ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第五十三話 終焉が二人を分かつまで

 熱が、命が、大事な何かが少しずつ溢れていく感触。痛みと共に視界は点滅し、現状把握しようと動く思考を妨げる。目の前には笑う大久保先輩、その右手には私の血で濡れたナイフが握られていた。

 

 

「どうして……」

 

 

 口から出るのは疑問だけ。私は先輩を助けに来たのに、どうして先輩は私を……? 

 

 

「そんな簡単な質問をなさるのですか? 貴女は本当にお人好しですわね」

 

「何を……」

 

「理由は簡単ですわ──私が、鏡花を愛しているからですわ。彼女の願いを叶えるために、私はこの姿でいる事を自ら望んだのです」

 

 

 ──どういう事だろう? 

 働かない頭を無理に回転させて思考を紡ぐ──これではまるで、大久保先輩が望んで羽間先輩側に付いたような言い回しだ。となると、私をおびき寄せるための演出だった? 

 

 

「よくやった、私の愛しい屍姫。君のおかげで苦労せずに復讐を遂げられそうだ」

 

 

 奥の闇から羽間先輩が姿を表す。満足とばかりにうずくまる私を見下ろすと、大久保先輩を抱き締め熱い接吻を交わす。

 

「彼女は私のために死して姫となった。私と共に生き、共に死する存在──唯一無二の私だけの屍姫にね。そこにノコノコと私の言葉を鵜呑みにして君が来てくれたわけさ」

 

「……」

 

「本当にお人好しだな、こうなる事も予測出来ないとは──ね!」

 

「んぐっ!?」

 

 

 羽間先輩は私の横まで歩み寄ると、思いっきり腹部を蹴り飛ばした。私は涙と唾液を撒き散らしながら床を転がっていく。その後を追い、何度も私をボールのように蹴り飛ばし続ける。

 

 

「そんなクズみたいなお前にっ、私の父は殺された! 晴明様も家族を失った! お前が、お前のような化け物がっ!!」

 

 違う、それは間違っている……確かに事故を起こしたのは私だ。その罪はいつか償わなければならない。でも、それを計画したのは晴明だ。きっと彼女を利用するために意図的に隠しているのだろう。その真実さえ伝える事が出来れば、先輩達とも分かり合え──

 

 

「──思ったより早かったな」

 

 

 羽間先輩は一度後ろに跳躍して距離を取る。その視線の先には3つの人影が見えた。一人は私の元に慌てて近寄り、傷口に手を当てて何かをし始める。

 

 

「ご主人様、しっかりして下さいまし!」

 

 

 聞き慣れたその声に私は胸を撫で下ろす。

 そっか、来てくれたんだね……

 

 

「私の兵士を全て跳ね除けて来たか。しかし、貴様には仲間への殺傷が出来ないプログラムがされてあるのは知っているぞ──留美」

 

「知っている、だからそこの死体を切り刻む。貴女の相手はこの子がする」

 

「師匠の前だから、情けない姿は見せられないってね」

 

 

 羽間先輩と大久保先輩、対する留美と秋子──お互いに戦闘態勢に入り睨み合う。

 

 

「その少女は報告に無いな、一体何者だ?」

 

「秘蔵っ娘」

 

「5号の仕業か、能力も何も持っていない小娘を連れてきてどうするつもりだ?」

 

 

 羽間先輩も気づいていた、目の前にいる少女から霊力も妖力も感じられない事に。つまりそれは彼女が一般人で、何も特別では無いという事だと。少し運動神経は良いのかもしれないが、所詮はそれだけの小娘だと。

 ──そう、慢心していた。

 

 

「──私の事舐めすぎ」

 

 

 その声に気づき驚き顔を下げると、目の前には先程の少女が右拳を振り上げ踏み込んでいた。当然、回避や防御が間に合うはずもなく、その拳は腹部目掛けて炸裂した。

 壁に激突した音を皮切りに留美も霊剣を抜いて大久保先輩に斬りかかる。一方の羽間先輩は驚愕の表情を浮かべながら動けずにいた。

 

 

「貴女なら、全力でやってもいいんだよね!」

 

 

 髪を風になびかせ、無邪気に駆け出す秋子。慌てて霊剣を取り出して応戦するが、あえて剣先へと拳を打ち付ける。右左のジャブを繰り返し羽間先輩はそれを防ぎ続ける事しか出来ない。

 

 

「師匠なら今の最中で3回は斬りつけてた。貴女それでも八咫烏のメンバーなわけ?」

 

「小娘が馬鹿にしてっ!」

 

 

 羽間先輩は壁を蹴り、その勢いで秋子を押し返す。しかし、秋子は不敵に笑うと、左足を軸にして右足での回し蹴りを放った。足先は羽間先輩の左手を捉え、握っていた霊剣の柄を蹴り飛ばした。

 

 

「はい、それで次はどうするの?」

 

「このっ……!」

 

 

 慌てて懐から霊銃を取り出して発砲するが、秋子はその弾丸を首を横に傾げるだけで回避した。

 

 

「思ったより弱くてガッカリ、師匠と同じ八咫烏の人だから期待してたのにな。それに、もうお人形さんも役に立たないみたいだし?」

 

「──葵!」

 

 

 いくら不死の存在になったとはいえ、あのような姿になってしまえば、しばらくは無力化されるだろう。なんせ首から下は原型を留めない程細かく切り刻まれてしまっているのだから。

 

 

「何故だ、私の計画ではこんな事……」

 

「それは、最初から全てマスターの計画通りだったから」

 

「師匠!?」

 

「な──」

 

 

 無慈悲に振り下ろされた霊剣の刃は、羽間先輩の身体を縦から真っ二つに斬り裂いたのだ。突然の行動に、誰も彼女を止める事が出来なかった。そもそもで、羽間先輩が言う通りならば、留美は身内に攻撃出来ないのではなかったのか? 

 

 

「きょ、うか──ちゃん」

 

 

 首だけになったヒトの残滓は、最後に愛する者の名を呟いて砂となった。あまりにもあっけなく散った命、私に向けられた敵意も、彼女達の愛も、何もかが掻き消える。それを知るのは記憶に刻まれた私達だけだ。

 先輩は、復讐を遂げて何をしたかったのだろうか。それすらも、最早問う事は出来ない──永遠に。

 

 

「やれやれ、茶番は終わりですか」

 

「ご命令通り、羽間鏡花は処理しました」

 

「もう少し使えると思っていましたが、ここまで手がつけられないとなると……ね」

 

 

 意識が朦朧としていても、この声だけは忘れない。全ての元凶、あの地獄を作り出した張本人……

 留美の隣に現れたスーツ姿の優男──そう、こいつが! 

 

 

「はる……あき……」

 

「おや、まだ喋る元気はあったようですね。もっと簡単に連れて帰れると思ったのですが──残念です」

 

 

 私の呟いた名前を聞くなり、秋子は無言で踏み出していた。

 

 

「お前が師匠のっ!!」

 

 

 先程までとは比べ物にならない速度、しかし留美はそれにも対応して迫りくる拳を霊剣で受け止めた。

 

 

「師匠どいて! 私がそいつを殺して開放してあげるから!」

 

「──それは出来ない。マスターを守るのが私の使命だから」

 

「それが本心じゃないのは知ってる! だって、前の師匠はっ!」

 

「5号と私は違う、データを受け継いだ別個体」

 

「ならっ、家でのあの顔は嘘だったの!?」

 

 

 秋子は瞳を潤ませながらも攻撃の手を緩めない。その拳は晴明には届かず、秋子と留美は一進一退の戦いを繰り広げる。

 

「そう、貴女達を油断させるための演技」

 

「嘘だっ!!」

 

 

 感情に任せた拳が乱れているのは明らかだった。──彼女はまだ幼い、技術や才能に秀でていても実戦経験は乏しい。更に相手が彼女では……

 

 

「んぐっ!」

 

 

 留美の拳が秋子の溝内へと決まる。そのまま倒れ込み、玉座から私達の近くへと転がり落ちてきた。

 

 

「その娘も確保しよう、なかなか興味深い対象のようだ」

 

「了解しました」

 

「──お待ちなさい」

 

 

 菊梨は私への治療を一旦止めると、床に寝かせて立ち上がった。私と秋子を背に、立ちはだかるように留美と晴明の前に立つ。

 

 

(わたくし)がいる限り、絶対に手は出させません」

 

「6号、丁度いい機会だ。お前が最強の妖怪に打ち勝てるという事を証明してみろ」

 

「了解、マスター」

 

 

 今、この瞬間に何も出来ない自分自身が憎い。だって、目の前で起ころうとしているのは──私の大好きな二人の戦いだから。

 こんな未来は望んでいない、ずっと3人で仲良く平和に過ごしていたかった。そんな些細な平和を望んでいただけだったのに……

 

 

「貴女が相手ならば、(わたくし)も手加減など出来ませんよ?」

 

「御託はいい、さっさと構えて」

 

 

 あの日に戻れるならどんなにいいか、手段さえあればきっと私は実行するだろう。

 周囲の空間が歪む程、高密度の妖力が収束する。三尾状態とは比べ物にならない程の量、それだけでこの建物が崩れるのではないかと思う程の衝撃。

 

 

「これが私の本気、五尾状態だ」

 

 

 5本の尾を背負った菊梨は、狐影丸を抜き放った。




―次回予告―

「さぁ、どうする? 君に残された選択は2つだ。」

「それは、どんな選択?」

「彼女を見殺しにするか、もう一度やり直すかだ」

「……」

「決まった事象は変えられない。もし変えられるならば、それはきっと――」

「次回、第五十四話 変えられないモノ、変えられるコト」

「そんな未来――私が変えてみせる! 例え私がヒトではなくなっても!」

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