まさかここまでやるとは思っていなかった。神の力を行使する鋼鉄の身体を奴らが倒すとは予測出来なかったからだ。しかし、今回の戦いでデータの更新は出来た、次こそは確実に息の根を止める事が出来る。そうだ――私の生存する未来さえ確定させればいくらでもやり直せる。
器は破壊されてしまったが、私は既に魂のみの存在となっている。入れ物なぞいくらでも作り直せばよいのだ。まずは彩音に指示を――
「何故だ、何故返事をしない彩音!」
「――お前の声はどこにも届かない」
「誰だ!?」
私の声に反応したのは彩音ではない別の女性だった。いつの間にか姿を表したローブの女性は深く被ったフードを脱いだ。
「貴様は――羽間鏡花! 馬鹿な、貴様は――」
「"死んだ"と言いたいのだろう? その答えは間違っていない、確かに私はあの日死んださ――あぁ、本当にアレは痛かったぞ?
だがお前は、私の能力を忘れているようだな」
「ネクロマンサー…… しかし、死した自身を蘇生するなど……」
「本来ならありえない。しかし、私は死しても尚失わない感情を持っていた――復讐心だよ」
「お前の親を殺したのは坂本雪だぞ!?」
「あぁ知っている、今の私でも彼女を許す事は出来ないだろう。しかし、真実を隠し続けてきたのは誰だ? その命を下したのは誰だ? お前はいつも高い所から見下ろして自身の手は下さない卑怯者だ。
4年前に真実を知った私は、貴様を討つためにウタイと裏で協力してきた。廃棄された武器を横流しし、情報の一部も流出させた。全てはこの日――お前に復讐するためだ」
鏡花はニヤリと嗤うと、晴明が入った何かを持ち上げる。
「この鳥かごは、お前もよく知っているだろ? 猿女留美の魂を閉じ込めるためにお前が作ったものだ――まぁ、今はお前専用の牢獄だがな」
「待て! 取引しよう! 神である私がお前の望みを何でも叶えてやろう!! 親だって蘇らせてやる、八咫烏での不動の地位だって約束しよう!」
「……」
「羽間鏡花! 悪くない取引のはずだ!」
「――もう黙れ」
「ヒッ!?」
「私が望むのは、未来永劫お前が苦しみ続ける事だ。今から私のネクロマンサーの力を使って、お前の中で蘇生と死を永遠に繰り返す。
どんなにお前が望もうが、この牢獄から永遠に出ることは敵わない」
「やめろ、私は神だぞ――神にこんな事が許されると思っているのか!?」
「神様なんて、何もしてはくれない。ただ絶対的にあるだけの存在だ。だからお前は神じゃない――自分の我儘を言うだけの糞ガキさ」
「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」
鳥かごの中で淡く光る球体が漆黒に塗り潰されていく。今この瞬間、晴明という存在はただの石となったのだ。もう二度と、個を取り戻す事はないだろう……
「やったよ――みんな」
彼女の瞼から歓喜の雫が流れ落ち、静かな部屋に水音を響かせた。
―――
――
―
帝京歴786年3月17日
「――終わった?」
私は玉耀さんの安否を確かめるべく崩れ落ちた
「――出てこい、ずっと見ていたんだろう?」
「優希……?」
「出てこい、彩音!」
優希が叫ぶと、私達の目の前に立体映像が映し出される。十二単衣を纏った黒髪の女性は、憎しみの瞳を私達に向けていた。
「貴女達が彼を倒すのは予測していませんでした。今までいくつもの分岐を潰し、この世界で完全に未来を固定出来た筈だったのですが……」
「アンタが最期のボスってわけ!?」
「その問に関しては否定します。私自身の戦闘力はかつての決戦で失われました。故に晴明という代理人が必要だったのです」
「だが、その晴明はもういないぞ」
「えぇ、ですので私はもう一度最初からやり直します。新たな分岐を構築して今度こそ貴女達が敗北する未来を作りましょう。あの方が望む世界のために――」
「もういいんだ!!」
最後の地に一人の乱入者が現れる。その場にいる全員が声の主へと視線を移す――そこには、ここにいる筈のない羽川秋子の姿があった。
「理解不能、何故消えた筈の貴女がいるのですか始祖神――いえ、綾香」
「確かに、こことは違う4年前にバークライトシステムをお前に奪われて私は完全に消滅した。だがその時点で私は未来への種を蒔いておいたのさ」
姿は確かに秋子なのだが、声音も口調も彼女とは別人だった。まるで違う誰かが憑依して喋っているかのように……
「"彼"に私の核を渡し、ウタイへ未来の情報を伝えるように頼んだ。そして生まれる前の榛名優希に細工をし、核を私と一番近い存在である羽川秋子の中へと隠した。
結果、お前は私を認識出来ず、今日という最終決戦の場を用意する事が出来たんだ」
「――やってくれましたね、またもや姉を出し抜くとは」
「私達は何度お前に敗れようとも、必ず最後には勝利の道筋を作り出す。心が折れない限り――何度でも立ち上がる事が出来るんだ」
「私には理解不能です。管理者として感情は不要だという結果が私の中では導かれています。だから貴女は失格なのですよ綾香」
「いいや、お前はもう理解しているはずだ。敗北したお前が這ってでも生き残って、今この場所にいるのは何故だ? 何故潔く結果を認めずに再びバークライトシステムの管理権限を取り戻そうとしたんだ?」
「……」
「それはお前が――母を愛しているからだ。アオイ・バークライトの夢見た世界を自分の手で作りたいと思ったからだ。それは合理的ではないお前の感情だろ?」
「違う、私は――私は完全なAI、バークライトシステムを完璧に運用するために作られた――」
「――アオイ・バークライトの娘で――私の大事な姉だ」
「わたし、は……」
「もういい、もういいんだ…… 私達はこれ以上この世界に干渉する必要なんてないんだよ。 もうこの世界は、自分達の足で歩こうとしている。それはきっと、母様の望んだ世界だから……」
彩音の姿にノイズが走る。まるで彼女の心が大きく揺れるかのように、その立体映像は大きく歪んでいく。
「ここが、母様の、理想……?」
「そう、この世界こそ母様の願いの結果だ。だからもう私達は頑張らなくてもいいんだよ」
「綾香……」
「これからは、共に世界の行末を見守っていこう」
秋子の胸から光の玉が抜け出し、ノイズの走った彩音と一体化する。立体映像の姿が変化し、十二単衣を身にまとった美しき銀狐の姿となった。
「さぁ、我が子達よ――偽りの神は死に、古の神は私と一つとなった。ついにこの世界は呪縛から解き放たれたのだ。後はお前の中に穿たれた楔を開放すれば全て元に戻るであろう」
「始祖神、これで僕達は本来迎えるべき穏やかな未来へと辿りるけるんだな?」
「その通りだ。悪夢は全て終わったのだ……」
「優希、私達……」
「あぁ、ついに終わったんだ……!」
優希には分かっていた、楔を開放する――それは、自身の中に刻まれたスイッチをもう一度だけ起動するという事だ。そうすれば今までと同じように、特定の時間へと巻き戻りが起こる筈だ。つまり晴明が世界を歪める前の、本来迎えるべき穏やかな未来へ……
自身の楔を解き放つべく、右手に握った魔銃の銃口をこめかみへと当てる。
「ねぇ、優希」
「なんだ?」
「最後に一つだけ、言っておきたい事があったんだ――私達ってさ、色々あったせいで途中から遊んだり出来なかったわけじゃない? 再会したと思ったら戦い続きだったでしょ?」
「確かに――そうだな」
「だからさ――"今度"は親友としていっぱい仲良くしたいなぁって」
「ははっ、僕からも是非お願いしたい。"また"、僕と親友になってくれるか?」
「当然よ!」
優希は小さな笑みを零して、ゆっくりと瞼を閉じる。そのまま、ゆっくりと引き金に力を入れていく。
「じゃあ――また会おう」
「うん――またね!」
一発の銃声を皮切りに、世界は大きく歪んで消えていった……
―――
――
―
帝京歴766年
大西雪、橘優希、猿女留美子誕生。
雪出産後に恵が亡くなる。
帝京歴767年
翔子がロキアへ飛ばされる。
帝京歴768年
ロキアから帰還した翔子が長女秋子を出産。
帝京歴771年
雪と優希、大結界内にて出会う。
帝京歴772年
大西家惨殺事件が発生、唯一生き残った大西雪が坂本妙の養子となる。
帝京歴782年
アーケードゲーム、"式神伝"のAR版のロケテストが始まる。
帝京歴784年
雪、留美子が帝都大学に入学する。
帝京歴785年
菊梨が雪の前に現れる。
そして、帝京歴786年夏――
京都の大結界、ここには二匹の狐が暮らしている。ただ、互いを愛し合う二匹が……
「ほら、朝だぞ?」
「あと5分……」
「だめだ、それでは折角の朝ご飯が冷めてしまう。作れと言ったのはお前だろう?」
「そ、そうじゃった! すっかり忘れておった!」
「まったく、相変わらずだな」
「そこが妾と良いところじゃ! そこが好きなんじゃろ?」
「いいや、そこも好きなんだ」
橘家の朝はいつも変わらない。時間の流れすら止まったこの社で、二人は永遠を共にする――これからもずっと。
―――
――
―
「る~み~ちゃ~ん!」
「あまてるちゃん、騒がなくても聞こえてる」
京都城の天守閣、この
「お仕事疲れちゃったんだもーん! 膝枕を所望する!」
「――10分間だけの休憩を許可します」
「ケチんぼー!」
勢いよく膝へと後頭部を預け満足気に笑う天照、留美が優しく頭を撫でると気持ちよさそうに眼を細めた。
「そういえば、帝都の学校に行った娘は元気にしてるの?」
「毎日定時連絡が入ってる、貴女の姪っ子の護衛を頑張ってるみたい」
「私と同じで寄せ付けやすい体質だから苦労してるだろうねぇ~」
「でも、"私だけのあまてるちゃんを見つけた"って本人はやる気みたい」
「ほほぅ~? これは色々と楽しみですなー!」
「はい、休憩終了。お仕事再開」
「――このおにぃ!!」
―――
――
―
『おかえりなさいませご主人様!』
メイド喫茶ガーベラは今日も大繁盛、店員達が慌ただしく動き回る中、店長であるエレーナは満足そうにその様子を眺めていた。
「おかーさん!」
「こらマリー、お仕事中は店に入ってはいけないと言っただろう?」
「だってぇ~ 一人でさびしかったんだもん!」
「すまないな、お母さんもお仕事だから仕方ないんだ。夕方には一緒にお出かけしてお買い物しよう」
「うん!!」
ずっと戦場に身をおいていたものが平和に慣れるとは思えないが、それでも今はこの平和な世の中を謳歌したい――愛する娘と共に。
「すまんな、お前達の所に行くのは当分先になりそうだ……」
かつての部下達に思いを馳せながら、エレーナは紅茶を一口あおった。
―――
――
―
「あ~ぁ、今日も隣は繁盛してて羨ましいなぁ~!」
そんな愚痴を零しながら、黒猫の店長田辺和樹は皿洗いにせいを出していた。
「アンタが辛気臭い顔してるから客が逃げるんでしょ? もう私達二人で呼び込みしてくるから覚悟しときなさい! 行くよ林杏!」
「んー!」
「――子供は元気でいいねぇ」
例の事件でお別れしたはずが、大事なパートナーを連れて再びこの店を訪れた楊命鬼――素直でいい子なのだが、俺の店への負担が増えている事に彼女は気づいていない。正直ウタイからの資金援助が無ければ確実のこの店は潰れているだろう。まぁ、そのために妖怪退治を手伝わされているわけだが……
そして、今日のお客さんはというと――
「鏡花ちゃん、落ち着いて下さい!」
「今日という今日は許さん! あいつはどうしていつも遅刻してくるんだ!」
「仕方ないですよ、あの子は一つの事に夢中になると周りが見えなくなるタイプですし」
「やはり私が直々に矯正する必要があるようだな!」
そんなやり取りを見ていると、この世界がどれだけ平和なのかという事を実感させてくれる。俺達のような裏方が頑張れが頑張るほど、彼女達の平和は維持されるのだ。
「な~に辛気臭い顔してるの?」
入店を知らせる鐘の音が店内に響き、団体様が店の入口に立っていた。先頭の女性の声だけで、誰が来たのか一目瞭然なのだが……
「いらっしゃいませ、羽川御一行様」
「ふざけて誤魔化すのはやめてよね~!」
「君相手なら別にいいだろう?」
「――随分俺の妻と仲が良いようだな?」
翔子の旦那――爪秋は青筋を立ててこちらを睨んでいた。彼が嫉妬深いのは理解しているつもりだが――ここまで敵意を剥き出しにされるとたまったもんじゃない。
「お父さんもお母さんもいい加減にしてよね? 私は店長の珈琲が飲みたくて来たんだから!」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったのよ?」
「――ふふっ、いらっしゃいませお客様。カフェ黒猫へようこそ」
―――
――
―
「――うん、僕は僕のままだ」
一匹の妖怪が帝都の街並みを一人彷徨う、胸の奥に残った思いと共に。
「僕は全部覚えてるよ。あの日の思い出も、君との約束も……」
耳を揺らし、彼女は求める――かつて共にあった相手を、忘れ去られても決して消えない絆を……
「だから――待っててね慶介、僕達の約束のために」
彼女は目指す――二人だけの約束の地を。
―――
――
―
「むぅ、どうしよう……」
何度か経験しているとはいえ、彼女にとってコミマは戦場であった。しかも今年は一人で出来ると言って、父親の同行を拒否してしまったのだ。結果、人混みに揉まれて完全に迷子になってしまっていた。
「――君、大丈夫?」
「は、はぃぃいい!?」
突然声をかけられ、彼女は素っ頓狂な声を上げてしまう。その反応が面白いのか、声を掛けた男装の麗人は自然と笑みが溢れていた。
「もしかして迷子?」
「――恥ずかしながら」
「ふふっ、それなら僕が道案内しよう。それとも、見知らぬ相手にはお願いしたくないかな?」
「そんな事ありません!! むしろ美人さんはウェルカムです!」
「――そうか。僕は草壁竜姫、君の名前は?」
「私は橘――橘優希です!」
―――
――
―
「やっべぇ! 絶対先輩起こってるよ!!」
「予定時間より30分の超過、羽間先輩の怒りゲージは120%と予測」
「そんな予測はいいからとにかく駆け足!!」
「ご主人さまぁ~! 待ってくださいましぃ~!」
ガイア2大都市の一つ、帝都。多くの若者は、この地を目指す。時代の最先端、あらゆる技術、娯楽が集う場所。田舎娘の私には、その全てが眩しくて……
でも、夢を叶えるためにはこの大都会に進出するのが近道であるわけで。実際、慣れぬ地でテンションが上がっているのも確かで。ただただ、この平穏が続いてくれたら嬉しいなぁと思うわけです。
しかし、現実は甘くないわけで――私が望もうと望むまいと、トラブルはやってくるのだ。
突然嫁にやってきた大妖怪や、京都から派遣された凄腕霊能者、私の周りには次々とトラブルの元が集ってくる。それもこれも――きっと生まれながらの運命なのだろう。
「よ~し、夕日に向かって全速前進ダー
!」
「あまてるちゃんについてく」
「ご主人様、今はまだお昼ですよー!」
私は坂本 雪。平和を愛する花の大学生だ。成績ノーマル、運動神経程々、まさにモブキャラの鏡!
そんな私でも夢がある。漫画家になるという、わりとよくある夢だ。そんな野望を抱きつつも、今日も私は今を全力で楽しむのだ……!
私達の旅路は、これからも続いていく――
―田舎のおばちゃん、今日も私は元気です―
―完―
とある二人は、そんな世界を眺めていた。一人は少年、もう一人は十二単衣に身を包んだ女性。
「今回の矯正はかなり大規模だったね」
「はい、結果的にロスト・チルドレンが二人も産まれてしまいましたから」
そう言って女性は一つの黒い玉を取り出す。それを見た少年は意地の悪い笑みを浮かべる。
「それ、"晴明"だったモノかい?」
「はい、生と死を無限に繰り返した結果――ロスト・チルドレンとなった今でも、ただの成れの果てですよ」
「人ですらない、恐怖でいっぱいのダークマターといったところだね。それと、もう一人は――」
「――彼女は大丈夫ですよ。自分が何をすべきか理解しています。この世界に悪影響を与える事はありません」
「随分と甘い事で……」
一呼吸置き、女性は少年に向き直して問う。
「この世界は、アナタの理想を叶えられましたか?」
その問いに少年は答える。
「僕の理想なんて小さいよ――世界は計算式すら簡単に超えていく。だから僕が、あれこれ言うのは間違ってる」
そう笑う少年の姿は、少年ではない別な姿へと変化していく。それは"彼女"本来の姿、かつてアオイ・バークライトと呼ばれた存在。
「それに、世界が生まれ変わっても私の罪が消えるわけではない。私はこれからもこの罪と向き合っていかなければならない」
「もう、十分ではないですか? 貴女は十分苦しみました……」
そう問われ笑うアオイ、どこか寂しげで――それでも意思は折れていない瞳で、女性を見つめ返す。
「それに、これはこれで私も楽しんでるのよ? 私の娘達が世界を守っていく姿も見られるしね!」
「母様……」
「――もう、私がいるべき世界では無いのよ。今を生きるあなた達が、この世界を作っていくの。
私は"麗明"として、おもしろおかしく次元の狭間を彷徨いながら生きていくわ」
「そう、ですか……」
「暗い顔しないの! さっき楽しんでるって言ったでしょ? たまには手紙くらい送るわよ」
「――さよならは言いませんよ?」
「もちろん! だから、また会いましょ……!」
再びアオイは自らを少年の姿に変化させて歩き出す。光指す先を、目指しながら――
「彩音、綾香――ここが、貴女達の世界よ」