「ほら、起きなさい……」
誰かがわしの身体を優しく揺する。 身体はいつものように、布団の中へと潜って目覚めを拒否するのだ。
「本当お寝坊さんなんだから……起きなさい――梨々花!」
「ふにゃぁ……お布団返してぇ……」
布団を剥ぎ取られ、寒さが肌を差す。 寝ぼけていた意識が一気に覚醒し、布団を剥ぎ取った本人に抗議の声を上げるが、それが無駄なのは自身でも分かっていた。
「今日は一緒にお買い物に行く予定でしょ? さっさと準備しなさい。」
「ふぁぃ……姉様。」
姉様――大西 菊梨は布団を片づけながらあきれ顔でわしを見やる。
あぁ、これは夢だと改めて認識する。 この過ぎ去った、二度と戻ってこない私と姉様の日々……
ずっとずっと昔の、夢物語……
―今までのあらすじ―
私達は無事に夏のコミマを戦い抜く事が出来た。
だが、戦いがこれで終わったわけではない……何故なら、次は冬のコミマが待っている――私達の戦いはこれからだ!!
なんて打ち切り漫画みたいなあらすじを語ってみたものの、怪しさ満点の安倍 晴明、更には三妖とかいうやばそうな妖怪まで登場しちゃって……そこまで私を狙う理由はなんなのよ!
ついに始まる第三シーズン、今回こそ私に平穏は訪れるのだろうか!?
「ふぁぁ……」
「欠伸をする時はお口を隠しなさいな、みっともないですよ?」
「どうせ誰も見てないって~」
「そういう問題じゃないでしょう? それではお嫁にいけませんよ。」
そんな他愛のない会話をしながら買い出しへと向かう。
この京の都は妖怪と共存する世界でも珍しい都市だ。 しかし、そんな妖怪達にも人間に危害を加える者達もいる。
「ねぇ姉様、お店の方から変な感じがする。」
「そうね……」
その妖怪に対応するため、”視える”者達――退魔士が存在するのだ。
わし達の家……”大西家”もそんな退魔士の家系の一つなのだ。
「みてみて、天邪鬼がいるよ!」
「なんだおまえらぁ!」
わしはしゃがんで天邪鬼の角をつつく――天邪鬼は手にした胡瓜をブンブンと振り回して抵抗している。
「貴方ね……人間のお店の物に手をつけたらダメって教わらなかった?」
「これは――すぐ戻すつもりだったんだい!」
「全く……人間に迷惑をかけるなら、貴方を祓わなければならない――分かりますね?」
天邪鬼の顔色がみるみる青くなるのが分かる。 コイツもこの程度の事で祓われるなんて考えなかったのだろう。
「わ、わるかった! すぐに戻してくるよ!」
「いってらっしゃ~い。」
わし達の家は、基本的に妖怪には友好的だ。 余程の事が無い限り祓う事はない。
どこの家もそうだというわけでは無いのは当然で、中には積極的に妖怪退治する退魔士の家系もあるのも事実だ。
「じゃあ、私達も行きましょうか?」
「うん!」
―――
――
―
「恵子、ただいまー!」
「恵子さん、でしょ?」
「おかえりなさいませお嬢様方、買い出しでしたら私が行きますのに……」
「妖怪の監視もかねていますのでお気になさらないで下さい。 むしろ恵子さんの体調の方が
「ありがとうございます……しかし、お嬢様達が立派に成人するまではこの恵子、死ぬ気は毛頭ありませぬ!」
お手伝いの恵子に、買ってきた食材を紙袋ごと渡す。 彼女の皺だらけの手がしっかりと荷物を握り、台所へと歩き出す。 姉様は少し怒った顔をしていたけど、わしは気にせず台所に向かう恵子の後を追う。
「今日はね! 私が先に妖怪を見つけたんだよ!」
「流石でございますね、梨々花お嬢様の力もだいぶお強くなりましたね……きっと、天国のお二方も喜んでおられますよ。」
「うん! 私、立派な退魔士になるよ! そしていつかお父さんとお母さんの仇をとるんだ!」
退魔士の家系の宿命、それは常に死と隣り合わせだという事だ。 妖怪に敗れれば、当然待っているのは――”死”である。
力の弱い者は死ぬ、強い者が生き残る――弱肉強食の世界。 父と母は、強大な妖怪に敗れてその命を散らした。 その頃からお手伝いとして家で働いていた恵子が、私達の世話をしてくれたのだ。
「梨々花お嬢様、恨みのみで戦ってはなりませんよ。 いつも菊梨お嬢様に言われているのでしょう?」
「でも! 私はアイツが許せないもん! 私の手で倒さなきゃ――」
「梨々花、いい加減にしなさい。」
「だって!」
「言う事を聞かない子はお仕置きですよ?」
「……姉様のばかぁ!!」
わしは二人を置いて寝室に駆け込み、綺麗に畳んであった布団の中に丸まった。
「どうしてダメなのよ……仇がとりたいだけなのに。」
この頃のわしは、ただひたすらに強くなる事を望んでいた。 自分から両親を奪ったアイツが憎くて、殺された両親の無念さが腹立たしくて――だから、私の手で倒したかったのだ。
「――カレーの匂いがする。」
布団を涙で濡らしていると、どこからかカレーの香りがしてきた。 それだけの時間引き籠っていたのだろう。
今日の夕飯はカレーか……そんな事を考えていると、障子越しに人影が見える。 わしは気になって聞き耳を立てる。
「それは間違いないのですか?」
「はい、既に多くの犠牲者が出ているそうで……恐らくはお二方の施した封印が破られたのかと。」
「そうですか……放っておけば、この京の都は血に染まるでしょう……」
――何か物騒な話をしている。 封印が破られたとかなんとか――多分かなり力の強い妖怪なのではないかと想像がつく。
「討伐隊も全滅し、もはや国も打つ手が無いと……」
「それで、直系である
「はい……」
「酒呑童子――二度とその名を聞きたくはありませんでしたが……こうなってしまっては選択の余地はありませんね。」
「まさか、蔵にある神器をお使いに!? それではお二方の二の舞に!」
酒呑童子!! 忌々しいその名――わしの両親の命を奪った妖怪の名だ! アイツが復活したというのか!?
だが、これはチャンスではないのか? 仇を討てる絶好の機会ではないか! アイツを倒すための神器は蔵の中にあると言っていた、姉様よりも先にわしが……!
包まっていた布団を投げ捨て、蔵を目掛けて駆け出す。 裸足のまま庭に出て、真っ直ぐに蔵の入り口へと駆け寄る。
「こんな鍵――」
扉に付けられた南京錠に向かって用意していた呪符を投げつける――ボン、という小さな爆発音と共に、南京錠は粉々に砕け散った。
「大事な物は全部天井の方仕舞ってたわよね……」
木造の階段を登り、埃っぽい部屋の空気を吸いながらゆっくりと進む。 埃を被った葛籠が綺麗に置いて並べて置いてあり、おそらく言っていた神器はこの中に入っているだろう。
「……一つだけ、凄い霊力を放ってる。」
その力に引き寄せられるように、葛籠を手に取って開く――
「鏡……?」
それは綺麗な装飾の施された鏡だった。 古さを感じさせない光沢に、曇り一つない綺麗な鏡面……見ていると引き込まれそうだ。
「これがあれば……お父さん、お母さん!」
「その鏡を置きなさい梨々花!」
「げっ、姉様!」
いつの間にか、わしの背後には姉様が立っていた。 怒っているのは表情を見れば明らかである。
「貴女は何をするつもりなのですか!?」
「私はっ! この鏡を使って酒呑童子を倒すんだ!」
「聞いていたのですね!? 馬鹿な事を言っていないで
「いやっ!!」
お互いに鏡を引っ張り合う状況になってしまう。 絶対に取られまいと、力を込めて思いっきり引っ張る――
「ぁ……」
急に抵抗する力が無くなる。 わしの想像以上の抵抗に、鏡が姉様の手からすっぽ抜けてしまったのだ。 そして、その勢いは止まらずに鏡を抱いたまま私は一階へと落ちて――
「梨々花!」
「姉様……」
無意識のうちに、手にした鏡を投げ捨てて、伸ばされた姉様の手を握っていた。
――ガシャン! 足元で鏡が砕け散る音が響く。 あぁ、これでわしの復讐の機会は永久に失われてしまった……そう思った瞬間だった。
急に辺りに白い煙が立ち込め、視界を白く染め上げていく。 完全に見えなくなる前に、私の身体は引き上げられて、姉様にきつく抱き締められた。
「ごめん、姉様……」
「お願いですから、
「うん……」
煙は更に広がり、姉様の体温を感じる以外何も分からなくなってしまう。 わしは恐怖で姉様を呼ぶと、すぐ傍で姉様の返事が聞こえた。
「我の封印を解いたのはお主達か。」
「誰っ!?」
聞き覚えの無い女性の声が聞こえて来た。 その声は威厳に満ちた雰囲気で、まるでお偉いさんのような声音で話しかけてくる。
「よく封印を解いてくれた。 鏡の中に閉じ込められ、出れずに難儀していたのだ。」
「よ、妖怪なの!?」
「そう怯えるな小さな人の子よ。 我の名は
自らを神だと名乗る者にろくな奴はいない。 多分コイツもその手の類の妖怪なのだろう。
「――あまりに無礼だとこの場でくびり殺すぞ?」
「なっ……心を読んだの?!」
「宇迦之御魂神、もしや我が家で祀って来た祭神では……?」
「その通りだ。 お前達は我の血を受け継ぎし人の子よ。」
――本当に神様なのかもしれない。 人の心を読むのは”さとり”だが、コイツは多分違う。 昔視たさとりの気配と似ても似つかないのだ。
「では、何故鏡に封印されて……」
「いやぁ、やりたい放題しすぎて母上に封印されてしまったのだ!」
前言撤回、コイツはやっぱり怪しい……
「でだ……そろそろ本題に入ろうか。 幸い我は今機嫌が良い――お前達の願いを叶えてやってもよいぞ?」
「ほんとに!?」
「勿論だ――お前の望む力を与える事が出来るぞ。」
「宇迦之御魂神、折角の申し出ですが……私達は力を望みません。 ただ、あの鬼を封印出来ればよいのです。」
「姉様!?」
少しずつ霧が晴れてくる――それと同時に巨大な影が全容を現してくる。
「力はいらぬとな……? しかし、その封印をするためにお前は命を捨てる事になるのだぞ?」
「かまいません。 それが
「命を捨てるって……姉様何を言ってるの!?」
それはつまり、お父さんとお母さんと同じように……あの鬼に命を捧げるという事だ。 そんなのは――絶対に嫌だ!
「ごめんなさい、でもこれしか方法が……」
「嫌っ! そんなの絶対に嫌っ!!」
「その
「ぁぁ……」
霧が完全に晴れると、そこには巨大な白狐がいた。 私達を眺めながらニヤニヤと笑っていたのだ。
「契約すれば、その
「……契約って、何をすればいいの?」
「梨々花!?」
「何、簡単な事だ。 その身、その魂――全てを我に捧げよ。 我に一生使えるという誓いを立てれば、お前は永遠の力を手に入れるだろう。」
多分、嘘は言っていない――直感だがそう思う。 もし、わしがこの神様と契約すれば姉様は死なずに済むのだ。
「姉様――私、するよ……」
「梨々花、何を馬鹿な――」
「だって! 姉様まで死んじゃったら……私は一人になっちゃうんだよ!? そんなの耐えられないよ!」
「――どうやら決まったようだな。 では契約を――」
白狐は私に顔を近づけてくる。 私は姉様から離れて、一歩ずつ白狐へと歩み寄る。
「待って! 私も――契約する!」
「姉様?」
「ほう、二人揃って我のモノとなると?」
「貴女一人に背負わせるわけにはいきません……止めらぬるならば、せめて共に!」
「……ありがとう。」
――本当は怖かった。 力の代償として、自分がこれからどうなるか不安で一杯だった。 でも、姉様と一緒なら……!
「そうか――では、共に誓うがいい! その身、その魂――全てを我に捧げると!」
『私達姉妹は宇迦之御魂神にこの身、この魂――全てを捧げます!』
「契約――成立だ!」
白狐は、嬉しそうにニヤリと笑った。
その後、酒呑童子はわし達姉妹の力で討伐される事になる。 その人間の限界を超えた力に、大西家は同業者から恐れられる事となった。
それは当然だ――わし達はもう人間ではなくなってしまったのだから。
姉様には契約とは別に、子孫を残すという役目を与えられた。 それは――未来永劫、宇迦之御魂神への供物を用意するためである。
世代ごとに現れる兆しの現れた子を、宇迦之御魂神へ捧げるのだ。 その者も宇迦之御魂神に全てを捧げ、かの元にお仕えする……それを繰り返し続けるのだ。
そのために姉様は――宇迦之御魂神の子供を産んだのだった……
―――
――
―
「なんだ、泣いておるのか梨々花? また昔の夢でも見たのか。」
「主様……」
主様は初めて目にした日から変わらない青い瞳でわしを見ていた。 端正な顔立ち、銀のロングヘア―が光を反射して輝いている。
わしは誤魔化すように主様の胸の中に顔を埋める。 姉様と同じサイズの胸に圧迫される感覚が安心感を生む。
「愛い奴め。」
そう言ってわしの頭を優しく撫でてくれる。 わしはそれに甘えるように体を預けた。
「菊梨は戻らぬと決めた――それは仕方のない事だ。」
「……」
「しかし、先に待つのは絶望だけではないかもしれぬな。」
「どういう事……ですか?」
「我にも見えぬ未来があるという事だ。」
そう言うと、わしのおでこに優しく口づけをする。
「では、そろそろ再開するか!」
さっきまでのシリアス雰囲気をぶち壊すように、勢いよく袴を捲り上げた。
「この変態神! もう少し空気呼めばかぁ!!」
姉様――いつかまた、一緒に暮らせる日はくるのでしょうか……? わしはずっと、その日を待ち望んでいるのじゃ……
―次回予告―
「はい、第三シーズン始まったのに初回出番無かった主人公でーす!」
「いやん、私(わたくし)の恥ずかしい過去が暴露されてしまいました…… でもでも、ご主人様にならいくら見られても……////」
「いや、見たのは私じゃなくて読者のみなさんだから。」
「そ、そうでした! 皆さん! 頭ぶつけて全て忘れて下さいね!!」
「軽く恐ろしい事言ってるわね…… さてさて! 次回はどんなお話かなー?」
「次回、第二十六話 安倍という一族の宿命(さだめ)」
「これは留美子ちゃんメインのお話になりそうですね。」
「また主人公の出番は無しですか――ばっきゃろ!!」
「あまてるちゃん、ご乱心。」
「次回も楽しみにしていて下さいね!」