ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第二十五話 ロリ狐の見た夢

「ほら、起きなさい……」

 

 

 誰かがわしの身体を優しく揺する。 身体はいつものように、布団の中へと潜って目覚めを拒否するのだ。

 

 

「本当お寝坊さんなんだから……起きなさい――梨々花!」

 

「ふにゃぁ……お布団返してぇ……」

 

 

 布団を剥ぎ取られ、寒さが肌を差す。 寝ぼけていた意識が一気に覚醒し、布団を剥ぎ取った本人に抗議の声を上げるが、それが無駄なのは自身でも分かっていた。

 

 

「今日は一緒にお買い物に行く予定でしょ? さっさと準備しなさい。」

 

「ふぁぃ……姉様。」

 

 

 姉様――大西 菊梨は布団を片づけながらあきれ顔でわしを見やる。

 あぁ、これは夢だと改めて認識する。 この過ぎ去った、二度と戻ってこない私と姉様の日々……

 

 ずっとずっと昔の、夢物語……

 

 

―今までのあらすじ―

 私達は無事に夏のコミマを戦い抜く事が出来た。

 だが、戦いがこれで終わったわけではない……何故なら、次は冬のコミマが待っている――私達の戦いはこれからだ!!

 なんて打ち切り漫画みたいなあらすじを語ってみたものの、怪しさ満点の安倍 晴明、更には三妖とかいうやばそうな妖怪まで登場しちゃって……そこまで私を狙う理由はなんなのよ!

 ついに始まる第三シーズン、今回こそ私に平穏は訪れるのだろうか!?

 

 

 

 

 

「ふぁぁ……」

 

「欠伸をする時はお口を隠しなさいな、みっともないですよ?」

 

「どうせ誰も見てないって~」

 

「そういう問題じゃないでしょう? それではお嫁にいけませんよ。」

 

 

 そんな他愛のない会話をしながら買い出しへと向かう。

 この京の都は妖怪と共存する世界でも珍しい都市だ。 しかし、そんな妖怪達にも人間に危害を加える者達もいる。

 

 

「ねぇ姉様、お店の方から変な感じがする。」

 

「そうね……」

 

 

 その妖怪に対応するため、”視える”者達――退魔士が存在するのだ。

 わし達の家……”大西家”もそんな退魔士の家系の一つなのだ。

 

 

「みてみて、天邪鬼がいるよ!」

 

「なんだおまえらぁ!」

 

 

 わしはしゃがんで天邪鬼の角をつつく――天邪鬼は手にした胡瓜をブンブンと振り回して抵抗している。

 

 

「貴方ね……人間のお店の物に手をつけたらダメって教わらなかった?」

 

「これは――すぐ戻すつもりだったんだい!」

 

「全く……人間に迷惑をかけるなら、貴方を祓わなければならない――分かりますね?」

 

 

 天邪鬼の顔色がみるみる青くなるのが分かる。 コイツもこの程度の事で祓われるなんて考えなかったのだろう。

 

 

「わ、わるかった! すぐに戻してくるよ!」

 

「いってらっしゃ~い。」

 

 

 わし達の家は、基本的に妖怪には友好的だ。 余程の事が無い限り祓う事はない。

 どこの家もそうだというわけでは無いのは当然で、中には積極的に妖怪退治する退魔士の家系もあるのも事実だ。

 

 

「じゃあ、私達も行きましょうか?」

 

「うん!」

 

 

―――

 

――

 

 

 

「恵子、ただいまー!」

 

「恵子さん、でしょ?」

 

「おかえりなさいませお嬢様方、買い出しでしたら私が行きますのに……」

 

「妖怪の監視もかねていますのでお気になさらないで下さい。 むしろ恵子さんの体調の方が(わたくし)は心配です……」

 

「ありがとうございます……しかし、お嬢様達が立派に成人するまではこの恵子、死ぬ気は毛頭ありませぬ!」

 

 

 お手伝いの恵子に、買ってきた食材を紙袋ごと渡す。 彼女の皺だらけの手がしっかりと荷物を握り、台所へと歩き出す。 姉様は少し怒った顔をしていたけど、わしは気にせず台所に向かう恵子の後を追う。

 

 

「今日はね! 私が先に妖怪を見つけたんだよ!」

 

「流石でございますね、梨々花お嬢様の力もだいぶお強くなりましたね……きっと、天国のお二方も喜んでおられますよ。」

 

「うん! 私、立派な退魔士になるよ! そしていつかお父さんとお母さんの仇をとるんだ!」

 

 

 退魔士の家系の宿命、それは常に死と隣り合わせだという事だ。 妖怪に敗れれば、当然待っているのは――”死”である。

 力の弱い者は死ぬ、強い者が生き残る――弱肉強食の世界。 父と母は、強大な妖怪に敗れてその命を散らした。 その頃からお手伝いとして家で働いていた恵子が、私達の世話をしてくれたのだ。

 

 

「梨々花お嬢様、恨みのみで戦ってはなりませんよ。 いつも菊梨お嬢様に言われているのでしょう?」

 

「でも! 私はアイツが許せないもん! 私の手で倒さなきゃ――」

 

「梨々花、いい加減にしなさい。」

 

「だって!」

 

「言う事を聞かない子はお仕置きですよ?」

 

「……姉様のばかぁ!!」

 

 

 わしは二人を置いて寝室に駆け込み、綺麗に畳んであった布団の中に丸まった。

 

 

「どうしてダメなのよ……仇がとりたいだけなのに。」

 

 

 この頃のわしは、ただひたすらに強くなる事を望んでいた。 自分から両親を奪ったアイツが憎くて、殺された両親の無念さが腹立たしくて――だから、私の手で倒したかったのだ。

 

 

「――カレーの匂いがする。」

 

 

 布団を涙で濡らしていると、どこからかカレーの香りがしてきた。 それだけの時間引き籠っていたのだろう。

 今日の夕飯はカレーか……そんな事を考えていると、障子越しに人影が見える。 わしは気になって聞き耳を立てる。

 

 

「それは間違いないのですか?」

 

「はい、既に多くの犠牲者が出ているそうで……恐らくはお二方の施した封印が破られたのかと。」

 

「そうですか……放っておけば、この京の都は血に染まるでしょう……」

 

 

 ――何か物騒な話をしている。 封印が破られたとかなんとか――多分かなり力の強い妖怪なのではないかと想像がつく。

 

 

「討伐隊も全滅し、もはや国も打つ手が無いと……」

 

「それで、直系である(わたくし)に勅命が下されたのですね。」

 

「はい……」

 

「酒呑童子――二度とその名を聞きたくはありませんでしたが……こうなってしまっては選択の余地はありませんね。」

 

「まさか、蔵にある神器をお使いに!? それではお二方の二の舞に!」

 

 

 酒呑童子!! 忌々しいその名――わしの両親の命を奪った妖怪の名だ! アイツが復活したというのか!?

 だが、これはチャンスではないのか? 仇を討てる絶好の機会ではないか! アイツを倒すための神器は蔵の中にあると言っていた、姉様よりも先にわしが……!

 

 包まっていた布団を投げ捨て、蔵を目掛けて駆け出す。 裸足のまま庭に出て、真っ直ぐに蔵の入り口へと駆け寄る。

 

 

「こんな鍵――」

 

 

 扉に付けられた南京錠に向かって用意していた呪符を投げつける――ボン、という小さな爆発音と共に、南京錠は粉々に砕け散った。

 

 

「大事な物は全部天井の方仕舞ってたわよね……」

 

 

 木造の階段を登り、埃っぽい部屋の空気を吸いながらゆっくりと進む。 埃を被った葛籠が綺麗に置いて並べて置いてあり、おそらく言っていた神器はこの中に入っているだろう。

 

 

「……一つだけ、凄い霊力を放ってる。」

 

 

 その力に引き寄せられるように、葛籠を手に取って開く――

 

 

「鏡……?」

 

 

 それは綺麗な装飾の施された鏡だった。 古さを感じさせない光沢に、曇り一つない綺麗な鏡面……見ていると引き込まれそうだ。

 

 

「これがあれば……お父さん、お母さん!」

 

「その鏡を置きなさい梨々花!」

 

「げっ、姉様!」

 

 

 いつの間にか、わしの背後には姉様が立っていた。 怒っているのは表情を見れば明らかである。

 

 

「貴女は何をするつもりなのですか!?」

 

「私はっ! この鏡を使って酒呑童子を倒すんだ!」

 

「聞いていたのですね!? 馬鹿な事を言っていないで(わたくし)に渡しなさい!」

 

「いやっ!!」

 

 

 お互いに鏡を引っ張り合う状況になってしまう。 絶対に取られまいと、力を込めて思いっきり引っ張る――

 

 

「ぁ……」

 

 

 急に抵抗する力が無くなる。 わしの想像以上の抵抗に、鏡が姉様の手からすっぽ抜けてしまったのだ。 そして、その勢いは止まらずに鏡を抱いたまま私は一階へと落ちて――

 

 

「梨々花!」

 

「姉様……」

 

 

 無意識のうちに、手にした鏡を投げ捨てて、伸ばされた姉様の手を握っていた。

 ――ガシャン! 足元で鏡が砕け散る音が響く。 あぁ、これでわしの復讐の機会は永久に失われてしまった……そう思った瞬間だった。

 急に辺りに白い煙が立ち込め、視界を白く染め上げていく。 完全に見えなくなる前に、私の身体は引き上げられて、姉様にきつく抱き締められた。

 

 

「ごめん、姉様……」

 

「お願いですから、(わたくし)に心配をかけさせないで……」

 

「うん……」

 

 

 煙は更に広がり、姉様の体温を感じる以外何も分からなくなってしまう。 わしは恐怖で姉様を呼ぶと、すぐ傍で姉様の返事が聞こえた。

 

 

「我の封印を解いたのはお主達か。」

 

「誰っ!?」

 

 

 聞き覚えの無い女性の声が聞こえて来た。 その声は威厳に満ちた雰囲気で、まるでお偉いさんのような声音で話しかけてくる。

 

 

「よく封印を解いてくれた。 鏡の中に閉じ込められ、出れずに難儀していたのだ。」

 

「よ、妖怪なの!?」

 

「そう怯えるな小さな人の子よ。 我の名は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、お前達の言葉で言う”神”だ。」

 

 

 自らを神だと名乗る者にろくな奴はいない。 多分コイツもその手の類の妖怪なのだろう。

 

 

「――あまりに無礼だとこの場でくびり殺すぞ?」

 

「なっ……心を読んだの?!」

 

「宇迦之御魂神、もしや我が家で祀って来た祭神では……?」

 

「その通りだ。 お前達は我の血を受け継ぎし人の子よ。」

 

 

 ――本当に神様なのかもしれない。 人の心を読むのは”さとり”だが、コイツは多分違う。 昔視たさとりの気配と似ても似つかないのだ。

 

 

「では、何故鏡に封印されて……」

 

「いやぁ、やりたい放題しすぎて母上に封印されてしまったのだ!」

 

 

 前言撤回、コイツはやっぱり怪しい……

 

 

「でだ……そろそろ本題に入ろうか。 幸い我は今機嫌が良い――お前達の願いを叶えてやってもよいぞ?」

 

「ほんとに!?」

 

「勿論だ――お前の望む力を与える事が出来るぞ。」

 

「宇迦之御魂神、折角の申し出ですが……私達は力を望みません。 ただ、あの鬼を封印出来ればよいのです。」

 

「姉様!?」

 

 

 少しずつ霧が晴れてくる――それと同時に巨大な影が全容を現してくる。

 

 

「力はいらぬとな……? しかし、その封印をするためにお前は命を捨てる事になるのだぞ?」

 

「かまいません。 それが(わたくし)に課せられた宿命(さだめ)なのですから。」

 

「命を捨てるって……姉様何を言ってるの!?」

 

 

 それはつまり、お父さんとお母さんと同じように……あの鬼に命を捧げるという事だ。 そんなのは――絶対に嫌だ!

 

 

「ごめんなさい、でもこれしか方法が……」

 

「嫌っ! そんなの絶対に嫌っ!!」

 

「その宿命(さだめ)を覆したければ、我と契約するがよい。」

 

「ぁぁ……」

 

 

 霧が完全に晴れると、そこには巨大な白狐がいた。 私達を眺めながらニヤニヤと笑っていたのだ。

 

 

「契約すれば、その宿命(さだめ)から解放してやろう。」

 

「……契約って、何をすればいいの?」

 

「梨々花!?」

 

「何、簡単な事だ。 その身、その魂――全てを我に捧げよ。 我に一生使えるという誓いを立てれば、お前は永遠の力を手に入れるだろう。」

 

 

 多分、嘘は言っていない――直感だがそう思う。 もし、わしがこの神様と契約すれば姉様は死なずに済むのだ。

 

 

「姉様――私、するよ……」

 

「梨々花、何を馬鹿な――」

 

「だって! 姉様まで死んじゃったら……私は一人になっちゃうんだよ!? そんなの耐えられないよ!」

 

「――どうやら決まったようだな。 では契約を――」

 

 

 白狐は私に顔を近づけてくる。 私は姉様から離れて、一歩ずつ白狐へと歩み寄る。

 

 

「待って! 私も――契約する!」

 

「姉様?」

 

「ほう、二人揃って我のモノとなると?」

 

「貴女一人に背負わせるわけにはいきません……止めらぬるならば、せめて共に!」

 

「……ありがとう。」

 

 

 ――本当は怖かった。 力の代償として、自分がこれからどうなるか不安で一杯だった。 でも、姉様と一緒なら……!

 

 

「そうか――では、共に誓うがいい! その身、その魂――全てを我に捧げると!」

 

『私達姉妹は宇迦之御魂神にこの身、この魂――全てを捧げます!』

 

「契約――成立だ!」

 

 

 白狐は、嬉しそうにニヤリと笑った。

 

 

 その後、酒呑童子はわし達姉妹の力で討伐される事になる。 その人間の限界を超えた力に、大西家は同業者から恐れられる事となった。

 それは当然だ――わし達はもう人間ではなくなってしまったのだから。

 

 姉様には契約とは別に、子孫を残すという役目を与えられた。 それは――未来永劫、宇迦之御魂神への供物を用意するためである。

 世代ごとに現れる兆しの現れた子を、宇迦之御魂神へ捧げるのだ。 その者も宇迦之御魂神に全てを捧げ、かの元にお仕えする……それを繰り返し続けるのだ。

 そのために姉様は――宇迦之御魂神の子供を産んだのだった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「なんだ、泣いておるのか梨々花? また昔の夢でも見たのか。」

 

「主様……」

 

 

 主様は初めて目にした日から変わらない青い瞳でわしを見ていた。 端正な顔立ち、銀のロングヘア―が光を反射して輝いている。

 わしは誤魔化すように主様の胸の中に顔を埋める。 姉様と同じサイズの胸に圧迫される感覚が安心感を生む。

 

 

「愛い奴め。」

 

 

 そう言ってわしの頭を優しく撫でてくれる。 わしはそれに甘えるように体を預けた。

 

 

「菊梨は戻らぬと決めた――それは仕方のない事だ。」

 

「……」

 

「しかし、先に待つのは絶望だけではないかもしれぬな。」

 

「どういう事……ですか?」

 

「我にも見えぬ未来があるという事だ。」

 

 

 そう言うと、わしのおでこに優しく口づけをする。

 

 

「では、そろそろ再開するか!」

 

 

 さっきまでのシリアス雰囲気をぶち壊すように、勢いよく袴を捲り上げた。

 

 

「この変態神! もう少し空気呼めばかぁ!!」

 

 

 姉様――いつかまた、一緒に暮らせる日はくるのでしょうか……? わしはずっと、その日を待ち望んでいるのじゃ……




―次回予告―

「はい、第三シーズン始まったのに初回出番無かった主人公でーす!」

「いやん、私(わたくし)の恥ずかしい過去が暴露されてしまいました…… でもでも、ご主人様にならいくら見られても……////」

「いや、見たのは私じゃなくて読者のみなさんだから。」

「そ、そうでした! 皆さん! 頭ぶつけて全て忘れて下さいね!!」

「軽く恐ろしい事言ってるわね…… さてさて! 次回はどんなお話かなー?」

「次回、第二十六話 安倍という一族の宿命(さだめ)」

「これは留美子ちゃんメインのお話になりそうですね。」

「また主人公の出番は無しですか――ばっきゃろ!!」

「あまてるちゃん、ご乱心。」

「次回も楽しみにしていて下さいね!」

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