は身を屈めて一気に詰め寄る。

 

 

「”桜花夢幻刃”」

 

「”コールダークネス”」

 

 

 互いの技と魔法がぶつかり合う。 麗明は剣を受け流し、少女は魔法を断ち切る。 互いの力は均衡し、決着は永遠に付かない。

 

 

「ははっ、久しぶりだよ! こんなに楽しいゲームは!」

 

「そうする事でしか自我を保てない可哀想な人。」

 

「それの……何が悪いっ!」

 

 

 麗明は連続魔法を叩き込む。 少女はまるでダンスでも踊るかのように、全ての攻撃を避けながら距離を縮めていく。

 

 

「貴方は分かっているはず、自分の終焉に。」

 

「そんな事はない! これから僕の時代が来るんだ! アイツも倒して、僕だけの世界(ラインズ)を創世する!」

 

「あの時教えてあげたじゃない、”悲惨な最後を迎える”って。」

 

「……なんだって!?」

 

 

 その時には、既に少女の剣は麗明の喉元にあてがわれていた。

 

 

「ただ、それは今じゃない。 お前の死に場所は未来に用意されている。」

 

「へぇ、是非とも教えてもらいたいものだね。」

 

「教えてしまったら面白くないと思わない? まぁ一つ言うなら、火雷(ほのいかづち)を奴の所に戻したのが一つ目のミス。」

 

「ふーん、それで?」

 

「そして二つ目は、この少女を甘く見過ぎていた事。」

 

 

 そう言って少女は自身を指差した。

 

 

「それは、”君”がいるからじゃないのかい?」

 

「そう思うならそれでいいんじゃない? 私は私の用事を済ませるから。」

 

 

 少女は一気に距離をとると、倒れている男性を抱え上げる。

 

 

「逃げるのかい?」

 

「ほんと物分かりの悪い子。 貴方の処刑場はココじゃないって事よ。」

 

 

 そう言って窓ガラスを割って外へと飛び去った。

 

 

「もう2度と会う事がないと言いながら、随分な仕掛けを用意していたじゃないか……綾香。」

 

 

 麗明は落ちている生首を拾い上げると、バルコニーへ向けて歩き出した。




~巨蛇(おろち)~
元々はブレンが開発を進めていたが、クラディスがその計画を乗っ取り完成させた物である。
魔導兵器と呼ばれ、人工エーテル器官を搭載する事により、誰でも簡単に魔法を扱う事が可能である。
この魔導兵器”巨蛇(おろち)”は全長60m程のキャノンで、その破壊力は山が軽く消し飛ぶ程である。

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