倒れた青年を連れ、私達は一先ず近くの宿をとった。記憶喪失な海人を放置して、はいさよならなんてしたくなかったし、何よりも初めて会った彼が何か他人とは思えない感覚だったからだ。
宿の中で詳しく話を聞いてみても、目覚める前の記憶は何一つ無かった。こうなってしまうと、彼をどうしていいのか困ってしまう。一番良いのは彼を知る人物に預ける事なのだが……
「とりあえず、明日になったら近辺で聞き込みするしかないわね」
「でも、そう簡単には見つからないでしょうね」
遠回しに、菊梨は旅行の日程を潰してでも彼のために動くのかと聞いているのだ。私だってそんな事は分かっている。せっかく楽しめる時間を手放したくはない。でも、それでも――見捨てる事なんて出来ない。それが彼を見つけた責任であり、私自身の考えだから。
「でも、やるのが私ってもんでしょ?」
「えぇ、分かっていますとも」
「さすが菊梨、伊達に私のストーカーじゃないね」
「褒めるのか、けなすのかどっちかにして下さいまし!」
二人で笑いながら窓から外の夕焼けを眺めていると、背中にぞわっとした感触が走る。おばちゃんに鍛えられてからというもの、危険な気配を察知する事に長けるようになった。明らかに私達の害となる人物がこの宿へと近づいている。
「菊梨、海人は隣の部屋よね?」
「えぇ、脱出するならその部屋の窓からがよさそうです」
「おっけ、派手なお出迎えをされる前に出ましょう」
気配の動きに注意しながら二人で部屋を移動した。海人は椅子に座ってぼーっと天井を見つめていた。私は戸惑う彼を背負い、窓の方へと歩く。
「ご主人様、運ぶなら私(わたくし)が……」
「この先戦いになる可能性があるし、そうなると菊梨が手ぶらの方がいいでしょ? それに、これくらいなら――転身(トランス)!」
普段使われていない自身の妖気を叩き起こす。それに反応して狐の耳と尾が露わになる。まだ完全とは言えないが、神楽との戦いである程度は自在に力を引き出せるようになった。まぁ、人から離れていく自覚はあるのだが……
「よし、この階まで登ってくる前にさっさとずらかるわよ!」
「あいさ!」
「あぁい、きゃぁん――ふらぁぁい!!」
2,3歩後ろに下がり、助走を付けて窓から大きくジャンプする。落ちかけた夕日がそんな私達の姿を照らし出す。私の背に乗る海人は、瞳を輝かせながらその夕日を眺めていた。
そのまま綺麗に着地し、迷路のように入り組んだ道を駆けていく。夕暮れで人通りが少ないのが救いだ。ただひたすらに囲碁盤のような街並みを右へ左へ……
「―ー!?」
見慣れた顔が視線にちらつき、スビードを緩めて相手の顔を確認する。それはよく見知った顔であったが、私の知る彼女とは別人だと直感する。それと同時に放たれる殺気の刃に、私はとっさに身体を反らした。
「よく分かったな、"あまてる"」
「やっぱり、留美子じゃないわね」
振られた太刀型の霊剣は、私の髪の毛数本を切り裂いて地面に叩きつけられていた。留美子と全く同じ顔の少女は予想外とばかりにきょとんとした顔をこちらに向けていた。
「あたしの名前は留美奈、留美子の双子の妹でウタイ本部特殊部隊"紅桜"の隊長さ。今後ともよろしく頼むわ」
「それで、その隊長さんが私達になんの用かしら?」
放たれる霊気は留美子と同等レベルだと思われる。あの留美子と同じ――って、一人でAランク妖怪を倒す留美子と? どう考えたった私一人じゃかないっこない。本気の菊梨なら勝てるだろうが、同じレベルの部下二人を連れている時点で苦戦するのは予想出来る。今出来るのは、言葉を交わし相手の真意を――
「――って! どうして質問に答えずいきなり剣振り回してくるのよ!!」
私の話なんて聞かず、先程振り下ろした太刀を斬り返してくる。それも明らかに殺意全開である。
「なんで答える必要があるわけ?」
「そりゃぁ!! こういう時は答えるのが筋ってもんでしょ!!」
「そんなの知らないけど」
ハリセン型の霊剣を形成して受け止めるが、想像以上の衝撃が全身に響く。私よりも小柄な少女が出していい馬鹿力ではない。
「仕方ないから答えてやるけど、ウタイはそのSランク妖怪"鬼童丸"を確保するためにあたしを派遣した。じゃまする奴は殺してでもね」
「物騒な命令出さないでよ天照さぁん!!」
「ご主人様ぁ!!」
ギリギリ滑り込んだ菊梨の狐影丸が留美奈の攻撃を弾き返す。介入しようとした二人の隊員には、着物の袂から取り出した苦無を投げつけて一瞬動きを止める。
「ちっ、Sランクの化け狐か――っ!?」
留美奈が体勢を変えようと足を動かした瞬間、何故か何かで滑りその場に尻もちをついてしまう。あろうことか、大量の小豆が地面を転がり足を取られてしまったようだ。
「すまねぇ、おらの小豆がぁ!」
この混乱を起こした小豆洗い本人は、頭を抱えて泣き叫んでいる。私達はこの混乱に乗じてそのまま留美奈達を背に逃走を再開した。
「くっそ――加奈子、巴、さっさと追うぞ!」
慌ててターゲットを追うために立ち上がった留美奈だったが、曲がり角を曲がった先で巨大に壁に阻まれる。それは、妖怪ぬりかべであった。
「す、すまないでごわす! 道に迷ったから行き方を――」
「くっそが! 妖怪用通路を使えってルールで決まってんだろうが! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」
それはまるで、妖怪達が雪達の味方をしているかのようであった。
「――やっと来たか」
逃走を続ける道の先、今度は見慣れない制服の学生が立っていた。彼女は側にいた鎌鼬に指示すると、すれ違い際に雪に耳打ちした。
"このまま北の廃墟を目指せ、そこの答えがある"
正直、足を止めてその真意を問い詰めたかったが、今はそんな猶予は残されていなかった。誰かに指図されるのは癪だが、藁にもすがる思いで唯一の手がかりを求めて北の廃墟へと足を向ける。横で共に駆ける菊梨の表情は、いつにも増して険しいものだった。
「妖怪共の妨害の次は、亡霊のお出ましか」
乱れた袴を裾を正し、髮についた蜘蛛の巣を払って留美奈は目の前にいる生服の女性と睨み合っていた。隊員達は妖怪達の対処に追われ、ここまで追いつけたのは自分一人だ。どうやら、事件の首謀者は目の前の女性であるようだった。
「悪いが、もう少し時間を稼がせてもらうぞ」
「いいぜ、一度あんたの本気をやってみたかった!」
留美奈は太刀を抜き、生服の女性はグローブを嵌めると、そこから鉤爪状の霊剣を形成した。
「いざ――勝負!」
―――
――
―
日は完全に落ち、闇が世界を支配する。それは妖達の支配する時間、人の子は家に身を潜め隠れる時間。化け物達の宴が始まる時間。
辿り着いた廃墟は何かの屋敷跡のようであった。長らく人の手が加えられていないのか、崩れた屋敷はそのままの形を残しているとは言っても、焼け落ちた跡や崩れた屋根はその不気味さ醸し出していた。
「やはり、ここでしたか……」
「菊梨、ここが何か知ってるの?」
「えぇ、よく知っておりますとも……」
何かを思い出すかのように目をつむり、やがて覚悟したのかその重い口を開く。
「ここはかつて私(わたくし)達が暮らした場所、そして代々私(わたくし)達の子孫に受け継がれてきた屋敷――大西邸です」
「それって――じゃぁ、ここが……?」
「はい――ご主人様が生まれた場所です」
大西雪、それが生まれたばかりの私の名だった。母は私を生んですぐに病死、その後おばちゃんに引き取られて坂本雪となった。でも、何故だろうか? 何か引っかかるというか、記憶にもやのようなものが……
「ねぇ菊梨、私がこの家にどれくらい住んでいたか知ってる?」
「それは……」
脳内で響く怨嗟の声、鼻孔をつく肉の焼ける匂い。
私は無意識に敷地内へと足を踏み入れる。所々穴の空いた廊下を抜け、客間のような場所に出る。
"やめて、ころさないでくれぇ!!"
"このばけものが!!"
"狐だ、狐の祟りだ!!"
"くるな、くるなぁぁ!!"
知っている、私は知っているんだ。この場所を、どうしてこうなったか――誰が何をしたのかを。
きっとこのシミは人だった者達の跡、彼らが生きていた証なのだ。
「ご主人様! しっかりしてください!」
「――大丈夫、私は正気だよ」
知っていた、分かっていて忘れたフリをしていた。だってここの人達はみんな嫌いだったのだから。殺したい程憎かったのだから。だから私は、自由が欲しくて皆殺しにした。この体に流れる妖狐の力で、自らの父を含む人々を焼き殺した。
「そっか――私ここで、生きてたんだね。死んでいたけど生きていたんだ――確かにこの場所で」
「ご主人様……」
「雪、それは違う」
「海人?」
「――こっち!」
海人は私の背から降りると、どこかを目指して駆け出す。私は小走りでその後を追うと、更に奥まった小さな和室へと辿り着いた。
「この場所が、君を一番感じる場所だ」
「どういう事……?」
「分からない、きっと君にしか感じ取る事が出来ないから」
眼を瞑り、この部屋に残された残照――声に耳を傾ける。それはどこか、懐かしい声――
"お前の名は雪だ。我が呪われた血を引きし者よ"
あぁ、知っている。私はこの声を知っている……
"よいか、お前は我らの希望だ。混ざりモノの未来だ。我と妙の子にして、世界を救う救世主だ"
それは死して尚、全ての愛を私に与えてくれた。私は一人じゃないと教えてくれた。
"どんな過酷な運命であろうとお前なら乗り越えられる。我はそう信じて全てを託そう"
そして受け取った愛と力、私はずっと一人ではなかった。
「お母さん、ずっと一緒にいてくれたんだね……」
お母さんから受け継がれたのは力だけじゃ決してなかった、まだその全てを理解したわけじゃないけど、私は――
「今は私(わたくし)もいますよ」
「うん、ありがとね……」
「――真実を知ったか」
まるで全てを見透かしているかのように、先程すれ違った制服の女性が部屋近くの庭へと飛び降りてきた。
「貴女はさっきの!」
「餓鬼へのお仕置きに手間取ってな、正樹を連れてきてくれて礼を言う」
「正樹、それが僕の名前?」
「そう、あたしにとって大事な名前だ。そして――」
女性は海人――正樹を正面から抱きしめる。その感触を思い出すかのようにきつく……
そして、自ら持つ霊剣を彼の背中へと……
「今度こそ、あたしを連れて行ってくれ――」
「――ダメだよ」
振り下ろされた刃は、正樹がしっかりと掴んで受け止めていた。
「何故だ! ならどうしてあの日、あたしを連れて行ってくれなかった! どうして置き去りにした!」
「……」
「答えてくれ…… あたしが今まで一人で、どれだけ長く戦ってきたと思ってるんだ。正樹も、操も、恵も、みんな――みんな先に逝ってしまった。あたしは――」
「すまない……」
「今更謝らないでくれ! 過去はもう変えられないんだ!」
「それでも僕は、君に生きていて欲しかったから。君が生きる未来を望んでしまったから」
「お前、記憶が完全に戻ったのか? 鬼童丸の支配から抜け出したのか?」
「――わからない。今、僕と彼は一つの存在になった。人ならざる存在となった今なら、君や雪達の苦悩もよく分かる。
だからこそ、僕は君達に笑い合える未来を見たんだ」
そう言うと、正樹は女性に指輪を手渡した。それを見た女性は、溢れんばかりの涙が瞳から溢れ落ちる。
「僕と生きてくれてありがとう――未来は確かに預けたよ。
さぁ雪、僕をもう一度封印してくれ」
「正樹が自由に生きる事は出来ないの?」
「そのためにはまだ早い。もっと技術が発達して、人類が妖怪と手を取り合えるようになればいつか……
またいつか、共に生きていける日がくるさ」
「ううっ、まさきぃ……!」
「だからその時まで、おやすみなさい――愛しの妻と義娘よ」
私は全てを悟り、彼が誰であったかはっきり理解した。そしてこの制服の女性も……
「さよならは言わないから! またね、お義父さん!!」
制服の女性――若き姿の妙が握る指輪に手を重ね、かつて教えられた封印術を形成する。彼はこの指輪に封じられ再び眠りにつくだろう、いつかまた出会うために……
"茶番劇はここまでよ!"
「しまった、二人共!!」
正樹は慌てて私とおばちゃんの身体を突き飛ばす。その瞬間目に映ったのは、黒い闇に飲み込まれた最後の笑顔だった。
―――
――
―
「司令!! 大西邸跡地にて巨大な妖力を感知――その数値はSランクを大きく越えています!」
「同時に複数の妖力が各地に分散しています! 一つ一つがAランク相当の疑似妖怪かと思われます!」
「間に合わなかった……? 邪神党が彼を手に入れたのだとすれば、間違いなくこの世界は終わるわ……」
"天照司令、あたし達はどうすればいい?"
"私達はいつでも動ける"
モニターに映る傷だらけの留美子と留美奈は獲物を構えながらそう問いかけた。各所に見られる傷は、明らかに互いに殺し合ったように見えるのは今は無視しておこう。
「――そうね、二人には拡散している疑似妖怪を各個撃破してもらいます。神域をエリアPからVまで可変しつつ展開、やつらを網にかけるわ。優希は異変が起きた大西邸に直行して」
『了解!!』
「それと、留美子と留美奈は事前に渡しておいた新スーツの使用を許可するわ」
「待ってました!!」
留美奈は嬉しそうに首に下げた勾玉を手に取る。留美子も同じように手に取り、装置を起動するためのワードを口にする。
『神器開放!』
ワードを認識した装置は、内部に格納されたスーツと武装を開放する。それと同時に元々着ていた服を勾玉へと格納する。それは転送に近い形で瞬時に行われるのだ。二人が元々着込んでいた巫女装束スーツをベースに、頭部や腰に機械的なアクセサリーが装着され、霊力パックが備えられている。普段の余剰霊力を溜め込んだこのパックは、戦闘中に全て活用出来るようになっている。
「思ったより身体が軽いぜ」
「油断しない、相手はAランク妖怪相当」
「んなぁこと分かってるよ!」
地面からせり上がってきたウェポンラックから二人はガトリングガンを取り出すと、今にも降りてくる妖怪の群れに向けてその銃口を向ける。
「さぁて、祭りの始まりだぜ!」
―――
――
―
「さて、状況を説明してもらおうか?」
優希が辿り着いた現場は一触即発の状況だった。三尾の狐と何故か若い姿の国家退魔師、対するは鴉のマスクをした黒い羽の妖怪。
「取り込み中だ」
「後にしろ」
「そんなに見れば分かる、僕が言いたいのは――」
鴉の妖怪から嵐のような妖力が吹き荒れる。並の退魔師であれば浴びるだけで失神してしまいそうな程強烈なものだ。転身(トランス)状態の自分でさえ、立っているのがやっとのレベルだ。
「姉様!」
「梨々花!!」
呼んでもいないのにまた一匹の狐が姿を現す。全く、この状況は何が起きていると言うのか。それよりも問題は……
「だから、坂本雪はどこに行った!」
「ご主人は……」
光一つ無い空間で、私は眼を覚ました。先程の出来事とか、神楽が現れた事とか、菊梨が私をどこかにぶん投げた事とか――つっこみたい事は山ほどあるけれど、まずはこの空間から抜け出さなければならなかった。
しかし、歩けど光は見えてこない。永遠に続く暗闇を闇雲に歩き続ける。進んでいるのか戻っているのか、そんな方向感覚すら失った頃、気づけば終点へと辿り着いていた。
何人もの巫女服のような衣装を纏った狐娘達、彼女達が手に持つ蝋燭がとある場所への道を照らし出す。それは玉座のような場所、一人の女性が頬杖をつきながらこちらを見下ろしている。
「待っていたぞ」
何の冗談だろうか? 私は夢でも見ているのだろうか?
「……」
違う、決定的に違う。眼の前に座るのは人間ではない。おそらく神と呼ばれる上位の存在――その筈なのに、どうしてだろうか? 私には分かってしまう。そうだ、今目の前にいるこの人は――
「おかあ――さん」
紛れもなく、自分の母だと確信していた。