ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第二十四話 夏に現れた幻影(まぼろし)

『かんぱーい!』

 

 

 コミマを無事に終え、私達はカフェ黒猫にて打ち上げを行っていた。 留美子は戦いの傷が酷かったため、菊梨にお願いして運んでもらった。 まぁ菊梨が空いた穴を私が塞ぐ事になり地獄を見たのは言うまでもないが……

 

 

「それで、留美子は大丈夫なの?」

 

「最低限の治療は施して、ご主人様の家のベッドに寝かせてきました。 左腕が折れていましたが、すぐに治りますよ。」

 

「骨折がすぐ治るとか怖っ……でも、私の家に連れて行ったのは英断ね。」

 

「ご主人様が考えている事なら何でもお見通しです!」

 

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる。 まるで憑き物が落ちたように晴れやかな笑みだ。 今までずっと私の様子を見ていてくれたと思うと、とても申し訳ない気持ちになる。

 家の神域を破壊したのは私だった。 不安定だった私の力が眠っているうちに暴発したせいだったのだ。 菊梨は私が不安にならないように、それを自分のせいだと言ったのだ。 確かに菊梨は妖怪だ――私達人間とは違う生き物だ。 しかし、その偏見が私の目を曇らせて、真実を覆い隠してしまったのだ。

 

 

「流石ね……」

 

「そんなに誉めないで下さいよ?!」

 

「こら! ベタベタくっつくな! 酔っ払いか!」

 

「こら、未成年組は飲むんじゃないぞ!」

 

 

羽間先輩、そうは言ってもこいつとっくに成人通り越してるんですよ!

そんな事を言えるはずもなく、飲んでませんと否定する事しか出来ない。

 

 

「ほんと、あいつらは仲がいいな。」

 

「鏡花ちゃ?ん。」

 

「葵……って酒くさっ!? お前どれだけ飲んだんだ!」

 

「私達も負けてられないですわ!」

 

「ええい、お前まで張り合うな! 貸切とはいえ公共の場だぞ!」

 

 

カフェ黒猫は本人達が意図せずに百合空間へと成り代わっていた。

そんな様子をカウンター席から優希と竜也は微笑ましく眺めていた。

 

 

「なぁ優、あいつらはいつもあんな感じなのか?」

 

「同じサークルじゃないからなんとも言えないけど、そうなんじゃないかな。」

 

「マジか、撮り甲斐があるわ。」

 

「やめときなさい……」

 

 

ひっついていた菊梨を引き剥がし、指輪の事を聞こうと左手を掲げる。

 

 

「これなんだけどさ――どう捉えればいいわけ?」

 

「教えてもいいですが、約束は守って下さいよ。」

 

「……分かってるって。」

 

「その少しの間はなんですか?」

 

 

 少し呆れながらも、私の左手を手に取って指輪に触れる。

 

 

「見た目はエンゲージリングなのですが、本来は妖怪の妖力を抑えるために開発された物なのです。」

 

「妖力って……私は妖怪じゃないわよ?」

 

「分かっておりますとも。 同じ原理で霊力も抑えられるという事がミソなのです。」

 

 

 まじまじと指輪を眺めてみるが、見た目は至って普通のシルバーリングだ。 とてもそんな特殊な効果があるとは思えない。

 

 

「これがねぇ……」

 

「それと……その指輪は私が死ぬまで外せませんので! 正に、死が二人を別つまでという奴ですね///」

 

「ちょっ……それマジですかぁ!?」

 

 

―前回のあらすじ―

 謎の神域発生、突然現れた三妖と名乗る強力な敵……大波乱となった夏のコミマもなんとか無事に終える事が出来た。 いや、正直言ってあんなのが出てくるなんて聞いてないんですけど! バトル物でもないのに強力なボスキャラとかいりませんから! ――兎に角! 菊梨とも仲直り出来たし、そろそろ私に平穏な生活を提供してくれてもいいのではないでしょうか!? 神様よろしくね!

 

 

 

 

 

 ―帝京歴785年 8月15日―

 珍しく、私は早く目が覚めた。 特に理由も原因もないのだが、不思議と目が覚めたのだ。 横でぐっすりと眠っている菊梨をベッドに置いて留美子の様子を見に行く。

 包帯やガーゼが彼女の激戦を物語っている。 もう動けるレベルに治癒しているとはいえ、傷跡は生々しく残っているのだ。 静かに眠る彼女の頭を撫で、私は何かに導かれるように外に出た。

 

 

「お前が坂本 雪だね?」

 

「――また幽霊か・」

 

 

 夏用のセーラー服を纏った女性――見た感じ中学生だろうか? まるで私を待っていたかの口ぶりで話しかけて来た。

 

 

「成り立てだけどね。 ――貴女を探していたのよ。」

 

「何、私って有名人なの?」

 

「幽霊や妖怪の中では有名だぞ? 頼めばなんでも聞いてくれる便利屋だと。」

 

「ちょっ、なんでそんな話が広がってるのよ!?」

 

 

 そんな噂が広がるわけが――あるか。 今までの自分を振り返ってみて、確かに幽霊や妖怪を助けた事が多い……

 

 

「それで、貴女も成仏の手伝いをして欲しいってわけ?」

 

「うむ、ストレートに言うとそうだ!」

 

「はぁ……」

 

 

 私は頭を抱えながらうなだれる。 どうしていつもこんな事になるのだろうか? 平穏を望んでも、いつも逆の方向へと進んでしまう……

 

 

「そう暗い顔をするな! 早速行くぞ”親友”よ!」

 

「はいはい、どこまでもついて行きますよ……」

 

 

 元気に歩きだす中学生――っと、そう言えば名前を聞いてなかったな。

 

 

「そういえば、貴女の名前は?」

 

「私は(たえ)だ、宜しくな雪。」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「あそこが私の学校だ!」

 

「随分古臭い校舎ねぇ、まだ使われてるの?」

 

 

 妙が指差した校舎は、木造のかなり年期の入った校舎だった。 遠目からは既に使われていないようにも見えるのだが……

 

 

「おっとと、あれは旧校舎だ――許せ。 よく忍び込んだりしてたからな。」

 

「中々の悪ガキだったわけね。」

 

旧校舎(あっち)の方が楽しかったから……」

 

「えっ……それはどういう意味?」

 

「そのままの意味だ、旧校舎には多くの妖怪が住み着いていたからな。」

 

 

 あぁ、この娘って見える体質だったんだ……

 

 

「皆には見えないものが私だけには見えた。 普段は隠していても、それは隠しきれるものじゃない。 クラスの皆は私を気味悪がって、そのうち孤立しちゃってね。 友達と呼べるのは妖怪達だけだったのさ。」

 

「そっか……」

 

「雪にも覚えがあるんじゃないか?」

 

 

 そうだ、私も同じだった…… 頭の奥底で何かが広く音が聞こえる。

 

 

”こいつのばあちゃんって嘘つきなんだぜ!”

 

”皆を騙してお金をとる悪い奴なんだ!”

 

”オマエも嘘つきだもんな!? お化けがいるなんて騒いでさぁ!”

 

 

 ――彼らと私が見ている世界は違っていた。 幼い私は妖怪達相手に泣きじゃくる事しか出来なくて、よくおぼちゃんがあやしてくれた。

 クラスの子達はおばちゃんを嘘つき呼ばわりした。 見えないのならば当然だ、本物と偽物の区別もつかないのだから。 ――でもおばちゃんは違う、私の目にはしっかり見えていたから。

 

 

 

「おい、どうした雪?」

 

「ぁ……ごめん、ちょっと考え事を。」

 

「そうか。 では、次はあれだ! くれーぷとやらを食べるぞ!」

 

 

 そう言って彼女は再び駆け出す。 元気がいいというか、自由奔放という感じだ。 こっちはそのテンションについて行くのがやっとである。

 

 

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 

「早くしないと置いて行くぞ雪!」

 

 

 多分彼女は、こういう経験がないのだろうなとは思う。 友達と一緒に学校に行って、お昼を楽しく過ごし、共に帰るという経験を……

 

 

「雪、お金くれ。」

 

「ちょっ、幽霊なのにたからないでよ。 というか私がクレープ2個買ってる食いしん坊みたいになるじゃない。」

 

「今更そんな事を気にしてどうする、店員の人も怪しげな目でお前を見てるぞ。」

 

 

 し、しまった! つい菊梨と一緒のノリで話してしまっていた! 周りから見たら完全に変人である。 なんせ誰もいないのに一人で会話しているのだから。

 

 

「く、クレープ2つ下さい!!」

 

 

 結局、2つ買うという選択肢しか残っていなかった。 妙は美味しそうにクレープを頬張り、私も変に考えずに食べる事にした。

 

 

「いやぁ、美味かった!」

 

「食べるの早すぎだから! もうちょっと味わいなさいよ!」

 

「なーに、気にするな!」

 

「いや、それ私のお金で買ったやつだからね!」

 

 

 あざといてへぺろ顔で誤魔化そうとするが、その程度は許されないので一発頭に霊剣をぶち込んでやった。

 

 

「いっつぅ!! 馬鹿者! 成仏したらどうする!?」

 

「それで成仏するならさっさとしちゃいなさい!」

 

「酷い奴だな、噂とは大違いだ。」

 

「噂の私はどうなってるのよ! 全く――で、貴女はなんで死んだわけ? さっき成り立てって言ってたけど。」

 

 

 ――妙は急に足を止めて俯く。

 

 

「……」

 

「何、どうしたのよ?」

 

 

 彼女は私の方に振り返ると、グイっと顔を近づけてくる。

 

 

「なんでだと思う?」

 

「――自殺とか。」

 

 

 話を聞く限り、孤独が辛くなって自殺というのが一番すっきりする答えだ。 他には交通事故という線もあるかもしれない。

 

 

「ははっ! 成程、自殺か! それもありえたかもしれないな。」

 

「何笑ってるのよ、自分の事でしょ?」

 

「教えてやるからついてこい。」

 

 

 そう言って彼女は再び歩き出した。 先程までとは違い、ゆっくりと……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ここは――墓地?」

 

「こっちだ……」

 

 

 連れてこられたのは秋奈霊園だった。 彼女は表情を見せずにただ黙々と歩みを進める。 ――ふと、とある墓石の前で足を止めた。

 

 

「坂本家……?」

 

「ここにはな、私の大事な夫が眠っているんだよ。」

 

「夫って……貴女はまだ中学生でしょ?」

 

「あぁ、この姿か? どうやら一番力が強かった時の姿になってしまったみたいでな。」

 

 

 そう言って笑う妙はの笑顔はどこか寂しそうだ。 妙は墓石に花を飾ると手を合わせる。 幽霊が墓参りというのも不思議な光景だが、私も失礼の無いように手を合わせた。

 

 

「この人と出会ったのも中学の時だった。 当時虐められていた私を庇ってくれ、俺だけはお前の味方だと言ってくれた。」

 

「……」

 

「私達は結婚し、貧しくも二人でこの秋奈町に暮らしていた。 雪、それが今お前の暮らしている家だよ。」

 

「えっ、それって……」

 

 

 私の中にある疑問が一つに繋がっていく感覚……そうか、そういう事だったのだ。 名前を聞いた時点でもっと疑うべきだったのだ。

 

 

「そんなある日、強大な妖怪が町を襲った。 その鬼の力は凄まじく、政府から派遣された術士達も歯が立たなかった。 そのまま放置していればこの秋奈町が滅びるのは時間の問題だった。」

 

「……」

 

「でもね、私には一つだけ方法があったのさ――その鬼を封じる手がね。 それは人間の命を代償とした強力な封印術だ。」

 

 

 彼女の目から、今にも涙が決壊しそうになっていた。 それでも言葉を止めずに続ける……

 

 

「だから私は、最愛の夫を犠牲にしたのさ……夫との思い出に満ちたこの町を守るためにね。 そして私は国から評価され、公認の霊媒師として活動する事を許された。 それでも私は、自らの罪に耐えきれずにこの地を逃げ出した……」

 

「おばちゃん……」

 

 

 間違いなく、目の前にいるのは坂本 妙――私のお母さん(おばちゃん)だ。

 

 

「でもね、お前との思い出が私の傷を癒してくれたんだよ。 どんなに時間を経ても癒えなかった心の傷をね……」

 

「私は、何もしてあげれてないよ……」

 

「その時初めて、生きていて良かったって思えたんだ。」

 

「私が孝行するのはこれからだよ!」

 

「きっと、この子に巡り合うために私は生きて来たんだと確信した。」

 

 

 ――私の言葉は届かない。 お母さん(おばちゃん)は自身の中に溜まっていたもの全てを吐き出し続ける。

 

 

「でも悔しいね、お前を守りたかったのに――私の方が先に限界を迎えてしまうなんて……」

 

「おばちゃん……」

 

「ごめんね…… もっと色々、お前には伝えなければならないのに。」

 

 

 彼女の姿は徐々に半透明になり、少しずつ輪郭を失っていく――もうすぐ彼女は消えるのだ。

 

 

「いいかい、これからもっと辛い事もあるだろうし、同じくらい嬉しい事もあるだろう。」

 

「うん……」

 

「でもね、自分の運命を呪ってはいけない。 どんなに辛くても――夜は、必ず明けるものだから。」

 

「あ……」

 

 

 その言葉を最後に、坂本 雪の姿は完全に消失した。 まるで幻影(まぼろし)だったかのように、何の後も残さずに……

 

 

「うっ……ぁぁ……!!」

 

 

 私はその場に座り込んで大声で泣いた。 もう戻ってはこない、お母さん(おばちゃん)の名を叫びながら……

 

 訃報が届いたのは、お昼を過ぎたくらいの時間だった。 私は実家に行くための荷造りを始めた。 菊梨も留美子も、何も言わずに作業を手伝ってくれた。

 

 

「ごめんね二人共、留守はお願いね。」

 

「本当に、一人で行かれるんですか?」

 

「うん、今回はね……」

 

「そうですか……」

 

「でも、今度行くときは二人も連れて行く――約束よ。」

 

「――うん。」

 

「はい、承知しました。」

 

「じゃあ――行ってきます。」

 

 

 確かに、今は辛い事が多い。 思い通りにならない事も多いし、妖怪や幽霊の事件に巻き込まれる事ばっかりだ。 でも、私は信じてる……おばちゃんが言ってくれたから――夜は、必ず明けるものだと。 だから私は、前に進み続ける――!

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

 

 

 

第二章 夏のコミマ編 完




―次回予告―


「第二章完結お疲れさまでした!」

「謎が多く残った終わりだったわねぇ。」

「特にあの三妖、完全に三章のフラグ。」

「そんなボロボロで、留美子ちゃんは大丈夫なのですか?」

「油断しただけ、次は勝つ。」

「二人共やる気ね……というわけで、次回からは第三章 波乱の学祭編が始まるよ!」

「さぶかるで、演劇をやる。」

「これは私(わたくし)とご主人様の急接近間違いなしですね!」

「違う、私と大接近。」

「あんた達はほんとぶれないわね……」

「というわけで! わしも活躍する――次回、第二十五話 ロリ狐の見た夢」

「また出たなロリ狐!」

「皆の者、楽しみにしておるのじゃぞ!」

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