ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第三十三話 染野 艷千香の誘い 後編

 いつもと同じ行為の筈なのに、私は何か違和感を感じていた。 どこか集中出来ないというか、何か他人事のように感じている自分がそこにいた。

 

 

「あまてるちゃん?」

 

「……ん?」

 

「私を見てない。」

 

 

 裸で馬乗りになっている留美子に指摘される程だったようだ。 流石に相手にも失礼だと分かってはいるのだが……

 

 

「っ……」

 

 

 ――左手に急な痛みが走った。 それは左手の薬指……指輪をを嵌めている場所だ。 ズキズキとその痛みは持続して自己主張してくる。 今までこんな事は一度もなかったけど。

 私は痛みの原因を確認しようと右手で指輪に触れる――その瞬間、バチリと閃光が走る。

 

 

「あれっ……?」

 

 

 閃光が走った一瞬、目の前にいる留美子がまるでノイズの走ったホログラムのように歪んだのだ。

 

 

「あまてるちゃん?」

 

「ねぇ留美子……」

 

 

 私は指輪を嵌めている左手で留美子の乳房を掴もうとする――しかし、私の手は留美子の身体を貫通してしまった。

 

 

「そうか、菊梨の指輪が幻覚を破ってるのね。」

 

 

 私は右手を左手に重ねて目を瞑る。 左手の薬指に集中して霊力を集める――徐々に全身が浮遊感に襲われる。

 

 

「菊梨、力を貸して!」

 

 

 指輪は更に光を強め、辺りを照らし出した。 遠くでガラスの割れるような音が響いたかと思うと、目の前の景色が砕け散った。

 

 

「あら、思ったより早かったね……お姉ちゃん。」

 

「こ、こは……?」

 

「まぁ、幻覚を破ったくらいじゃどうしようもないけどね。」

 

 

 現実に戻った私は、裸で蜘蛛の糸に囚われていたのだった……

 

 

―――

 

――

 

 

 

「ですので、この門を開けていただけません?」

 

「招待状の無い者は通せません。」

 

「そうですか……」

 

 

 菊梨は門番にとびっきりの笑顔を向けると、容赦のない鉄拳を叩き込んだ。 門番から血飛沫は飛ぶ事無く、灰が散るようにその身体は掻き消えた。

 ――彼女の手にはボロボロになった符が握られていた。

 

 

「やはり式神でしたね……それで、貴女が邪魔者ですか?」

 

「あぁら、狐ちゃんは匂いに敏感なのかしらね?。」

 

 

 屋敷の庭から歩いて来たのは一人のメイド――菊梨はその相手の事をよく知っていた。 彼女にとって、一度でも匂いを嗅いだ事のある相手なら即時に判別する事が出来るのだ。

 

 

「女郎蜘蛛――よく脱獄できましたね。 いえ……あの男が関わっているなら()()()でしょうね。」

 

「教える義理はないわぁ。 私と主様の大事なお客様をお渡しするわけにはいかない。」

 

「その方は(わたくし)の大事なご主人様であって、貴女達のモノではありませんよ?」

 

 

 顔は笑っているが、目は笑っていない。 その瞳はしっかりと目の前の敵を見据えていた。 そこには油断は無く、ましてや手加減する気など微塵もなかった。

 

 

「二度目は――ないぞ!」

 

 

 菊梨は体内の妖力を一気に解放する。 以前にも発揮した菊梨の本気状態、鬼ですら圧倒するほどの強大な力を要した大妖怪。

 

 

「それは研究済みよ。 糸でのエナジードレインは貴女の力に関係なく吸収するわ!」

 

「試してみるか?」

 

 

 薫は菊梨を自らの結界内に閉じ込め、四方八方から糸を飛ばして菊梨を拘束した。 菊梨が足掻こうとも、絡まる糸と足元の蜘蛛の巣がねちゃねちゃと音を立てるだけでびくともしない。

 

 

「以前とは違って巣をアース代わりにしてるからね、力を吸い過ぎて行動不能なんて事はない。」

 

「ほう、これで無力化したつもりか――狐影丸!」

 

 

 拘束していた糸は一瞬で切り刻まれ、彼女を縛るのは最早足元の蜘蛛の巣だけになっていた。

 

 

「流石に反則でしょうが!」

 

「――反則というのはこういう事か?」

 

 

 菊梨は刀を構える事もせず、まるでデコピンをするかのような動作をした。

 

 

「ひぎっ!」

 

「ほれほれ。」

 

 

 菊梨がデコピンの動作をする度、薫の手足や腹が吹き飛んでいく。 体液をまき散らしながら、抵抗する事すら出来ずに身体を砕かれていく。

 

 

「どうした、もう悲鳴すら上げられないか?」

 

「……ぁ」

 

「強い妖怪程、その生命力は強い。 人間のように簡単に死ねないのが辛い所だな。」

 

 

 まるで憐れむように肉塊になった薫を見下ろしている。

 

 

「お前の、負けだ……」

 

「まだ囀る元気があったか。」

 

「わたしの、妖力は……全てけっかいに……」

 

「……」

 

 

 ぐしゃり、という音と共に薫の頭部が踏み潰される。 菊梨は刀を帯刀すると、面倒そうに肩を竦めた。

 

 

「元々時間稼ぎが目的だったか、この結界を破るのは私でも骨が折れそうだ。」

 

 

 あとは、あの娘に任せるとするか……

 そう考えながら菊梨は自身の妖力を霧散させた。

 

 

―――

 

――

 

 

 

「言っておくけど、助けを期待しても無駄だからね?」

 

「どうしてこんな事!?というか、この糸って確か女郎蜘蛛の……」

 

「あぁ、確か雪お姉ちゃんは一度対峙してるんだもんね。 あの妖怪は私のペットにしたのよ。」

 

 

 キャンパスで絵を描く少女は無邪気な笑顔でそう語る。 しかし、それと同時に彼女から漂う異臭に私は顔をしかめた。

 

 

「という事は……貴女が三妖の主!?」

 

「そっか、まだ自己紹介してなかったね。 私の名前は染野 艷千香、退()()()よ。」

 

「退魔士……」

 

「私の一族の力は、対象を描く事によって生命力を奪い、力を自身の物にする事が出来る。 そうやって私は長年この身体を維持してきたの。」

 

 

 つまりは簡単な話だ、彼女にとって私は極上の餌という所なのだろう。 そして彼女の作品は全て犠牲者の……

 

 

「お姉ちゃんは今までの中で一番よ! じっくりと少しずつ食べてあげる……」

 

「冗談じゃないわ! 私は貴方の餌なんかじゃない!」

 

 

 なんとか糸の拘束から抜け出そうとするが、手足にしっかりと絡まりびくともしない。 むしろ動く度に全身を脱力感が襲ってくる。 どうやら女郎蜘蛛の時と同じで私の霊力を奪っているようだ。

 

 

「暴れれば蜘蛛の糸に、黙っていれば私の力で――さあ、どうするお姉ちゃん?」

 

「くっ……」

 

 

 前回は女郎蜘蛛が自爆してくれて助かったが、今回はそういうわけにもいかない。 途中まで尾行していた菊梨が現れない所を見ると何かトラブルに巻き込まれた可能性もある。

 ――打開策を見つけるためには時間が必要だ。

 

 

「――それにしても、貴女凄い匂いね。」

 

「ごめんね、お姉ちゃんが美味しすぎて我慢出来なかったのよ。」

 

 

 まずは相手の筆を止めさせなければならない。 そうしなければ永遠に霊力を奪われ続けるだけだ。

 

 

「見た目に似合わず変態さんなんだ。 是非、その大洪水の様子を見せてもらいたいな。」

 

「うふふ、いいわよ?」

 

 

 艷千香は余程嬉しいのか、筆を置くとスカートを捲って私に見せつけてきた。 子供っぽいピンクと白のストライプの下着は水分を大量に吸って酷い状態になっていた。 今尚滴り続けるソレは、彼女が興奮状態にある事を自己主張している。

 

 

「わお……」

 

「こんなになったのはお姉ちゃんが初めてよ! なんて味わい深く極上の霊力なのかしら!」

 

 

 うん、間違いなくコイツはやばい。 今すぐここから逃げ出したい所だが――思った以上に私の霊力は減少している。 霊剣を形成する事は出来るだろうが、その後の戦闘に耐えられるかは未知数だ。

 かといって、霊剣でなければこの糸を切り裂く事は出来ないだろう……

 

 

「じゃあもっと丁重に扱ってくれない? この糸だいぶ苦しいんだけど?」

 

「それはダメー! そんな事したらお姉ちゃんは逃げちゃうでしょ?」

 

 

 ならば、糸を切ると同時に攻撃するしかない。 それが出来る方法といえば――やってみる価値はある。

 

 

「よく分かってるじゃない、逃げないわけがないでしょ?」

 

「でも無駄よ、お姉ちゃんは絶対に逃げられない。」

 

「それはどうかな……?」

 

 

 私は残った霊力を左手にかき集める。 先程と同じように指輪を嵌めた薬指が痛むが構わず霊剣を形成する。

 

 

「チェストぉ!」

 

「うそっ!?」

 

 

 霊剣を形成して腕を振り上げる――強烈な霊力な周囲の糸を切り裂いて私の両手が自由になる。 私はそのまま思いっきり振りかぶった。

 当然ハリセンが彼女の場所まで届くわけがない――だが、こうやって霊力を過剰に送り込めば!!

 

 

「ひぃぃん!」

 

 

 ――その刃は届いた。 過剰分の霊力がハリセン部分を延長し、その射程を伸ばしたのだ。 彼女の頭部に炸裂した霊剣は、意識を奪うには充分すぎる威力であった。

 

 

「ふぅ、なんとかなったぁ……」

 

 

 彼女が倒れると同時に周囲の糸が消滅して身体が自由になる。 どうやら、彼女の霊力でこの場所に固定化されていたようだ。

 私は冷えた体を擦りながら急いで衣服を纏った。

 

 

「さてと、コイツをどうするかな。」

 

「――見事だ。」

 

 

 倒れた艶千香に近づこうとするが、突然現れた男に阻まれる。

 

 

「アンタが3匹め?」

 

「いかにも。 其方の健闘を讃えこの場は引こう。」

 

「ちょっ、待ちなさいよ!」

 

 

 男は艷千香を抱えると風のように掻き消えた。

 

 

「あいつが、留美子にあんな傷を負わせた敵……」

 

 

 間違いなく、戦っていたなら今の私ではやられていただろう。 引いてくれて助かったのはこっちの方だ。

 私は額の汗を拭って大きく息を吐いた。

 

 

「たまには菊梨の言う事も聞いた方がよさそうね。」

 

 

―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―

 

 

―――

 

――

 

 

 

 菊梨は暇そうに座り込んでいたが、急に目の前の結界が音を立てて崩れた。 先程までの景色が元の空間に戻れた事を主張している。

 

 

「もう、遅いですよ留美子ちゃん。」

 

「ごめん、”彼女”を連れて来るのに時間がかかった。」

 

 

 留美子に呼ばれた”彼女”は、自分が成した所業を理解出来ずにきょとんとその場に立ったままだった。

 

 

「えっと、師匠……? これ成功した?」

 

「ばっちり、後でご褒美あげる。」

 

「やったね!」

 

 

 その少女――羽川 秋子はその場で嬉しそうにガッツポーズをした。

 

 

「いつの間にそこまで仕込んでたのですか?」

 

「元々の潜在能力。」

 

「成程、かなりの掘り出し物ですね。」

 

 

 菊梨は何かを察したように頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「さてと、そろそろご主人様を迎えに行きましょうか。」




―次回予告―

「ちょっと! なんで誰も助けに来ないのよ!?」

「自分でなんとか出来たんだからいいじゃないですか~」

「あまてるちゃんさいきょー」

「適当におだてても私の怒りは収まらないんだからね!」

「まぁまぁ、ご主人様落ち着いて。」

「どうどう。」

「むきぃ!!」

「次回は久々にまったり出来そうですし、いいじゃないですか。」

「どれどれ……次回、第三十四話 ピクニックに行きませう。」

「そんな都合よくいくかな。」

「こら留美子、そんな不吉な事言わないの!」

「次回も楽しみにして下さいませ!」

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