かつて見た空、私と翡翠は空を眺める。 数人の奏者達が宙を舞うかのように飛び回っている。
「いいなぁ。」
「お前も早く飛びたいのか?」
「うん。」
あの頃の私は空に憧れていた。 早く大人達と同じように空を自由に飛びたいと、そう思っていた。
私は草むらに大の字に寝転がる。 綺麗な青空が目の前に広がる。 その青はどこまでも続いているかのように広大だった。
「いつか、一緒に飛びたいな。」
「うん、翡翠と一緒にね。」
私達は、無意識に手を繋いでいた。
―――
――
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銀華達を送り届けた私と翡翠は、暇つぶしにメルキデスの街を散策していた。 特に何か目的があるわけでもないが、都会なだけあって物珍しものが見れるのも確かだ。
この辺りは商店街のようで、色々なお店が出ている。
「あんまりうろちょろするなよ。」
「子供じゃないんじゃないから大丈夫よ!」
「――だから心配なんだ。」
まったく、いつも半人前だ子供だって失礼なんだから。 嫌になっちゃうわ。
ふと、一つの露店に目がいく。 木の机の上に白いテーブルクロスが敷いてあり、そこに商品が並べられている。
「どうした?」
気になったのか翡翠が私の隣に来た。 私は商品を眺めるのに夢中なので無視を決め込む。
並べてあるのは髪飾りだ。 花のような形の物、きらびやかな装飾が施された物、値段もピンキリだ。
「おーい、エリカ~?」
私にはどれが合うかなぁ。 うーん、この羽飾りみたいなのはどうかな。
手に取ってみようとした瞬間、先に翡翠に取られる。 おのれ邪魔をするか!
「親父、いくらだ?」
「1500セルだよ。」
値段を聞くとすぐに支払いを済ませる。 そのまま商品を受け取ると、私の左耳の上に飾り付ける。
「うん、似合うな。」
「――何か企んでるわけ?」
「別に、似合うと思って買ったのがそんなに悪いのか?」
「悪くはないけどさ。」
なんかこう、普段と違う事されるとねぇ? 裏があるのじゃないかと疑ってしまうのも、仕方ない事であるわけで。
「――誕生日プレゼント、まだ渡してなかったし。」
「へぇ、気にしてたんだ。」
「わ、悪かったな!」
翡翠でもこんな所があったと知れたのは収穫かもしれない。 今後の反撃手段に使えそうだ。
「でも、ありがとね!」
「あ、あぁ。」
でも、ちょっと嬉しいな。 えへへ。
―――
――
―
「お腹すいてきたわね。」
「もうお昼時だしな、何か買おうか。」
翡翠は左手にあるパン屋から、紙袋一杯のパンを購入してくる。 龍の姿になるには多くの魔源とスタミナを消費するため、私達に比べて食事の摂取量は多いのだ。
私は紙袋の中から1個パンを拝借する――やった、メロンパンじゃん!
「お前、俺の好物を!」
「別にいいじゃないの、いただき――」
口いっぱいに頬張ろうとした瞬間、何かハイスピードなものが私と衝突した。 メロンパンは私の手からすり抜け宙を舞い――どこかの店の看板に突き刺さった。
「わ、わ、私のメロンパンがぁ!」
「ごめんなさい!」
目の前で同じように尻餅をついた小さな女の子が謝罪の言葉を述べる。 どうやら衝突して来たのは彼女のようだ。
「――大丈夫よ。 あはは、だいじょうぶだから。」
「そんな泣きそうな顔で言っても説得力がないぞ。」
「うるひゃい!」
女の子は立ち上がると、乱れた赤い髪を整えた。 こう見ると、他の人達とは服装が違う気がする。 どちらかといえば、私達に近いような?
「べんしょうするから、ついてきて。」
「さ、流石にそこまでは。」
まだパンは残ってるわけだし、子供のする事に目くじら立ててもねぇ。
――女の子は”ついてきて”と言って歩き出してしまった。 これは流石に無視はできない。
「――とりあえずついていこうか?」
「そうだな。」
私達はとりあえずその女の子について行くことにした。
――
―
「こっちこっち!」
この子、思ったよりも身軽ね。 少しでも気を抜くと置いていかれそうになる。 私だってそれなりに鍛えているはずなのに。
「はぁ、はぁ……」
「お姉ちゃん遅いね。」
女の子は足を止めて振り向く。
「悪かったわね。 えっと――」
「私はラクス! お姉ちゃんは?」
「私はエリカ、こっちのむすっとしたお兄ちゃんは翡翠ね。」
「――むすっとしてて悪かったな。」
「よろしくね! あと少しだから頑張って!」
再びラクスは駆け出す。 だから。もっとゆっくりでも! そう思ってる間に階段を1段飛ばしで跳ねながら駆け上がっていく。 実は人間じゃないのではと疑いたくなってきた。
階段を登り切ると、少し開けた場所に出る。 目の前には少し古ぼけた教会が立っていて、周りに花畑が広がっている。少し幻想的な雰囲気だ。
「ここだよ!」
「ここがお家?」
「そうだよー!」
そう言って教会へと駆け出す。 お母さんってシスターなのかねぇ。 でも明らかに人が住んでる気配はしないんだけど。
そう思いながら教会へと足を向ける。 もちろん花を踏み潰さないように気を付けながらだ。
「近くで見ると、想像以上にボロボロね。」
「本当にここに人が住んでいるのか?」
「幽霊だったりして!?」
「――ありえん。」
あ、今少し視線をずらした。 もしかして怖いのかなぁ?
「この人達だよ!」
「すみません、娘がお世話になりました。」
ラクスに手を引かれ、女性が一人中から姿を現した。
綺麗な銀の長い髪、深く青い瞳、そして獣のような耳と尻尾が一際目を引く。 背格好は私と同じくらいで、あまり母親という感じはしない。 むしろ私と同年代なのではと思うくらいだ。
「え、えっと、この子の母親ですか?」
「はい、そうですよ。 何やらご迷惑をおかけしたようで。」
「いえいえ! あんなの事故ですからお構いなく!」
「そういうわけにはいきません、どうぞ中へ。」
そう言って中へと促される。 多少の不安を抱えつつも、私達は導かれるままに中へと足を踏み入れた。
~イデリティスの民~
ロキアの地に古くから住まう者の血を色濃く残す人達の総称である。
獣の耳や尾を持つ者、鳥のような翼を持つ者等種族によってその特徴はそれぞれである。
唯一の共通点は、魔源の生成量が人間の十数倍程ある事である。