「今回は私一人だけだがゆっくりしていってくれ。 では、お題を読み上げようか。」
”そもそもガイアってどんな存在なの?”
「ふむ、一人でやっているとなんだか恥ずかしいな……では、説明していくぞ。」
「そもそも君達の世界とガイアは本来あった世界の可能性として分岐してしまった世界だった。 しかし、ガイアの世界で大きな問題が発生して大きくそこから離れてしまい、一つの独立した世界となってしまったのだ。」
「まぁ、君達から見ると遥か未来にありえたかもしれない世界――と言うべきだろうか?」
「私は特別で、色々な世界を行き来出来るからこそ君達の世界を認識する事が出来る。
だからこそこうやって干渉出来ているわけだ。」
「まぁ簡単に説明するとこんな感じだろうか? もっと詳しく知りたいなら私を訪ねてきてくれ。」
「それと――私は説明おばさんではないからな!」
「明けましておめでとうございます氷室さん!」
「おぅ、アンタ達は新年になっても元気だね!」
新年早々、私達3人は氷室惣菜店へとやって来ていた。 当然目的はソフトクリーム――ではなく、あばちゃんの手紙に書いてあった”氷室 茜を訪ねるといい”という言葉に従ってだ。
いや、当然ソフトクリームも食べるしメンチカツも頂く、それが私のポリシーだ。
「変わりないってのはいい事っしょ? 氷室さんの容姿と一緒です!」
「バカ、愛子それは禁句――」
しかし時すでに遅し――氷室さんは笑顔のまま硬直し、プルプルと震え出した。 笑顔は素敵なままなのだが、そこに温かみの欠片もありはしない。 全てを凍らせるような冷たい笑顔だ。
次に起こる事は分かっている、氷室さんの黄金の右ストレートが解放されるのだ……
「ふふふ……」
「氷室さん……?」
「大丈夫、だいじょうぶよ……?」
ダメだ、これはもう死人が出るぞ。 それはきっと私や菊梨でも止められない程の恐ろしい――
「そ、それよりも! 丁度良い時に来たわね。」
「な、なんでしょうか?」
氷室さんの表情は相変わらず強張ったままだが、レジの横の棚をなにかゴソゴソと漁って紙切れを取り出した。 それは何かのチケットのように見えるのだが……
「さぁ、これを見て私を崇めるがいい!」
そう言って何かの紙切れを掲げる氷室さん、私はその紙切れに書いてある文字を読んでみる。
「えっと、青森天然温泉招待券……!?」
「うっそ!?」
「何か凄い場所なのですか?」
「凄いのなんのって、いつも予約一杯で半年待ち食らうような温泉よ!? それの招待券とか一体どこから盗んで来たんですか!」
「誰が盗んで来たって!? 新年早々福引で当たったのよ! そんな事言うなら連れてかないわよ?」
「あぁごめんなさい! 嘘です! 謝りますから連れて行って下さい!」
「うわぁ、ご主人様があんな……」
土下座して平謝りしている姿に、流石の菊梨も若干引いている。 しかし、しかしだ……
「お願いしまぁぁす!」
それ程までに、この招待券には価値があるのだ!
―前回のあらすじ―
新年早々対峙したのは、恐山の奥深くに封印されていた大妖怪、姦姦蛇螺だった。 彼女を倒さなければおばちゃんの手紙は手に入らない、これが3つ目の試練というわけだ。
成長した私と菊梨との連携攻撃、初めてではあったが息のあった連携に姦姦蛇螺を何とか無力化する事が出来た。
そしてそこで手に入った手紙には、”氷室 茜を訪ねるといい”という言葉が書かれていたのであった……
「ぷはぁ! やっぱり風呂上りのコーヒー牛乳は最高だぜ!」
バスタオル姿で腰に手を当て、瓶の中に入ったコーヒー牛乳を一気に飲み干す。 喉を通る冷たさと潤いが全身を駆け巡る感覚に自然と笑みがこぼれる。
「全く、そこは何故牛乳ではないのだ!」
「鏡花ちゃん、そこは強要するべきではありませんわ。」
「やっぱり牛乳は最高だぜ!」
「
「――なんでみんなついて来てるわけよ!」
あの時、氷室さんが握っていた招待券は確かに一枚だけだった。 なのにだ――
周りにはいつものメンバーが勢ぞろいである、私はこんな話聞いていないぞ!
「君達はともかく、私達までついて来てよかったのか?」
「いいのよ、雪ちゃんの友達なら私の友達みたいのものだし。 家族用の招待券だったけどなんとかなるもんね。」
「本当にラッキーでしたわ。」
いや、それは絶対に違う! あれは明らかに――金持ちの力なのだ。 あんな何事もなかったように笑っている大久保先輩だが、彼女の顔を見た瞬間明らかに従業員の表情が変わったのを私は見逃さなかった。
「ご主人様、蓋開けていただけますか?」
「どれ、貸してみなさい。」
私は慣れた手つき蓋を開けて瓶を手渡す。 菊梨は嬉しそうに受け取るときゃっきゃと騒ぎ始める。 まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。
「2泊3日の息抜きタイムか……」
――問題は、いつ氷室さんにおばちゃんについての話を聞くかだ。 気軽に聞きにいけるような話ではないし、皆で旅行に来てしまってはなかなか二人っきりになれる時間が作れなさそうである。
深夜帯に散歩にでも誘うのが丁度よいだろうか?
「考え込んでも仕方ないっしょ? 滞在期間はまだあるわけだし、エンジョイしなきゃ損!」
「まぁそうなんだけどねぇ……」
「そうですよご主人様、急いては事を仕損じると言います。」
分かってる、そんな事は分かってる。 でも――
「よーし、浴衣に着替えたら遊ぶぞ!」
でも、私は気づいてしまっている、自身の中で何か蠢いているのを。 押し込められた何かが解放を求めているのを。
それは私の中で暴れて、私の心と身体を蝕んでいるのだ。 そしてそれは限界を迎えているのだろう。
今だってそうだ、この左手の薬指がじんじんと痛む。 私が力を行使するたびに締め付けるような痛みを発する。 まるで私の力に呼応するかのように、嵌められた指輪は鈍く光るのだ。
それはいつからだろう? 菊梨と共闘した時? それとも明鏡止水の極意を会得した時?
違う、この痛みが始まったのは――羽間先輩から墜落事故を聞いた後からだ。
私の脳裏にちらつく事故現場の映像を見るたびに、その痛みは自己主張を始めるのだ。 まるで、私の罪を伝えようとするかのように……
―――
――
―
旅館だと思って油断していた、まさかこんな設備があるとは……
卓球でもしようかと遊戯室に足を運んだのだが、そこには私の想像を超えるようなラインナップが置かれていた。
「まさか、レトロゲームを置いてるとは思ってなかったわ。」
懐かしきレースゲームやシューティングゲーム、王道のUFOキャッチャーやホッケー、ワニを叩くゲーム! どれも昔見た懐かしい物だ。
しかもこれらをフリーで遊べるのだ、これを天国と言わずしてなんというのか!
「あぁ! どれから遊ぼうか悩むぅぅ!!」
「
「ちょっと待ちたまえ!」
めくるめくゲーム巡りをしようと歩き出す私達の前にふたつの影が立ちはだかった。 意外、それは先輩二人組であった!
「いつかは君に敗れたが、このホッケーゲームで君に勝負を挑む!」
「カップル同士の激しい戦いを致しましょう。」
「成程、そう来ましたか。 しかしっ! 私に戦いを挑んだ事を後悔しないで下さいね!」
「ご主人様! 私達の愛の力を見せてあげましょう!」
悪いね先輩、私はこう見えても子供の頃にこのホッケーゲームはやり込んでいるのだ。 以前は先輩の得意分野だったわけだし、ある意味で丁度いいか。
私達はそれぞれ向かい合って配置に付く。 菊梨は私の右隣で静かに構えた。
「先に15点先取した方が勝ちでいいな?」
「いいですよ、ついでに先制もお譲りしますよ。」
「ほう、随分自信があるようだな。」
ホッケーを静かに置き、鋭い眼光でゴールを見据える。 それは歴戦の戦士のような落ち着きと威圧感を孕んでいた。
その瞬間、背筋にゾクりと寒気が走った。 それと同時に一筋の閃光が走っていった。 それが先輩の放ったシュートだと気づいたのは点数が加算されてからだった。
「ちょっと、甘く見過ぎたかな……?」
「済まないな、これでも私もやり込んでいて――なっ!」
「菊梨!」
「はい!」
先程の閃光サーブを菊梨がギリギリでブロックする。 しかし、それは防いだだけであり、ホッケーはそのまま相手コート側へと移動してしまう。
そのホッケーを大久保先輩がしっかりとキャッチし、すぐに羽間先輩へとパスする。
「どんどん行くぞ!」
再び放たれてる恐ろしい程の速度のホッケー、しかし私も二度同じ手に嵌るわけにはいかない。
飛んでくる位置を予測して思いっきり振りかぶる。
「クリーンヒット!!」
そのままの加速を利用して相手ゴールへと叩き込む。 私だって伊達に修羅場を潜ってきているわけじゃない。
「よし、次はこっちのサーブね。」
「ご主人様、お願いしますね。」
相手が最速の直線サーブで来るなら――こっちは反射させて攻める。
射角を決めて思いっきり叩きつけると、大きく壁を何度も反射して相手のゴールに吸い込まれる。
「このいやらしさ、正に君の性格が出ているな。」
「それ失礼じゃないですか!? むかついたのでもう一回行きます。」
再び大きく反射角度をつけて叩き込む。 先程とは違う機動、再び相手のゴールへとホッケーが吸い込まれていった。
「怒りで冷静さを失わせる作戦なんて無駄ですよ先輩。」
「ほう、本当にそう思っているのかな?」
今度はもう少しきつめの射角で――
「甘い!」
「ちっ!」
今度はしっかり返してくる、もう対応してくるとは予想外だ。
「菊梨お願――いっ!?」
「まかせろご主人!」
流石にそれは予想外だった、何故か三尾状態の菊梨が後ろで待機していたのだ。
というか、全く妖力を感じなかったのはどんな手品なんだ! そもそも先輩達の前で正体を晒してどうするんだ!?
「チェスト―!」
あぁ、間違いなくやりすぎだ。 規格外の力でホッケーが粉々に砕けてしまう。 やった本人は何が起こったのかわからずにその場にきょとんとしていた。
「私は疲れているのか、今狐の幻覚が見えたような……」
「き、きっと気のせいですわ。」
これは後で説教が必要なようだ……
―――
――
―
結局ゲームは中断、あとは二人で色々とゲームを回って楽しんだ。 決着が付かずに先輩は悔しがっていたが、また機会があるだろうとなだめる事しか出来なかった。 というよりも、菊梨の正体がばれたのではないかと気が気でなかった。
「全く、少しは加減ってものを考えなさいよ。」
「少々白熱しすぎまして……」
「先輩達に正体がばれたら笑い話にもならないんだからね!」
「はい、ごめんなさい……」
私達二人は、二人っきりでお風呂に浸かっていた。 部屋に備え付けの小さな露天風呂だが、景色を楽しむには二人には丁度いい広さだった。
都会では見れない綺麗な星空が広がり、二人の息遣いだけが耳に入ってくる。
「綺麗だね。」
「そうですね。」
ふと、菊梨見ると私の何倍も大きい胸が嫌でも目に入った。 正直うらやまけしからん乳だと改めて思う。
「もう、どこみてるんです?」
「少しくらいその乳わけてよ!」
「出来るならやってます! そもそも――」
「ええい、誘っているのはこの乳かぁ!」
背後から胸を鷲掴みにして思いっきり揉みしだいてやると、菊梨は顔を真っ赤にしながらも抵抗はしなかった。
「もう、誰かに見られたらどうするんです?」
「どの口が言うのよ! 普段からキスやらハグやらを人前で求める狐がぁ!」
「いいじゃないですか!」
「じゃぁ私だっていいでしょ?」
菊梨を自身の方に振り向かせて一気に顔を近づける。 菊梨もまんざらでも無いようで、目を瞑ってキスを受け入れる態勢に入っていた。
そして私はそのまま唇を――
ズキン!
唇が触れあるその瞬間、またあの痛みが薬指に走った。 菊梨は突然目を見開くと、青ざめた顔で私を見つめていた。
「――いつからですか?」
「何が?」
「その痛みはいつからだと聞いているんです!」
急に声を荒げる菊梨に私は驚く――いや、彼女が声を荒げるという滅多に無い行為に私が動けなかったのだ。
「学祭の終わりくらいから……」
「どうして相談してくれなかったのですか!?」
「それは、これくらいで心配かけたくないし。」
「――もういいです。」
菊梨は立ち上がると、バスタオルも巻かずに部屋に戻ってしまう。 急な事に呆然としていた私だが、菊梨の顔を思い出して我に返った。
「菊梨――泣いてた?」
その時の私には、その涙の意味を知る事が出来なかった。
――そう、前日の私には。
――続く!
―次回予告―
「覚えていますか? 私(わたくし)達の思い出を。」
「覚えているか? 私達の痛みを。」
「覚えていますか? 私(わたくし)達の悲しみを。」
「覚えているか? 私達の世界への憎しみを。」
「覚えていますか? 私(わたくし)の事を……」
「次回 第四十六話 その思いは雪に埋もれて 前編」