――その頼もしい手を掴み立ち上がったつもりだった。こんな地獄のような状況でも、店長ならどうにかしてくれると信じていた。そんな希望は――いとも簡単に打ち砕かれた。
「ぅぁぁぁぁあああ!!!」
僕の握っていたモノは――店長の腕だけだった。
「――少々出力が高すぎるな、これでは街に被害を及ぼしてしまう。データは研究所に送っておけ」
「了解です!」
跡形も無くまるでおもちゃのような腕は、そのまま重力に引かれて地面へと落下する。ぐちゃりという生々しい音がやけに耳の奥へと響いた。
「このまま奴らのアジトの制圧も終わらせろ。私は――もう一つの器を確保する」
「では――」
「えぇ、器の回収は貴女に任せるわ」
結局、僕は無力だった――何も出来ないうちに、全ては終わってしまっていた。何も関係無い皆も殺されてしまった。
"
「そうだ、僕が皆を殺した……」
"
「だって、僕は一般人なんだ! そんな事できるわけないだろ!?」
"それでも、
「一体何が刻まれているって言うんだ!」
"本来の
「そんなわけ無いじゃないか――僕は、こんなにも無力だと言うのに……」
何も出来ない、ただの塵と一緒だ……
「君には悪いけど、これも僕達が生き残るためなんだ」
黒ずくめ集団の一人が銃を構えながら少しずつこちらへと歩いてくる。
もうこれで、全て終わりなのかもしれない。ここで僕が捕まれば始祖神の言っていた最悪の未来へ到達する事になるだろう。
でも――仕方ないじゃないか。最初から無理だったんだ……
「こんな僕に――世界を変えられるわけないじゃないか」
"
これで負けても次があると信じている、だから簡単に諦める"
「そんな事――」
"これで最後なのよ? なんで自分の運命に抗わないの? なんで全てを受け入れるの?"
「……」
"私は――そんな物分りの良いやつじゃなかった。どんなに絶望しても、最後まで運命に抗った!"
「君は――一体誰だ?」
もう一人の
"
「……」
「さぁ、両手を上げて――」
目に入ったのは、おそらく先程まで店長が使っていたであろう拳銃だった。不退転の意思が生きているかのように、僕の足元へ転がり落ちていた。
そうだ、店長の意思はまだ折れていない。家族を守りたいという気持ちはまだ生きている。
"お前はまだ生きている、生きているんだ! 生きてる奴は死んだ奴の思いを受け継がなきゃない"
そうだ、僕はまだ生きているんだ。まだ何も終わってなんかいない……
僕が生きている限り、店長や皆の思いは一緒に生きているんだ……
「うぉぉぉぉ!!」
無我夢中で店長の拳銃を拾い、こちらに歩いてきた敵へと発砲する。同時に響く、両手への強烈な衝撃――そのまま尻もちをつくような態勢になってしまう。
目の前にいた黒ずくめは、被っていた中折れ帽と頭部の一部が欠けていた。そのまま声も上げる事無く倒れ込む。
「反撃してきたぞ!」
「先に両手両足を潰してしまえ!」
他の黒ずくめ達が一斉にこちらへと発砲を始める。僕は店長が予め準備していた机の裏へ身を隠す。
こちらの反撃を想定していなかったのか、明らかに残った数は最初よりも減っているうえに個々の焦りが感じられた。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて銃を握り直す。思考は出来る、手足もまだ動く――それなら、やる事は決まっている。
銃撃が止む瞬間を狙って何発か相手側へと発砲する。映画の見様見真似だが、相手の一方的な攻めを抑えるのには効果があるように感じた。
「こうなったら試作機を――」
「バカっ、さっきの奴みたいに器が吹き飛んだらどうするんだ!」
「やらなきゃこっちが殺されるかもしれないだろ!?」
冷静に状況を観察してみると、相手も慣れていない事に気付いた。これは焦りだけじゃない、未熟さ故の混乱なんだ。それなら僕にだって可能性はまだある。
「そうだ、あの銃――」
玉耀と呼ばれた少年から預かった銃、もしかしたら奴らを倒すための特別な武器なのかもしれない。だとすればこの場を乗り切る可能性が一気に跳ね上がる。
荷物を置いたロッカーは厨房の右側――ここから走って扉に向かうにはざっと50メートルか。
「――残り6発、やるしかない」
この銃撃が止んだら――行くっ!
机から身を乗り出し、3発程相手が身を隠している場所へ発砲する。そのまま立ち上がって一気に扉の方へと駆け出す。
「逃がすなっ!」
走った態勢のまま片手で1発発砲してみるが、その衝撃が想像以上の激痛を右腕へと与える。
でも、ここで止まるわけにはいかない。自分の出来る最前を尽くすんだ!
「ぁぁぁああああ!!!」
更に痛みを無視して残り二発を撃ち出す。少しでも相手が怯んでくれれば逃げる隙が――
「あぐっ……」
「遊びは終わりです」
両足に想像以上の激痛が走った。それはまるで燃え上がるように全身を駆け巡る。
「手間取らせてくれましたね――その両腕にも大人しくしてもらいますよ」
「あがぁっ!」
無表情で黒ずくめの女は僕の両腕へと銃弾を打ち込んだ。両足同様に、痛みが腕から全身に広がり視界はチカチカと明滅する。
手も足も動かない、もう何も考えられない、僕はもう――
「もう二度と目覚める事は無いでしょう。何か、最後に言い残す事はありますか?」
――まだだ、まだ僕は生きている。ここで死ぬわけにはいかない。
「――だ」
「なんです?」
僕の心は――まだ折れてはいない。手足が動かないなら、這ってでも抗ってやる。
「お前達はっ――皆殺しだ!」
「ふふっ、ふふふ……」
さっきの声の主よ、もし聞こえているなら答えてくれ! まだ僕に力があるっていうなら――その力を!
「夢は――寝ている時にだけ語りなさい」
頼む! 僕は――まだ諦めたくないんだ!
"新規アクセスを確認...管理者の親族と認識。管理候補者として登録...完了。一部開示データをアップロードします"
「死ぬのは君だよ!」
「っ……!?」
放たれた弾丸は――僕のこめかみを掠っただけだった。
「そんな、今のを避けた?」
まぐれだと言わんばかりに驚愕する黒ずくめ、間髪入れずにそのまま二発僕の脳天目掛けて発砲してくる。
しかし、その二発どちらも僕に当たる事は無かった。
「その青い瞳、まさかお前――」
「言っただろ……?」
黒ずくめは何かを恐れるように2、3歩後ろへと後ずさる。
先程までの痛みが嘘のように消え、思考もとてもクリアだった。まるで違う何かに生まれ変わったかのように今は恐れも恐怖も感じなかった。ただ、今胸の中にあるのは――
「お前達は――皆殺しだっ!」
僕の左手には、いつの間にか玉耀から預かった"魔銃"が握られていた。
「躊躇するなっ! 一斉射撃だ!」
5,6人の黒ずくめ達は、手にした銃をこちらへ向けて一斉に掃射する。押し寄せる弾幕に僕は身じろぎせず、ただ怒りの瞳だけを向ける。
到達した弾丸達はまるで何かに弾かれるように僕の目の前で全て弾かれる。それらはただ、僕の"金色の髪"を静かに揺らしただけだった。
「間違いない、器が完全に"妖狐"として覚醒している……」
「そんな奴にかてるわけっ――!」
「おい! どうしっ――!」
後ろにいた雑兵達が、まるで電池切れの玩具のように次々と間抜けな声を上げて倒れていく。
「――苦しまずに殺すのは優しすぎたか」
「貴様っ!」
目の前にいる相手以外誰も気付いてはいなかった。もう既に僕が引き金を引いていた事に。
「さぁ、次はお前の番だ」