ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第二十三話 開幕! 夏のコミマ! 後編

「一体、何がどうなってるの……」

 

 

 灰色の空、静止した人々、会場全体を覆う見えない壁――

 

 

「間違いありません。 これは――神域です!」

 

 

 私達は、静止した世界の中に囚われていた……

 

 

―前回のあらすじ―

 ついに始まった夏のコミマ! 戦場を舞う乙女達は自らの欲望を満たすために戦い続ける…… まぁ、ただの取り合い合戦なんだけどね。 なんか見覚えのある売り子さんや、変わった幼女なんかに出会ったりもしたけど……まぁ、平和な1日を過ごせたかな? 優希からコスも受け取ったし、2日目も頑張るぞ!

 

 

 

 

 

 帝京歴785年 8月12日 夏のコミマ二日目が始まった。 今日は私達”さぶかる”が出店するため、菊梨と優希が売り子として作業してもらい、先輩二人と留美子が回ってくれるという配置だ。 ――もちろん、作者の私はブースにお留守番である。

 

 

「どうですご主人様、可愛いでしょうか!?」

 

「いつもと変わらないでしょ。」

 

 

 愛らしく耳をピコピコと動かしているが、巫女服を着ている以外普段の菊梨と変わらない。 そりゃあ表では人間に化けているから、先輩達にとっては新鮮な姿だろうが。

 

 

「そんな事言わないで下さいまし……」

 

「あとは耳と尻尾をむやみに動かさない事。 うっかり動かすとこを見られたら、脳波で動く奴ですって答えるのよ?」

 

「わ、わかりました。」

 

「お待たせしました。」

 

 

 着替えを終えた優希がやって来る。 彼女には、私が書いた同人誌のヒロイン役に扮してもらった。 主人公の狐が人間に憧れ、人に化けて街へとやって来るのだが、そんな狐に世話を焼くのがヒロインだ。 そして、やがて恋に落ちていくという百合同人である。

 

 

「白いワンピース姿もいいね!」

 

「あ、ありがとう。」

 

 

 優希は照れくさそうに顔を赤らめた。 これなら今年も完売を狙えそうだ。

 

 

「雪も似合ってるよ。」

 

「うん、我ながら完璧だと思う……特に胸のサイズとかね!」

 

「そこはあんまり考えたくない箇所だ……」

 

「お互いにね……」

 

 

 そう言い合いながら、お互いの視線は菊梨の胸に注がれる。 この巨乳、マジ許せん!

 

 

「ご主人様、その衣装ってどんなキャラなのです?」

 

「これはね、式神伝のキャラクターで麗秋って名前のキャラよ。」

 

 

 着物姿に長羽織、二本の刀を携えて銀の長髪に狐耳……私のお気に入りキャラの一人だ。 まぁ一番は氷冬ちゃんだけどね!

 

 

「なるほど……こうして並んで座っていると姉妹みたいですね♪」

 

「むぅ、言われてみれば確かに……」

 

 

 そう言われてふと思う、菊梨に兄弟はいないのだろうかと。 家族に関する話は一度も聞いた事もないし、尋ねた事もなかったな。

 

 

「ねぇ菊梨、貴女の家族ってどうしてるの?」

 

「あぁ――皆、京都で暮らしています。 急にどうしたんです?」

 

「いや、なんか気になってね。 普段見る事があっても、妖怪の生態なんて知らないわけじゃない?」

 

「なんです? 私が卵から生まれて来たように見えます?」

 

「卵――いや、それは想像つかない。」

 

「でしょう!? まぁ、妖怪によってはそういう類もおりますけども。」

 

「で、兄弟とかは?」

 

「妹が一人おります。」

 

「へぇ、妹かぁ……」

 

 

 脳内で菊梨を幼女化してみる――クレイジーサイコレズのじゃロリ狐が誕生した。 なんだこれ、こんな生き物が世に放たれたらやばいのではないか……

 

 

「ご主人様、今変な想像してませんでした?」

 

「してないしてない!? ロリ狐を想像して和んでただけよ!」

 

「その割には世界に絶望したような顔になってましたが……」

 

「キノセイデス。」

 

 

 そんなバカなやり取りをしながらも、同人誌は好調に売れていく。 私も頼まれたスケブをどんどん消化していく。 会場の熱気は収まる事を知らず、人の勢いは増すばかりだ。

 

 

「く~っ、もうお昼近いのね。」

 

 

 私は背伸びをしながら菊梨に話しかける。 優希も流石に疲れの色が見えている。

 

 

「そろそろお二方が戻られますし、変わってもらって休憩にしましょう。」

 

「そうね、あとは私がやっとくから優希は先に休んでくれていいよ。」

 

「……」

 

「優希……?」

 

 

 ――妙な胸騒ぎ、それと同時に空気がひんやりと感じる。

 

 

「ご主人様、ついて来て下さい!」

 

「うん!」

 

 

 私も慌てて立ち上がる。 菊梨の後を付いて会場の外へと出る。 その道中、すれ違う人々は石像になってしまったかのように微動だにしない。

 

 

「一体、何がどうなってるの……」

 

 

 灰色の空、静止した人々、会場全体を覆う見えない壁――

 

 

「間違いありません。 これは――神域です!」

 

 

 私達は、静止した世界の中に囚われていた……

 

 

「神域って…… 誰がこんな事を!」

 

「しかもかなり悪質ですね――人の生命力を吸い取るようになってます。」

 

「それやばいでしょ!? 今すぐ止めなきゃ!」

 

 

 確かに体の脱力感を感じる。 このまま放置していれば死人すら出てしまうだろう。 早急にこの神域を破壊しなければならない。

 

 

「構造的には術者がいるわけではないですね――となると、神域を形成している勾玉があるはずです。」

 

「場所は特定出来る?」

 

「待って下さい……こっちです!」

 

 

 そう言って菊梨は私の手を取って走り出す。 おそらくこの道は、会場二階の広場に向かっている。 この時間なら多くのレイヤー達が集まっているのだが、皆石のように硬直して突っ立ったままになっていた。

 

 

「あれです! あの記念碑の上に!」

 

「よーし、さっさと壊しちゃって菊梨!」

 

 

 会場の設立記念碑に、紫色の勾玉が突き刺さっている。 私でも少し背伸びすれば届く程度の高さだ。

 

 

「お任せ下さい!」

 

「それは困るねぇ……」

 

「誰っ!?」

 

 

 一人の少年が石碑の前に立ちはだかった。 この静止した空間で動いてる時点で、相手が普通ではないのは間違いない。 おそらくは、この神域を作った者の仲間だろう。

 

 

「僕の名前は酒呑(しゅてん)、主の命により君達を妨害しに来た者だよ。」

 

「あんたの主って奴は余程頭がイカれてるのね!」

 

「いやぁ~噂通り失礼な奴だなぁ君って。」

 

「なんかすっごいむかつく…… 菊梨、あんな奴ぼこぼこにしちゃってよ。」

 

 

 あまりにも生意気な少年に腹が立ってくる。 しかし、それとは対照的に菊梨の表情は強張ったままである。

 

 

「ご主人様、あれは少年なんかではないですよ。 鬼です――それもかなり力の強い。」

 

「うっそ、角なんて生えてないわよ!?」

 

「恐らくは人の姿に化けているのでしょう。 ご主人様、私が相手をしますので勾玉の破壊はお願いしますね。」

 

「ちょっ、菊梨!」

 

 

 返事も聞かぬ間に、弾丸の如く酒呑へ突撃をかける。 勢いに乗せた渾身のストレートを放つが、酒呑は左手で軽々と受け止めた。

 

 

「そんなんじゃ僕は倒せないよ――本気でこいよ、狐もどき。」

 

「このっ!」

 

 

 酒呑は八重歯を覗かせながら怪しく笑う。 不気味な程赤い瞳で菊梨を見下しながら右手を振り下ろす。 風を切り裂きながら繰り出されるソレは、掠めるだけでも凄まじい殺傷力を秘めていた。

 金の髪をなびかせながら、高速でハイキックを繰り出す――しかし、それは青い髪を掠めるだけで終わる。

 

 

「遅いね。」

 

「では――これならどうです!」

 

 

 菊梨はキックの勢いのまま身体を捻らせ、二発目の蹴りを放つ。 酒呑はそれを左手でガードするが、骨の砕ける嫌な音が響いた。

 

 

「今のうちに……!」

 

 

 その間に私は背伸びして勾玉を取り出す。 手に取ると少し生暖かく、鈍く光りを発していた。

 

 

「ほら、壊すなら早くしないと。 別な場所で戦ってるお友達が死んじゃうかもね。 玄徳(げんとく)は僕と違って真面目だからね。」

 

「――よそ見をする暇があるんですか!」

 

「おっと、そう怒らないでよ。 ちゃんと相手してあげるからさ!」

 

 

 あの菊梨が押されているように見える。 繰り出す攻撃は躱され、避けられないものは流される。 先程折れたはずの左手はもう治癒しているようだった。 逆に菊梨の方は、掠めた真空波で手足から血を流している。

 

 

「こんなもん……ハリセンアタック!」

 

 

 渾身の霊力を込めて霊剣を勾玉に向かって振り下ろす。 ――接触する直前、何かバリアのような物で防がれてしまう。

 

 

「バリアとか――卑怯じゃないの!!」

 

 

 私は霊剣を両手で握り、更に霊力を集中させる。 少しずつだがバリアにヒビが入り始める。

 

 

「この感じは……まずい!」

 

「お前こそよそ見してる場合じゃないだろう!」

 

「――っ!」

 

 

 左肩の肉を大きく抉る――大量の血が白衣の色を真っ赤に染め上げる。

 

 

「いいね、やっぱり女の肉は柔らかくて最高だ。」

 

「貴方にやる血肉はありません。 この身体は、髪の毛一本までご主人様の物です!」

 

「泣ける忠誠心だね――だからこそ、壊し甲斐があるよ!」

 

 

 もっとだ、もっと……力が欲しい! この勾玉を打ち破る力を、皆を守れる力を――

 

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 

 もう既に限界だった。 両手の感覚は無いし、絞り出した霊力は底を尽きそうだ。 それでもバリアにヒビを入れるのが精一杯で、これ以上前に進んでくれない。

 

―だから、力が欲しい―

 

 今だけでいい、この現状を突破出来る力を――私に!

 

 

”ごめんなさい”

 

 

 誰かの謝るような声が聞こえた気がした。

 

 

「おおおお!!」

 

 

 霊力が全身からあふれ出す感覚…… 先程までとは比べ物にならない力に、私自身が驚きを隠せない。 でも、これなら――

 

 

「砕けろぉぉ!!」

 

 

 バリアを貫通し、霊剣が勾玉に叩き込まれる。 それと同時に勾玉が粉々に砕け散った。 これで神域は――

 いや、違う――私は気づいてしまった。 神域は、勾玉が砕ける前に消失していた。 私の身体から溢れ出る力に耐えきれなくなった神域が、先に砕けてしまっていたのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「成程、噂以上だったという事か。」

 

 

 酒呑は楽しそうに笑うと、つむじ風を起こして姿を隠した。

 

 

「僕達は主に使える三妖、また会うのを楽しみにしているよ――雪。」

 

「くっ、逃げられましたか。 留美子ちゃんは……無事のようですね。」

 

 

 神域が消滅し、止まっていた時間が動きだす。 周りの人達は何事も無かったかのようだった。

 私は立ち上がり、菊梨の手を引いてベンチまで歩く。 そのままベンチに座らせて彼女の左肩を見る。

 

 

「もう、治ってるんだ。」

 

「はい、妖怪ですから。」

 

 

 笑顔でそう答える菊梨――なんて、儚げな笑顔なのだろうか。

 

 

「私、馬鹿だったよ。 どうしてすぐ気づけなかったんだろ。」

 

「どうしましたご主人様?」

 

 

 私はきつく菊梨の身体を抱きしめる。 菊梨はあやすように私の頭を撫でる。

 

 

「家の神域を破壊したのって――私なんでしょ?」

 

「……はい。」

 

「ごめん、ごめんね…… 私の事心配して隠してたんだよね。」

 

「いいのですよ。 (わたくし)がそうしたかっただけなのですから。」

 

「ごめんなさい、菊梨……」

 

「ご主人様……」

 

 

 まるで母親に抱かれているかのような温かさと安心感、だからこそ甘えてしまっていたのかもしれない。 全てを知っていて、彼女はそれでも私を守ってくれていたのだ――たとえ濡れ衣を着せられても。

 

 

「私、どうしちゃったのかな?」

 

「おそらくはご主人様の潜在能力が目覚めようとしているのでしょう。 出来れば今までのままが良かったのですが。」

 

「私って、そんなに危なっかしいかな?」

 

「はい、とても危なっかしいです。 いつも心臓が張り裂けそうになります。」

 

「ごめんね、失敗ばっかりかけて……」

 

「しかし、こうなってしまっては――力を制御出来るようになるしかありませんね。」

 

「そうだね……頑張るよ。」

 

「ふふっ、そろそろ戻りましょうか。 皆が心配しているといけませんし。」

 

「そうだね、留美子の無事も確認しないと。」

 

 

 私達はベンチから立ち上がり、手を繋ぎながら仲良く歩き出す。

 

 

「そうです、お詫びとして一つ(わたくし)の言う事を聞いて下さいまし。」

 

「えっ? 何を――」

 

 

 何を聞けばいいか――と尋ねようとした瞬間、不意打ちのキスを食らった。 流石に面食らったが、これがお詫びとしての報酬ならばと、私は身を任せた。 菊梨は私の左手を手に取り、薬指に冷たい何かを嵌めた。

 

 

「それ、外さないで下さいね?」

 

「これって、指輪……?」

 

「約束ですからね!」

 

 

 そう言って私の手を引いて歩き出す菊梨。 周りのフラッシュの音が、妙に耳に響いた。

 

 

―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

「主様、いかがでしたか?」

 

「最高よ薫、私が期待していた以上だわ!」

 

 

 ピンクメイドと幼女は少し離れた場所で事の本末を眺めていた。

 

 

「今戻ったよ主。」

 

「――戻った。」

 

「おかえり、酒呑、玄徳。」

 

 

 鬼神 酒呑、安部 玄徳、そして女郎蜘蛛 薫、この三人は三妖と自ら名乗り、幼女を主として仕えているのだ。

 

 

「いやぁ、すごいねか彼女。 僕が食べたくなっちゃったよ。」

 

「主様に刃向かうわけ酒呑?」

 

「そんなわけないじゃないか、玄徳も刀を仕舞ってよ。」

 

「……」

 

 

 3匹のやりとりに、幼女は呆れて物も言えないとばかりに肩をすくめる。 彼女にとっては見慣れた光景なのである。

 

 

「彼女は私の作品にする、分かってるわよね?」

 

「もちろんよ。」

 

「分かってるって。」

 

「あぁ……」

 

「よろしい。 では今回はひとまず退散よ。」

 

 

 絶対に手に入れてみせるわ――坂本 雪! この私、染野(そめの) 艷千香(あでちか)の作品にするためにね!




―次回予告―


「う~ん、今回は中々ハードでした。」

「菊梨でも苦戦するって、アイツそんなに強いの?」

「かなりきついですね。 私(わたくし)のリミッターを解除しないと勝てませんね。」

「リミッターとかあるのか…… 外すとデカイ狐になるとか!?」

「いえ、身体的な変化は無いのですが……」

「なんだ、つまんないの。」

「私の心配も、して……」

「ギャー! 留美子が血まみれだ!! 誰か救急車を!?」

「次回、第二十四話 夏に現れた幻影(まぼろし)。」

「次回予告だけはしっかり言うのですね……」

「誰かっ、助けて下さぁぁい!」

「……(叫ばれた方が傷に響く……)」

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