ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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第七十話 アンタの珈琲が飲みたかった

 心のどこかで分かっていたんだ、いつかこんな結末を迎えるんじゃないかって。多くの生命を犠牲にして進み続けた俺が、決して幸せになる事なんて出来ない。そんな予言めいた予感は、今自身の手の中で証明されてしまった。

 徐々に冷たくなっていく彼女の体温、少しずつ失われていく生命の炎。この場にいる誰にも止める事は出来ない。

 

「――ごめんね」

 

 彼女はただ一言謝る。嘘をついて済まないと、それでも決断を迷わせるわけにはいかなかったと。これが私の運命だったのだと……

 

「3人共――先に行ってくれ。俺は目の前のコイツをぶっ倒してから追いつく」

 

 目の前で対峙する(てき)は嗤う、全てを見透かした目で俺を見下している。全てを理解して、尚も俺をどん底へと突き落とそうとする。

 俺は少し離れた場所へ翔子を寝かせ、二本の刀を抜き放つ。

 彼女の身体は重度の魔源(マナ)欠乏症だった。この世界は俺達の世界と比べ、空気中の魔源(マナ)が極度に少ない。そんな状態で俺達全員を官邸内へ転移させたのだ、当然その代償は彼女の体内に蓄積された魔源(マナ)で支払う事になる。

 

「兄さんは好みの顔だから許してあげる。代わりに私と一緒に沢山(あい)し合いましょ?」

「理由なんてどうでもいい、俺がお前を殺す事に変わりはないからな」

 

 対峙する女――神楽と名乗った女天狗。晴明の用意した手駒にしては、何故かあっさりと雪達を奥へと通した。何を考えているのか分からないが、俺にとっては好機だった。今俺がすべき事、それはこいつをぶち殺して体内からエーテル器官をぶち抜いてやる事だ。それで翔子の生命を助ける事が出来る。

 有構無構、あとは本能のままに相手と打ち合う。二刀を使い全力で!

 

「――シャッ!」

 

 ――神速の踏み込み、しかし相手は涼しい顔でこちらの攻撃を鉄扇で受ける。俺はそのまま流れるように体勢を変えて"技"へと移行する。

 

「燕返し!」

「甘いっ!」

 

 ――まただ! まるでこちらの太刀筋が見えているかのように、全ての斬撃を鉄扇で受け流していく。

 

「焦っているのね、まるで自分の手の内が見えているんじゃないかって」

「……」

「えぇ――全て見えているわ」

 

 女は笑いながら両手を広げる。背中から銀色の翼を広げて――高々に謳い上げる。

 

「私はただの妖怪じゃない! 一族から羽無しと疎まれた私に、晴明様は多くの力を授けて下さった!」

 

 隙きを突かんとばかりに彼女に何度も斬りかかるが、爪秋の刃は届かない。まるで子供の相手をする大人のように、あしらうようにいなしていく。

 

「この銀色の翼を! サトリから抽出した読心能力を! 鵺が操る雷を!」

 

 大きく高度を上げ、複数の雷の雨を降らせる。爪秋は大きく後退し、翔子をかばうように刀を振りかざす。当然、軽減は出来てもそれは爪秋にとってダメージとして蓄積されていく。

 

「面倒な女だな」

「あら、ありがとう」

「褒めてねぇ――よ!」

 

 翼を狙っての真空斬、しかしそれも読んでいたのばかりに簡単に回避される。どうやら読心能力というのは本当らしい。

 

「辛いでしょうねぇ、私のような妖怪を何匹も殺したのでしょう? 長を殺し、罪もない母娘を殺し、泣き喚く男を殺し――本当に素敵だわ」

「――だまれぇ!!」

 

 爪秋の瞳が真紅に変化する。血のような赤、それは彼が積み重ねてきた罪の証でもあり、彼が彼女のために戦ってきた証でもある。今もまた、彼女を救うためにその力は振るわれた。

 

「あの日から俺は迷わないと決めた。だからお前が何者だろうと関係ない、ここで死んでもらう」

「――嘘つき」

「っ!?」

 

 何故かその時、爪秋にはこの女と翔子がダブって見えた。

 

―――

 

――

 

 

「流石に――キリがないな」

 

 和樹はバンを盾にしながら霊銃で応戦していた。前線は燐と秋子が暴れて乱戦に持ち込んではいるものを、明らかに多勢に無勢の状態であった。何か決定打が無ければ確実にジリ貧となる。

 

「どっせぇい!!」

「あらよっと!」

 

 戦車の砲弾を正拳突きで打ち返す秋子、魔法でヘリを爆破する燐。人間と言うには余りにも非科学的な二人のポテンシャルは、相手の戦意を大きく削っていた。しかし、そんな二人にも疲労の色が見える。一番の大人である自分が、こうやって後方支援しか出来ていない現実に腹が立つ。

 

「くっそぉ! こうなったら爆弾でも持って特攻でもやらかすかぁ!?」

「馬鹿な事言ってないでしっかり援護してくださいよ!」

「そうだよ! それこそホントの役立たずだよ~?」

「こんな時に君達ってやつは!!」

 

 それでも、誰も諦めてはいなかった。自分達がここで戦えば戦う程、それだけ突入部隊の作戦成功率が上がるのだ。ここで踏ん張らずにいつ踏ん張るというのだ。

 霊銃のマガジンを交換して再び援護射撃を再開する。俺達が出来る限りの事をやり続けるんだ!

 

「――お邪魔しまーす!」

 

 その時、後方から青年の声が響いた。和樹が後ろを振り向くと、そこには大きくジャンプして宙を舞うスクーターが視界に入った。当然、あの乗り物に空を飛ぶ機能等備わっているわけもなく、そのまま地面へと自由落下していく。

 ――ガシャン! という盛大な破砕音と共に着地した彼は何事も無かったかのように壊れたスクーターから降りた。

 

「頼まれてた弾薬やら武器、配達に参りました」

「慶介くん!」

 

 彼は伊藤慶介、4年前の事件で共に戦った青年だった。彼には補給物資を手配していたのだが、まさかこんなグッドタイミングで現れてくれるとは!

 

「それにしても予定より多いんじゃないですか? 戦車やらヘリやらが出張ってますし」

「色々と想定外の事が起きてね、今は猫の手も借りたい状態なんだ」

「けいすけー!! 早く手伝ってぇ!!」

「ほら、相棒の燐ちゃんもあぁ言ってる」

「なら――もう一人くらい援軍を呼びましょう」

「もう一人……?」

 

 そう言って、慶介はポケットから一枚のカードを取り出して和樹に手渡した。

 

「――このカードは!」

「きっと、"彼女"なら店長に答えてくれますよ」

「……」

 

 ――そんな奇跡が起こり得るだろうか? 4年前はあくまでも、時空に歪みが起きた結果だ。本来ならば簡単に繋がることの無い世界。翔子が見てきた世界……

 

「店長!」

「――それでも、やって見なきゃわからないよな!」

 

和樹は右手でカードを大きく掲げ、大きく叫ぶ。こことは違う世界の彼女へと伝わるように、大きく……

 

「式神降神――揚命鬼!」

 

 彼の呼び声に応えるように一筋の光が走る。そこには、小さな少女が一人立っていた。それは和樹にとって、よく見知った背中であった。

 

「なにさ、急に呼び出したりして? ちょうど修行の最中だったんだけど?」

「あぁ……」

「まぁ、アンタなら許してあげるけどさ」

「本当に、揚命鬼なのか?」

「馬鹿なの? この世にアタシが二人もいるわけないでしょ!」

「ははっ、確かに――そうだな」

「まぁ、状況は大体見たら分かるよ。あのドデカイ軍団をぶちのめせばいいんでしょう?」

「あぁ、その通りだ!」

「おっけー! じゃあ久々のタッグ復活だね! それに丁度――」

 

 揚命鬼は楽しそうに笑い、敵を見据えて構える――不安は微塵も感じてはいない。ただ、信頼出来る仲間に背中を預け戦うのみ。

 

「――アンタの珈琲が飲みたかった」

 

―――

 

――

 

 

「ねぇ、どうして私に嘘をついたの?」

 

 女は翔子の声色で攻め続ける。俺はただ相手の攻撃を受ける事しか出来ない。明らかに乱れる心、ありえないシチュエーションが俺の刀を鈍らせる。

 

「約束したよね、これからは"一緒に"って。それなのに――今も死に急いで、私の事なんてお構いなし」

「ちがうっ!」

「違わないよ、爪秋はいつも自分の事ばかり考えてる。こっちの世界に来るために自分の世界を捨ててきた、私を理由にしてすごい事するよね?

 そのせいで蘯漾は自分の存在を消すことになったんだよ? 爪秋のせいでみんなが不幸なってるんだよ?」

「それは……」

「朱雀の人達を沢山殺した事も隠してたし、爪秋って私の事何も信じていないんだね。結局は自分の行動に言い訳が欲しいだけなんでしょ?

 誰かのせいにすれば罪の意識は薄れる、そうやって自分だけを守っているのよ」

 

 ――何も言い返せなかった。きっと心の奥底で眠っている本音を翔子の言葉で俺にぶつけて来ているのだ。これが罠だと分かっていても、その刃は確実に俺の心を貫いていく。

 でも、それでも――

 

「――それがぁどうした!」

「っ!?」

「確かに俺は自分勝手だ! 何度も悩んで、何度も間違えて、それでも自分が正しいと思い込んで進んできた! そうしなければみんな死んでいた!」

「だから――」

「それでも、俺は過去を振り返らない! 彼らの生命を踏み台にして俺はここまで来た、それを全て無駄にするわけにはいかないんだ!」

 

 何度罪を重ねても関係ない、この手が血で染まっていようとも彼女は俺の手を取ってくれた。そんな彼女を俺は愛している――この気持は誰にも否定はさせない!

 左手に握った茶狐丸が砕け、打ち合った天羽々斬と相手の鉄扇が互いの手から離れる。だが、俺の武器はまだ残っている……!

 

「だから今回も、彼女を救いたいという俺の自分勝手な思いでお前を殺すッ!」

 

"爪破乱舞"

 

深々と突き刺した右腕が相手の内蔵の感触を捉える。手のひらで感じる鼓動、それはまだこの女が生きている証だ。

 

「じゃぁな……」

 

 エーテル器官を握りしめ――そのまま勢いよく引き抜く。女は大量の血を吐き出すと、そのまま地面へと倒れた。

 

「しょうこ……」

 

 ボロボロの身体を引きずり、翔子の元へと向かう。既に視界はぼやけ、一部は真っ赤に染まっている。どうやら思った以上にダメージがひどかったようだ。それに力が制限された状態でフルスロットルなんかやらかしたんだ、相当身体に無理がかかったのだろう。

 

「これで――お前は、助かる……よな?」

 

 翔子の手を握り、引き抜いたエーテル器官から抽出したありったけの魔源(マナ)を注いでいく――ほんの少しだけ翔子の身体に熱が戻っていく。

 

「しょうこ、おまえは――おれが、まもるから……な」

 

 その手を握ったまま、爪秋の意識は深い泥の中へと沈んでいった。

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