大事な主は小さな寝息を立てながら右肩へ寄りかかっていた。 流れ行く景色を眺めながら、
―――
――
―
「全部、思い出したよ……」
自分の出生、晴明の事、まだ何も解決していない事……
正直、やる事が多すぎて頭の中がパンク寸前だ。
「確かに、忘れていた方が幸せだったかもしれない――そう思えるほど酷い内容だったよ。」
「……」
「でもね、私は後悔してない。 知らなくちゃいけなかったのよ、この現実に向き合うために。」
そう、これ以上は"知らない"では済まされないのだ。 もしもあれ以降も研究が進んでいるとしたら世界にとって良くない事なのは目に見えている。
記憶の最後に言い放った研究の完成体、"優希"という名前――もしも私の予想通りなら隣のあの子の事だろう。
「だから私は全ての過去と決着を付ける。 晴明をあのまま野放しにしておくわけにはいかない。」
「そうですね……」
「菊梨――これからも、私に付いてきてくれる?」
「――全く、言いたかった事とはそんな話しなのですか? いい
「少しくらいカッコつけさせてよ! こういうのはアレでしょ? ビシっと意気込み決めて最終決戦に臨むやつでしょうが! それくらい許されるでしょ!」
「――まぁ、そういう所も好きなんですけどね。」
私はゆっくりと菊梨の身体を抱きしめて頭を撫でる。 彼女は甘えるように私の胸元へと顔を密着させた。
「――相変わらず、絶壁ですね。」
「これから大きくなるの。」
「背中なら、十分すぎる程立派になりましたよ?」
色々と右往左往して来たけれど、やっと私は彼女の気持ちを知る事が出来た。 こんな私を見て、彼女は何を思ってきたのかも……
だからこそ、今この時に彼女に伝えるべき言葉がある――それはずっと彼女が待ちわびた言葉、孤独な心の闇を払う光。
「遅くなってごめんね――おかえりなさい、菊梨。」
「えへへ、約通り戻ってきました――ご主人様。」
もう二度と忘れない、絶対に離さない、彼女と共に生きる未来――それこそが私が求めるものなのだから。
―今までのあらすじ―
自身の記憶を取り戻すためにやってきた故郷青森、それを見越したおばちゃんの3つの試練を無事に乗り越え、記憶を取り戻すための鍵を手に入れた。 その鍵が開いたのは想像を絶する悲惨な過去であった。
その全てを受け入れ、私のために犠牲となった留美子の思いを胸に、私は全て背負って未来へ進む――例えどんな困難が待ち受けようと、必ず晴明の計画を阻止しなければならない。 それが、私の役目だから……
―帝京歴786年 1月―
「大西家は遥か昔から宇迦之御魂神に仕えて参りました。 その純白な魂を捧げる事が決まり事になっているのです。」
「つまり、私のお母さんもそうだったと?」
「そうです、あの事件の後に開放された大西 恵の魂は宇迦之御魂神の元へとやってきました。 私達はそこで始めて出会ったのです。」
神様というのはろくでもない奴が多いと聞くが、この宇迦之御魂神という神様はかなりろくでもない奴だ。 なんせ、女を食い散らかし過ぎて始祖神の怒りを買って鏡に封印されてしまったらしい。
その封印を破ったのが菊梨の妹で、それ以来大西家は宇迦之御魂神に仕える事となったらしい。
しかし、しかしだ――問題はそこじゃない。 つまりは、今目の前にいる相手こそ自分のご先祖様だという事実だ。 しかもそのご先祖様と、絶賛熱愛中である。
「いやぁ、笑えないわ!!」
「別に近親相姦というわけではありませんし、良いではないですか。」
「人の心を読むんじゃないよ!?」
「別に読んでませんけど? ご主人様が分かりやすいだけです――顔に書いてますよ?」
「菊梨ちゃんムカツクぅ!!」
ともあれ、元々お母さんの願いで私の様子を見に来た菊梨であったが、結果はベタ惚れと――まぁ私も人の事は言えないわけだが。
私達は改札口を抜け、見慣れた風景を眺める。 そんなに長い時ではなかったが、秋奈町の風景がやけに懐かしく感じる。
「兎に角、まずは優希に話しを聞いてみるわ。」
「万が一の事も考えておいて下さいね?」
「分かってるわよ、それなりの覚悟はしてるつもりだから。」
あらゆる可能性が考えられる中の一つ、彼女が晴明の手先である事だ。 かつての私と同じ奴の操り人形、そして最初から監視目的でわざと隣に引っ越していたのだとしたら?
だとしたらこの後の衝突は避けられないだろうが、晴明に関する情報を引き出す事は出来るかもしれない。
「それでも一つ言わせて頂きますが、フルパワーを出す事だけはおやめ下さい。 せめてその指が痛みを感じないレベルまでです。」
「力を使う度に私の感情が失われる――そうでしょ?」
「その通りです、だからこそ少しでも――」
「それは約束出来ない。 でも、善処はするよ。」
「……」
「全ては決着がついてから――そうでしょ?」
「そう、ですね……」
自分でもある程度の加減は出来るとは思う――自信は無いが。 それでも意識しないよりはマシだろう。 少しでも菊梨の負担を減らしたいところだが、重荷になるのも正直嫌だ。
左手の薬指を見やると、いつもと変わらない指輪が銀色に輝きを放っていた。 そこから少しだけ見える指の根元が、少し黒ずんでいるようにも見える。
「留美子、私頑張るよ。」
私は物言わぬ指輪に、そう誓った。
―――
――
―
遅れた我が家の大掃除を終わらせ、改めて身支度を整えてから私達は隣の玄関前までやってきていた。 中から人の気配は無し、霊力や妖力の類いも感じられない。 強いて言うなら、以前とは比べ物にならない程の
明らかに、意図して守ろうという思考が浮き出てきている。 晴明の差し金か、それとも私達を警戒した優希の行動か――答えは本人を問いただせば分かるだろう。
私は菊梨に目で合図を送り、ゆっくりとドアノブに手をかけた。 菊梨の方はいつでも三尾状態になれるように待機している。 気配はせずとも油断してはいけない、まずは確実の彼女を――
「ご主人!」
私の眉間に飛来したソレを、菊梨は慌てて叩き落とした。 その姿は瞬時に三尾状態になっており、もしそうしていなければ私の命が無かったのは間違いない。
しかし、ソレを撃ち出した相手がそこで止まるわけもなく、続けて2,3発目を発射していた。
――それは、私のよく知っている発砲音だった。
「霊銃……?」
「ご主人下がって!」
再び飛来した弾丸を弾き菊梨がそう叫ぶが、私は目の前に存在する現実に釘付けで動けなくなっていた。 見間違えるわけがない――私のよく見知った顔がそこに佇んでいたのだ。
「留、美子……?」
「……」
暗がりで判別し辛いが、確かにそこには私の見知った人間が立っていた。 唯一違う点があるとすれば、昔の彼女そのままの人形的な雰囲気を纏っている事だろうか。
それでもこの相手は、間違いなく留美子の生き写しだった。
「貴女は誰なの!?」
返答はそのまま攻撃で帰ってきた。 的確に殺すための銃弾が私の命を狙ってきている。 それだけで彼女が留美子ではない事を証明している。
――でも、それでも……!
「留美子なの?」
「……」
――彼女は答えない、私のよく知る顔で無慈悲に命を奪おうとしてくる。
「迷ってる場合じゃない、コイツは本気で殺そうとしているんだぞ!?」
菊梨は霊剣で一閃し、女性は霊銃を盾に受けた。 仮に訓練した退魔師であっても、フルパワーの菊梨相手にここまで反応出来る者はいないだろう。
「邪魔な妖怪っ!」
「ご主人!」
二人の声が重なる。 だめだっ、迷ってる時間なんて私にはないんだ!
私はいつものように
「留美子と同じ顔の理由、話してもらうからね!」
―次回予告―
「目の前に立ちはだかる、留美子と同じ顔の女性――一体その正体とは。」
「ご主人、頼むから真面目にやってくれ。」
「私はいつだって大真面目よ!」
「私の願いは一つだけ、貴女を殺す事よ。」
「次回、第五十話 幻惑と怨讐の交錯」
「貴女が何者か、話してもらうからね!」