ふぉっくすらいふ!   作:空野 流星

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oldlily編
前編


帝京歴787年

 

 夜が明ければ朝はやってくる、そんな当たり前の事が永遠に続くと思っていた。

 

「おはようおばちゃん、今日も洗濯日和な良い天気だよ」

 

 陽光の眩しさに目を細めるが、脳からの指令に、身体はゆっくりと命令を遂行する。

 返事を返そうとしても声は絞り出せず、ただ布団に寝そべったままだ。

 

「そうだ――今日はね、おばちゃんにとって大事な人がここに来る予定なんだよ?」

 

 ――大事な人? はて、一体誰の事だったろうか。脳内でぼやけた顔が浮かんでは消えていく、既に記憶力すらも衰えてしまっているようだ。

 

"大丈夫、私達はずっとこのままだ"

 

 遠い昔、どこかで誰かが言った言の葉――私にとって掛け替えのない存在の一人。彼女が笑いかけている気がして、手を伸ばそうと力を入れても動かない。

 ゆったりと襲いかかる微睡み、もう何度目か分からない深い眠りに再び身を預けた。

 

―――

 

――

 

 

帝京歴745年

 

 静まり返った夜の帝都を疾走る2つの影、一方は追われる獲物、もう一方は追い詰める狩人。

 

"そのまま左方向に追い詰めれば袋小路だ!"

「了解――っ!」

 

 狩人は少女――肩まで切りそろえた短めの茶髪をなびかせ、獣の耳のようなくせ毛を揺らす。耳元の機器――霊話機から聞こえる少年の指示に従い、獲物である餓鬼を追い詰めていく。

 セーラー服を纏った身体をバネにして思いっきり地面を蹴り、大きく跳躍する。そのまま壁をもう一度蹴って獲物への距離を一気に縮める。その動きは少女――いや、人間としては大きく規格外の動きであった。

 少女が自身の霊力を指に込めると、まるで猛獣のような爪が形成される。

 

「――爪牙!」

 

 叫びと共に爪が振り下ろされ、背中から撫で斬りの形となった。

 

「ぎにゃぁぁぁああ!!」

 

 餓鬼は断末魔の叫びを上げながら光の粒子となって消滅する。悪霊や妖怪は、術者の霊力によってのみ完全に消滅させる事が出来るからだ。

 

"お疲れ様、今日も鮮やかだったね!"

 

 霊話の相手――渋谷(しぶや)正樹(まさき)は喜びの声を上げる。それに対して、少女は対象的な冷ややかな面持ちだった。

 

「――腹減った」

 

 そう一言漏らし、星々の輝く空を見上げる。

 

坂本(さかもと)妙(たえ)、17歳――まだ世の中を知らない無垢な少女の時代である。

 

 

 

 

 この秋奈町には人々に愛される老舗がある。知る人ぞ知る、カフェ"黒猫"である。

 本来は日中にしか開いていないであろうこの店に明かりが灯っている。それは、特別な客を迎えるためか、それとも……

「まったく――毎度毎度、勘弁してほしいぜ」

「悪いね操……」

「まぁ、親友の頼みは断れねぇよ」

 

 田辺(たなべ)操(みさお)、彼は店長の息子であり、同じクラスメイトだ。あたしにとってはどうでもいい相手だが、毎度飯をくれるから敵対する事はない。

 

「しっかしまぁ、よくそんなに食えるな……」

「僕もそう思うよ……」

「――やらんぞ?」

『いらないから!』

 

 遠慮なく手にしたハンバーガーを限界まで口を開けて頬張ると、口いっぱいに広がる肉汁が戦いの疲れを癒やしてくれる。この瞬間のために協力していると言っても過言ではない。

 あたしと正樹は協力関係にある。正樹は霊的な才能は無いが、アイディア力を売り込んで"ウタイ"へ入る事を夢見ている。そんな中あたしと出会い、実績作りのためにこうやってあたしが戦っているのだ。今回使用していた霊話機も彼の発明で、少量の霊力を耳に掛けた機器で送受信して会話するというものだ。

 

「でも親友からの忠告だ、いい加減"ウタイごっこ"なんて危険な遊びはやめろよ」

「遊びなんかじゃない!」

「なら――なんだよ? お前が本気でウタイに入りたいってのは知ってる。周りはお前をオカルトオタクって言ってるが、その情熱が本物なのを俺だけは知ってる」

「だったら……!」

「だからこそだ。このまま続けてたらお前――死ぬぞ?」

「……」

「それにこの女も信用ならねぇ。初めてだぜ、相手が何考えてるか読めねぇヤツは」

「妙を悪く言うなら、たとえ操でも許さない」

 

 幼い顔立ちの正樹だが、似合わない怒り顔を顕にする。それが彼の精一杯への親友への反抗であった。

 

「――そんな睨むなよ。俺が悪かったって」

「冗談でもそういうのはやめてよね」

「ってか、そろそろ帰って寝なくてもいいのか? 明日から修学旅行だぞ?」

「え……?」

「――だからな、明日から修学旅行で京都だぞ?」

「わ、わすれてたー! ごちそうさまぁ!」

 

 正樹は一気に珈琲を飲み干すと、慌てて店から飛び出していった。間違いなく明日は寝坊するだろうし、朝起こしに行ってやろう。

 

「ごちそうさま」

「――あの量を感触か。どんな胃袋してんだお前」

「食える時に食う、それがあたしのポリシーだ」

「そうかい……」

「そうだ――」

 

 最後に伝え忘れた事を思い出し、店を出る直前に操に振り返る。彼は、不思議そうにこちらを見つめていた。

 

「今度はピザが食いたい」

「さっさと帰れ!!」

 

 

 

 

 

「やばい! やばすぎるよ!!」

 

 石塀小路(いしべこうじ)を歩きながら、正樹のテンションは最高潮を迎えていた。辺りをずっときょろきょろしながら、やれあの建物はなんだ、あの施設は何に使われてるだの、彼の蓄えられた知識を発揮しまくっていた。

 

「俺、もう帰っていいか?」

「今だけはあたしも同意見だ……」

 

 あたしと操は同じように頭を抱え、念仏のような正樹の説明を聞き流している。しかしそれにも限度はあるわけで、いい加減うんざりしているのが本音だ。

 

「ふたりとも! 折角の京都なのにたくさん回らないでどうするんだよ!」

「いや、京都なんて電車でいつでも来れるだろ?」

「片道2時間もかかるじゃないか! 気軽に来れないからこそ、今日という日を大事に――」

 

 あたしは正樹の口を抑え、細い路地に隠れるように押さえつける。正樹は抗議するかのように口をモガモガと動かしているが、今はそんな彼を無視する。

 

 道の抜けた先の大通りに、数人の男女が歩いている。全員腰に刀を差しているのを見るに、間違いなく正樹の大好きな"ウタイ"だろう。そんなものを目撃したら、それこそ正樹は手がつけられなくなる。

 

「――臭うな」

「はっ……?」

「獣の臭い――それも格別のな。 一帯に神域を展開しろ、我が狩る!」

 

 ――刃物のような殺気がこちらに真っ直ぐ飛んでくる。一瞬で理解し、あたしは操に正樹を押し付けて臨戦態勢に入る。あいつは間違いなく――あたしを狩る気だ。

 

「――ふん!」

 

 隊長格の女が刀を抜いた瞬間、一瞬視界が歪んだ。あたしは自身の指先に集中して"光の爪"を形成する。音と共に飛来する何か、ソレを受け止めただけで両手は痺れたように震えた。

 

「ほう、霊剣か。それも随分歪なモノを使う」

「出合い頭で切りつけてくるなんて危ないだろ――おばさん」

 

 いつの間にか周りに町並みは消え、まるで空間を切り取ったかのような平地が広がっていた。おそらくこの周辺事態が罠、妖怪を狩るために作られた場所なのだろう。おびき寄せ、事前に用意した結界に閉じ込めて狩る、実に効率的だ。

 

「そんな臭いで歩き回るからだ。妖怪と思われても仕方あるまい」

「――自己紹介か?」

 

 地を蹴って前へと駆け出す。きっとこのおばさんは二人を狙わない、そんな予感があった。だから今は全力で目の前の敵にぶつかる。

 右手の爪を振り下ろすと、女の姿はまるで煙のようにかき消える。それと同時に前後4方向から殺気を感じる……

 そのまま姿勢を下げて横薙ぎを回避、回し蹴りを放って態勢を崩させ、袈裟斬りを身体を反らせて回避、三撃目を左手の爪で弾いて最後の攻撃を右手の爪で受け止める。

 

「今、この程度なら対処できると思ったな?」

 

 耳元の声で背筋に悪寒が走る。確かに感じた攻撃全てはいなした筈だ。なのに相手はあたしの予想とは――

 

「判断が遅い!」

 

 声は後方耳元から聞こえていた。しかし、相手の拳は正面からあたしの左頬を捉えていた。そのまま人形のように勢いよく後方へと吹き飛ばされる。土煙を上げながら地面を転がり、背中が神域の端にぶつかった事でやっと停止する。

 

「妙!!」

 

 正樹の悲痛な叫び声が聞こえる。わかってる、あたしは負けないよ。お前の夢を叶えるまで、あたしは膝を折るわけにはいかない……

 

「まだ立つか小狼、我相手にここまで戦えるならばA級指定ものだな」

「あたしは――妖怪じゃない」

「変わらぬさ、お前も、我もな……」

 

 女は手にした刀を投げ捨て、こちらを見据えて嗤う。

 

「冥土の土産だ、閻魔に自慢するがいい――"紅桜"!」

 

 女が叫ぶと、その手に光の刀が形成され、すぐに実態の刀へと変化する。先程の刀が玩具と呼べるほど、手にした武器からは強大な霊力が放出されていた。

 

「大西流奥義――"絶刀"」

 

 たったの――たった一振りだ、それだけであたし達の戦いに決着がついた。

 

「ぁ……」

 

 痛みなんて感じないほどの鋭さで、あたしの胴と脚は分断されていたのだから……

 

 

 

 

 

「あたしはずっと一人だった」

 

 別にずっと一人でも良かった。一人が好きだったし、一人でいても困ることなんて一つもなかった。

 

「でも、出会ってしまった」

 

 物好きな彼は私を見つけてしまった。妖怪と戯れるあたしを見ても驚かなかった。見えなくても、そこにいるナニかを認識する事が出来たからだ。

 

「また来たのか」

「あぁ、何度だって来るさ」

 

 今日も袋いっぱいの貢物(くいもの)を用意して、あたしの前に現れる。そんな彼には夢があるらしい。

 

「僕がウタイに入るためには、君の力が必要なんだ!」

 

 認識は出来ても"視る"事は出来ない。技術があっても霊力(ちから)が足りない。そんな彼が求めたのは、自身の目となり力となる相棒だった。

 

「だから、僕と一緒に戦って欲しい!」

 

 そんな真っ直ぐな彼の意思に折れたあたしは、二人で歩む道を選択した。一人ではなく、二人で歩む人生を……

 

"でも、ごめん……"

 

「あたし――負けちゃった」

 

―――

 

――

 

 

「――はっ!?」

 

 急速に覚醒する意識、何か懐かしい夢を見ていたような気もするが、今重要なのはそこではない。

 確かあたしは、あの女の斬撃で真っ二つに斬られた筈だ。しかし、今も確かに生きているし、斬られた筈の胴体は繋がったままだ。それに、どこか見知らぬ屋敷の中に運ばれたようだが――二人は無事だろうか?

 

「おや、お目覚めかい?」

 

 声がした方に振り向くと、先程の女が同じようにニヤリと笑っていた。本能的に飛びかかろうと身体を動かすが、全身を叩きつけられたような痛みが走って布団の中から一歩も動く事が出来なかった。

 

「手加減したとはいえ我の技を食らったのだ、もう少し借りてきた猫のようにしているがいい」

「くっ……」

「少年には色々話を聞かせてもらった。すぐにここに来るであろう」

「ま……て……」

「――お前のような相手は久方ぶりだ、"次"を楽しみにしておく」

 

 そう言い残し、女は襖を開けて部屋を出ていってしまった。入れ替わるように、正樹と操が部屋へと入ってくる。

 

「良かった、目が覚めたんだね」

「ま……さき……」

「大丈夫、僕が全部説明するよ」

 

 そう言って、正樹は私の疑問全てを話してくれた。

 この屋敷はさっきの女――大西恵の暮らしている大西の家だという事、彼女がウタイの代表であり、国家認定退魔師という化け物だという事、そして――

 

「僕の技術がこんなに早く認めてもらえるなんて思わなかったよ!」

 

 正樹が普段作っている装置達が、あの女の興味を惹いたという事だった。喜ぶ正樹の姿を見て嬉しい反面――

 

"ふと、私はもう必要ないのではと思ってしまっていた……"

 

 

 

 

 

帝京歴746年 春

 

 卒業式を終え、あたしは一人校舎の屋上で佇んでいた。まるで木々のように、天を目指して伸びていくビル達。徐々に開発が進む町並みを眺めながらも、心ここにあらずとぼーっとしているだけ――まるであたしは抜け殻だった。

 青森に帰っても、私を馬鹿にした塵のような親族しかいない。父も母もこの世にいない。あの寂れた神社を立て直すくらいだろうか。いや、それも案外楽しいかもしれない。妖怪達と戯れながら、昔のように……

 

「ここにいたんだね」

「――正樹」

 

 少年は、真っ直ぐな視線をこちらに向けていた。それは、初めて出会った時と同じ眼だ。何者にも捻じ曲げられない、強い意思を秘めた瞳。あの時のあたしは、間違いないこの瞳に敗北した。

 しかし、今彼に必要なものはあたしではない。彼は夢を叶え、今後勢力を拡大されるウタイ帝都支部へと配属されるのだから。だからあたしは必要ない。もう、彼にとってはいらないものだ。

 

「――妙は変わったね」

「あたしは何も変わらない」

「初めて会った時とは別人みたいだよ」

「それはあくまでも、正樹の主観だ。あたし自身は変わったと思わない」

 

 正樹は大きくため息をつき、あたしの目の前まで歩み寄って両頬を手のひらを優しく添える。

 

「そんな風に強がらなくてもいいんだ。君の顔を見れば誰だって分かる」

「あたしの――顔?」

「今にも泣き出しそうな女の子一人、置いていくような薄情な男じゃない」

「違う、あたしは――お前の夢が叶って嬉しいんだ。だからこれは悲しみなんて感情じゃない。あたしは女の子なんかじゃなくばけ――」

 

 "化け物"、その言葉を最後まで続ける事は出来なかった。もう聞きたくないとばかりに、正樹は自身の唇であたしの口を塞いでしまった。

 驚きと息苦しさ、色々な感情が混ざり合って、そこに正樹の香りが添えられる。今まで溜まっていた何かが両目を伝って溢れていく。あたしには理解出来ない何かが飽和していく……

 

「操も馬鹿だなぁ――心なんて読めなくても、こんなにも彼女は分かりやすいじゃないか。」

「あ……た……し……」

「大丈夫、世界の全てが君を否定したって、僕だけはずっと君の味方だから。何があってもずっと一緒だから……」

「まさきぃ!」

 

 まるで赤ん坊のように泣き続け、今まで溜まった膿を吐き出し続けた。それは初めての救済、坂本妙に差し伸べられた初めての手のひらだった。

 誰一人彼女に手をのばす事をしなかった。それは彼女が化け物だから、潰えた筈の坂本の血を色濃く受け継いだから。理解出来ないモノは怖い、自分と違うモノは怖い。そうやって一人で生きてきた彼女にとって、彼の存在はまさしく救済であった。

 

「さぁ、いこう!」

 

 差し伸べられた手を掴み、二人は共に歩んでいく。それは、坂本妙が初めて誰かと共に生きる事を知った証だ。

 しかし――

 

「……」

 

 それを見ていたもう一人の少年は、手にした紙袋をゴミ箱へ投げ捨て、逃げるようにその場を後にした。

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