ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第六十二話 これがラストチャンス!

 砕けた砂時計を元に戻すことは出来ない。溢れ落ちた砂は宙を舞い、夜空に溶けて星の光となる。飛び散る破片は瞬きの煌き、人の命のように光っては消えていく儚き輝き。

 もう後戻りは出来ない――いや、するつもりもない。そんな弱い気持ちなんて遠い過去に捨ててきた。今も昔もやる事は変わらないから、ただこの足を前へと踏み出すだけ。かつての自分がそうだったように、僕もまた前へ進もう。例えそれがどんな結末を迎えようとも、今出来る精一杯を……

 

帝京歴786年3月14日

 

「――動かないで」

「えっ?」

「警告は一度切り」

 

 背後から女性の声が聞こえてきた。いや、この声は聞き慣れた女性の声だった。聞き間違えるはずが無い、毎日聞いている留美奈の声だ。

 

「留美奈……?」

「私は彼女とは違う」

「それって――」

「目的は? 答えないと今すぐその頭を吹き飛ばす」

 

 後頭部に冷たい金属の感触、それが何であるかは僕には容易に想像が付いた。

 しかし、素直に答えるにしても一つだけ問題がある。それは彼女が本当に留美子なのかどうかだ。

 双子の妹である留美奈、その容姿は僕にも区別が付かないほどそっくりだ。始祖神と協力していたのは留美子の方だが、留美奈はおそらく晴明側の人間だ。もしここで情報が漏洩してしまえばこちらが大きく不利になってしまう。

 

「とある人物に頼まれたんだ、坂本雪を起こすように」

「それは、晴明の命令か……?」

 

 殺気は殺意に変わり、半透明な刃が喉元へ押し当てられる。彼女が少しでも力を入れれば、瞬時に私の首は地面を転がり回る事になるだろう。しかし、その殺意が何よりも、彼女が留美子だということを物語っていた。

 

「違う、君も良く知る人物だ」

「ふん、貴方も会ったの?」

「あぁ、彼女に頼まれて雪を目覚めさせる事になった」

「――冗談じゃない。戻って神に伝えて、私は必ず作戦を成功させると」

「そういうわけにはいかない。はっきり言おう、このままいけば作戦は失敗する――いや、何度も失敗している」

 

 喉元に押し当てられた刃が微かに揺れる、その切っ先が僕の首筋に一筋の赤い軌跡を描く。雫はゆっくりと地面へと滴り落ち、それを皮切りに溜め込んだ怒りを留美子が爆発させる。

 

「――嘘を言うなぁ!!!!」

「聞いてくれ留美子、今回が"最後"なんだ。この意味は分かるな?」

「だって私は、"まだ一度も"やり直してない! これが最後であるはずが――」

「あるんだ! 僕達は巻き戻す前の記憶を保持する事は出来ない!」

「そんな……」

「これで最後なんだ、世界を救うにはもう雪の協力が必要になってしまった」

「また私は……守れないの……あまてるちゃんを……」

「――そうしないために僕が来たんだ。そのためには彼女の力が必要だ」

 

 留美子の声は震えていた。それは多くの後悔を積み重ねてきた者だけが纏うオーラ、僕と同じモノだった。きっと彼女も、この場所に辿り着くまでに多くの絶望を乗り越えてきたのだろう。そして雪はその支え、彼女が留美子である事の証明……

 

「でも、もうあまてるちゃんには戦って欲しくなかった。私一人で全て終わらせたかったのに……」

「――すまない。それでも、もうこれしか方法が無い。こうしなければ全てが終わってしまう」

「分かってる、分かってるけど……」

「頼む、僕を信じてくれ……」

「……」

 

 ――それは、長い沈黙だった。彼女の中であらゆる感情が渦巻き、今までの積み重ねが崩れ去り、その存在すら瓦解させるような選択――僕は今それを強いているのだ。

 それでも彼女なら、きっと……

 

「それであまてるちゃんが救われるなら――私の選択は一つだけ。

 貴方の提案を受け入れる」

「ありがとう……」

 

 でも僕は、そんな真っ直ぐな彼女の視線を直視する事は出来なかった。彼女の視線は僕にとって真っ直ぐ過ぎたから……

 

―――

 

――

 

 

「いらっしゃ~い」

 

 あの後、留美子は案内したい場所があると言ってこの小さな喫茶店へと僕を連れてきた。意外だったのは、普段仕事で通っているガーベラの隣にあったという事だ。

 店内に入ると古き良き内装のカウンターに中年の男性が一人立っていて僕達迎え入れた。

 

「店長、緊急会議」

「緊急会議だって!? 一体何があったんだい?」

「詳しくは明日、今日はこの子の顔合わせだけ」

「よ、よろしくお願いします――榛名優希です」

「田辺和樹、この店のマスターだ。宜しく頼むよ」

 

 丁寧な挨拶にお辞儀で返すと、店長は笑顔で答えてくれた。そのまま彼の案内のままに店の奥へと進んでいくと、急にごそごそと立て掛けてある絵をいじり始めた。

 

「ここをこうしてっと……」

 

 何かはめ込むような音が響くと絵の横の壁が音を立ててスライドする。その先には地下に進む階段が鎮座していた。しかし、一般のお店に何故こんな仕掛けが……

 

「私達"ウタイ"は拠点を必要としていた。しかし、私達に協力する人達は皆無」

「だから、色々と事情を知ってる僕が場所を提供したのさ」

「な、なるほど……?」

「帝都はほぼ八咫烏――晴明の息がかかった場所しか存在しない。しかし、彼らの正体を知る者も存在している」

「本当、4年前はひどい目にあったからねぇ……」

 

 どうやら、この店の店長も被害者であり、晴明とは浅からぬ因縁があるらしい。

 とりあえず情報を整理すると、八咫烏とウタイという組織が存在し、晴明が八咫烏を運用しているらしい。そしてウタイが八咫烏と対立している組織であり、そのリーダーが留美子だそうだ。

 階段を降りた先には見たことも無い機械や器具が設置された広間が現れた。そこには、暇そうに床を転げ回る猫のような生き物と読書に耽る紫髪の狐耳少年がいた。

 

「え、何々? もしかしてお客さん!?」

「燐、黙っていてくれないか? 今丁度いい所なんだ……」

「そんな事言ってる場合じゃないって玉耀(ぎょくよう)! 見たこと無い人がいるんだってば!」

「何を――っ!?」

 

 二人――いや、二匹?は僕の顔を見るなり驚いた表情を見せた。おそらく妖怪だろうが、何故こんな場所に。

 

「二人は私達の協力者、紹介するわ」

「えっと、燐ちゃんです! ロキアからやってきました! 得意技は炎魔法ですっ!」

「――玉耀(ぎょくよう)だ、見ての通り狐の妖だ」

 

 狐の妖怪――玉耀は礼儀正しく挨拶をするが、何か腹の中に含んでいる様子、もう一方の猫娘はというと、どうやら無邪気な子供っぽい性格のようだ。

 いや、まてよ? 燐、猫っぽい――どこかで聞いた事があるぞ? あれは確か……

 

「式神伝で、確か似たようなキャラがいたな……」

「あれ、私がモデルだよ?」

「はっ……?」

「流石翔子だよね、滅茶苦茶可愛く書いてくれてるし!」

 

 なんだろう、一体どこから突っ込んでいいのやら――これが本当に国に反逆する組織の最前基地なのだろうか? どう見ても子供のお遊戯会だぞ……

 

「言っておくけど、この二人に関しては私より強い」

「それ、大真面目なのか?」

「あまてるちゃんに誓ってもいい」

「――はぁ」

 

 自分が想像していたものとはかけ離れた現実に、本当にこの先が心配になってくる。時間は少ないというのに、これで目的を達成出来るのだろうか。

 

「それに、この二人以外にも協力者はいる。工作員達も帝都全域に潜んで作戦の準備をしている。

 とりあえずは明日この場所で会議をするから、今日は一旦家に帰って」

「あ、あぁ……宜しく頼む」

 

 きっと作戦の大幅変更で、各地に伝達する事も多いのだろう。僕がここにいても何か出来るわけでもないし、今日は見学に来たという名目でさっさと退散したほうが良さそうだ。

 

「待ってくれ!」

「ん……?」

 

 退散しようとした僕を引き止めたのは、先程の狐耳の少年だった。

 こう間近で見るとその容姿は中性的で、男性なのか女性なのか判別する事は出来ない。しかし、女性と言うには少しハスキーな声は自分自身を連想させた。

 

「君に渡したいものがある」

 

 そう言うと、彼は古ぼけた鉄の塊を取り出した。ゲームやアニメで見たことがあるが、回転式拳銃と呼ばれるものだろうか? かなり古い物のようだが、思った以上にしっかりと手入れされているようにも見える。

 

「これは?」

「とある人物からの預かり物だ、これから戦いに身を賭す君への送り物だよ」

「そんな事言われても、こんな物扱えるわけが――」

「いや、君なら扱える」

 

 こちらの言葉を遮り、彼は僕にその拳銃を押し付けてくる。その冷たい感触は、何故かとても懐かしい気がした。

 

「何を言っても今の君には分からないと思う。それでも――済まない。結局こんな運命に巻き込んでしまった……」

「貴方は一体……?」

「いや――よそう。僕が何を言っても、それは真実ではないのだから。全てはあるべき形に戻った時に――だ。

 今ある真実は、君の手にある"魔銃"だけでいい」

 

 意味深な言葉だけを残し、玉耀はそのまま僕に背を向けてしまった。僕の手の平の上には、先程渡された"魔銃"と呼ばれた凶器が冷たく存在感を放っている。僕にこれで、何をどうしろっていうんだ……

 

―――

 

――

 

 

「予想外ではあったが、これは思わぬ朗報だ」

「では、計画を……?」

「あぁ、少し早めよう。器の確保と羽虫共のアジト襲撃を同時に行う。」

 

 それは晴明にとって予想外の出来事であった。全てを把握するまで後少しという状況で、彼は多少なりとも焦っている。そんな状況での今回の出来事であった。

 器に仕掛けた装置は、彼の行動全てを晴明の元へと送信していた。まさか計画直前でこんな行動を取り始めるとは思わなかった。"今までで始めてのパターン"であった。

 

「7号、宜しく頼むぞ」

「はっ!」

 

 しかし、アジトが判明したのは朗報だ。今まで向こうが襲撃してくるパターンばかりだったが、今回は先手を打てる。確実に奴らを駆除する事が出来る。

 

「――彩音」

"はい、マスター"

「"バークライトシステム"の掌握率は?」

"98.56%です"

「ならば今回で決着が付きそうだな」

 

 そう、これで私は神の座に上り詰める。私を笑った者達を淘汰し、化け物共を駆逐して――真なる安寧の世界を構築するのだ。

 

「後少し、後少しなのだ……」

 

 全てに、決着を……

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