ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第六十一話 神との邂逅

 落ちて、堕ちて、深い闇へと沈んでいく。どんなに抵抗しても落下を止める術は無く、何も無い虚無の漆黒へと堕ちて行く。一筋の光は徐々に視界から遠ざかり、どんなに手を伸ばしても届く事はない。僕の意識はこのまま闇に溶けて消えていくだけ……

 

「まだ――終われない」

 

 (わたし)はまだ、何も掴めてはいない。

 

「ここで諦めたら、全てが無駄になってしまう」

 

 (わたし)はまだ、何も成し得てはいない。

 

「だから――」

 

 (わたし)は――まだ絶望していない!

 

「もう一度だけ!!」

 

 もう一度、光へ向かって大きく手を伸ばす。もう一度だけ希望を掴むため、たとえこの腕が千切れてようとも……

 

「とどけぇ……!」

 

 手の平に広がる暖かさが全身に広がっていく。いつかどこかで感じた事がある熱、その懐かしさはいつの事か。包まれているだけ、で安心するこの――

 

「はぁ……はぁ……」

 

 瞳に映ったのは――一面に広がる青空だった。青々と生い茂る草原の絨毯に寝そべり、優しく吹き付ける風を感じながら見つめる空はとても綺麗だった。

 ふと我に返り、身体を起こして自分の全身を確認する。先程まであった痛みは無く、怪我の痕はどこにも残ってはいなかった。

 

「一体、何がどうなって――それに、ここはどこなんだ?」

「ここは、とある誰かが幼い頃に見た光景――それを忠実に再現したものだ」

 

 突然背後から投げかけられた疑問の答えに、僕は慌てて後ろを振り向いた。そこには、薄手の着物に身を包んだ銀髪の少女が立っていた。彼女はその青い瞳でじっとこちらを見つめている。

 

「そして、この領域すらもうすぐ消えてしまう」

 

 そう言って彼女は遠く先を指差した。その先に視線をやると――視界に一瞬ノイズが走る。

 

「私の権利は剥奪され、"奴"が全てを書き換えている。この領域が消える時、私も共に消滅するだろう」

「貴女は……?」

「私は――伊邪那美巫狐神(いざなみのみこがみ)。人々には始祖神として崇められていた」

 

 少女は柔和な笑みでそう答える。到底真実とは思えない言葉に、僕は困惑するしかなかった。

 

「信用出来ないのも無理はない。今の私は権能の9割を失っているからな……

 何の奇跡も起こせない――ただの人と変わりはしないさ」

 

 まるで自嘲するかのように笑い、寂しく空を眺める。そんな彼女を見ると嘘を付いているようには見えなかった。

 

「その神様が、僕に何の用ですか」

「ふふっ、信じてくれるのか」

「茶化さないでください」

「すまない、人と話すのは久方ぶりでな」

 

 年相応の笑顔で笑うと、彼女は僕の隣にちょこんと座り込んだ。

 

「――長い話になるぞ?」

「聞いて欲しいから、僕の前に現れたのでは?」

「ははっ、その通りだ……」

 

 少女は再び青空を仰ぎ見、かつての記憶を遡っていく……

 

「始まりは些細な事だった。可能性が0では無かったが、私も世界を安定させる事に奔走し注意が疎かになっていたんだ。

 結果、"奴"の侵入を許してしまう事になった。私が気づいた時には、既に"奴"の布石は完了していたのさ」

「そいつが神の力を奪ったと?」

「――その通りだ。まさか人間と手を組んで行動しているとは思わなかった……

 禁忌の技術を与え、世界とシステムを同時に掌握していった。」

「その人物とは……?」

「――安倍晴明、君もよく知る人物だ」

「……!」

 

 まただ、またその名前だ……

 事件の前の日も、死ぬ直前も、そして今も――どこにでも現れる男の名。自分の父親である安倍晴明、そして全ての黒幕と思われる存在。

 

「だから私はとある人物に依頼し、生まれる前の君に仕掛けを施した。

 私の消えかけた力全てを君の中に保存し、"もしも"の時に備えた。しかし、その力も限界が近い」

「僕の中に神の力が?」

「そう、その力が時間を巻き戻していた――正確には3/14までな。

 君の死をトリガーとして時間を巻き戻し"奴"が完遂するのを防ぐために。」

「……」

「君は覚えていないかもしれないが、もう幾度も同じ時間を繰り返している。

 私が教えた通り時間をリセットするために君を殺していたのは留美子だ。

 彼女は晴明を殺すために何度も時間を遡ったが、結局一度も彼を殺す事は出来なかった。

 だから――」

 

 彼女は瞳を閉じ、覚悟を決めたように最後の言の葉を紡ぐ。

 

「坂本雪を目覚めさせる。彼女と君の力、運命を変える可能性があるのは最早それだけだ。

 これを伝えるために、私は最後の力を使ってこの機会を設けたんだ」

「つまり、"次"が最後のチャンスだと?」

「そう、これで失敗すれば――晴明の支配する未来は確定してしまう。

 全て自分の障害となるものを排除した、可能性を排した世界に……」

「……」

「君に望むのは2つだけだ。

 1つ目、全ての元凶である安倍晴明を殺す事。

 2つ目、彼に知識を与えた古の神を殺す事」

「そうすれば、世界は救われるのか?」

「――本来あるべき姿に戻る。彼女が干渉する前の時間軸から元通りにな。

 それは君が本来迎えるべき穏やかな未来だ」

 

 本来迎えるべき穏やかな未来――そんなものが本当に存在するのだろうか?

 こんな呪われた生まれではなく、普通の幸せを享受出来る当たり前の生活。何度も焦がれたそんな未来が……

 

「――世界を救って、そのご褒美が穏やかな世界。ご褒美にしては出来すぎだな」

「いいや、それが本来の未来だ。多くの苦難を乗り越えてきた君が迎えるべき結末が歪んでしまったのが今だ。

 何度も君を苦しめてきた私に説得力が無いのも分かっている、それでも――世界をもう一度だけ救ってくれないか?」

「――分かった」

 

 彼女の言葉を否定する事も出来た。この現実味の無い世界で、ただの夢だと忘れ去る事だって出来た。それでも、彼女の事は何故か他人とは思えなかった。どこか遠い昔、繋がっていたかのような感覚。そんな何かを感じていた。

 

「ありがとう……」

「僕達の未来は、僕達の手で取り戻す」

「あぁ――世界を、頼んだ」

 

 悪夢を終わらせるため、僕は最後の選択をした。この選択が多くのものを巻き込み、どのような結末を迎えるかは分からない。それでも、このまま終末を迎えるよりはマシだ。ただ黙って死を迎えるより、何も知らずに消えていくより、何より――無知でいるよりも。

 

「君の魂を彼女に預けて正解だった。さようなら――、私の愛しき子孫よ」

 

―――

 

――

 

 

帝京歴786年3月14日

 

 目覚めた、というよりは息を吹き返したという表現が正しいのかもしれない。身体は枯渇した酸素を求めて荒い呼吸を続け、全身に湿った汗が寝間着の中を這いずる。

 何か夢を見ていた気がする。とてもおぞましく悲惨な夢を――しかし、その内容を何一つ思い出す事が出来ない。まるで何か見えない靄で覆われてしまったかのように、その断片すら判別が付かない。

しかし確実に覚えている事があった。それは普通では起こり得ない出来事――神との対話であった。夢と一蹴出来るような内容ではあったが、心のどこかであれは現実だと信じている自分がいる。

 

「僕が本来迎えるべき穏やかな未来――か」

 

 あの会話全てが真実とすれば、僕は数え切れないほどの死を迎えている事になる。何度も3月14日から17日の4日間繰り返しながら……

 そのループを断ち切る方法は唯一つ、目的の人物を殺す事だ。そうしなければ、この世界は終わりを迎えてしまう。

 

「ふふっ、天皇を殺すなんて――僕は国家反逆者だな」

 

 それでも、僕はあの夢を信じている。あの小さな神の言葉を信じている。

 

「これが――ラストチャンス」

 

 最後の物語が、今ここに幕を切ったのだ。

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