帝京歴786年3月15日
何が真実で何が虚構か、
ならば、今目の前にある景色も仕組まれたものなのだろうか? 見えない何かの力が働いて起きた現象なのだろうか?
――答える者はいない、仮に答えを知る者がいたとして、全てを曝け出すだろうか?
神はただ鎮座し、来たるべきラストシーンに備える。全ては決められた事、行き着くべき未来への道を歩むのみ。
古き神を淘汰し、君臨したるは――憎しみの神なり。
たった1日休んだだけで簡単に体調が良くなるわけでもなく、それどころか熱まで上がって大惨事となっていた。
仕事場への電話は済ませ、留美奈にはベッドから動かないようにと釘を刺された。
当然、大人しく寝ているつもりは無い。今日は雪の家があった跡地を調べにいくと決めているからだ。手術当日になってしまったら時間切れになってしまう。なんとしても声の主を見つけなければならない。
「今日は確か、留美奈は都心部の方に行くって言ってたっけか」
となると――夕方までに部屋に戻っていれば問題ないだろう。
そう思い、簡単に着替えだけを済ませて玄関へと向かう。一応留美奈が何か仕掛けをしていないかだけチェックして、ゆっくりと玄関の扉を開け放つ。今日は生憎の曇り空、朝にも関わらずまるで夜のような暗さだった。それが少しだけ不気味さを醸し出していた。
目的地はすぐそこ、家の隣にあったはずの場所だ。やはり何度見ても、まるで最初から何もなかったかのような空き地が広がっていた。空き地全体はロープが張り巡らされており、目の前には売地という看板が立っている。
一夜にして跡形も無くなった跡地、本当は最初から――
「そんな事はない!」
気力を奮い立たせ、敷地に向かって一歩を踏み出す。
何も無いなんて事はない、きっとこの空き地にヒントが残されているはずだ。でなければ、助けを求めて来るはずがない。
思い切ってロープを右手で握り、その下を潜って敷地内へと侵入する。幸い、この時間帯なら道行く人に出会う事も見られる事も無い。
――ロープを潜ったその瞬間、頭に響くような高音が耳を突き抜けていく。耳鳴りと言うにはあまりにも痛みを伴う音に、つい両耳を抑え目を瞑ってしまう。
「っ……」
こんな事で立ち止まっていられない。そう思いながら痛みの中ゆっくりと瞼を開く。
「こ、これは……」
それが幻覚では無いとしたら、雨の前にあるのは雪の家だった。消えてなくなる当時のまま、何も変わりなくその場所に立っていたのだ。
――心臓が高鳴るのを感じる。この玄関を開けば、きっとその先には雪がいるはずだ。そうすれば何かが変わるのかもしれない。そんな期待を胸に扉のドアノブへと手を伸ばす。
「――動かないで」
「えっ?」
「警告は一度切り」
背後から女性の声が聞こえてきた。いや、この声は聞き慣れた女性の声だった。聞き間違えるはずが無い、毎日聞いている留美奈の声だ。
「留美奈……?」
「私は彼女とは違う」
「それって――」
「目的は? 答えないと今すぐその頭を吹き飛ばす」
後頭部に冷たい金属の感触、それが何であるかは僕には容易に想像が付いた。
「早く答えて、私は気が短い」
「――声が、聞こえたんだ」
「声?」
「"ご主人様を――坂本雪を救って下さい"って」
「……」
声の主は、何かを察したかのように押し付けていた物をゆっくりと下ろした。
「でも、それは私の仕事。貴方には関係ない」
「君が?」
「私が約束したから――今度こそ、あまてるちゃんを守るって」
そう告げた彼女の言葉は、悲しみと覚悟を帯びた重さを孕んでいた。きっと、僕には計り知れないような関係がこの女性と雪との間にあるのだろう。
「――残された時間は少ない、貴方は貴方の運命を切り開け」
「どういう意味だ?」
「言葉の通り、カウントダウンは始まっている」
「……」
「さようなら、
それが彼女と交わした最期の言葉だった。何故ならば、その日の夜に留美奈がこの女性の死を知らせてきたからだ。
「それは、本当なのか?」
「えぇ、姉の死体が見つかった」
「一体どこで!?」
「――それは言えない」
「そうか……」
声色から予想はついていた、朝に出会ったあの女性が留美子だという事に。何故名乗らなかったか、何故隠れていたかは分からないが、きっと彼女なりに思うことがあったのだろう。だとすれば、彼女は誰かに殺された可能性が高い。
目の前にいる留美奈が、何か得体のしれない存在に感じてしまう。もしも、姉をずっと探していた理由が殺すためであったとしたら、追っ手を逃れるために留美子はずっと隠れていたのだとしたら……
「どうしたの?」
「いや、少し思うところがあってな」
あまりにも不可解な事が多すぎる。隠された雪の家、追っ手から逃げ続けていた留美子――きっと、留美奈は真実を知っている。しかし、それを隠して僕に近づいたのもまた事実だろう。
ここで彼女を問いただすか、それとも何も言わずにいるか――どうするべきだろうか。
「――留美奈」
そうだ、ここで立ち止まってはいけない――数日の奇妙な出来事が僕の背中を押した。
「頼む、本当の事を教えてくれないか?」
「……」
長い沈黙の後、留美奈は重い口を開いた。
「私は、八咫烏と呼ばれる政府の組織に属している。留美子も同じ組織に属していた」
「属していた……?」
「彼女は八咫烏を離反した。最重要護衛対象である"坂本雪"を拉致して。
だから私には、"坂本雪"の確保と裏切り者の始末の命令が下された」
「だから自分の姉を殺したのか?」
「命令だから」
彼女の返答に迷いは一切感じられなかった。自らの家族をその手に掛けたというのに、その瞳は曇り一つない。彼女の属する八咫烏という組織は、人間をここまで変えてしまうというのだろうか。
「そして私のもう一つの任務、それは貴方を護衛する事」
「僕を?」
「"ウタイ"の残党が貴方の命を狙っているから、残党のリーダーが留美子だった。
頭を失った奴らを後は各個撃破するだけ、その間は私が貴方を護衛する」
「だからなんで――」
「貴方が八咫烏のリーダーであり、現天皇である安倍
「なっ!!」
僕が、誰の血をだって……? 僕には両親がいて、今は政府の研究所で――
「貴方の両親は八咫烏の研究所で働いている。真実を隠すために赤子である貴方を
「じゃあ、僕の本当の親は……」
「
「……」
「偉大な血を引く後継者、それが真実の貴方。だからウタイの残党は貴方の命を狙っている。
これが貴方を取り巻く全ての真実」
「なら、最後にもう一つ教えてくれ――雪も、そうなのか?」
「――その通り、彼女もまた
「そう、か……」
情報の奔流が僕の脳内全てを埋め尽くしていく。理解できない事柄がせめぎ合い、僕という個を飲み込んでいく。
正直、訳がわからない。分からないことを真実と押し付けられ、認識が全く追いついてこない。
「一先ず、ウタイを撹乱するために私は別のマンションに引っ越す。今後のスケジュールは――」
留美奈がまだ何か言葉を紡いでいたが、今の僕にはその意味を認識する事は出来なかった。