ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

48 / 87
「ねぇセンセー! 前回の話の続き教えてよ!」

「もしかして、平行世界の事についてです?」

「そうそう!!」

「困りましたね、私(わたくし)もそこまで詳しいわけでは……」

”説明しよう。”

「あ、この前の説明おばさん」

”おばさんではない!”

「愛子ちゃん、その人に逆らうと痛い目どころじゃないですよ……」

「マジ? マジめんご!」

”誠意が全く感じられないが――というより、無駄に尺を使い過ぎて説明する時間が無いんだが?”

「分かりました、次回に特別枠を用意してお待ちしております。」

”うむ、頼んだぞ。”

「説明おばさん、一体何者なんだ……」



第四十四話 封印されし者、その名は姦姦蛇螺!

「ご主人様……?」

 

 

 ふわふわとした微睡みの中、まるで船の上にいるからのような穏やかな揺れを感じた。 もう少しこの感覚に浸っていたいのだが、隣にいる相方がそれを許してはくれないらしい。

 

 

「ほら、初日の出ですよ。」

 

「んぅ……?」

 

 

 これ以上の睡眠を諦めて、ゆっくりと瞼を開く――そこに薄暗い世界を照らす一筋の光が見えた。

 

 

「朝まで起きていようって約束したじゃないですか。」

 

「――それでも無理に起こさない辺り、ほんと優しいよね。」

 

「良妻ですからね。」

 

 

 ゆっくりと世界を照らしていく光、それは希望に満ちた未来が待っているかのような期待感を与える。

 私は菊梨に肩を預けてその朝日を眺めた。

 

 

「日は必ず昇って明日を迎える。 当たり前のようだけど、こうして直接眺めると感動するわね。」

 

「当たり前な事程大事な物なのですよ、例えば――(わたくし)とか!?」

 

「ほう、そう返してきやがりますか。」

 

「これでも大真面目なのですが?」

 

 

 仕方ないとばかりに頭をわしゃわしゃと撫でてやる。 最初は抵抗していたものの、やがて観念したのか私に身体を預けて来た。

 

 

「菊梨が大事なのはよく分かってるよ。」

 

「えへへ……」

 

 

 恋人同士のじゃれ合いのはずなのだが、こうしているとまるでペットと戯れているかのようにも感じる。 しかし何故か、この行為に妙な懐かしさを感じた。

 

 

「お二人さん、いちゃついてないでそろそろ帰るぞ。」

 

「はーい、今行きます。」

 

 

 菊梨は立ち上がると、私に右手を差し伸べた。

 

 

「帰りましょうか。」

 

「そうだね。」

 

 

 私はその手をしっかりと握り返した。

 

 

―前回のあらすじ―

 ついに年が明け、帝京歴786年を迎えた。 だからといって何かが特別変わるわけではない。 いつも通り時は流れていくし、変わらぬ朝はやってくる。 そんな気分に浸りつつも後ろは振り向かず、ひたすら前へと突き進んでいくのだ。

 さあ、最後の試練に向かおうか、答えはきっとそこにある。

 

 

 

 

 

「愛子、ここで間違いないのよね?」

 

「去年も来たから間違うわけないし。」

 

 

 そこは恐山の奥深くの森の中。 目の前にはこの大自然には似合わないフェンスで囲まれた一角が見えていた。

 愛子曰く、ここには”ヤバイ”妖怪を封じてあって管理しているのだそうだ。 そういうのがいるなら先に言って欲しかったのだが、どうやらおばちゃんに口止めされていたらしい。 この前の手紙の内容を聞いてここだと確信したのだそうだ。

 

 

「まさかそいつを退治するのが最後の試練ってわけじゃないよね?」

 

「無理無理! あんなの退治出来るわけないって!」

 

「そんなにヤバイの?」

 

 

 詳細を聞こうとするのだが、何故だか愛子は全く答えてくれないのだ。 それでは対策を立てる事も出来ないし、もし戦う事になった場合どうするつもりなのだろうか?

 菊梨は何かを感じ取っているのか、ずっと険しい表情のままだ。 この感じだと、やはり先輩達を先に帰らせて正解だったかもしれない。

 

 

「――もうすぐ着くから。」

 

 

 空気が張り詰めているのが分かる。 それと同時に全身にのしかかるかのような重圧感、何かヤバイのがいるのは明らかだった。

 目の前に見えてきたのは小さな社――というよりは祠だ。 木造のとても小さな可愛いサイズだ。 所々色落ちしているのが年月を感じさせる。

 

 

「ここが――そうなの?」

 

「うん、毎年祠の手入れして帰るだけ。」

 

 

 つまりは、その妖怪と直接対峙した事がないわけだ。 そりゃあどんな奴かを聞いても答えられるわけがない。 愛子自身も見た事が無いのだから。

 

 

「でも今日はその妖怪とお話してくわよ。」

 

「アタシ、まだ死にたくないし……」

 

「大丈夫、いざとなったら菊梨がずばっと解決してくれるから!」

 

「なんでそこは雪姉ぇが守るって言わないのさ!」

 

「いやぁ、それが一番確実と言いますか。」

 

 

 こんな軽い悪ふざけをしていても菊梨の表情は強張ったままだ。 少しばかり和んでくれればと思ったのだが、あまり意味は無かったようだ。

 ――いや、一つおかしい事に気づいてしまった。 さっきから菊梨の視線は一点のみに集中しているように思えるのだが……

 

 

「……」

 

 

 私も菊梨の視線の先を目で追ってみる――そして後悔した。

 それは輝く二つの眼光、木々の闇に隠れても尚光を失わない強い意志。 この世への恨みが凝縮したその視線は、見るだけで心臓を止めてしまう程の恐ろしさだった。

 つまり、菊梨はずっとこの視線と対峙していたのだ。

 

 

「ちょっ、二人共何固まって――」

 

「愛子動かないで!」

 

 

 愛子の身体がびくりとするのが視線の端で見える。 奴と視線を合わせてしまえば、きっと愛子は動けなくなってしまう。 そうなると、いざ逃げる時にどうなるか分からない。

 

 

「もしかして――いるの?」

 

「うん、こっちを見てる。」

 

 

 見ているだけではない、徐々に気配がこちらに近づいてきているのが感じられる。 このままでは皆が危険なのは間違いない。 せめて一番危険性のある愛子だけでも逃がすべきではないだろうか? 

 

 

「愛子、動けるなら先に逃げて。」

 

「何言ってるの!?」

 

「間違いなく――こいつやばい!」

 

 

 日の光に照らされて、そいつの全様が露わになっていく。

 その姿は上半身が女性で、下半身が蛇の姿だった。 腕は6本あり、明らかに人間ではないという事を主張している。

 ふと、昔プレイしたRPGのゲームにこんなモンスターがいたな――なんて思うくらいだった。

 

 

「菊梨、あいつどうにかなるもんなの?」

 

「――正直未知数です。 まさかここまで力が強いとは予想外でした。」

 

「菊梨で勝てるか分かんないとか、アレそこまで化け物なわけ?」

 

「単純な妖怪でしたらどうとでもなるのですが、アレは一種の神気を纏っています。」

 

「何よそれ、神様になりかけてるって事?」

 

「まぁ似たようなものです。」

 

 

 菊梨の妖力の高まりから、いつでも三尾状態(モード)に変身出来る準備は出来ているようだ。

 しかしこのまま正面からやり合うのも不利な事に間違いない。

 

 

「分かってると思うけど――」

 

「はい、愛子ちゃんは(わたくし)が運びます。」

 

「流石ね。」

 

 

 化け物はついに木々の合間をすり抜けてその全容を露わにした。 蛇のように長い舌で舌なめずりをしてこちらに微笑みかける。

 

 

「菊梨っ!」

 

「はい!」

 

 

 私の掛け声に合わせ、菊梨は愛子を抱え上げて背負う。 私も化け物に背を向けて一気に駆け出す。 突然の逃走に相手も驚いたのか、次の行動に移るのがワンテンポ遅れていた。

 その間に相手との距離を離し、お互いに左右の方向に散る。

 

 

「菊梨の方に反応したみたいね。」

 

 

 何を基準にそう判断したのかは分からないが、化け物は菊梨の方を追いかけて行った。 こうなると先制攻撃を仕掛けるのは私の仕事になる。

 私は両手に霊力を集中させて伸ばすイメージをする――そう、艷千香と対峙した時に使ったあの技だ。

 

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

 

 極限にまで霊剣(ハリセン)を引き延ばして遠距離から相手をぶっ叩く。 しかもあの時と違って霊力も充分、上限値も上がっている――威力は申し分ないはずだ!

 後頭部に直撃した瞬間、手のひらにその衝撃が伝わってくる。 それは確かな手応えではあったはずなのだが――奴はこちらに振り返って笑った。

 

 

「嘘でしょ?」

 

「ご主人様!」

 

 

 即座に力を解放して変身する菊梨だが、相手の移動速度の方が僅かに早い。

 私は霊剣(ハリセン)を構え直して意識を集中させる――今の私なら明鏡止水の極意を使いこなせるはずだ。

 振り下ろされる化け物の複数の腕、それを私は巧みに受け流す。 しかし、剣一本では6本の腕全てを捌き切るのは不可能である。

 

 

「その汚い手でご主人に触れるな!」

 

 

 そう、彼女が到達するその時間まで耐えられれば充分なのだ。 昔ならまだしも、今の私なら菊梨の足手まといにはならないはずだ。

 

 

「手数は相手が上、スピード重視の波状攻撃で行くわよ。」

 

「遅れるなよご主人。」

 

 

 同時に駆け出してまずは私が右側から一太刀、次に菊梨が左側からの袈裟斬り。 菊梨の太刀を受け、化け物の腕が二本切り落とされる。

 私も負けじと思いっきり力を込めて霊剣(ハリセン)を腕へと叩き込むと、化け物は一瞬顔を歪めた。

 

 

「――縛!」

 

 

 化け物が弱ってきた所を、菊梨は妖力の圧力をかけて動きを封じてしまう。 流石にもう抵抗は出来ない様子だった。

 

 

「即席にしてはいい連携だったんじゃない?」

 

「うむ、正直一人では危うかったが――ご主人と二人だからこその勝利だな。」

 

「えっへん! もっと褒めなさい!」

 

 

 背負われた愛子は完全に放心状態になっており、菊梨にしがみつくだけの人形みたいになっていた。

 

 

「さてと、お話聞かせてもらおうか。 まずはお名前からどうぞ。」

 

「……」

 

「私だって妖怪だからって酷い事したいわけじゃないのよ。 素直に質問に答えてくれたら終わるからさ。」

 

「我が名は”姦姦蛇螺(かんかんだら)”この地に封じ、祀られている。 元々危害を加えるつもりはなかった。」

 

 

 妖怪、姦姦蛇螺が語り出したのは意外な事実だった。 私も菊梨も、その内容に驚きを隠すことが出来なかった。

 姦姦蛇螺――彼女は元々人間の退魔士だったそうだ。 妖怪退治のためにとある地に赴いたのだが、現地の村人に騙されて蛇神の供物(手足を切り落とされて捧げられた)とされたそうだ。 それを哀れと思った蛇神は彼女と一つとなり、今の姦姦蛇螺の姿になったそうだ。

 彼女はその恨みを晴らすため村人を皆殺しにしてしまったため、退魔士の協会?のようなものに狙われてしまったのだそうだ。 そこでおばちゃんがこの地に封印するという名目上で彼女を匿っていたというのが真実である。

 

 

「おばちゃんって色々な繋がり広すぎない?」

 

「アタシもまったく聞いてないし。」

 

 

 姦姦蛇螺は蛇神と融合した存在故、神気を纏っていたというわけだ。 そのような存在であるならば彼女を祀る祠の手入れを怠らなければ問題ないという事になる。 私達が切り落としてしまった腕も時間をかければ再生する事が出来るらしい。

 それにしても多少の事情は説明すべきだと私は思うが……

 

 

「で、おばちゃんから預かっている手紙は?」

 

「祠の中に収めてある。 しかし、その手紙を読めばお前には最後の壁が立ち塞がるだろう。」

 

「ちょっ、試練って3つじゃなかったの!?」

 

「試練は3つで間違いない。 理由は手紙を読めば分かる。」

 

 

 何か真相を隠すように姦姦蛇螺は言葉を濁した。

 

 

「ええい、ここまで来たら試練だろうが壁だろうがなんでも来いってのよ!」

 

 

 私は勢いよく祠の扉を開けて中を確認する――そこには今までと同じような封筒が入っていた。

 私は生唾を飲み込んでその封筒を手に取り、中の手紙を取り出した。

 

 

”愛する娘 雪へ

 試練達成おめでとう、私はお前がこの試練を最後にクリアするとみていたよ。 それだけ彼女の力は強大だからね。 まぁ、流石に手は抜くように伝えてはいたが……

 さて、ここからが本題だ――雪、お前は確かに試練を3つ全て達成した。 この時点でお前は真実を知る権利を獲得したのだ。 しかし、それはまだ”権利”だけ、最後にお前に課すのはその覚悟だ。 真実と向き合う覚悟、それが最後に課す大きな壁だ。 その覚悟が出来たならば氷室 茜を訪ねるといい。

 貴女のおばちゃんより。

 

 

「なんで氷室さん……?」

 

「おかさんと氷室さんの繋がりとか全く見えないんですけど。」

 

「ほんとよね。 ごめんね姦姦蛇螺様、新年早々お騒がせしちゃって。」

 

「いや、我も彼女の自慢の娘に会えて嬉しかった。」

 

「またまた、出来の悪い娘の間違いだって!」

 

「そんなお前に最初で最後のアドバイスだ。 力の扱いに迷うな、自分でそれが正しいと思うならば突き進むがいい。」

 

「……それって何かの予言? うん、心に止めておくわね。」

 

「また来年も来るね!」

 

 

 姦姦蛇螺様の祠を後にする私達3人、日はすっかり昇ってしまっていた。 流石に朝から何も食べてないしお腹もそろそろピークだ。

 

 

「お昼何食べよっか?」

 

「あぁ、それならばおせちが用意してございます!」

 

「流石良妻、気づかないうちに準備してたわけね。」

 

「アタシも手伝ったよ!!」

 

「愛子も偉い! さぁ、さっさと帰るわよ!」

 

 

 しかし大事な事を忘れていた、車が無い私達は歩きでしか帰宅する方法が無いという事を……

 

 

 天国のおばちゃん、今日も私は元気です。




―次回予告―

「試練が終わったらどうなる? ――また試練が始まる!」

「まるでマトリョーシカみたいですね。」

「そんな試練ばっかいらないっての! 私の覚悟はとっくに決まってるのよ!」

「某RPGの主人公みたいに10年は必要ありませんか?」

「いりません!」

「流石です!」

「さてさて、次回! 第四十五話 再び訪れる死闘? 湯けむり攻防戦!」

「入浴シーンもありますよ!」

「お楽しみに!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。