Dragons Heart   作:空野 流星

9 / 25
第七話 狂気の炎と母の涙

「さて、どうしたものか。」

 

 

 私と翡翠は会場から少し離れ様子を伺っていた。 会場での怒号と悲鳴はここまで届いている。

 

 

「会場に直接確認しに行けばいいんじゃないの?」

 

「あの混乱した会場に突撃するつもりか?」

 

「それは……」

 

 

 流石の私もそれは無謀だと理解できる。 今は事態を静止して、銀華と合流するのが正解なのだろう。 頭では分かっているのだ。

 

 

「いいか、俺の傍を離れるな。」

 

「うん。」

 

 

 私は黙って頷く事しか出来なかった。

 

 ――体調は徐々に戻りつつある。 どうしてあんなに気持ち悪かったのかは分からないが、これならば走りまわる程度なら問題なさそうだ。

 私は大きく深呼吸をして呼吸を整える。 改めて自分の状況を整理しよう。

 私達は元々会場の護衛の任務についていた。 その途中で晧月が現れ、警備を交代してくれた。 会場で料理を貪っていた所で3人の王達が現れて、それで調印を……

 

 

「そうだ、銀華様のお父様が……」

 

 

 再び胃の中の物を戻しそうになる。 確かに私も見てしまった、銃で撃たれる姿を…… もしあの時私が体調を崩さなければ、助けられたのではないか?

 

 

「エリカ、変に考えるな。」

 

「翡翠……?」

 

「あれはどうしようもなかった。 だから自分を責める必要はない。 それよりも今はどう動くべきか、だろ?」

 

「ごめんね、足引っ張ってるみたいで。」

 

「昔からだ、もう慣れてる。」

 

 

”二人共聞こえるか?”

 

 

 脳内に晧月の声が響く。 魔源(マナ)を利用した通信だ。

 

 

「あぁ、これは一体どういう状況なんだ?」

 

”想定外の事が起こった。 姫様の予想では宗月による暗殺らしい。”

 

「宗月って、あの銀華様の隣にいた人?」

 

”そうだ、奴は宰相として九垓様に仕えていたが、このような裏切りを働くとはな。 しかもクラディス王と手を組んでいるようだ。”

 

「なんだと?」

 

”ブレン大統領も殺し、黒竜族を解放するためだろう。 奴は反乱分子をでっちあげ、真実を知る者を処分しようとしている。”

 

「まさか、その反乱分子とやらに俺達も入ってるわけじゃないだろうな?」

 

”密書を運ばされたお前達も標的になっているだろうな。”

 

「なにそれ、最悪……」

 

 

 頭の痛い話だ。 つまり私達は命を狙われるお尋ね者になってしまったようだ。

 

 

”こちらも姫様を連れて合流する、場所は例の教会だ。”

 

「わかった。 エリカ、走れるか?」

 

「大丈夫だと思う。」

 

 

 私はゆっくり立ち上がってガッツポーズで元気アピールをしてみる。 翡翠は頭を抱えながら苦笑いを浮かべた。

 

 

「それなら大丈夫そうだな、行くぞ!」

 

 

 私達は教会に向かって駆け出した。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「嘘、教会が燃えてる!」

 

 

 遠目で教会が見える距離まで来たのだが、火の手が上がっているのが見える。 まさかあの母親と子供達も、反乱分子として処分されてしまったのでは?

 

 

「まさか助けに行こうだなんて考えてないだろうな?」

 

「――ダメなの?」

 

「お前が死ぬぞ。」

 

 

 翡翠は私の両肩を掴んでそう言い放った。

 

 

「私って、そんなに頼りないの……」

 

 

 思った言葉が口から零れた。

 私かに私はただの少女だ。 本格的な戦闘訓練なんて受けたことがないし、魔法だってそんなに得意じゃない。 それでも何か、私にも出来る事があるんじゃないかって思う。 それを考えると黙っているなんて絶対に嫌。

 

 

「そうじゃない、ただお前に何かあったら俺は……」

 

「ごめん、それでも見て見ぬフリなんて出来ないよ。」

 

 

 二人の間に長い沈黙が訪れる。 ――その沈黙を破ったのは翡翠の方だった。

 

 

「無茶な事はしない、出来る範囲内でだ。」

 

「うん!」

 

 

 嬉しかった。 翡翠が頷いてくれる事なんて滅多になかったからだ。 なんだか、初めて認められた気がした。

 身体強化の魔法をかけ直し、建物の屋根を伝いながら教会に近づく。 教会の周りでは、兵士達が火を放っていた。

 

 

「なんて酷い事を……」

 

 

 綺麗に咲いていた花畑は、火の粉を撒きながら燃え盛っている。 子供と母親は無事なのだろうか?

 

 

「見ろ、母親がいるぞ。」

 

 

 翡翠が指さした方角を見る――いた。 綾香は両手を背中で縛られて兵士達に抑えられていた。 そしてその視線の先に……

 

 

「母さんを返せ!」

 

 

 息子のエインがいた。 ラクスとルナの姿は見えない。

 

 

「エイン! 何故逃げなかったの!」

 

「母さんを置いて逃げられるわけないよ!」

 

 

 エインは兵士達を睨みつけ、今にも飛び掛かりそうな勢いだった。 そして同時に、彼の周りで魔源(マナ)が高密度で凝縮している事にも気づく。

 

 

「ガキ、お前も捕らえよとの命令だ、大人しくしろよ。」

 

「僕に――触れるな!」

 

 

 エインの手から放たれた真空の刃は、いとも簡単に兵士の首を切り落とした。 エインの顔は返り血で真っ赤に染まり、その唇を吊り上げる。 瞳の色は本来の青色から、赤色へと変化している。

 

 

「ガキを取り押さえろ! 手足くらい切り落としても問題ない!」

 

 

 兵士達が一斉にエインに襲いかかる。 彼は軽々と兵士達の攻撃を避け、急所を狙って真空の刃を叩き込んだ。

 一人、また一人と兵士が花畑に倒れていく。 まるでそれは地獄の光景のようだった。

 

 

「エリカお姉ちゃん?」

 

「ラクスちゃん! それにルナちゃんも!」

 

 

 どうやら二人は先に逃げて来たようだった。 私達と同じように屋根伝いにこちらに来たらしい。

 

 

「お母さんが逃げろって、でもエインは言う事聞かないで引き返しちゃった。」

 

「エインは、あそこにいるよ。」

 

 

 エインは戦っていた。 それはまるで、大人が赤子の手を捻るように簡単に返り討ちにしている。 あんな小さな子が……

 

 

「邪魔する奴に容赦なんてしないよ! お母さんを返してくれるまで殺し続けてやる!」

 

 

 彼は明らかに狂気に囚われていた。 戦いの最中、彼は笑っているのだ。

 

 

「しょうがない子だ。 躾が足りないのではないか?」

 

「火雷……」

 

 

 兵士達を掻き分けて、一人の少女が姿を現した。 褐色の肌に茶色の長い髪、耳と尾からイデリティスの民だという事が分かる。 纏う衣服は綾香に似ているが赤色だ。

 火雷と呼ばれた少女は、ニヤリと唇を吊り上げるとエインは見据えた。

 

 

「お前も、邪魔をするのかぁぁぁ!」

 

「エインやめなさい!」

 

 

 母親の悲痛な叫びは彼には届かない。 エインはいくつもの真空の刃を少女に向けて放った。

 

 

「おいたが過ぎるな!」

 

 

 少女が左手を横に振ると炎の壁が聳え立ち、真空の刃を全て防いだ。

 

 

「命令では生きて捕獲だが面倒だ、お前はこの場で焼く。」

 

「やめなさい!」

 

「黙っていろ大雷姉、これは我らが主の命だ。」

 

 

 彼女は何故か綾香を大雷姉と呼んだ。 まさか姉妹なのだろうか?

 

 

「あぁぁぁっぁ!!」

 

 

 エインは無我夢中であらゆる魔法を火雷へと放つ。 しかし、どれも彼女の纏う炎によって掻き消された。

 

 

「無駄だ、お前の未来は変わらない。」

 

「やめてぇぇ!」

 

 

 私は、咄嗟にルナとラクスの目を覆った。 これから起きる事を二人には見せたくなかったからだ。 そしておそらく、私と翡翠があの場に出て行っても未来は変わらないであろう。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 

 肉の焼ける音が鼻に付く。 火力を調整しているのか、少しでも長く苦しみもがく姿を見たいという狂気を感じる。

 

 

「アハハハハ! 最高だな!」

 

 

 あれはまともじゃない。 あんな化け物どうしろっていうのよ……

 

 

「くそ、銀華と晧月はまだか。」

 

 

 ここに留まるのは、私達の危険度を上げる要因にもなる。 綾香はもう助けられない、ならこの二人だけでも連れて脱出しなければ。

 

 

「――遅くなった。」

 

 

 やっと晧月が到着する。 背中に背負っている銀華は気を失っているようだった。

 

 

「姫様が暴れるので眠ってもらった。 東の門を開けてもらうように手配してある、急ごう。」

 

「――うん。」

 

 

 私はラクスを、翡翠はルナを抱えてその場を後にした。 この小さな2人の命だけでも、なんとか守り切ってみせる!

 

 

―――

 

――

 

 

 

 ホール内での騒ぎは落ち着き、来客達はそれぞれ帰路についた。 大統領達の遺体も片づけられ、ホールにはクラディス王とアフラム達近衛隊だけが残っていた。

 

 

「アフラム、お前達近衛隊は反乱分子の追跡を命じる。」

 

「我が王よ、その前に説明を!」

 

「我の命令が聞けぬのか?」

 

「くっ…… 了解しました。」

 

 

 王の命令は絶対である。 たとえそれが本人にとって納得のいかない理不尽なものであっても。

 アフラムは悩んでいた。 本当にあの者達は反乱分子なのかと。 短い間だが共に旅をした仲間だ、彼らがそのような者達ではない事は分かっている。 しかし、王が命令するならば……

 

 

「クログよ。」

 

「はっ、なんでしょうか!」

 

 

 アフラムがホールから出るのを確認してから、王はクログに声をかけた。

 

 

「アフラムを見張っておけ、反乱分子と通じている可能性がある。」

 

「そんな!」

 

 

 クログは驚きの表情を見せる。 彼にとって隊長のアフラムは尊敬する相手でもあり、師でもある存在なのだ。 そんな彼が裏切り者だと言われ動揺しない者はいない。

 

 

「もしも怪しい動きを見せたら、分かっているな?」

 

「はい、分かっております……」

 

「お前には期待しているぞ、次期近衛隊隊長としてな。」

 

 

 クログは自らの唇をきつく噛み締めた。




~魔源(マナ)~
体内のエーテル器官より精製される物質。 血液と共に血管内を流れている。
脳でのイメージと音声がトリガーとなり、魔源(マナ)を消費して魔法を行使する事が出来る。
魔源(マナ)が枯渇すると魔法が使えなくなるが、エーテル器官から生成され続けるため時間が立てば再び魔法を使う事が出来る。
しかし、短時間に大量消費する行為は身体への負担が大きく危険である。
音声はあくまでもトリガーで重要なのはイメージのため、境界(ラインズ)によって魔法の詠唱、名称が違う事が多い。
この時代では大地から生成される魔源(マナ)は薄く、魔法発動のための補助的な使用は不可能である。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。