―帝京歴785年 12月31日―
「今年は色々ありましたね、ご主人様。」
「その色々の始まりが貴女でしょうが!」
「あれ、そうでしたっけ?」
もうすぐ年が明ける最中、私はこたつでぐったり伸びていた。 寒い時期にとってはこれが至福の時間である。
「とぼけちゃってさ! それまでは私は平穏無難な生活をしてたのよ。」
「本当ですか?」
菊梨は嘘だと言わんばかりにニヤニヤとこちらを見て笑っている。 確かに昔から妖怪や霊に絡まれる事は多々あったが、今ほど酷くなかったのは確かだ。
「そっちが急に押しかけてさ、次の日には学校まで……」
「ご主人様?」
学校まで押しかけてきて、何があったんだっけ……?
つい最近の記憶だというのに、まるでモヤがかかったように映像がはっきりしない。
「それで、どうなったんだっけ……?」
「……やだなぁ、生徒として同じ大学に通う事になったじゃありませんか。 それでその後は記念で初デートを。」
「あぁ、あの偽遊園地か。 そんな事もあったなぁ~」
どうやら、たまたま思い出せなかっただけで私の記憶に問題はなさそうだ。
そう、何も問題はない――だけど。
「でも、何か足りない気がするんだよね。」
「……」
「胸に大きな穴が空いてるっていうかさ……なんだろう、この気持ち。」
そう、この気持ちを言葉として表すなら――
”寂しい”
「大丈夫です、私がいますよ。」
そう言うと菊梨は私の身体を背後から優しく抱き締めた。 背中越しの温もりに優しく包み込まれるような感じがした。
そのまま私の髪に触れると、するすると衣擦れの音が聞こえてきた。
「ん……?」
「そのまま動かないで下さいまし。」
後ろからなので何をしているのかは分からないが、私の髪に触れながらごそごそとしているようだった。
その感触が妙にくすぐったくて小さく身震いしてしまう。
「はい、出来ましたよ。」
そう言って手渡してきたのは手鏡だった。 菊梨はニコニコと笑い、早く確認してみろと急かしてくる。
まぁ、この時点である程度予測は絞れるわけだが――確認しないという選択肢はなさそうだ。
「――ぷっ、流石にこれは私には似合わないって!」
手鏡に映ったのは、赤いリボンに束ねられた自身の後ろ髪だった。
確かに先日、長い間お世話になった髪留めのゴムにさよならバイバイしてしまった。 そのおかげで後ろ髪を放置していたわけだが……
「そんな事ありませんよ、むしろもう少しおしゃれに気を使って下さいまし。」
菊梨は両腕を私の腰に回して背後から抱き着いてくる。 その身体は妙に火照っているように感じた。
「まぁ、そんなご主人様でも
「改まって――何さ?」
――自身の鼓動が早まるのを感じる。 菊梨も、同じなのだろうか?
「
「わ、私は迷惑してるけどね! いつも色々な事に巻き込まれてさ!」
「……」
「まぁ! それと好きかどうかは別問題だけどね!」
我ながら本当に素直じゃないと感じる。 素直に好きだと言ってしまえば簡単なのに、心のどこかで引っかかりを感じてこんな捻くれた事しか言えないのだ。
「ご主人様……」
「――菊梨。」
振り向くと、そこには少しだけ瞳を潤ませた菊梨の顔がすぐそこにあった。
求めている事は分かる――たまには、その気持ちに応えなければいけないという事も……
「んっ……」
「んくぅ……」
――重なる互いの唇。 くっついては離れを繰り返し、その度に透明な架け橋をかける。
そのままゆっくりと衿に指をかけ――
「雪姉ぇ! 初日の出見に行こっ!」
『ぁ……』
全く――空気の読めない妹分である。
―前回のあらすじ―
一つ目の試練を乗り越え、次に現れた刺客は軍服姿の怨霊だった。 その圧倒的な力に成す術なく倒れる愛子――しかしっ! 我々には彼女がいる! そう、最凶のヒロイン事この私っ! 雪ちゃんだ!
そしてついに極めた力、明鏡止水の極意! これでもう私に敵なんていないわね! 最後の試練の場所も分かったし、ちゃちゃっと試練を終わらせちゃおう!
「ねぇねぇ? 何してたの何してたの!?」
「うるさい、少し黙ってて。」
さっきからまとわりつくように私の傍で質問責めしてくる愛子がいい加減鬱陶しくなってきた。
その理由は至極簡単で、例のシーンで乱入されたためだ。 それはまぁ、あんな濃厚なキスシーンに入り込んでしまえば一目瞭然なんだが。
「愛子ちゃん、そういうのはいけませんわ。」
「いや、むしろ反省すべきはそんな行為に及ぼうとしていた二人の方だな。 せめて子供の目がいかない場所でするべきだ。」
「なんで先輩方に情報が漏れてるんですか!?」
愛子はてへぺろポーズであざとく誤魔化している。
いや、そんな事しても絶対に許さないから……
「雪姉ぇ気にしすぎっしょ! さぁさぁ恐山の頂上にご案内~」
「置いてくぞ?」
「あぁもう! すっごいむかつくんですけど!」
菊梨は顔が赤いまま黙ったままで、結果的に私が集中砲火を受けているわけだ。 こうなると初日の出とかどうでもよくなってくる。
「――いくよ!」
私は菊梨の手を握って走り出すが、菊梨は相変わらず俯いたままだ。
「心配しなくても後で時間作るから!」
「――はい!」
普段は積極的なくせに、こういう時は奥手というかしっかり女の子してるなぁと感じる。 なんというか、ギャップ萌え? 要素なのかもしれない。
「アタシはカップそばの準備するから!」
「あぁ、もうそんな時間か。 というかこんな寒い中で食べるとか地獄なんだけど、車に戻ったらダメ?」
「ダメ!」
幸い雪は降っていないが、かなり冷えるのは確かである。 そもそもしっかりとした準備も無しに初日の出なんて見に来たのが失敗なのではないか?
「昔は毎年一緒に見に行ってたじゃん!」
「子供は風の子なので風邪を引かないのです。」
「――なんていう言い訳。」
「うっさい!」
ふざけた事を言って誤魔化したが、本当の事を言うとその記憶すら朧気なのだ。
「ご主人様、また難しそうなお顔をしてますよ。」
「ごめん、表情に出てたか。」
心配させまいと振舞ってはいるが、どうしても菊梨の傍だと気が緩んでしまうらしい。
「やはり記憶が……」
「そうね、子供の頃の事はさっぱり。」
誤魔化す事を諦めて、素直に今の気持ちを伝える。 その方が彼女にとっても良いだろう。
「色々大事な事があったはずなのに――どうしてかな。 おばちゃんとの記憶、愛子との記憶、どれも大切な思い出なのに……」
「……」
「やっぱり、早く原因を突き止めなきゃね。」
「――そのままじゃ、ダメですか?」
「え?」
それはか細く、今にも消え入りそうな声だった。 とても”らしくない”彼女の姿。 弱々しくて、風が吹いたら消えてしまいそうな程で……
「思い出す事が、幸せではございませんよ。」
「そうかも、しれない……」
それは全て可能性のお話。 もしも、かもの仮定であって、蓋さえ開けなければ全てを内包したまま変化しない事象。
しかし、本当にそれでいいのだろうか? 現状維持か前に進むのか――それならば私は後者を選ぶ。
「きっと、現状維持と思考停止は違うんだよ。 だから私は知りたいんだ。」
「――分かりました。」
そう、きっとこの霧がかかった記憶の先に――
”必ず、またお会いしましょう。”
ポケットに入れていたスマホが振動する。 私はポケットに手を入れてスマホを取り出す。
―帝京歴786年 1月1日―
「年、明けちゃったね。」
「ふふっ、そうですね。」
交差する互いの視線。
「雪姉ぇ、そば出来たよ!」
「今行く~!」
未来に何が待っているかも分からない、過去に何が隠されているのかも分からない。
「あぁ、菊梨。」
「はい?」
それでも私達は、前に進むしかなかった……
「明けましておめでとう。」
「明けましておめでとうございます――ご主人様。」
それが、終局への道であっても……
―次回予告―
「もう、新年明けちゃったじゃない! ってかそば温いんだけど!」
「まぁ保温ポッドではそんなものですね。」
「こういう時こそあれでしょ、狐火的な感じで火つければいいじゃない!?」
「やってもいいですけど、ご主人様のそばが消し炭になりますよ?」
「使えん駄狐め!」
「それは聞き捨てなりませんね!」
「二人が痴話喧嘩してる間に――次回、第四十四話 封印されし者、その名は姦姦蛇螺!」
「嫁だって言うならもう少し役に立ちなさいよ!」
「まだ足りないって言うのですか!」
「夫婦喧嘩は犬も食わないってね、また見るっしょ!」