「はーい皆さんこんにちは! 皆大好き、教えて、よーこ先生のお時間ですよ!」
「今回もアゲアゲでいくよ!」
「ではでは、今回のお題は……」
~クリスマスが無いってホント?~
「センセー、クリスマスって何?」
「私(わたくし)も詳しくはないのですが、こことは違う世界にある行事だそうですよ。 なんでも恋人同士で過ごす事を性夜と呼ぶのだとか。」
「マジで!?」
”違うぞ。”
「何々? どっから声してきたわけ?」
”天の声だ、あまり気にするな。 兎に角、この世界にキリストの概念が無い以上クリスマスの概念も同時に存在しない。”
「――これは大物が出てきてしまいましたね。」
「センセー?」
”コホン、では私はこれにて失礼する。”
「あぁ、今回はお仕事とられちゃいましたね。 皆さんあでぃおす!」
「だから、さっきの狐女は誰さ~!」
私達三人は、朝から氷室惣菜店へとやって来ていた。 勿論、目的は例のソフトクリームである。
「あら、いらっしゃい――って、雪じゃないか!」
「お久しぶりです氷室さん!」
彼女の名前は氷室 茜。 この氷室惣菜店の店主であり、昔から色々とお世話になっている人である。
既に30歳になるはずなのだが、その見た目は私がこの町を出る前とほとんど変わっていない。
「帰ってるとは聞いてたけど、やっと店に顔を出してくれたね!」
「本当はすぐに来たかったんですけど、おばちゃんの家の片付けになかなか時間をとられちゃいまして……」
「まぁそれは仕方ないね。 で、その隣の娘は彼女かい?」
「いえ、
いやいや、彼女って発想はおかしいでしょ!
そう突っ込みたかったのだが、菊梨は待ってましたとばかりに胸を張って名乗り出てしまった。
「嫁連れで帰省とはやるねぇ!」
「あぁもう……なんでもいいや。」
「ソフトクリーム3つ用意するね。」
氷室さんは慣れた手つきでソフトクリームの機械を操作する。 ワッフルコーンの上に綺麗なとぐろを巻いて見慣れたソフトクリームを形成していく。
「はいお待ち、300円ね。」
「ありがとう、氷室お姉さん!」
「褒めても値下げはしないよ?」
「ちっ……」
私はがま口財布から100円玉を3枚取り出して氷室さんの手の平に受け渡す。
「毎度あり~」
「お得意様なんだから少しくらいまけてもバチは当たらないと思うけどね。」
「それとこれとは別ってね!」
――悔しいが、味は相変わらずの絶品だ。 最早この誘惑から逃れられない身体にされてしまっているのだ。
「さてと、今日はどうする?」
「
「はいはーい! アタシはカラオケ行きたい!」
「カラオケかぁ……」
私の記憶が正しければ、市街まで出張って行かなければカラオケ店は無かったはずだ。 もしも、万が一町の中に新設されているならば話は別だが。
「ねぇ愛子、もしかして町内に新しくカラオケ店が作られてたりは――」
「ないない。」
「ですよねぇぇええ!!!」
分かってた、分かってましたとも! そんな都合のいい話があるわけないってね!
そうなると手段はバスか電車での移動だ。 大体、片道1時間という長旅になるが。
「はぁ、どうしたもんかね。」
「んー、おかさんの車ならあるけど。」
「車があるとな……?」
――それなら話は別である。 車を使えば、1本30分おきにしか来ないバスや電車を待つ必要はないのだ!
「よし、私の運転免許が役に立つ時が来たな!」
「へぇ、雪姉ぇ免許持ってたんだ。」
「まぁね! 帝都に出る前におばちゃんに取れって言われたからね。」
ともかく、足は手に入れた! さぁ、いざ行かん魅惑のカラオケタイム!
私は高らかに右腕を掲げた。
―前回のあらすじ―
お墓参りでご主人様の故郷である青森にやって来た
「丘をこ~え~行こうよ~」
私は鼻歌混じりに車を走らせていた。
「ご主人様……」
「何よ、不服そうな顔しちゃって。」
「それはもう!!」
菊梨が不貞腐れている理由は一つ――彼女の今の姿が全てを物語っている。
助席に座る愛子の膝元にちょこんと行儀よく座っているモフモフの生き物、それが今の菊梨だ。 更に詳細に言えば、狐の姿になった菊梨が不貞腐れ顔でこちらを睨んでいるのだ。
「仕方ないでしょ、そうしなきゃ乗れなかったんだから。」
「それはそうですが……」
ある程度は予想していたのだが、ガレージに眠っていたのは軽トラックだったのだ。 車は車なのだが、後ろに荷台がある仕様上――運転席と助手席しかない。 この車に3人で乗り込む事は事実上不可能なのである。
「いやぁ、菊梨が妖怪でほんと良かった!」
「いえ、妖怪だからこういう芸当が出来るというのは間違いなのですが。」
愛子は話の最中でもひたすら菊梨をもみくちゃにしている。 あのモフモフの感触が気に入ったのだろう――私も後で触らせてもらおう。
「さてと、あとは紀野埠峠を越えたら目的地に到着ね。」
「紀野埠峠か……」
「ん、どうかした?」
さっきまでモフモフに夢中だった愛子が手を止めて口を開いた。
「実はね、紀野埠峠にトンネル作ろうっていう計画が去年あったわけ。 で、工事してたら古い祠が出て来たわけよ。」
「ふむ……それで?」
「そいつら馬鹿でさ~! おかさんに相談すれば良かったのにその祠を撤去しちゃったわけ。
まぁ案の定、事故が多発して計画はおじゃん。」
「――因果応報ね。」
「でしょ~? で、ここからが本題なわけ。 その事故以来、この紀野埠峠を走っていると――」
ここから紀野埠峠、カーブにご注意くださいという看板の横を通り過ぎる。
こんな話をしているからだろうか、妙に背筋が冷たい。
「ご主人様、何か感じませんか?」
「キノセイジャナイ?」
感じ取るのはこの三人の中で一番秀でているであろう菊梨から、そんな言葉が出てくると嫌な予感しかない。
私は恐る恐るバックミラーで背後を確認する――
「ひっ!?」
――小さな悲鳴が零れる。 そこに写っていたのは、物凄い形相で走りながらこちらを追いかけて来る老婆だった。
「マジヤバっ! 噂のターボばあさん!」
「ターボばあさん!?」
「事故以来出てくるってのがアレ! 峠を抜けるまでずっと追ってくんの!!」
ターボ――という程ではないが、人間とは思えない速度でこちらを追いかけて来るターボばあさんは人間とは思えない。
かと言って、妖怪かと言われれば多少違和感があった。
「菊梨、アレおかしくない?」
「そうですね、妖怪にしては纏っている雰囲気が違うと言いますか……」
「だよね。 愛子、あれに追いつかれるとどうなるわけ?」
「――知らない。 だって、追いつかれたって報告聞いた事ないし。」
となると、答えは一つだ――追いつかれるとただじゃ済まない!
「――速度上げるわよ!」
私はレバーを倒して4WDへと切り替える。 上りの山道ではこちらの方が馬力が出る。
更にアクセルを踏み込んで加速し、ターボばあさんとの差を開かせる。
「こんな速度でどうやって曲がるわけ!?」
「こうすんのよ!」
目の前に迫る急カーブ、私は躊躇なくサイドブレーキを引きながらハンドルを切る。
けたましい音を響きかせ、後輪が滑らせて無理矢理車の方向を変える。
「舌噛まないようにね!」
「……うん。」
この紀野埠峠はそれ程規模は広くはないが、さっきのような急カーブが多々ある。 私は機械のような正確さで何度もドリフトしながら道を進んで行く。
「雪姉ぇ! ターボばあさんが追いついてきたよ!」
「嘘でしょ!?」
正直、このまま走っていれば逃げ切れると踏んでいた。 しかし、ターボばあさんはニヤリと笑みを浮かべたかと思うと加速してきたのだ。
もうすぐ峠は下りを迎える――その場合、ターボばあさんに更なる加速をもたらすだろう。 そうなると追いつかれる可能性は高くなってしまう。
「分かりました! ご主人様、アレは妖怪じゃありません。」
「どういう事よ?」
「恐らくは山神は変質したものです。 長年放置された事、そして無理矢理祠を破壊された事でああなったのでしょう。」
「そんな情報あっても今は役に立たないわよ!」
「ですから! 峠を越えてしまえば安全という事です!」
まずその逃げ切る知恵を教えてくれ!
そう叫びたかったが、急カーブのため飲み込んだ。 さて、ここからは下りの道に入っていく。
「ヤバイ! すぐ後ろまで来てる!」
「峠さえ来れられれば……」
峠を――それしかないか。 私は一つの賭けに出る事にした。 このまま掴まって消されるくらいなら、例え1%でも可能性のある方に賭けよう。
私はアクセルを踏み込んで加速させる。
「菊梨! 少しの間だけ後部の窓を開けるから、そこから荷台に移動して!」
「どうなさるおつもりですか?」
「飛ぶのよ!」
『飛ぶ!?』
愛子と菊梨の声が重なる。 目の前に迫るカーブ、そのガードレール横には大きな大岩がある。
「いい? まずはあの大岩をスライスしてジャンプ台にするの。 ジャンプしてからは邪魔な木々を切り倒す――以上!」
私は菊梨の首根っこを掴んで少し開いた後方窓から菊梨をぶん投げる。
「ご主人様ぁぁぁ!!」
「時間無いんだからさっさとやる!!」
菊梨はすぐさま人の姿に戻り、目の前にある取っ手に左手で捕まった。 目の前にはさっき言った大岩が迫ってきている。
「いやぁぁぁぁ!」
「菊梨!!」
「あぁもう、わかってますとも!」
菊梨は右手で霊剣を形成し、横薙ぎに一閃する。 目の前の岩はいとも簡単に断ち切られ、簡易的なジャンプ台が完成する。
「いくわよぉ!」
「神様仏様おかさん――アタシ達をお守りください!!」
「あ~い、きゃ~ん――ふらぁぁい!!」
全身を駆け巡る浮遊感、それはジェットコースターに似ているかもしれない。 そして次に襲ってくるのは――重力による落下現象だ。
まるでレースゲームのようなショートカット、あとは着地さえ決めればこちらの勝ちだ!
流石にターボばあさんも驚きの表情を隠せないようだ。
「――こんな大胆なご主人様も、いいかも。」
障害となる木々を菊梨は的確に切り払っていく。 愛子は放心状態なのか口をぽかんと開いたまま硬直している。
私の狙い通り、着地地点である峠終わり近くの道路が迫る。 あとは車が衝撃に耐えられるかどうかだ。
「普通は耐えられませんからね!!」
着地の瞬間の衝撃に備えるが、襲ってきたのは拍子抜けのような小さな揺れだけだった。 どうやら菊梨が結界を緩和剤のようにして衝撃を抑えたようだった。
「見たか! 私達の勝ちよターボばあさん!!」
峠を抜けたという旨が表記された看板をすり抜けた後、私は高らかに勝利宣言をした。 いつの間にか追いついてきていたターボばあさんは看板の前で立ち尽くしていた。
愛子は相変わらず放心状態で、菊梨は安心したのかぺたりと荷台に座り込んでいた。
私はゆっくりと車を停車させると、ターボばあさんの元へと歩み寄った。
「いい勝負だったわ。」
「……」
私が右手を差し出すと、ターボばあさんも笑顔で握手を交わした。ここに、奇妙な友情が生まれたのであった。
―――
――
―
結局あの後、カラオケの話はおじゃんになりターボばあさんとの対話が始まった。
やはり菊梨の予想通り、彼女は元々山神であった。 存在を忘れ去られ、その力は弱まって消えそうになっていた所を工事の時に掘り起こされ、認知される事で多少の力を取り戻したらしい。
当然、祠を破壊しようとした人間を追い返したのだが――再び自身の力が衰えてしまう事を恐れ、定期的に姿を現しては車を追いかけまわしていたらしい。 その結果、ターボばあさんという存在として強く認知される事によって存在が変質してしまったというわけだ。
「まぁ、祠の立て直しと定期的な祭事の約束をして騒動は収まったわけだけど。」
「それ、アタシがやらなきゃないんだけど~?」
「そんな細かい事気にしちゃダメだって後継者さん!」
「むぅ……」
「こういうお仕事もおばちゃんがやってたんだから、愛子も頑張らないとね。」
「そうだけどさ……」
ともあれ、ターボおばさん騒動は一件落着というわけだ。 幸い、車もなんともなかったわけだし。
「でも、雪姉ぇの運転する車には二度と乗らないから!」
「あら、トラウマになってらっしゃる?」
「バカー!」
―天国のおばちゃん、今日も私は元気です―
「ふむ、悪くない茶じゃ。 お嬢さん、お替りをおくれ。」
『誰だこの爺さん!?』
――続く!
―次回予告―
「ちょっとなにこれ、このまま続くわけ!?」
「はい、続きますよご主人様。」
「お茶はまだかのお嬢さん。」
「少々お待ち下さいね。」
「(あの特徴的な頭部の形、間違いなく妖怪ぬらりひょんよね)」
「なんじゃ、予告をしないならわしがしてしまうぞ?
次回、第四十話 課せられた三つの試練。」
「あぁ、次回予告まで奪われた!?」
「次回も見て下さいましね!」