Dragons Heart   作:空野 流星

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第十五話 乗り越えるべき壁

 身体がふわふわとした感覚に包まれている。 私、死んじゃったのかな? 皆、死んじゃったのかな?

 辺りを見渡しても、真っ白な空間がどこまでも続いている。 これは俗に言う天国というものなのだろうか……

 

 

「お久しぶりね。」

 

「貴女……」

 

 

 目の前に突然人が現れる、この人は確か……綾香さんだったかな。 私達が逃げる時に助けられなかった人だ。 この場にいるという事は、私と一緒で殺されちゃったとか?!

 

 

「あの時は娘達を助けてくれてありがとね。」

 

「あ、いえ、それほどでも!」

 

「今回はその時のお礼参りと、貴女に伝言があってね。」

 

「伝言ですか……?」

 

 

 彼女は微笑みながらも、私をずっと見据えている。 吸い込まれそうな程深い青色の瞳は、まるで私の全てを見透かしているかのように錯覚する。

 

 

「そう、どっちかと言うと予言かな。」

 

 

 そう言うと数歩前に出て私の目の前まで近づき、両手を握る。

 

 

「貴女にはこれから、沢山の苦しい事が待っているわ。 でも、それから逃げてはダメ。」

 

「それは……?」

 

「それがずっとずっと続いても、貴女は戦い続けなければならないの。」

 

 

 そう言って彼女は手を離すと、代わりに刀を手渡してきた。

 

 

「これは貴女が使いなさい。 きっとこれからの戦いに役立つから。」

 

「これって、桜己さんが持っていた……」

 

「本当の銘は天羽々斬(あめのはばきり)。 大事に使ってね。」

 

「でも私、こんなもの使えないですよ!」

 

「大丈夫、貴女ならきっと……」

 

 

 急激に視界が歪むと、そこで私の意識は途切れた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「――っはぁ!」

 

 

 そこは風の谷の自室だった。 あれから、どうなって……

 

 

「くっ……」

 

 

 ――身体の節々が痛む。 よく見ると手足に包帯が巻かれている。

 

 

「そうだ、翡翠……」

 

 

 重い身体を引きずりながら翡翠の元に向かう。 壁に手をついて、寄りかかりながら……

 私を庇って刺された姿がこびりついて離れない、私のせいで翡翠は……

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 そこにはベッドに横たわっている翡翠の姿があった。 私と同じで全身ボロボロで……でも、生きてる。 翡翠と私の繋がりが強く感じられる。 それが彼が生きている事を証明してくれている。

 

 

「よかった、本当に……」

 

「エリカ、目が覚めたのか?」

 

「……お兄ちゃん?」

 

 

 それは、紛れもなく兄であるフォルカだった。

 

 

「無事だったのね! よかった……」

 

「おいおい、その身体で動くのはまだ早いぞ。」

 

「だって、翡翠が心配だったから……」

 

「それは分かるが、とりあえずは部屋に戻るぞ。」

 

「うん……」

 

 

 肩を借りて自分の部屋へと戻る。 そこで、ふと違和感を感じた。

 ――お兄ちゃんの身体、異常に軽い?

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん?」

 

「……」

 

「そのさ……何かあったの?」

 

 

 お兄ちゃんは目をそらし、私と顔を合わせようとしない。 何かあったのは間違いないし、そもそも最も不自然な事を指摘するべきだった。

 

 

「なんで、普通に歩いてるわけ……?」

 

「……エリカ。」

 

「だって、いつも寝たきりで……琥珀さんに支えてもらわないと歩けないお兄ちゃんが、なんで私を支えて歩けるのよ!」

 

「……本当は、もう少しお前が回復してから話すつもりだった。」

 

 

 覚悟を決めたように、お兄ちゃんはやっと私に顔を向けた。

 

 

「お前には、継承の儀を受けてもらう。」

 

「それって、私に族長になれって事?」

 

「あぁ、俺にはもう時間が無いんだ……」

 

 

 時間がない、つまりそれは……

 

 

「嘘でしょ? そんな元気に歩き回ってるのにさ?」

 

「これは、琥珀の命を分けてもらってるんだよ。」

 

「はぁ、何それ…… そんなの聞いた事もないし。」

 

同調(ポゼッション)の領域に到達した者達にしか出来ないからな……

 つまりはだ、俺はもう死んでいるんだ。」

 

 

 ――死んでる? 流石にここまで笑えない冗談を言う人物じゃないのは知っている。 私が、一番よく知っている……

 

 

「うそよ……そんなの全部嘘よ!」

 

「聞くんだエリカ!」

 

「いやっ!!」

 

「逃げるな! お前はこの絶望に立ち向かえる最後の希望なんだ!」

 

 

『貴女にはこれから、沢山の苦しい事が待っているわ。 でも、それから逃げてはダメ。』

 

 

 彼女のあの言葉を思い出す。

 そっか、こういう事なんだね……

 

 

「……その、継承の儀って何をするの?」

 

「……一度しか言わないからよく聞け。 それはな――」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 あれから3日立った……

 私は身支度を終えて、刀――天羽々斬を手に取る。 鞘から刀を抜き、その刀身を眺める……曇り一つ無い綺麗な色だ。 まるで人一人斬った事がないような……

 

 

「私と同じね。」

 

 

 実際は違うのであろう。 きっと幾千もの命を絶ってきた代物である事は想像がつく。

 

 

「それでも、私は……」

 

 

 刀を鞘に戻し、腰に差す。 これで準備は完璧だ。

 

 

「翡翠、行ってくるね。」

 

 

 そう言って家を出て歩き出す。 どの家もボロボロで、ここでも戦闘が行われた事は容易に想像がつく。

 私が1か月眠っていた間に、激しい戦闘が続いていたそうだ。 人と龍の戦い、人龍戦争……

 一見、龍側が有利かと思われたが、彼らの使う魔導兵器の威力は凄まじく、多くの仲間達が殺されていったそうだ……

 お兄ちゃんの話では、あと3日もあれば時空龍の増援が駆けつけてくれるらしい。 その時が決戦の日になるであろうと。 しかしその増援もあまり期待出来ないらしい。 現女王である銀華が倒れ、その座を狙う者達が仲間割れを起こしているらしい。 彼らにとっては、このまま銀華が死んでくれればありがたいのだろう。

 

 私は歩き続ける。 村でも禁忌とされる場所――レラ・エラマンに向かうために。

 風の谷の村を渓谷沿いに下っていくと辿りつけるその場所は、不思議な事に大きな壁に囲まれた闘技場のようになっていた。

 

 

「ここが、レラ・エラマン?」

 

 

 継承の儀のための場所は、まるで決闘をするために用意されているようだった。 そして、その中央には見覚えのある影が二つ……

 一つは自分の兄であるフォルカ、そしてもう一つ巨大な影は……琥珀さんだった。

 

 

「……来たか。」

 

「お兄ちゃん、私覚悟を決めて来たよ。」

 

「そのようだな。」

 

 

 これ以上、お互いに言葉は不要だった。

 

 

「行くぞ琥珀!」

 

「はい……」

 

 

 二人は光に包まれ、一つの龍となった。

 

 

「……あれが同調(ポゼッション)だっていうの?」

 

 

 私は天羽々斬を抜き、正眼に構える。 使い方なんてわからない、ただ本能のままに振るうだけだ。

 

 

「では、継承の儀を始める。」

 

「いくわよお兄ちゃん。 私が貴方を……殺してみせるから。」

 

 

 ――私は地面を強く蹴って駆け出した。


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