Dragons Heart   作:空野 流星

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エピローグ ~果たされる約束~

 その日起きた閃光は、大地を抉り地形を変化させた。 首都だった場所は大きなクレーターとなり、そこに海水が流れ込んだ。 そこを漂っていた私は、生き残った者達に助け出されたのだった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 私は馬車に揺られながら空を見上げていた。 あの日から世界は雲に覆われ、常に暗闇が支配していた。 魔物の発生数も増え、人類が生活するには厳しい環境になり始めていた。 幸い、緊急用に建造されていたらしい地下シェルターが新たな人類の生活の場となる事で、人類の滅亡は免れる事は出来そうであった。

 

 

「エリカ、こんな大変な時に済まないな。 なんとか老人共を説得してみせる。」

 

「気を付けてね?」

 

「大丈夫だ、晧月もついていてくれるしな!」

 

「それでもよ、貴女を利用しようとしてる奴らばかりなんでしょ?」

 

「私だってただの箱入り姫じゃないさ。 それよりも――」

 

「分かってる。 貴女の子供はしっかり守るわ。」

 

「あぁ、頼んだぞ。」

 

 

 銀華は時空龍の内乱を収めるために故郷に戻る事になった。 彼らの力を借りる事が出来れば、地上の魔物を掃討する事も容易いだろう。

 もしもの事を考え、お腹の子は特殊な魔法を使って体外へと取り出し、専用の保育器の中へと入れられた。 時空龍達ではこれが普通であるらしく、各世界を飛び回るのに重荷の体ではどうしても不便という理由からだそうだ。 しかし専用の保育器の形が卵の見た目なのはどうかと思う。

 アフラム――黒翼は卵と共に先に地下へと向かった。 私が向かっているのが最後の便だ。

 

 

「空、見えないな……」

 

 

 空へと向かって右手を伸ばす……何も掴めるわけでもなく、私は無駄に何度も手のひらを開いたり閉じたりを繰り返した。

 全てを失った私だが、一つだけ残った物がある。 それは、翡翠の置き土産だ。

 

 

『お前には役目がある、その役目を果たせ』

 

 

 翡翠の最後の言葉が、今も耳から離れない。 彼は本当に残酷な人だ。 別れる側よりも、残される方が何万倍も辛いのだという事に……

 

 

「でもね翡翠、私……頑張るよ? 私の役目を果たしてみせる。」

 

 

 空に向かって高らかに宣言する。

 

 

「だからね……最後に、今日だけは……泣かせてね……」

 

 

―――

 

――

 

 

 

 長い、なが~い時が立った。 暗黒時代の始まりから長い年月が経過した。 ロキア歴859年…… 私はずっと使命を全うし続けた。 気づけば皺だらけのおばあちゃん…… 多くの家族に囲まれ、例え地下での暮らしであったとしても、私達は幸せに生きている。

 

 

「婆様!」

 

 

 今日もひ孫達が私の周りに集まってくる。 目をキラキラと輝かせて物語をねだるのだ。

 

 

「しょうがないねぇ、今日も聞きたいのかい?」

 

『うん!』

 

 

 皆、声を揃えて答える。 私は手の甲に痣のある方で髪を掻き上げ、ベッドから起き上がった。

 

 

「むかしむかし、人間達は青い空の下、地上に暮らしていました。」

 

 

 それは、遠い記憶の物語――

 

 

「待って婆様! お外が明るいよ!」

 

 

 一人がそう言い出すと、連鎖反応的に子供達が外へと飛び出していく。 動けない私は窓から外の様子を伺う。

 

 

「ぁ……」

 

 

 それはありえない光景だった。 地下道であるこの場所には無いはずの光で溢れていたのだ。 光の柱とでも言うのだろうか? その光がゆっくりと広がって来ていたのだ。

 

 

「あんた達! 早く家の中に――」

 

『大丈夫だよ。』

 

「え……?」

 

 

 子供達を家の中へ避難させようと叫ぶ途中、とても懐かしい声が聞こえた。 それと同時に世界の全てが光に包まれる。 その暖かな光は、優しく私の身体を包み込んでくれる。 今までの辛さが嘘のように身体が軽くなった気がする。

 

 

『この光は、暗黒の時代を終わらせる光だ。』

 

「翡翠、翡翠なの?」

 

 

 私は真っ白な空間で声の主を探す。

 

 

『ついに終わったんだ。 邪竜は倒れ、世界は救われたんだ。』

 

「翡翠っ! 出て来てよ!」

 

 

 私は声がする方へ走り続けた。 気づけば私の身体はあの時の少女の姿に戻っていた。

 何もない空間をひたすら走り続ける……

 

 

『エリカ。』

 

 

 うっすらと見える人影……間違いない、彼は――

 

 

「翡翠!!」

 

 

 私は翡翠を二度と放さまいときつく抱きしめる。 翡翠は呆れた顔をしながら私の頭を撫でた。

 

 

「来るのが遅くなって、ごめんな?」

 

「本当に遅過ぎよ! どれだけ待ったと思ってるのよ!?」

 

「悪い悪い……」

 

 

 一ミリも悪びれた様子のない翡翠に、怒りを込めた鉄拳をお見舞いしようと拳を振り上げる。 しかし、その拳は軽く彼の胸を叩く程度になってしまっていた。

 

 

「馬鹿っ馬鹿っ……」

 

「ごめんな、ずっと一人で辛かったよな。」

 

「当たり前じゃない…… ずっと一緒にいるって約束したのに……約束破るし。」

 

「本当にごめんな。」

 

「――もういい、許す。 だって私の元に来てくれたから。」

 

「あぁ。」

 

「大遅刻の分は許さないけどね!」

 

 

 そう言って涙を流しながら無理矢理笑顔を作る。 彼は参ったなと頭を掻きながら困った様子だ。

 

 

「でも、もういいの?」

 

「あぁ、俺達の子孫も頑張ってくれたからな。 だからもう大丈夫なんだ。」

 

「そっか、それで迎えに来てくれたのね。」

 

「お前はよく頑張ったよ。 俺の力を移植したとはいえ、200年以上も頑張ってきたもんな。」

 

「ほんと、長生きなんてするもんじゃないわよ。 身体なんてぜんぜん言う事きかないしさ!」

 

「ははっ、まぁその話は道中ゆっくり聞かせてもらうとするか。」

 

 

 そう言って翡翠は龍の姿へと変身する。

 

 

「さあ、行こうか。」

 

 

 私はいつものように跨り、しっかりと背中に掴まった。

 

 

「行こう、翡翠!」

 

 

 どこまでも広がる青空に向かって私達は飛んでいく。 いつまでも、二人で一緒に、この空を――

 

 

 そう、私達の青空へ!

 

 

―――

 

――

 

 

 

大雷(おおいかづち)姉は、本当に人間なのか? とても赤色の血が流れてるとは思えんな。」

 

「あら、それは失礼ね火雷(ほのいかづち)。 私のどこがそう見えるのかしら?」

 

「全部だよ。 自分の子供が死ぬことも、あの少女が使命のためにずっと苦しむ事も。 お前は全て知ったうえでその通りになるように演じている。 とんだ化け物ではないか。」

 

 

 大雷と呼ばれた少女――綾香は火雷の言葉にただ笑みを返すだけだった。

 

 

「アタシなら間違いなく発狂するな。 絶対に真似したくない。」

 

「そうでしょうね。 貴女は強気なフリをして泣き虫な自分を隠している弱虫ちゃんだものね。」

 

「このっ! あの方の命令がなければお前等この場で!」

 

 

 彼女がどんな言葉を並べても、綾香の余裕の表情は崩れない。 まるで全てを把握しているかのような自信に満ち溢れた笑顔を向けるだけだ。

 

 

「一つだけ言っておくわ。」

 

「――なんだ?」

 

「皆、自分達の意思で未来を選択したのよ。 私は少しだけ背中を押してあげただけ。」

 

「ちっ、この魔女が!」

 

 

 ――綾香はうっすらと見え始めた城を睨みつける。

 

 

「また、戻ってきちゃったか。 ”ヴァルハラ”……」

 

 

 ここに一つの物語は終わりを告げたが、彼女の物語はまだ続いて行く。

 いつか、辿り着く未来へ追いつくまで……

 

 

―完―


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