ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第五十九話 偽りの平穏と、最後の祝福

帝京歴786年3月16日

 

 手術の日まで残り2日、熱はとりあえず下がったものの昨日の真実を聞かされてから脳内では大戦争が勃発していた。自分の知らぬ場所で繰り広げられていた世界の闇、その台風の目である自身が今まで何も知らなかったとは実に滑稽だ。だからといって、何か出来るわけでもなく――ただこのまま、流されている事しか出来ない。

 

 朝早くから引っ越しの準備を始めた留美奈の邪魔になるのも嫌でこうやって外に出てみたものを、特に何もする事が無いのも事実であった。そんなタイミングを見計らったのか、スマホから着信メロディが流れてくる。画面を確認する"竜也"の文字が表示されていた。

 

「はい、もしもし」

『もしもし! 体調どう?』

「とりあえず熱は下がって、今は気分転換に散歩中」

『なんだよ、だったら誘ってくれればいいだろ!』

「そんな事言われたって……」

『今どこ? すぐにそっちいくわ!』

「商店街の方に向かってるけど――」

『おっけー!』

 

 僕の返事も聞かず一方的にスマホの通話は切られた。竜也は昔からこうだ――そうと決めたら考えなしに行動し始める。こちらの意見なんて聞かずに勝手すぎる。そんな事を考えているうちに、既に彼の姿が遠目に見えてきていた。

 

「おーい!」

「――まったく」

「一人より二人って言うだろ? 折角だから一緒にゲーセン行こうぜ!」

「どうしてそこでゲーセンなんだ!」

「いやぁ、タイミング良く今日ロケテがあるんだよ。お前だって病み上がりだし歩き回るよりいいだろ?」

「それは……確かにそうだが」

「よーし、なら行くぞ!」

 

 竜也は僕の手を引くといきなり駆け出した。こちらが病み上がりだという事を忘れているのではないかと思うくらいの全速力だ。こちらの意図を知らず、竜也は子供のように無邪気な笑顔のままだ――まぁ、そういう部分も含めて好きなのだが。

 

 

 

 

 

 ゲーセンにたどり着くと、そこには既に長蛇の列が出来ていた。ここは秋奈町唯一のゲームセンターだけあって、人が殺到しているようだ――田舎にしては何故毎回ロケテを開催しているのかは永遠の謎だが。

 

「今回のエイカーテクノゲームスの新作なんだけどさ、なんでもVRゲーらしいんだよ」

「VRねぇ、確か数年前に式神伝のAR版が出るなんて話もあったっけか」

「確かおじゃんになったやつだよなぁ、滅茶苦茶楽しみにしてたのに!」

 

 そんな他愛ない会話をしていると、いつのまにか長蛇の列はだいぶ進んでいた。

 目の前にはちょっと大きめのゲーミングチェアのようなものが2台置かれ、椅子の上の機械からヘルメットのようなものを被せる構造になっていた。

 

「なんか俺、わくわくしてきた」

「子供か……!」

 

 そのまま二人で前に出て、案内されるままに椅子へと座る。長時間プレイしても疲れないような設計になっているのか、思った以上に柔らかく良い座り心地だった。

 説明によると、脳波の信号を使ってプレイする仕様らしく、このままヘルメットを被って目を瞑ればいいらしい。夢を見る感覚に近いのだろうか?

 一瞬、ぴりっとした痛みがおでこに走ったかと思うと、閉じているはずの視界が真っ白に染まっていく。白から青が構築され、多くの色が混ざり合い風景を構成させていく。

 

「よう、準備は出来たか?」

 

 どこまでも広がる草原と青空の下、目の前に立っていたのは赤髪の青年だった。青年は不敵に笑いながら剣を右手で握り、自身の肩に乗せている。

 

「リアルの姿がゲームに投影されるんだな」

「みたいだな! いい感じにアニメキャラっぽくなっていい感じだぜ!」

 

 僕の手にもいつの間にか剣が握られており、システム的に剣を使って決闘する仕様なのだろう。軽く掲げてみると全く重さを感じず、こういう部分はゲームだな感じられる。

 

「型とか全く分からないが、とりあえず振り回してみればいいのか?」

「俺もわっからん。でも――やるなら本気でやろうぜ」

「――当然だ」

 

 今だけは悩み全てを忘れて――目の前の戦いに集中する。僕も相当の負けず嫌いだと分かっている、好きな者同士でも譲れない事はある。

 

「俺から――いくぜぇ!」

「――くっ」

 

 竜也の初撃を受けると全身に衝撃が響いた。こういう部分はリアルさを追求しているようだ。

 僕はそのまま竜也の剣を強引に押し返し、そのまま踏み込んで横薙ぎに剣を振るう。

 

「あっぶねぇ!」

「――避けられたか」

「おまっ、殺す気かよ!」

「ゲームだから死ぬわけないだろ」

 

 お互い、ただがむしゃらに剣を振り続ける。ぶつかり合う金属同士の音が響き、地を蹴る衝撃が全身を駆け巡る。まるで、ずっと昔からこうしていたかのように、二人の息はぴったりだった。それは決闘というよりは演舞のようにも感じた。

 

「――楽しいな!」

「あぁ!」

 

 最初はただ剣を振り回していただけだったが、いつの間にかお互いの動きは洗練されたものへと変わっていた。竜也の振り下ろす剣を寸前で躱し、その隙を付いて斬り上げる。その斬撃は竜也の胸板を掠めて一筋の朱を刻む。

 

「こんのっ!」

 

 竜也は無理矢理剣を持ち替えて、そのままこちらを突き刺そうと大きく踏み込む――だめだ、この位置から回避は間に合わない。剣で受けようにも今の態勢から移行していては間に合わない。ならここは――

 

 

「あれっ……?」

「くそっ、時間切れかよ!」

 

 そのタイミングで時間切れとなり、意識は現実世界へと戻された。決着はつかずだったが、あのままなら確実に自分は負けていた――いや、左手が何か対抗策を講じようとしていたが、自分では気がついてはいなかった。

 

 ロケテの後、二人だけの公園のベンチで休むことにした。日はいつのまにか陰り、真っ赤な夕日が一面を照らしている。

 

「今日はありがとう――誘ってくれて」

「気にするなって!」

「いや、それでも……」

「なぁ優希」

 

 いつもへらへらとしている竜也だが、今日は何か纏っている雰囲気が違っていた。コイツが本気になると見られる兆候だ。何を考えているかは容易に想像がつくが、ここはあえて気づかないフリをして静かに彼の言葉を待つ。

 

「明後日には手術だろ? それでさ――リハビリとか、戸籍変更とか、色々あるわけじゃん?」

「――そうだな」

「俺達二人が大変なのってこれからだろ、だからさ――そろそろ、答えを出しておきたいと思ってさ」

「うん」

「だから、その……」

「……」

「全部終わったら、俺と――結婚してくれ」

 

 そう言って彼は、照れくさそうにポケットから小さな箱を取り出した。その中には、質素ではあるが彼の思いが詰まった指輪が収められている。それを受け取った僕は――

 

「――もちろんだ」

「よっしゃぁぁぁあああ!!!」

「ばかっ、恥ずかしいだろ!」

 

 僕の答えを聞いた竜也は、大声を上げながら公園を走り回る。その最中に、砂場に足を取られて盛大にコケた。

 

「おいっ、大丈夫か!?」

「――これ、夢じゃないよな?」

「あぁ、夢じゃない」

「本当に、本当だよな? 嘘じゃないよな?」

「――僕は、お前と添い遂げたい」

 

 心の底からの本心が口から溢れる。一番求めていた言葉を受けて嬉しいに決まっている。今だって、溢れそうな涙を必死に堪えて――

 

「――泣きそうな顔してやんの」

「お、お前だってそうだぞ!」

「しゃあねぇだろ! 滅茶苦茶びびってたんだからよ!」

「――断るわけないじゃないか」

「なんだって?」

「なんでもない!!」

 

 運命の日まで残り2日、僕は必ず乗り越えなければならない。二人の幸せを掴むためにも。

 

 

 

 

 

「きょーのおれはなんばーわん!」

 

 男は酒に酔っていた。人生最大の賭けに勝利したお祝いとばかりに、浴びるように酒を飲んだためだ。千鳥足で機嫌よく鼻歌を歌いながら、自分のマンションへと向かっていた。

 

「――草壁竜也ね」

「なんだおめぇ?」

 

 そんな男の前にローブを羽織った怪しい人物が現れた。ローブで全身が覆われているためどんな人物かは窺い知る事は出来ないが、声色は女性のように聞こえた。

 

「答える必要はない」

「だったら邪魔しないでくれよぉ、俺様は今最高にはっぴーなんだよ!」

「貴方はこの世界にとって邪魔な存在、だから――永遠にさようなら」

「――は?」

 

 ローブの人物の右手には拳銃が握られていた。その事実を竜也が理解する前に、その引き金は無慈悲に引かれていた。

 夜の秋奈町に一発の銃声が響く。男はそのまま道路に倒れ、おびただしい血が溢れて辺りを真っ赤に染めていく。

 

「任務――完了」

 

 ローブの女性は愛銃を懐に仕舞うと、死体に背を向けて闇へと溶け込んでいった。

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