帝京歴786年3月15日
「やだやだ! 私も絶対に行く!」
決戦前夜、両親に反対されても羽川秋子の意思は変わらなかった。師匠の仇討ちは勿論だが、ここで両親と離れてはいけない――そんな予感が彼女にはあった。
昔から感は鋭かった。嫌な予感が外れた事は一度もない。友達が怪我をした時も、ペットが行方不明になった時も、師匠がいなくなった時も――いつも事前に首筋がぞわぞわしていた。そう、今と同じように……
「秋子、私達は遊びに行くわけじゃないのよ?」
「そんなの分かってる! でも、今行かせたらダメだって分かるのよ!
父さんにだってやっと会えたのに、もうさよならなんて出来ないよ……」
絶対的な予感というよりも、死ぬ覚悟を二人から感じている。だからせめて、私だけでも生かそうという考え。
――そんなの絶対に嫌だ。やっと家族が揃って、これから一緒に幸せになるんじゃないの? こんな場所で死んじゃうなんて――そんなの絶対嫌だよ!
「さよならなんて馬鹿な事言わないで、私達は――」
「母さんの嘘つき!」
何を言っても聞かないのは分かっていた。だからもう強硬手段しかない。そう考え一つの計画を実行に移したのだが……
帝京歴786年3月16日
「隠れる車――間違えちった」
隠れて乗り込んだ車には、父と母の姿は無かった。
―――
――
―
「ちょっと! 秋子が乗り込んでるってどういう事よ和樹!」
バンを運転する翔子は無線機に向かって怒鳴っていた。内容から察するに、家においてきた筈の秋子がもう一台のバンに隠れて乗り込んでいたらしい。
作戦は始まってしまっている、今更引き返す事は出来ない。そうなると、秋子はそのまま囮部隊として戦う事になってしまうだろう。
"俺だってさっき気付いたんだ!"
「どうして出発前にしっかり確認しないの!」
"そんな余裕が無いのはお前も分かってるだろ? もう各地でメンバー達が陽動作戦を展開してるんだ"
「それは……」
「どうやら、揉めてる場合じゃないようだぞ」
狐耳の男――爪秋が指摘した通り、高速を走るバン後方に怪しげな車が数台近づいて来ていた。八咫烏が感づくにはまだ早すぎるが、既に目の前に迫っているのは事実だ。
「――和樹、少し早いけど二手に分かれるわよ」
"オーライ、秋子ちゃんは必ず守るから任せとけ"
「信じてるからね!」
そう言うと、翔子はアクセルを思いっきり踏み込んで工事中の道へと突っ込んでいく。後ろを付いてきていた車の大半は、本来の道を進む和樹のバンを追いかけるように曲がっていく。これには理由があって、彼らが求める優希と同じ生体反応を出す装置を向こうのバンに搭載してある。これで彼らが囮を務めるというわけだ。
私は
「雪、どうする気だ?」
「――ちょっとガンつけてくる」
そう言って車の外へと飛び出す。それと同時に、バイクの運転手達は一斉に銃を構えてこちらへと狙いを付けてくる。
「そんなに遊びたいなら――相手してあげる!」
撃ち出される銃弾の雨、今の私にとってそれは蝿でも止まりそうなくらいゆっくりな映像に見えた。最早、明鏡止水に至る必要も無いほどに肉体のスペックに差があるのだ。
刀を鞘から抜き放ちながら数発の弾丸を切り落とす。全て止める必要なんて無い、ダメージとなりえる攻撃だけをピンポイントで無効化すればいいのだ。
私はそのままの勢いで一番前のバイクの運転席の前に着地した。しかし、バイクの運転手は微動だにしない。私はそのままの体勢で右足のつま先で運転手の頭を小突く――まるでボールのように運転手の首が転がり落ちて高速道路に転がっていく。
「――まず一匹」
恐怖に囚われたバイク2台が、がむしゃらに銃を乱射してくる。それはまるでバケモノを見たかのような顔だ。
「ひどいなぁ、貴女達だって妖怪でしょ? 私と何も変わらないよ?」
軽く首を捻って数発の弾丸を避け、手にした刀を相手に向けて投げつける。それと同時に次のバイクへと身体は飛び移っていた。
刀を投げる速度に追いつき、飛来した刀を握って勢いのまま相手の首を切り落とす。恐怖に染まった瞳は宙を仰ぎ、そのまま永遠の眠りへと落ちる。
「――おバカさん」
トチ狂った3人目は、そのままこちらへバイクごと突っ込んで来る。そんな事したって無駄死にするだけなのに。
「じゃあ、可哀想だから痛くするね?」
瞬時に両腕を動かし刀を数度振る。それと同時に手足や胴体が千切れて、バイク女は宙を舞った。私はそいつの頭部をキャッチして。両手で挟むように少しずつ力を入れる。
「妖怪って不便よね、頭だけになっても死ねないんだもん。せめて、最後の瞬間まで楽しんでいってよ」
手にした頭部は何かを叫んでいるようだったが、それは人が理解出来る言語ではなかった。まぁ、何を言っても許す気なんて無いのだが。
「雪、一旦戻れ!!」
「はーい」
爪秋が叫ぶと同時に強烈な殺気を感じる。この場にいたら間違いなく私は敵ごと両断される。私は手にした頭を潰れたトマトにして投げ捨てる。そのままバイクを踏み台にして大きくバク転――バンの上へと着地する。
「"真空斬"」
居合の体勢からの一閃――それはまさしく達人の技であった。刃は届いてはいない筈なのに、まるで直接両断されたかのように綺麗に車二台が分裂した。
「ちょっとそれ、カッコよすぎない!? 私にも教えて欲しいんだけど!」
「お前の場合は技以前にまず型をだな……」
「だって仕方ないでしょ、刀の使い方なんて教えてもらった事ないし」
「軽口はそれくらいにして、もうすぐ目的地に到着よ」
バンに乗っている優希と玉耀も臨戦体勢に入る。この先にあるのは帝都官邸――あの晴明の根城だ。奴は官邸の地下に研究所を作り、"あの時"の続きを行っているのだ。
「今度こそ私が終わらせる。それが彼女達が望んた事、私自身が望んだ事」
そう――多くの犠牲の先にある未来を、私達は掴み取る。それが死んでいった者達への手向けにもなる。
「さぁ、このトンネルの先に――」
―――
――
―
「うそ、だろ……?」
和樹達の目の前に広がっていたものは間違いなく地獄だった。確かに自分達の目的は囮であり、多くの敵を相手にする事は予想していた。しかしこれは――
「完全に――待ち伏せだねぇ」
修羅場を何度も潜って来た燐にとっても、今目の前に広がる光景は予想の範疇を超えていた。何台も並び立つ戦車、空には武装されたヘリが何機も飛び回る。
間違いなく、自分達はここへ誘導されたのだ。
「店長、一体どうなってるんですか!」
「間違いない、俺達の作戦が敵にバレている……」
「そんな! それじゃあ母さんや雪さん達は!!」
「間違いなく――あっちもやばい状況だろうね」
―――
――
―
「うそ、でしょ……」
トンネルを抜けた先、そこには鋼鉄の部隊がこちらを待ち構えていた。戦車に軍用ヘリ、歓迎パーティに集まったお友達は主役の登場に躍起だっている。
「流石に、この数相手に強固突破は簡単ではないな」
「多少の犠牲もやむ無しか……」
出来れば無傷で官邸突入と行きたかったのだが、この状況ではそうも言ってはいられない。たとえ何人倒れようとも、優希を連れて最深部に辿り着かなければならない。
「――ます」
「翔子……?」
「私が飛びます!」
それは爪秋にとって二度目の言葉だった。かつて自分達を危機から救ってくれたように、今また救おうとしているのだ。
「どこまで飛べるんだ!?」
「最深部までは無理でも、内部に入り込むくらいは……」
「それでお前は――大丈夫なのか?」
「爪秋、私を信じて?」
それは真っ直ぐな言葉、かつて私も同じような言葉を聞いた。けれど、信じてあげられなかった言葉。
「やりましょう、少しでも可能性があるのなら!」
「――分かった。翔子、頼む」
「――うん!」
翔子を瞼を閉じ、何かを念じるかのように何かに祈るかのように手を組む。それと同時に彼女の身体から強大な霊力が発せられ辺りを包んでいく。まさか、ここまでの力を持っているとは知らなかった。これではまるで、私達と同じ……
「――行きます!」
彼女の掛け声と共に辺りが光に包まれ、全てが白へと塗り潰されていった。