全ての準備は整った。これから始まるのは誰もが予想だにしない物語、誰にも干渉できない領域。白紙のページに人々の感情が書き綴られていく。その奔流は誰にも止める事は出来ない、神にだってその権利は無い、自らの意思で未来を勝ち取るために武器を取るのだ。
さぁ、同じ観測次元に立つモノよ――どうか最期まで目を逸らさずにいて欲しい。私と共に事の顛末を見届けて欲しい。たとえどんなエンディングでも、それが彼女達の生きた道筋なのだから……
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――まるで気分は浦島太郎だった。たった数ヶ月眠っていただけなのに、私が知る世界は大きく変化を見せていた。幸せな時間は跡形も無く、愛する人は誰もいない。当たり前だった人達全てを失って、私はこの世界でひとりぼっちになってしまった。それでも、振り返る事は出来ない。今の全てを受け入れて、ただ前に進むしかない。
大丈夫、私はもう逃げない。かつての私のように立ち止まったりしない。そう教えてくれたのは――貴女達二人だから。
「――眠れないのかい?」
「店長さん」
屋根裏部屋の窓から外を眺めていると、ふいに声が聞こえた。梯子のある方へ視線を向けると少し疲れ気味な店長さんの顔が見えた。
敵の攻撃を退けた私達は、事前に留美子が指示していた場所――"羽川邸"へと集まった。この場所はおばちゃんが設計した通り、強力な神域で周りから探知する事は出来ない。まるでこの日のために用意されたかのようなお誂え向きなアジトだった。
「君が眠っていた数ヶ月に色々あったからね。一気に聞かされて、頭の中で消化するのは大変だろう」
「一番大変なのは、店長さんが関わってる事なんですけど? だって、行きつけの店は秘密のアジトだなんて漫画かアニメかよって展開ですし」
「はははっ! そりゃあ違いない!」
店長は笑いながら近くにあった木造の椅子に腰掛ける。私が窓の外に視線を戻すと、店長も同じように外の星空を眺めた。
「――綺麗な夜空だ」
「まるで何も起きてないくらい、変わりませんよね」
「でも、晴明を放っておけばこの星空すら失われてしまう」
「そうですね……」
――沈黙。お互いに相手を思いやる余裕なんてない、それ程までに世界は追い詰められている。ここで私達が倒れてしまえば、全ての未来は闇に閉ざされてしまうだろう。だからこそ、明日の戦いは必ず勝たなければならない。
「――ちょっと、昔話でもしようか」
「唐突になんですか?」
「ちょっとした気晴らしだよ」
それは、ほんのちょっとだけの優しさ、大人である店長が出来る精一杯の言葉だったのだろう。不器用なりに私の緊張を解そうと思ったのかもしれない。だから私は、笑顔で先を促した。
「俺の母親って、とんでもなく仕事バカで頑固者だったんだ」
「店長さんと同じですね!」
「茶化すなよ! いつも仕事ばっかりで家を空けて、俺と親父は家に放置だった。親父は俺の世話をしながら"黒猫"の経営をしてたんだよ。
すごいよな? そんな背中を見て、俺もいつかあんな風になりたいって思ってたんだ」
「じゃあ、お母さんとは仲が悪かったの?」
「滅茶苦茶悪かった。顔を合わせれば喧嘩ばかり――愛情なんて1ミリも感じなかったし、そんな母さんなんて死んじまえっていつも思ってた。
でも、妹が母さんの腹にいた時に本当の話を聞いたんだ。母さんが今までどんな人生を歩んで来たのか、どれ程の地獄を見てきたのか」
「――そっか」
「確かに母さんは俺達の事を愛していた、俺達の平和を守るために仕事に明け暮れていたんだ。でもさ――等身大の幸せを求めるってのは変な事じゃないだろ?」
「そうね、私だってそんな幸せを求めていた。この手で母親を殺した私には過ぎた希望なのかもしれないけど――それでも、人並みの幸せくらいは求めていた。
――それを、おばちゃんは私に与えてくれた。血も繋がっていないのに、まるで本当の子供のように……」
「でも――誰かに愛されるって、幸せと相応の責任もあるんだ。誰かが幸せに暮らすためには、同じくらい誰かが全てを背負わなくちゃならない。俺が平和を享受するために、母さんは自分の人生を犠牲にしてた。
だから、去年の春久々に会った母さんに俺の覚悟を伝えた。俺もこちら側に立たせてくれって、もう守られてばかりじゃ嫌だって」
「それ、絶対反対されたでしょ?」
「大正解、すごい剣幕で怒られたよ。私が今までやって来た事を無駄にするのかってね。でも、もう遅かったんだよ。俺は4年前の事件で八咫烏という存在と真実を知ってしまった。母さんが隠してきた事全てを知って、黙って目を瞑る事なんて出来なかった」
「4年前の事件?」
「ほら、式神伝のAR版ロケテがあっただろ? あの裏で八咫烏が動いていたんだ。秘匿されてはいるが、八咫烏とウタイは激突していた。運悪くその事件に巻き込まれたのさ」
「――そうだったんだ。ということは、やっぱりお母さんはウタイに所属してたのね」
「あぁ、それもかなり上位のね。だから、俺はその立場を引き継いでここにいる。母さんが守って来たものを、今度は俺が守ろうと思ってね」
「なーんか、私の知ってる店長さんじゃないみたい。いつも客足の少ない店でにへらにへらって笑っててさ、平和の象徴みたいな店長が今ドヤ顔で俺が世界を守るんだー!って熱く語ってるのよ?」
「――君、俺の事そんな風に見てたのかい!?」
「はい、見ておりました! いつも楽しく眺めておりましたとも!」
「全く――こうやって緊張を解しに来た俺が馬鹿みたいじゃないか」
「――ありがとうございます」
「聞こえなかったからもう一度!」
「そっちだって、大概意地悪じゃないですか!」
「俺の場合はやられたからやり返しただけだ!」
無意識に、お互いに笑みが溢れていた。明日には死ぬかもしれない戦場へ赴く身、今日だけはこんなやり取りで笑い合うのも良いのかもしれない。そういう意味で、彼はこの場所にやって来てくれたのかもしれない。誰もが重荷を持つ中、ある意味では一人だけ異質な存在だったのかもしれない。もう私には、守る相手なんていないのだから……
でも、それでも――彼女達が愛した世界を私も守りたい。この身砕けようとも、最期まで足掻いてみせる。
「さてと、俺はそろそろ眠るとするよ。作戦前なんだから、君も早く寝るんだぞ?」
「分かってますよ、大事な戦いですもんね」
「最後にこれだけは言わせてくれ――生命を粗末にするんじゃないぞ。君が思っている以上に世界は広い、見知らぬ誰かが君の身を案じているかもしれないよ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「じゃあおやすみ」
「――おやすみなさい」
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帝京歴786年3月16日
それぞれの思いを胸に、黒いバンへと乗り込んでいく。この日のために用意されたのか、中には武器が大量に詰め込まれていた。まるでこれから戦争でもするかのような武装だ。
「いや、ある意味これから戦争よね」
改めて認識する現実――これから私達は戦争を起こす。国に反旗を翻して、国のトップを殺すのだ。
「どうした? 今更怖くなったのか?」
「そんなわけないでしょ!」
「――それならいいが」
冷たく笑う優希、彼女の覚悟は既に固まっているのだろう。私だってとっくに出来ている。今更誰を殺すにも躊躇なんて絶対しない。特にあの男を殺すのは……
「オペレーション"アマテラス"ね、誰が名前を付けたか分かりやす過ぎるわ――留美子」
本来ならば私に永遠の安らぎを与えるための作戦、そのための戦いだったのだろう。しかし現実は、彼女では無く私がこの場に立っている。彼女の思惑とは真逆の結果に、何を思うのだろうか?
「最後の戦いに決着を……」
私が出来るのは、彼女達を思いながらも作戦を完遂する事だけだった。