「術カード"フレイムグライド"、急々如律令!」
2名の加勢により、囮部隊はその勢いを取り戻していた。敵の兵器の殆どは機能を停止し、攻めてくるのは歩兵ばかりとなった。相手が妖怪とはいえ、こちらに比べれば恐れるような戦力ではない。あとは少しずつその数を減らしていけばいいだけであった。
「とは言え――まるで虫みたいにわらわら湧いてくるなぁ」
まさに物量戦、力は上回っていてもこちらはどんどん消耗していく。時間稼ぎという最大目的は達成出来るものを、あまり気持ち良いものではない――誰にも犠牲になってほしくないからだ。
「なーに弱気になってんの! アタシがいれば大丈夫に決まってるでしょ!」
「――そうだな。全員、2人一組でお互いをカバーしながら戦うんだ!」
絶対に誰も死なせない、皆で生きて未来を勝ち取るんだ……!
「店長~! なんか敵同士で潰し合ってるよ!!」
「何を言って――」
――秋子の言うとおりだった。敵部隊左翼で戦闘が始まっており、黒服同士が戦い合っているのだ。
「仲間割れ……?」
「いや、あいつらに限ってそんな事は無いはずだ」
晴明という絶対的な恐怖に囚われた八咫烏達が命令違反を犯すとは思えない。尚の事、今起きている現状が理解出来ないでいた。
「驚かれるのは無理もありません。私達は少々特殊でして」
「――いつの間に!?」
全く気配を感じさせずに現れた黒いローブ姿の二人に背後を取られていた。声から察するに女性のようだが、この二人があの謎の部隊を率いているのだろうか?
「我々は"復讐"のために集った亡霊の部隊、君達に危害を加えるつもりは無い」
「目的はあくまでも晴明ですわ。そのために陽動をお手伝いしようと思いまして」
不思議と、和樹はこの二人の言葉を信じていた。彼の特技は人を見て相手に合わせたベストな珈琲を作る事だ。言葉の節々、仕草や態度で相手の偽りを見抜く事だって出来る。だからこそ、この二人は信用出来ると判断した。
「そいつは助かる、えっと……」
「我々に名前は無い。死んだ筈の亡霊だからな」
巨大な大蜘蛛がピンク髪の少女を肩に乗せながら暴れまわり、大男は刀を振り回して敵を切り裂く。他にも猫又や鎌鼬、多くの妖怪達が八咫烏相手に戦っていた。
「――ここでの指揮は任せるぞ。私は鍵を連れて中に入る」
「えぇ、全部ケリを付けてきて下さいませ」
「済まないが、諸事情で秋子を借りていくぞ」
「ちょっ、借りて行くって!」
「彼女が最後の鍵だ、これでこの馬鹿げた戦いにケリが着く」
返答を待たず片割れのローブの女性は秋子を肩に担ぐと、そのまま凄まじいスピードで駆けていった。当の本人の罵倒が聞こえたような気がしたが、その声も戦場の爆音で掻き消された。
「さぁ――共に行きましょう店長さん、もう一踏ん張りですわ」
一瞬ローブのフードから見えた横顔、それは和樹がよく知る人物のものであった。
―――
――
―
一方、爪秋にその場を任せ先へと進む三人は研究棟の最奥に到達していた。
「――まるであの研究所の再現ね」
かつて私が爆破した研究所、神の子を生み出そうとしていたおぞましい場所、私が産まれた場所――その記憶を思い出させるような場所だった。過去を振り切ったつもりでも、心のどこかで私の中には恐怖が残っているのだ。
「全て空になっているのを見るに、戦力として投入されたか」
「留美子もここで……」
「――雪」
「分かってる、分かってるから何も言わないで」
私が出来るのは――全てを殺す事、アイツを殺して終わらせる事なのだから。
空っぽになった円形の水槽をすり抜け、奥の大きな扉を目指す。その先でアイツが待っている予感があった。いや、隠しきれない悪意が漏れ出ていた。扉に近づくにつれ、背筋を走る悪寒に身体が震える。私は握り拳を作ってその悪意に正面から立ち向かう。
「――待ってくれ、先に横の小部屋を調べたい」
扉に到達する少し手前で、玉耀さんが声を発した。心無しか、少し声が震えているように感じる。
「別にいいですけど、何かあるんですか?」
「僕の勘違いでなければ――"彼女"がいる」
「彼女って……」
「君達二人にとっても縁深い相手だ」
それだけ言って無言で歩きだす。私達二人は、黙ってその後ろをついていくしかなかった。
小さな白い扉が自動で横にスライドし、暗い通路への道が開く。そのまま少しだけ前に進み、また同じような扉が自動で開いた。
「っ……!?」
扉が開いた瞬間、強烈な匂いが鼻をついた。中は6畳程の小さな小部屋、物等は何も無くただ真っ白い空間――だった場所。床や壁には固まった血やナニかの跡、生臭さが立ち込めており、とても生き物が存在している空間ではなかった。
しかし――そこに存在していた。あまりにも無残な姿、人としての尊厳を奪われた存在が鎖で繋がれそれでも生きていた。
「――遅かったのぅ」
発した声は、弱々しくあったがはっきりとはしていた。光を失った瞳で私達を視ていた。身に纏った衣服はボロボロに破れ、片腕と片足は失われていた。かつては自慢であっただろう金の長い髪と尾は見るも無残にぐしゃぐしゃになっている。
「済まない、僕がもっと早く来ていれば……」
「仕方ない、これは変えられぬ運命よ。大元を変えねば結果は変わらぬ」
「だが……」
「ここまで来た理由、違えてはならぬぞ」
「くっ……」
「そこの小娘、随分デカくなったのう」
その言葉は私に向けられていた。それと同時にとある人物が脳裏に浮かんでいた。いや、初対面である筈の彼女に私は
「なんじゃ、助けてやった恩を忘れたか?」
「もしかして、あの時の……」
「うむ、あの時は声じゃったから記憶と結び付かんかったか」
しかし、声の主はあの研究所の爆発で……
「残念ながら死ねなくてのう、今の今まで研究材料にされていたというわけじゃ。全く、長生きはするものではないな」
「ごめんなさい、私があの時上手くやっていれば……」
「謝る必要なぞ無い、これはどうしようも無い事じゃ。お主が背負うものなぞ何も無い。妾がただあの女の願いを聞き届けただけじゃ」
「……」
「――でも、良かったじゃろ? あの研究所を出て、自由を知って……?」
「――良かった。だから私は私になれた。楽しいことも辛いことも、いっぱいいっぱい経験して――今の"私"になれた。
だから――ありがとう。あの時私を救ってくれて、私を坂本雪にしてくれて」
「うむ、良い顔じゃ。そしてもう一人は――よく知った魂の形、これも縁じゃな」
「貴女は……」
「本当は、お主には静かに平和を享受させたかった。不甲斐ない親ですまんの……
どの世界でもお主を一人にして寂しい思いをさせてしまう」
「母さん――なのか?」
「そうさ、こんなダメな狐でもお主の母親じゃよ。親らしい事は何一つ出来ずにいるがの……」
「――正直、今更親だと言われても実感なんて無い。僕は一人でここまで来てしまった。それでも、親という存在を求めた事は何度もある」
「すまんの……」
「だから、僕が出来る事は一つだけ――決着をつける事だけだ。間違って産まれてしまった僕の生、それを生み出した父親に決着を付ける事」
「――ただ、これだけは忘れないで欲しい。妾はそなたを望んで産んだという事だけは」
「……」
彼女は一通り話終えると、最期にただ一言だけ呟いた。
「少しだけ、眠らせてくれ」
それは彼女の願い、苦しみから解き放つための最期の――
「待っていてくれ玉藻、僕もすぐに行くから」
「馬鹿者、お主は妾を起こしに来るだけじゃぞ? 誰が一緒に眠れと言った……」
「冗談だ、ちゃんと朝食を作って待っている」
「ふふ、それはたのしみじゃな……」
玉耀さんの手が胸に触れ、小さく光を放つ。彼女はそのままゆっくりと瞼を閉じ、身を任せた。部屋の匂いに何かが焼ける匂いが混じり、彼女を寝かせた玉耀さんはゆっくりと立ち上がった。
「行こう――決着をつけるために」