身体がふわふわとした感覚に包まれている。 私、死んじゃったのかな? 皆、死んじゃったのかな?
辺りを見渡しても、真っ白な空間がどこまでも続いている。 これは俗に言う天国というものなのだろうか……
「お久しぶりね。」
「貴女……」
目の前に突然人が現れる、この人は確か……綾香さんだったかな。 私達が逃げる時に助けられなかった人だ。 この場にいるという事は、私と一緒で殺されちゃったとか?!
「あの時は娘達を助けてくれてありがとね。」
「あ、いえ、それほどでも!」
「今回はその時のお礼参りと、貴女に伝言があってね。」
「伝言ですか……?」
彼女は微笑みながらも、私をずっと見据えている。 吸い込まれそうな程深い青色の瞳は、まるで私の全てを見透かしているかのように錯覚する。
「そう、どっちかと言うと予言かな。」
そう言うと数歩前に出て私の目の前まで近づき、両手を握る。
「貴女にはこれから、沢山の苦しい事が待っているわ。 でも、それから逃げてはダメ。」
「それは……?」
「それがずっとずっと続いても、貴女は戦い続けなければならないの。」
そう言って彼女は手を離すと、代わりに刀を手渡してきた。
「これは貴女が使いなさい。 きっとこれからの戦いに役立つから。」
「これって、桜己さんが持っていた……」
「本当の銘は
「でも私、こんなもの使えないですよ!」
「大丈夫、貴女ならきっと……」
急激に視界が歪むと、そこで私の意識は途切れた。
―――
――
―
「――っはぁ!」
そこは風の谷の自室だった。 あれから、どうなって……
「くっ……」
――身体の節々が痛む。 よく見ると手足に包帯が巻かれている。
「そうだ、翡翠……」
重い身体を引きずりながら翡翠の元に向かう。 壁に手をついて、寄りかかりながら……
私を庇って刺された姿がこびりついて離れない、私のせいで翡翠は……
「はぁ、はぁ……」
そこにはベッドに横たわっている翡翠の姿があった。 私と同じで全身ボロボロで……でも、生きてる。 翡翠と私の繋がりが強く感じられる。 それが彼が生きている事を証明してくれている。
「よかった、本当に……」
「エリカ、目が覚めたのか?」
「……お兄ちゃん?」
それは、紛れもなく兄であるフォルカだった。
「無事だったのね! よかった……」
「おいおい、その身体で動くのはまだ早いぞ。」
「だって、翡翠が心配だったから……」
「それは分かるが、とりあえずは部屋に戻るぞ。」
「うん……」
肩を借りて自分の部屋へと戻る。 そこで、ふと違和感を感じた。
――お兄ちゃんの身体、異常に軽い?
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「……」
「そのさ……何かあったの?」
お兄ちゃんは目をそらし、私と顔を合わせようとしない。 何かあったのは間違いないし、そもそも最も不自然な事を指摘するべきだった。
「なんで、普通に歩いてるわけ……?」
「……エリカ。」
「だって、いつも寝たきりで……琥珀さんに支えてもらわないと歩けないお兄ちゃんが、なんで私を支えて歩けるのよ!」
「……本当は、もう少しお前が回復してから話すつもりだった。」
覚悟を決めたように、お兄ちゃんはやっと私に顔を向けた。
「お前には、継承の儀を受けてもらう。」
「それって、私に族長になれって事?」
「あぁ、俺にはもう時間が無いんだ……」
時間がない、つまりそれは……
「嘘でしょ? そんな元気に歩き回ってるのにさ?」
「これは、琥珀の命を分けてもらってるんだよ。」
「はぁ、何それ…… そんなの聞いた事もないし。」
「
つまりはだ、俺はもう死んでいるんだ。」
――死んでる? 流石にここまで笑えない冗談を言う人物じゃないのは知っている。 私が、一番よく知っている……
「うそよ……そんなの全部嘘よ!」
「聞くんだエリカ!」
「いやっ!!」
「逃げるな! お前はこの絶望に立ち向かえる最後の希望なんだ!」
『貴女にはこれから、沢山の苦しい事が待っているわ。 でも、それから逃げてはダメ。』
彼女のあの言葉を思い出す。
そっか、こういう事なんだね……
「……その、継承の儀って何をするの?」
「……一度しか言わないからよく聞け。 それはな――」
―――
――
―
あれから3日立った……
私は身支度を終えて、刀――天羽々斬を手に取る。 鞘から刀を抜き、その刀身を眺める……曇り一つ無い綺麗な色だ。 まるで人一人斬った事がないような……
「私と同じね。」
実際は違うのであろう。 きっと幾千もの命を絶ってきた代物である事は想像がつく。
「それでも、私は……」
刀を鞘に戻し、腰に差す。 これで準備は完璧だ。
「翡翠、行ってくるね。」
そう言って家を出て歩き出す。 どの家もボロボロで、ここでも戦闘が行われた事は容易に想像がつく。
私が1か月眠っていた間に、激しい戦闘が続いていたそうだ。 人と龍の戦い、人龍戦争……
一見、龍側が有利かと思われたが、彼らの使う魔導兵器の威力は凄まじく、多くの仲間達が殺されていったそうだ……
お兄ちゃんの話では、あと3日もあれば時空龍の増援が駆けつけてくれるらしい。 その時が決戦の日になるであろうと。 しかしその増援もあまり期待出来ないらしい。 現女王である銀華が倒れ、その座を狙う者達が仲間割れを起こしているらしい。 彼らにとっては、このまま銀華が死んでくれればありがたいのだろう。
私は歩き続ける。 村でも禁忌とされる場所――レラ・エラマンに向かうために。
風の谷の村を渓谷沿いに下っていくと辿りつけるその場所は、不思議な事に大きな壁に囲まれた闘技場のようになっていた。
「ここが、レラ・エラマン?」
継承の儀のための場所は、まるで決闘をするために用意されているようだった。 そして、その中央には見覚えのある影が二つ……
一つは自分の兄であるフォルカ、そしてもう一つ巨大な影は……琥珀さんだった。
「……来たか。」
「お兄ちゃん、私覚悟を決めて来たよ。」
「そのようだな。」
これ以上、お互いに言葉は不要だった。
「行くぞ琥珀!」
「はい……」
二人は光に包まれ、一つの龍となった。
「……あれが
私は天羽々斬を抜き、正眼に構える。 使い方なんてわからない、ただ本能のままに振るうだけだ。
「では、継承の儀を始める。」
「いくわよお兄ちゃん。 私が貴方を……殺してみせるから。」
――私は地面を強く蹴って駆け出した。