「荷物のお届けに参りましたよっと」
黒いバンから降りてきた双子の片割れはそう言うと車のキーを私に投げつけてきた。鍵を右手でキャッチし、バイクに寄りかかった姿勢を起こす。
「貴女の注文通り、旧式霊銃と弾薬をたんまり詰め込んであるわ。おまけに車には対戦闘用の加工も施してある」
「防弾処理に神域の展開、なんでもござれなスーパーカーってわけ!」
「――助かる。これで任務を遂行出来る」
全てはこの――"オペレーションアマテラス"のために用意した計画だ。本来なら私達だけで官邸へ潜入し晴明を倒すつもりだったが、計画は大きく歪んでしまった。
"坂本 雪を目覚めさせる"
それは私にとって最も不本意な行為であった。もう後が無いのも知っている、それ故に選択肢が無いのも分かっている。自分が無力なのも――分かっていた。どんなに策を巡らせても、私はアイツへと手が届かなかったのだから。
だから、これは私への罰。永遠に敵わない夢を見続けている私への残酷な真実。そんな私が出来るのは――一つだけだった。
「――最後に、これだけは言わせて」
「何?」
「私は――今でも貴女を許してはいない。だから、必ず罪を償って」
「――無事に、晴明を倒したらね」
――全部ウソだ。私に生き残る気持ちなんて存在しない。自分を消して彼女を連れ戻す、ただそれだけを考えている。
ずっと私達は側にいた。ずっと私達はすれ違っていた。互いに別な幻影を追いかけて愛し合っていた。そうしなければ、互いに壊れてしまいそうだったから。
―――
――
―
「体調は問題なさそうね」
「まぁな……」
つい先程まで倒れていたとは思えないほど、優希の体調は回復していた。普通の人間であるなら、この短時間で霊力が回復する事は無い。ならば、あまてるちゃんと"同じ"状態なのは間違いない。その変化は既に身体にも現れている。
黒かった髪は金髪に変化し、頭部には狐の耳のようなものが生えていた。案の定尻尾も一尾生えてきており、彼女と同じ妖狐化したとみるべきだ。
それも当然だろう、彼女の母親は妖狐だ。あまてるちゃんもそうだったが、晴明はそれを狙って二人を生み出した。彼が妖狐に拘る理由は不明だが、明らかに二人を重要視しているのは間違いない。だからこそ、あまてるちゃんは安全な神域の中で眠っていて欲しかったのだが……
「父親からもらった新しい服はどうかしら?」
「父親って――そういう相手ではないだろ! まぁでも、着心地は良い……」
少し照れた様子から察するに、満更でもないのだろう。今まで親を知らずに育った環境が、始めての経験に素直になれないでいるのだろう。それでも人間らしくなった私には微笑ましい光景だ。
「まぁ、私も人の事は言えない――か」
「どうした?」
「なんでもない……」
私も今日という日に備えて正装を準備していた。あまてるちゃんを守っていた頃に身に着けていた退魔師の衣装を修繕し、右手にはあまてるちゃんの残したリボンを結んである。
最後の時まで守るという誓いの証、私にとってはこれが最後のあまてるちゃんとの繋がり。
「――もう始まってる」
道の先に目を凝らすと、坂本家を覆っている神域とは別の神域が確認出来た。おそらくは既に器の回収作業が始まっているのだろう。相手側も予定を繰り上げて行動しているのが見て取れる。
あの家の神域は特注品――簡単には突破される事は無いだろう。
「後は作戦通り」
「あぁ、僕が家の中に入って雪を目覚めさせればいいんだな?」
「その通り、その時間は私が稼ぐ」
「本当に一人で大丈夫なのか……?」
「無問題、貴方はあまてるちゃんを起こすのに集中してっ!」
思いっきり左手でお尻を叩いてやる。そのまま服の袖から愛用の霊銃を取り出して引き金を絞る。
――撃ち出された弾丸が展開されていた神域に人が通れる程度の穴を作る。
「駆け足!」
「――了解!」
二人同時に大きく踏み込んで神域内へと侵入する。中には大勢の黒服達が坂本家を守る神域に一斉攻撃をしている最中だった。
「私達の――邪魔をするなぁ!」
進路の邪魔になる正面三人の頭を瞬時に霊銃で撃ち抜く。そのまま左足でブレーキを掛け、あまてるちゃんの家に背を向かる形で武器を構える。
左腕の裾からも霊銃を取り出し、正面に溢れかえる敵達に向けて次々と引き金を絞る。
「すぐに雪を起こしてくる、待っていてくれ」
「全部平らげていても文句は言わないで」
一旦両手に持った霊銃を袖に仕舞い、肩に掛けたアタッシュケースを地面に投げ捨てる。つま先で蹴ってケースを開き、そこから二丁のアサルトライフルを取り出す。
中にはたっぷりと特殊弾を詰め込んだ旧式霊銃だ。普段使う物とは違い、自身の霊力を使わない分長期戦で最適となる。
私は容赦無く両手の引き金を引き、迫ってくる敵をなぎ倒していく。私にとってこの程度の反動は無きに等しい、それこそガトリングでも用意してくれば良かったと思えるほど敵の数が多かった。
「――来たか」
殺意が一直線にこちらへと飛来する。投擲用の小型霊剣、確実に私の喉元を狙ったソレを右手のライフルでガードして弾く。
「お前だと思っていた――6号」
「7号、魂すら持たない紛い物の"
「壊れた
手にしたライフルを投げ捨て、懐に仕込んでおいた小さな玉を投げ捨てる。玉が地面に接触した瞬間、辺りは一気に黒い霧で覆われる。
「このような目くらまし、私達には無駄だと分かっているだろう?」
私達は人造人間、見た目は人間でもその大部分は機械で出来ている。あらゆる戦場に対応するための戦闘プログラム、強靭な人工筋肉、視覚センサーはこの程度の煙幕も関係なくターゲットを追跡し続ける。
「これが普通の煙幕ならね……」
愛用の霊剣を両手に握り、まずは目の前の兵士の首を切り落とす。敵はこの煙幕の中で明らかに慌てていた。数を減らしたとはいえ、ここまで練度の低い兵士ばかりだと哀れにも感じる。
「言っていろ」
留美奈は迷いなく視界に映る留美子に向かって先程と同じ小型霊剣を投擲する。しかし、その攻撃は何故か彼女の姿を貫通して彼方へと飛んでいく。
「何……?」
「どうした? 私はここだぞ」
先程とは180度方向の違う角度からの留美子の斬撃、留美奈は慌てて霊剣を構えて留美子の二刀を受ける。
「旧式が――つけあがるな」
「そういうセリフは、私を壊してから言うのね」
二、三手打ち込んだ後、留美子は再び霧の中に姿を隠す。その間、兵士達の断末魔が何度も響いた。留美子は、留美奈と対等に打ち合いながらも確実の敵の戦力を減らしているのだ。その事実が留美奈の思考回路をより加熱させた。
「確かに、貴女は私のデータを継承して作られた新型。スペックは間違いなく貴女が上」
「当然だ、そして旧式が最新に勝てる道理はない」
「そう、私が6号のままならば確実に貴女には勝てない」
手にした霊剣の柄を連結させ、ダブルセイバーの形態へと変化させる。更に左手に霊銃を握り、奥にいる兵士2人の頭を撃ち抜く。そのまま姿勢を低くして大きく前へと踏み込む。
留美奈の斬撃が頭の上をすり抜けていく。どうやら大太刀モードで思いっきり横薙ぎに振り回したようだ。彼女にはそこに私がいるように見えている。この霧は彼女の視覚センサーを麻痺させるための仕掛け、当然条件はこちらも一緒ではあるのだが――
「これが、データと実戦の違いっ!」
そのまますれ違う瞬間に霊剣を振るい、彼女の霊剣を握る右腕を切り落とす。瞬時に左手の霊銃で反撃してくるが、同じくこちらも霊銃の引き金の引いて相殺させる。
「理解不能、条件は同じの筈なのに……何故?」
「それはね――私がもう紛い物じゃないからよ。あまてるちゃんとの思い出が私という人間を生み出したの」
「ありえない、私達は所詮"猿女留美"の紛い物。魂を入れる器にしかすぎない」
「だから貴女は――"
背後から接近し斬り上げて左腕を切断する。更に両膝に霊銃を打ち込んで完全に抵抗出来ない状態にする。
「私達はこの世に生まれてはいけない存在、だからこそ無に還らなければならない」
「この――不良品が……」
「さよなら、私の最後の妹」
そのまま右腕を振り下ろし、留美奈を真っ二つに――
「ぁっ……」
――全身に衝撃が走る。間違いない、この感覚は……
振り下ろそうとした態勢のまま、身体はピクリとも動かなかった。これは所謂"電池切れ"だ。ずっとメンテも補給もせずに戦い続けたツケ、もう少しだけ保つと思っていたのだが――どうやら見積もりが甘かったようだ。
「標的沈黙、残存火器――攻撃開始」
留美奈は大きく口を開けると、そこから砲身のような物が伸びてくる。どうやら、武器を失った場合の最終兵器を搭載されていたらしい。
その滑稽な姿を見て――少しだけ同情を覚えた。
刹那、大きな発砲音と共に全身に痛みが駆け抜ける。そのまま身体は吹き飛ばされ、神域に背を預ける態勢となる。留美奈は更に追い打ちをかけるように何度も発砲を繰り返す。
右腕大破、心臓部消失、右視覚センサー反応無し、思考回路機能大幅低下――
でも、わたしは――まだ、いきてる。こんなとき、こんなときあのひとなら――どうする?
「シネ」
「あまてるちゃんなら――あきらめない、よね? さいごまであがけって、言ってくれるよね?」
薄れ行く意識の中で、風に舞う赤いリボンが目に入る。右腕に仕込んだ最後の仕掛けを起動する。この部分だけは後付け、あまてるちゃんが切り落とした代わりに付けた義手だった。つまり、身体とは独立した機構になっている。そう――彼女が残した痛みさえも、私の力となってくれたのだ。
「――ありがとう、あまてるちゃん」
私が私になれたのは貴女のおかげだった。確かに私達の関係は間違っていたのかもしれない。お互いに間違った付き合い方をしていたのかもしれない。
でも、それでも――一度も貴女との出会いを後悔した事なんてなかった。私が私としてここに生きていた証、確かにそれは存在している。そして、永遠に貴女の中で生き続ける。猿女留美子が生きた証が――雪、貴女なのだから。
だから最後に言わせて、私は――本当に貴女を愛していた。あまてるちゃんの変わりなんかじゃない、坂本雪という一人の人間を愛していた。
"信号確認――起爆します"
右腕に仕込まれた爆弾が起動する。これで――本当にさよなら。
「――ただいま」
全てが光に包まれた瞬間、懐かしい声が聞こえたような気がした。
"おかえり"
その言葉は、光と爆音の中に消えていった……