チリン──鈴の音がホールに響き渡る。二人にとってはそれが合図となった。瞬間──ぶつかり合う金属の音、最早私では視認することすら出来ない世界。私の干渉出来ない領域……
振り下ろされる刃、それを巧みに受け流し一歩前へ出る留美、そのまま近距離で左手に握る
「ちっ……」
──視界ではなく感覚で菊梨の妖力を追う。どんなに上手く妖力と殺気を隠しても、攻撃の瞬間に兆候は現れる。
相手の行動を読んで──構える!
ガキン!
再び金属同士がぶつかり合う音、菊梨の必殺の一撃を辛うじて留美は受け止めた。対等に渡り合っているようにも見えるが、留美自身、焦りを感じていた。多くの技術、そして経験という名のデータを用いても、目の前にいる狐もどきに食いつくのが精一杯だからだ。元々の三尾であればここまで苦戦する事も無かっただろうが、更に力を隠していたのは予想外であった。
「お前がそちら側に付くならば容赦はしない、しかしお前は……」
「私は──私の意思でここにいる」
「なら、何故お前の剣には迷いがある?」
菊梨は見逃してはいなかった。このギリギリの戦いの中で、ほんの少しだけ留美の切っ先に迷いがある事に。その少しの誤差が、二人の優位の差を作っている事に。
留美は霊剣を振り下ろす態勢のまま、刀の形状から大きな大剣に変化させる。菊梨は避けようともせずに狐影丸と鞘を交差させてわざと受け止めた。
「無駄口ばかり、何が目的?」
「私はっ、お前も救うつもりで戦っている! それをご主人が望んでいる!」
「私の運命は変えられない、オリジナルが猿女として生まれた日から変わらない」
「それを決めつけているのはお前自身だ! 運命という言葉で逃げているだけだ!」
刃を押し返しそのまま切り返して武器を握る両手を狙う。例え両腕を切り落とす事になろうとも、彼女を助けたい。それが望みであり、それを叶える事が出来るのは自身だけ、そう信じて迷いなく菊梨は剣を振るう。
留美は慌てて霊剣の形を変えるが、菊梨の刃が確実に彼女の左手を捉えた。
「お前の望み、今叶えるぞ!」
そのまま左手の手首を切り落とし鞘を投げ捨ててから霞の構えへと移行する。大きく踏み込み、菊梨が狙うのは彼女の左胸──心臓に向かって突きを放った。
「……」
「……」
狐影丸は深々と留美の胸へと突き立てられ、その切っ先は背中を突き抜けていた。先端から血の雫がポタポタと滴り落ちていた。
その出血量から心臓を傷つけていないのは明らかだった。ならば彼女は何を狙ったのか? 胸を貫かれた留美は一向に動く気配がない。
「お前の中の制御チップは破壊した、留美子と同じようにな」
「……」
「可能性として、次のお前が製造されている事を考慮した留美子は、同じように制御チップを破壊する事を私に託したんだ」
「──それで、的確にチップを破壊する攻撃を」
「そうだ──これでお前を縛るものは何も無い。運命から開放されたんだ」
「……」
やっと身体の感覚が戻り、私はゆっくりと上半身を起こす。ぼやける視界の先には互いに硬直して動かない二人の姿が見えた。二人がまだ立っている事に安堵し、それと同時に決着の行方が頭をよぎる。二人が健在という事は、まだ決着はついていないという事だ。それなら、二人の戦いを止めるチャンスは──
「え……?」
気力を振り絞り立ち上がったタイミングと銃声が聞こえたタイミングは同時だった。片方の人影はそのまま床に倒れ、弾け飛んだソレは弧を描きながら私の目の前へと落下して地面に突き刺さった。見覚えのあるソレ──狐影丸は主から離れて私の前に佇む。いや、主から離れたという表現には語弊がある。一部なら、確かに離れずにいたのだ──主人の引き千切れた右腕だけは。
「それでも運命は変わらない。貴女はここで死ぬという運命は……」
ヌメり気のある液体が額から頬伝って流れていく、きっと先程飛んできたモノから飛び散ったのだろう。まだ温かく、微かに生の躍動を感じさせる。
今目の前で起きようとしている事を止めなければならない──それなのに私は、一歩も動けずその場に座り込んだままだ。まるで何度も見た映画のワンシーンを眺めているような不思議な感覚。
"選択の時は来たぞ"
──声が聞こえる。少し低く、綺麗な女性の声だ。その声は、私の心全てを掌握するように全身を駆け巡る。それと同時に、まるで時が止まったかのように世界が静止した。
"このどうしようもない運命に対して、君の今回の答えは? "
「なんの……はなし……?」
"それが私達の契約ではないか。それとも、まだ思い出せていないのか? "
「私の記憶は全て取り戻したはず!」
"──ならば、今目の前にある光景をよく見るがいい"
目の前の光景──留美に菊梨が殺されそうになんているこの……
急激に脳内を走る映像の山、それは状況の差異はあれ、いずれも留美の手によって菊梨が殺されそうになっているものだった。そして私は、彼女を救うため──声の主と契約した。再会したあの時間に戻ってやり直すという選択を……
"何度試そうと、この結末は覆らなかった。それはあの男が因果に干渉出来るからだ。私と同じ──神としての力を手に入れてしまった"
「貴女は、神様なの?」
"私はお前達人間が、始祖神と呼ぶ存在。伊邪那美巫狐神と崇める存在。しかし今は、歪められた因果のせいで力の大半を失ってしまった。だからこそ、奴を打倒出来る可能性がある者達に力を貸している"
「その一人が私?」
"その通り。ここで君が運命を変えなければ、あの男によってこの星の未来は終焉を迎えるだろう"
「……」
"さぁ、どうする? 君に残された選択は2つだ"
「それは、どんな選択?」
"彼女を見殺しにするか、もう一度やり直すかだ"
「……」
"決まった事象は変えられない。もし変えられるならば、それはきっと──"
「変えてみせる、今度こそ」
"ほう? "
「何度繰り返しても変えられないなら、きっと私自身が変わるしかない」
"もしそれで、君が君でなくなってもか? "
「流れを断ち切るため、彼女を救うため──必要だと言うならば、私は喜んで自分の身体を差し出すわ!」
"──そうか"
「だから私はもう逃げない……」
そう、きっと私は今まで逃げてきたんだ。問題を先送りにして、何度も幸せな時間に浸っていただけ。そうする事で自己満足な世界に引きこもっていただけ。そんな事をしても、結局はこの終焉に辿り着いてしまうだけ。だったら私は、けじめを付けるべきなのだ。
「そんな未来──私が変えてみせる! 例え私がヒトではなくなっても!」
"その言葉、待っていたぞ"
左手の薬指に嵌めた指輪が熱を帯びる。私が限界以上の力を引き出している事に悲鳴を上げているのだろう。私が私でいるための枷、留美子と菊梨の思いが込められた指輪……
「ごめんね……」
謝る事しか出来ない。でも、それでも、私は二人を救いたい。そのために力が必要だというならば、その可能性が私に秘められているというならば……
「──来たぞ、ついに!!」
「あまてるちゃん……?」
「なんという……事を……」
再び動き出す世界、そこには先程までとは同一であり別な存在が君臨していた。そこに彼女だった面影は無く、纏う衣服が辛うじて彼女だという事を証明していた。
青い瞳に銀の髪、放つ力はこの場にいる誰をも圧倒していた。それは最早ヒトの枠組みを超え、妖怪の領域すら踏み越えてしまっていた。
「安倍晴明、お前は──私が殺すっ!」
―次回予告―
「何が正解で何が間違いか、きっと当事者達には分からない」
「自身の選択を信じ、ただひたすらに前へと突き進み続ける」
「例え世界が滅びようと、彼女は自身の望みを叶える」
「例え自我を無くそうと、彼女は自身の望みを叶える」
「全ては、彼女の望む未来のために」
「最終話 二人だけの幸せ」
「さぁ――お眠りなさい」