影達は大小あれど、それなりの妖力を有していた。それでも今の私達にとっては強力な相手では無いのだが──問題はその数だ。
「一体何匹いるのよ……」
猫又や垢なめ、ぬりかべ──本来ならばそこまで攻撃的では無い妖怪達も何故か混ざっていた。
妖怪達はタイミングを合わせて一斉に飛びかかってくる。まるで何かに統制されているかのような動き、妖怪相手ではありえない事だ。
私は慌てて初撃を霊剣で防ぐが、タイミングを合わせるように他の妖怪が両サイドから攻めてくる。
「なんなのよこいつら──!」
私は姿勢を低くして両サイドからの攻撃を避ける──そして、横薙ぎの一閃で3体の妖怪を気絶させた。
菊梨は力を開放せずにいつもの姿で戦っている。留美の方は飛びかかる妖怪達を無慈悲に切り刻んでいる。確実に敵の数は減っていくが、倒した数だけ次々と新しい妖怪が湧いて出る。
「破棄された実験体、"あの女"の仕業」
「実験体とかあの女とか、何の話!?」
「羽間鏡花の力」
「先輩の力……?」
「死者を操る力、それが彼女の能力。おそらくは晴明の実験に耐えられなかった者、八咫烏の任務で命を落とした者達を利用している」
という事は、この妖怪達はみんな死体……? ならば、この統制された動きは羽間先輩が死体達を操作しているという事か。
妖怪達は確かに生気の感じない虚ろな瞳で私達を見ていた。怒りという感情も無ければ、恐怖という感情もない。ただの操り人形となった悲しき存在。
──それでも私は、この子達を傷つける事は出来ない。私の中で折り曲げてはいけない意思、おばちゃんの思いを受け継いだ私は、例えどんな相手でも無意味に妖怪を傷つけたくない。そう、かつての私とはもう違う──きっとそれが、この霊剣のカタチなのだから……
「留美さん、ご主人様をお願いしても宜しいでしょうか?」
「──無問題、貴女より上手く守ってみせる」
「とてもムカツク返しですが、お任せしました。ここは
そう言って菊梨は力を開放すると、握りしめた霊剣を大きく振りかぶった。それと同時に大きな衝撃波が走り、迷路のような鏡の通路が砕かれる。奥に見えるのは、上に登るための階段だった。
「さぁ行け! ご主人を守るという意味ではお前を信用しているからな!」
「菊梨──すぐ戻るからね!」
私は菊梨を背にして階段に向かって駆け出す。後ろから何度か轟音が響くが、振り返らずに真っ直ぐに……
「さて、私らしくも無い選択をしたわけだが──お前達が鬱憤晴らしの相手になってくれるのだろう?」
妖怪達は答えない、ただ無感情に菊梨へと群がっていく。霊剣を正眼に構え、敵の波状攻撃に備えるが──何者かの乱入によって無意味なものとなってしまった。
それはまるで猪が如く、幾人もの妖怪を押しのけては弾き飛ばし駆けてきた。
「真の主人公は遅れて来るってね」
「秋子……? 家で大人しくしていろと言っただろ!」
「そういうのは私の性に合わないの──こいつらをぶっ飛ばすくらい問題ないでしょ?」
「──まったく、弱音は聞かないからな!」
──―
──
―
私と留美はひたすら最上階を目指していた。私が戦う必要な無いほど彼女の力は強く、障害となる妖怪だけを蹴散らしていった。
一体何段の階段を登っただろうか? 永遠に続くかと思えたフロアと階段のマーチは巨大な階段と広間の登場でフィナーレを迎えた。
そこに佇む巨漢は、まるで門番のように最後の階段に立ち塞がっている。他の妖怪と比べ物にならない妖力に、一瞬で相手が何者なのかを理解した。
──鬼だ。かつて私と留美子の二人で倒した鬼とは比較にならない力を秘めている。"かつて"の私なら、確実に瞬殺されていただろう。
「また面倒なのが出たわね」
まるで慣れていると言わんばかりに、手にした霊剣を鬼へと向けて構える。その姿を見た鬼は、まるで何かを思い出したようにぶつぶつと呟き始めた。
"復讐"、"悲願"……そして、姫? 流石にここまで距離が離れていると正確には聞き取れない。しかし、留美に反応しているのは間違いなかった。
「コイツの相手は私に任せて」
「でもこいつは!?」
「"今"の私に鬼なんて問題ない、だから行って」
不気味な程の自信、それよりも引っかかるのは"今"という言葉だ。それはまるで、あの時の出来事を知っているかのような……
「貴女は本当に──」
「それ以上の言葉は、今ここで聞きたくない。コイツを倒してすぐ追いつくから行って」
「──分かった」
私は留美を信じで階段目掛けて駆け出す、当然門番である鬼は妨害しようと大きく跳躍して私目掛けて拳を振り上げる。
キン!
という、硬いモノ同士がぶつかり合う音が広間に響く。それは留美の霊剣と鬼の拳がぶつかり合う音、しかしいつもの違うのは、留美の手に握られた霊剣が実体の物になっていた事だった。
「ウゥ!?」
鬼はその刀を見て、驚愕の表情を浮かべたようにも見えた。留美にとって想定内だったのか、そのまま力で鬼を押し切って拳を弾く。
「やはり例の事件の鬼か、この刀に反応するのが証拠」
そう言って手にした霊剣──いや、菊梨と同じ実体化した霊剣を八相に構える。
「この身体には幾つもの剣術モーションがインプットされている。
「姫──酒──様」
「力が強すぎる故、多少の自我を残してるか。すぐに楽にしてあげる」
そう言って留美は一歩踏み出すと私でも捉えられない速度で間合いに入る。振り下ろされる拳を刀身で撫でるように受け流し、相手の腹部に対して袈裟斬り──しかし鬼は構わずにそのまま左腕を振り上げる。
留美はその左腕を踏み台にして空中で一回転、踵を鬼の頭部へとお見舞いした。
「何あれ、次元が全く違う……」
「見とれてないで、さっさと行く」
「──ごめん、すぐ追いついてきてね!」
「ほんと、世話が焼ける」
鬼を目の前にして苦笑いを浮かべる留美、対峙するは痛みも苦しみもない、ただの操り人形となった鬼。ある意味では、この鬼ですら今の彼女と戦いにはならないのかもしれない。まるで翻弄するかのように何度も振り下ろされる拳を避け、確実に鬼への攻撃を当てていく。そこには戦いを楽しむかのような節も見受けられた。
「あの狐もどきと殺り合う前の、準備運動にはなるわね」
──―
──
―
「はぁ……はぁ……」
最後の階段を登り終え、たどり着いたのは城の頂上、正に王の間と呼ぶに相応しい場所だった。その玉座には大久保先輩が眠るようにもたれかかっていた。
「大久保先輩!」
私は辺りに誰も居ない事を改めて確認してから、大久保先輩の元へと駆け寄る。先輩は私の声には反応せず、呼吸も止まった状態であった。
こんな時、どうすればいいんだっけ? 心臓マッサージとかすればいいのかな!?
私は先輩の手首に指を当てて脈を確認するが、全く反応がない。
「間に合わなかったの……?」
「──んっ」
大久保先輩の瞼が一瞬だけぴくりと痙攣する。
──良かった、まだ生きてる!
私は歓喜に震えながら、一先ずここから脱出しようと先輩を抱え上げ──
「──え?」
その瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。その痛みは全身を駆け巡り、やがて痛覚の信号を脳へと伝える。そして、今自分の置かれている状況を理解したのだ。
これは刃物で貫かれる痛み、誰かによる殺意の矛先だ。しかし、ここには私と大久保先輩しかいない。だったら、答えは一つではないか?
「本当に、お人好しですわねぇ?」
「せん……ぱい……?」
怪しげな笑みを浮かべながら、私の血で濡れたナイフを握る大久保先輩の姿が見えた。
―次回予告―
「復讐に終わりはない。一つ復讐が終われば、それはまた新たな復讐を生み、それが連鎖し続ける」
「――悲しいですわね」
「だから私の行為は無意味かもしれない、けれど恨まずにはいられない。負の感情は時に人の原動力となり大きく強くさせる。」
「でも貴女は、それを望んでいないのでしょ?」
「そう、私が欲しい物は未来、だからお前には死の花嫁として永遠に――」
「次回、第五十三話 終焉が二人を分かつまで」
「それが、貴女の望みならば」