ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

12 / 87
第十一話 私とあまてるちゃんの約束

 夜の帝都に暗闇は少ない。 街は光に溢れ、暗闇を塗り潰している。 しかし、”ヤツラ”はそれでも小さき影で蠢いているのだ。

 私はそんな”ヤツラ”を狩るのが仕事だ。 誰にも知られないように、闇に紛れて闇を討つ。 それが”八咫烏”の使命だ。

 

 

「――見つけた。」

 

 

 私は瓦屋根に着地して身を屈む。 巫女装束の袖口から霊銃(レイガン)を取り出して安全装置(セーフティー)を解除する。

 相手はまだこちらには気づいてはいない、すぐに始末してしまうのがいいだろう。 餓鬼は人間に害を成す妖怪なので生かしておく道理はない。

 ――私は躊躇なく引き金を引いた。 後頭部を撃ち抜かれた餓鬼は、数秒痙攣していたがすぐに事切れた。 その肉体は灰のように崩れて消える。

 

 

「今日はこのくらいでいいか。」

 

 

 現場に背を向けて自宅を目指そうとするが、べっとりとした視線を感じる。 ――どうやら、命知らずが何匹か集まってきたようだ。

 

 

「姉ちゃん、退魔士かい?」

 

「オレ達と楽しい事しようぜ、ぐへへ。」

 

 

 餓鬼は人間の女性を捕まえて、交尾すると昔教本で読んだ事がある。 おそらくは私にも同じような行為に及ぼうとしているのだろう。 しかし、どう考えてもその結果はありえない。

 

 

「脳まで腐ってるのね。」

 

「なんだと!」

 

「黙って犯られればいいんだよ!」

 

 

 隠れていた餓鬼が飛び出してくる。 数は十数匹、何も問題ない。 私はもう一丁霊銃(レイガン)を取り出す。

 

 

「全部、始末する。」

 

 

 夜の帝都に、銃声と悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

―前回のあらすじ―

 私は猿女 留美子、安部家に仕える家系。 私の使命は安倍家の護衛、そして”八咫烏”の一員として妖怪や霊を狩る事。 それ以外必要ないし、意味もない。 なのに、私に異例の命令が下された。 坂本 雪という女性を守るという任務だ。 任務は絶対、だけど彼女はあまてるちゃんにそっくりで、私の心を苦しめる。 私は、どうすればいいの……

 

 

 

 

 

「ちょっと留美子! その腕どうしたのよ!」

 

「任務での怪我、護衛任務に支障はない。」

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 

 今日も彼女は私にお節介を焼く。 任務中での怪我なんていつもの事だ、それなのにひどく心配される。 それは彼女が今まで平和な世界を生きてきた証拠であり、私とは住む世界が違うという事でもある。

 

 

「毎日怪我ばっかりして、前に言ってた妖怪退治ってやつなの?」

 

「そう、帝都の治安を守るのも任務の一環。」

 

 

 とくに彼女の性質はあの人と同じだ。 見境なく霊や妖怪を引きつけ、自らの身体に多大な負荷をかける。 結果、寿命を削る事になるのだ。 だからこそ、この仕事は彼女の延命のためでもある。 それでもどうしようも無い事もあるのだが……

 一瞬あまてるちゃんの笑顔が脳裏をよぎる。 私は左右に頭を振ってその思いでを掻き消す。 ――終わってしまった者は、もう戻らない。

 

 

「だからって、貴女が死んじゃったらどうするのよ?」

 

「それは絶対にない、私は強いから。 どんな妖怪も霊にも、私は勝てる。」

 

「”絶対”なんて、そんな事は世の中にはないわよ……」

 

 

 彼女の最後の言葉は、まるで自分に言い聞かせるような感じだった。

 

 

「――ありがと。」

 

「え?」

 

「なんでもない。」

 

 

 あの人と同じ顔で、そんな暗い顔をされると気分が悪い。 それに今後の関係に支障が出ても困るし、ここで相手に同調した返答をする事は必要だ。 そう判断したから答えただけなのだ。

 

 

「なに、新手のツンデレってやつ? 可愛くないなぁほんと。」

 

「うるさい。」

 

「ほーれ、痛いの痛いの飛んでけ~!」

 

 

『痛いの痛いの飛んでけ~!』

 

 

 ――昔の記憶が重なる。

 

 

「っ!」

 

「ちょっと!」

 

 

 私は腕を振りほどいて、走って教室を飛び出した。 だめだ、彼女と話していると、どうしてもあの人の事を思い出してしまう。

 

 

「私には、この任務は……」

 

 

 そうだ、晴明様にお願いして他の人に変わってもらおう。 でなければ、私はきっと大きな失敗をしてしまう、そうなる前に対処しなければ。

 私はふらつきながら自分の家を目指して歩いた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 巫女装束に着替え、今日の夜回りの準備を終わらせる。 結局、晴明様への連絡は出来なかった。 自分でもよく分からない感情が、私の手を止めようとするのだ。 結局時間だけが過ぎ、今こうして任務に赴こうとしている。

 鏡に写る私は、酷く疲れたような顔をしていた。 ――自らの頬を両手で叩いて気合を入れる。

 

 

「私は”八咫烏”の猿女 留美子、私の任務は”ヤツラ”を狩る事、それ以外何も考えるな。」

 

 

 鏡の自分にそう言い聞かせる。 よし、今日の夜回りに出かけよう。

 私は玄関から外に出て鍵をしっかりかけると、大きく跳躍して屋根の上に立つ。 目を瞑り周囲の妖気を探る――小さいのが2、3個感じられる。

 

 

「このレベルなら危険性は低い、けど――」

 

 

 彼女への悪影響を考えるなら狩るべきだ。 私はまず近場の方へと向かう事にした。 巫女装束の袖をなびかせながら、周りに気づかれないように屋根伝いに闇夜を駆けて行く。 昨日の帝都の中心街とは違い、この時間の秋奈町は人通りが少ない。 ”ヤツラ”が潜むには良い環境なのである。

 

 

「また餓鬼か、最近多い。」

 

 

 ここ最近討伐している妖怪はほとんど餓鬼だ。 奴らは集団で動く事がほとんどであり、その群れのリーダーを倒さなければキリがない。 昨日倒した餓鬼達の中にリーダーは見当たらなかった、だとすればこの秋奈町に潜伏している可能性は高いかもしれない。

 

 

「2体、今度も外れか。」

 

 

 餓鬼は呑気に販売機から取り出したコーヒーを飲んでいる。 ――人間の真似事をしているのを見ると吐き気がする。

 

 

「さっさと終わらせる。」

 

 

 霊銃(レイガン)のグリップを強く握り、照準を餓鬼に合わせる――その時だった。

 

 

「おんなぁ。」

 

「女だぁ!」

 

 

 タイミング悪く、通りすがりの一般女性がその現場を目撃してしまった。 女性は尻餅をつき、その場で小刻みに震えている。

 

 

「うまそうだぁ。」

 

「犯っちゃおうぜぇ」

 

「嫌ぁぁぁぁ!」

 

 

 あの女性を巻き込むわけにはいかない。 私は慌てて霊銃(レイガン)の引き金を引く。 撃ち出された二発の弾丸は、正確に餓鬼達の頭を撃ち抜いた。

 

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 

 その光景を目の当たりにして、女性が悲鳴を上げる。 ――彼女には処置が必要だ。

 私は女性の目の前に降り立ち右手をかざす。

 

 

「な、何よ貴女!」

 

「大丈夫、すぐ終わる。」

 

 

 簡単な暗示をかけて記憶を書き換えるだけだ。 それが彼女のためであり、私達のためでもある。

 女性の瞳は虚ろになり、ゆっくりと立ち上がるとフラフラと歩き始める。 あとは勝手に自分の家に帰るだろう。 私は安心して背を向けて、次の反応があった場所に向かう事にする。

 

 

「甘いわねぇ!」

 

「えっ?」

 

 

 私は咄嗟に右手を上げた。 ――次の瞬間激しい痛みが襲う。

 

 

「私の子分達を狩っている奴がいると聞いて来てみれば、ただの小娘とはね。」

 

 

 先程の女性がそこに立っていた。 口はありえない程裂け、頭には二本の角が見えた。

 

 

「まさか、餓鬼のリーダーが鬼なんて。」

 

「ちょっと考えが甘すぎない小娘ちゃん? まぁ初心な娘は好きだけど。」

 

 

 女性は舌なめずりをしてこちらを見やる。 自らの右手についた血を舐めとると、頬を赤らめて興奮し始めた。 ――あれは私の右腕から出血した血だ。

 

 

「いいわぁ、処女の血は最高ね! 肉もさぞかし柔らかくて美味いのでしょうねぇ?」

 

「くっ。」

 

 

 右腕はおそらく使い物にならない。 出血は止めたが感覚は無く、あらぬ方向に曲がってしまっている。 霊力で治療を施してはいるが、この戦闘中では間に合わないだろう。 となると、片手で鬼の相手をするという事になる。 過去に数度か鬼と対峙し、勝利した事はある。 しかしそれは万全での状態の話であり、現状での勝率は50%も無いだろう。

 

 

「まずは両手両足を潰して動けなくしてあげるわ!」

 

 

 人間離れした速度でこちらとの間合いを詰めてくる。 私は袖から剣の柄のような物を取り出す。 左手で握り、そこに霊力を集中させる。 すると柄の上下から霊力の剣、霊剣が実体化する。 これも”八咫烏”が開発した対霊・妖用兵器の一つだ。 本来は剣の形にしかならない霊剣だが、この柄を使う事によって予めセットしておいた形に可変する事が出来る。 私がセットしておいたのは、所謂ダブルセイバーの形状だ。

 私は鬼の第一撃を受け、その勢いを利用して切りつける。

 

 

「まだ抵抗してくれるのね、いいわよ興奮するわ!」

 

 

 私の抵抗が嬉しいのか、息を荒げながら攻撃を激しくさせる。 左右から襲ってくる怪力の拳、この1発が人間にとっての致命傷だ。 私は上手く受け流しながら反撃するが、どれも決定打にはならない。

 

 

「しまっ!」

 

 

 敵の攻撃に一瞬反応が遅れる。 鬼の拳を受けきれず、その勢いのまま塀に叩きつけられた。 ――左腕の骨が砕ける音がした。

 

 

「これで少しは大人しくなったわね?」

 

「くっ……」

 

 

 鬼は私の目の前までくると、右手で顎を持ち上げる。 鬼の生臭い息が顔に当たって吐きそうだ。

 

 

「可愛いお顔ね、すぐにでも食べちゃいたいわ。」

 

 

 ぴちゃぴちゃと長い舌で頬を舐め上げる。 力の入らない身体では、何も抵抗出来ずにされるがままだ。

 ――そっか、私ここで死ぬんだ。

 

 

「安心なさい。 うんと気持ちよくして、幸せなまま食べてあげるから。」

 

 

 あまてるちゃん、私もそっちに――

 

 

「こんのぉ、ド変態がぁぁ!!」

 

 

 ――物凄い金属音がした。 そこには、どこで拾って来たのか分からない鉄パイプを握った彼女がいた。

 

 

「あま、てる……ちゃん。」

 

 

 無意識に、その名前を口走っていた。

 

 

「あらぁ、私の食事の邪魔をするのは誰かしら?」

 

「黙りなさいこの年増変態女! さっさと留美子を放しなさい!」

 

 

 だめ、貴女じゃこの鬼には勝てない…… その言葉さえ発する事が出来なかった。 このままでは、彼女まで食べられてしまう。

 

 

「威勢のいい小娘ね。 でもよく見ると、貴女も美味しそうじゃない。」

 

「うわっキモ、やるなら一人でやってよね。」

 

「いいわ、貴女から先に食べてあげる!」

 

 

 鬼は私から手を放すと、彼女の方へと向かって行く。 なんとかしなければいけないのに、身体は言う事を聞いてくれない。

 

 

「こっちに――来ないでよっ!」

 

 

 渾身の力を込めて鉄パイプで鬼を殴りつけた。 しかしそんな物では――

 

 

「ぐげっ!」

 

 

 ――鬼が凄い勢いで吹き飛ぶ。 流石の私も状況を理解出来なかった。 ありえない、あんな鉄パイプ如きが鬼に通用するわけがないのだ。

 

 

「大丈夫留美子!?」

 

 

 私の元に彼女が駆け寄ってくる。 吹き飛ばされた鬼は起き上がり、こちらを鬼の形相で睨んでいる。

 

 

「こんのガキがぁぁぁl!」

 

 

 こうなったら、一つしか方法はない。

 

 

「右手、握って……」

 

「右手を?」

 

「そう、敵に向けて……」

 

 

 私の右手に、彼女両手が添えられる。 震えながら銃を鬼に向け、霊力を集中させる。 無意識なのだろうが、彼女の霊力も共に霊銃(レイガン)に集まっていた。 ある程度回復した今なら、引き金は引ける。

 

 

「留美子。」

 

「あまてるちゃん、いくよ。」

 

 

 引き金に力をを入れる。 それに合わせて私の指を後押ししてくれる。 銃口からは今まで見た事もないような強い光の銃弾が打ち出された。 それは真っすぐと鬼へ向かって飛んでいく。

 

 

「こんなも――ぬぉぉぉ!」

 

 

 右手で銃弾を受け止めようとした鬼は、その瞬間に砕け散っていた。 右手に大穴を開け、頭部を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。

 

 

「はぁ、怖かった……」

 

 

 緊張の糸が解けたのか、握りしめていた鉄パイプをやっと手放した。

 ――そして、思いっきり頬を引っ叩かれた。

 

 

「貴女、死ぬとこだったのよ!」

 

「――うん」

 

「何が絶対よ! 死にかけてりゃ世話ないじゃない!」

 

「そう。」

 

「私を守るんじゃないの? こんなとこで死ねないでしょ!」

 

「うん、死ねない。」

 

 

 彼女は涙を流していた。 あぁ、私のために流してくれているんだ。

 

 

「なら、約束しよ?」

 

 

 右手の小指を絡める。 そう、これは指切りげんまんだ。

 

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーまず。 これから私達は運命共同体、だから勝手な事は許さない。 ずっと一緒に生きるのよ。」

 

 

『ずっと一緒に……』

 

 

「指切った!」

 

「あまてるちゃん、約束……」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「成程、そんな事があったのですね。 しかし鬼を物理で吹き飛ばすご主人様恐るべし。」

 

「あれは未だに謎、超常現象。」

 

「全くでございますね。」

 

 

 あまてるちゃんはベッドでスヤスヤと眠っている。 少し悪戯したい気持ちになるが、隣にいる狐が黙ってはいまい。

 

 

「さて、そろそろ帰る。」

 

「あら、お泊りするものだと思いましたが。」

 

「私には私の仕事がある。」

 

「また一人で頑張りすぎると、ご主人様に怒られますよ?

 

「――分かってる。」

 

 

 そうだ、もう一人で戦っているわけじゃない。

 

 

「あぁ、あと一つだけ聞いてもよろしいです?」

 

「なに?」

 

「あまてるちゃんって、どういう意味なんです?」

 

「――秘密!」

 

 

 ――私は笑顔でそう答えた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「これは、指令書……?」

 

 

 帰宅した留美子は、届けられた指令書を広げた。

 

 

「新たな護衛対象、観察……っ!」

 

 

 最後の1文に、彼女は凍り付いた。

 

 

「あまてるちゃん、私は……」

 

 

 留美子は空を見上げる。 ――指令書は彼女の右手の中でぐしゃぐしゃになっていた。




―次回予告―

「だから私(わたくし)の出番が!」

「菊梨、諦めなさいって……」

「残念ながら、次も出番はない。」

「えっ、流石に冗談ですよね?」

「ご愁傷様。」

「ねぇ、私ってメインヒロインですよね? そうですよね!?」

「うん、間違いなくメインヒロインだから安心しなさい。」

「次回、第十二話 枕返しが見せるモノ」

「一体何を見せられるんですかね。」

「もっと私(わたくし)を見せて下さいまし!」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。