「久しいな、我が娘よ」
写真で見た母は、長い黒髪と私と同じ瞳の色、偉そうで自身に満ちた笑みを浮かべていた。眼の前に対峙している女性は、雰囲気こそ一致するが容姿は全くの別人だ。人を射殺すのではないかと感じる青い瞳、銀の髮はこのくらい空間でも目立っていた。
「……」
「混乱するのは無理もない――まずは大西家の歴史を語らねばならぬな」
菊梨に似た女性が、私の後ろに腰掛けるための椅子を準備する。私はされるがままにその椅子に座り腕を組んで眼の前の女性を睨んだ。
「よい瞳だ……」
「前置きはいいから、全部話して! 早く菊梨達を探しにいかなきゃないんだから!」
「安心しろ、ここは向こうとは時間の流れが違うからな」
「――どういう事?」
「まずは順番だ。さて、これはちょっとした昔話だ――」
むかしむかし、大西という退魔師の名家があった。大西は彼らの中でもリーダー的存在であり、妖かし討伐にてその手腕を振るった。
だがある日、当主とその妻がとある鬼に敗北し殺された。当然、後継者争いが起こり大西家はそのまま没落していった。跡継ぎの育成がまだ終わっていなかったからな、彼女達姉妹は退魔師として戦えるレベルでは無かったのだ。
しかし、彼女達は蔵に安置していた鏡に封じられた神を目覚めさせてしまう。その神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、かつて悪さをしすぎ始祖神に封印された存在だ。
開放の褒美として、神は姉妹に力を与える事にした。それは諸刃の刃、絶大な力を得る代わりに人である事を辞めるというもの。そして、その生命尽きれば宇迦之御魂神へ仕える宿命も背負っていた。
「もう分かるだろう? この空間に囚われた魂達は、神へ仕えるために囚われた歴代の大西家当主達だ」
「そして、貴女が――」
「そう――我が宇迦之御魂神だ」
「でも、それじゃあ――」
「話は最後まで聞け、たわけが」
我も例に漏れず、死して後この場所へと召喚された。しかし、我は奴に隷属する気は初めから無かったわけだ。魂だけとなった分、肉体という枷を外され全力で戦い続けた。どれだけの時を消化したか分からないが、我はついに神を討ち取ったのだ。そして、その力を奪い取り新たな神としてここに君臨している。
「例えば、お前の元に菊梨を送りつけたりな」
「なっ――じゃぁ!」
「あぁ、全てはお前を守るため我が命令した。しかし、途中からあやつも好意でお前と共にいる事を望んていたがな」
「それが、大西家の秘密だったなんて……」
正直、話が壮大すぎて分かりにくいが――つまり私の母は神様になってしまったらしい。しかし、ここが死した当主が来る場所ならば、私は死んだという事だろうか?
「安心しろ、お前はまだ死んではいない。あやつを倒せる可能性があるのはお前だけだからな」
「なら、早く私を元の場所に戻して!」
「今のお前では勝てん。我の継承した力を1割も使えてない状態では瞬殺だな」
一呼吸置いて、母は不気味な笑みを浮かべて笑いかける。
「――だから、力を引き出せるまで我が稽古をつけてやろう」
「は……?」
――ほんの一瞬の出来事だった。間違いなく今、私の上半身は下半身をお別れしていた。それが現実なのか幻覚なのか、脳はバグったかのようにグルグルしている。
「ここなら何をいくらやっても死にはしない。共に楽しもうではないか」
「――菊梨、留美子、もしかしたら今日が私の命日かも」
迫る刃を前に、私は乾いた笑いを浮かべた。
―――
――
―
「流石に、化け物すぎる……」
「まるで、こちらの攻撃が全て読まれているようだ」
かつて神楽だった妖怪――八咫烏の前に菊梨、梨々花、妙、優希の4人がかりで歯が立たずにいた。その力は今まで戦ってきた強敵達とは比較にならない程の妖気を放っている。八咫烏が術を放つたびに、被害を抑えるために展開された神域にヒビが広がっている。突破され、京都に被害が広がるのも時間の問題であった。
「もう少し頑張らないと、折角の結界が壊れてしまいますよ?」
その表情は仮面で見えないが、明らかに八咫烏は嘲笑っていた。
「うるせぇ、調子に乗んなばあさん!」
神域外から2つ人影が現れる。到着して早々、片割れは両腕のガトリングガンをお見舞いする。
八咫烏は右腕を掲げて結界を形成に、霊気の込もった銃弾を全て弾き落とす。
「ちっ、無駄にかてぇな」
「みんな、助けに来た」
「留美子! 留美奈!」
「おう、またせたなぁあまてるちゃん!」
留美奈は優気に対してガッツポーズを取り、改めて敵へと向き直す。二人の増員が現れたとはいえ、相手はSランクをも超える化け物妖怪である。5人がかりでさえ通用するか怪しい。
菊梨は覚悟を決め、梨々花に目配せをする。梨々花は頷き、自身の妖力を全て一つに掻き集める。
「みなさん、私(わたくし)にいい考えがございます」
「それ、死亡フラグだったりしないな?」
「もちろんです」
3尾状態を解き、自らの愛刀を構え直す。皆もボロボロの身体に鞭を打って戦う気力を奮い立たせる。
「どんなに強力でも、所詮は妖怪です。心臓を切り裂けば死に至るでしょう。ですので、皆さんには私(わたくし)が決定打を打つための空きを作ってもらいたいのです」
「相手がこちらの動きを読み切れない程、波状攻撃を仕掛けるわけか」
「いいぜ、やってやるよ」
「まかせて」
「ここで倒れては、雪に顔向け出来ないからな……」
「――姉様!」
梨々花は、自身全ての妖力を込めた愛刀――定春を菊梨に投げて渡す。菊梨はそれを左手で受け取り、自らの妖力を一つに掛け合わせる。溢れ出した妖力は形となり、6本の尾を形成する。
「菊梨ちゃん――6尾状態(モード)!」
「私達もいくよ」
「よっしゃ!」
『疑似転身(トランス)!』
留美子と留美奈は新型スーツのリミッターを解除する。頭部と腰のパーツが開放され、金色の粒子のようなものが放出される。これは溜め込まれた霊気を開放したため起こる、放熱のようなものである。まるで、耳と尾のようにも見えるそれが、疑似転身という起動コードを与えられた。
まずは留美奈が、両腕のガトリングを大剣へと変形させて斬りかかる。八咫烏は軽く身体を倒して剣先を避け、右の蹴りで留美奈を吹き飛ばす。その影から2丁霊銃を小剣へと変形させた留美子が突きを放つ。普通ならばこのタイミングで避けられるはずも無いが、まるで呼んでいたかのように左腕から火球を留美子にお見舞いする。
「させるか!」
留美子に追い打ちが迫るのを"見ていた"優希は相手の動きを牽制するために2発霊銃を打ち込む。留美子への抜き手を方向転換し手刀で弾丸を打ち払うと、その一瞬で小剣を連結させて両刃剣へと変化させて斬りつける。
「ちっ……」
「正樹の仇ぃっ!」
八咫烏が後ろによろける空きを見逃さず、大きくジャンプした妙が自身の霊剣に全ての霊力を乗せて叩きつける。
「"画竜点睛"っ!!」
その遠心力を利用した鉤爪での回転攻撃――とっさに左手を掲げて結界を展開するも、妙の一撃は結界を切り裂き八咫烏の左腕に大きく傷をつける。後ろに少しよろけたタイミングを、後方から優希が狙いを定める。
「ホーリー・レイ!」
「――粋がるなっ!」
「やらせない」
地面を転がりながら、妙は手にした符を八咫烏に向けて投げつける。符は足元炸裂し、八咫烏のバランスを崩させる。更に動きを封じるため、体勢を立て直した留美子と留美奈が左右から八咫烏を斬りつける。
振り下ろされた大剣を無事な右腕で掴み、そのまま留美奈を振り回す。攻撃目前の留美子に投げつけて、そのまま留美奈の腹部に拳を叩き込む。更に身体を捻って眼前に迫る極太レーザーに手刀を振り下ろして真っ二つに割る。
「勝機っ!!」
「くっ!?」
叩き割られたレーザーの影から現れたのは菊梨だった。たった一瞬のこのタイミングを狙い、彼女は大きく踏み込んだのだ。千載一遇のチャンス、仲間達が作ってくれたこの時間に全てをぶつける。
左手の定春で右腕を切り落とし、自らの愛刀を心臓目掛けて横薙ぎを放つ。
「まだぁ、私達は――」
"よい、刻は満ちた"
「これで――倒れなさい!!」
肉を切り裂く感触、その刃はついに八咫烏の心臓へと到達し――
「――神をここまで追い詰めるとは、褒めてやろう」
「なっ――うぐっ!?」
確かに心臓を破壊したつもりだった。それどころか、失われた部位まで完全に再生していた。
叩き込まれた拳は無防備な身体の臓腑を破壊し、大西家の内部まで菊梨を吹き飛ばす。
「――Ains」
「このっ……!」
両刃剣を分離させ2丁銃を八咫烏に向けて連射するが、その弾丸を全て避けて留美子の懐に飛び込む。
「Zwei!」
「かはっ……」
抜き手で腹部を貫き、庭にある池の跡に留美子を投げ捨てる。
「てめぇ、よくも!!」
「神の前にひれ伏せ」
留美奈の振り下ろす大剣を蹴りで叩き割り、そのまま肩へとハイキックを放つ。肉と肉がぶつかり合う音と、留美奈の肩の骨が砕ける音が響いた。
「Drei」
「違う、あれは"見て"いるんじゃない。あれは――」
「そうさ、これが神に到達した者の力だよ――失敗作の優希」
いつの間にか優希の眼の前まで迫っていた八咫烏は、優希めがけて裏拳を放って吹き飛ばす。しかし、優希の放った一撃は八咫烏を捉えていた。顔につけていた仮面が割れ、額から一筋の血が流れ出る。その素顔は、神楽とは全く別人の男性のものであった。
「Vier――そろそろSchlussといこうか」
自らの妖力を右手へと収束し手のひらをかざす。 この一撃で、間違いなく京都は消し飛ぶとその場にいる全員が確信していた。しかし、再び立ち上がれる者は誰一人としていなかった。
「今度こそ私達の勝利だ――Gottes Herrschaft!」
辺りが閃光に包まれ、誰もが全て決したと思っていた。しかし――
「主役は、遅れて来るもんよ」
「――やはりか、やはり最後に立ちはだかるのは貴様なのか!!」
閃光と煙が晴れ、そこに立っていたのは――
「遅すぎじゃ……」
「やっとかよ……」
「待っていたぞ……」
「あまてるちゃん……」
「――ごしゅじんさま!!」
菊梨と同じ巫女装束を纏った雪がその場には立っていた。
「随分、私の大事な人達をいたぶってくれたじゃない?」
「あぁ、この瞬間をどれだけ待ち望んだ事か。何度死の幻覚を乗り越え、復讐の機会を待ったか!!」
「何こいつ、頭おかしいんじゃないの? まぁ、それでもきっちり礼はさせてもらうわ!」
『顕現せよ――"紅桜"!』
八咫烏が放つ力と同等――いや、それ以上の力がその場で溢れ出す。許容限界を越えた神域は木端微塵に砕け散る。
雪の右手には恵より継承した力"紅桜"が握られ、その力を示すように彼女の後ろでは9本の尾が揺らめいていた。
「九尾――やはり、やはり貴様こそが神の領域に辿り着く者だったか!」
「神様とか力とか、私にとってはどうでもいいのよ!!」
「何を言う、力こそ全て! 力こそ自らの証明だ!」
「私はねっ、大事な人達を守れる力だけあればいいのよ。壱式奥義――"絶刀"!」
雪の一撃を受け止めた八咫烏だが、その衝撃は次元すらも歪める。
「貴様には真実を見せてやろう、ついてくるがいい」
そう言って八咫烏は次元の狭間へと飛び込む。雪も後を追おうとするが、背後から菊梨に呼び止められる。
「ご主人様、絶対に――戻ってきますよね?」
「――当たり前じゃない。私の好物作って待ってなさいよ? ちゃんと、決着はつけてくるから……」
そのまま振り返らずに次元の狭間へと飛び込む。中は黒い空間が果てしなく続いており、まるで映画を放映するかのように様々な映像が流れている。
私が菊梨を刺し殺す映像、私の目の前で留美子が消える映像、菊梨が留美子を殺す映像まである。
「これは世界の可能性だ。ありえたかもしれない世界と隣合わせに、貴様達の世界は存在している」
「これが全部、ありえたかもしれない世界……」
「しかし、神は私達の存在を否定したのだ! 私達は不要だと切り捨てたのだ!」
打つかり合う拳と刃、その火花は宇宙のようなこの空間を照らし出す。
「そんなの、自分で否定すればいいじゃない!」
「それは傲慢だ、その選択権すらなかったのだ!」
「本当に最後まで抗ったわけ?」
「あぁそうだ! 数え切れない世界を繰り返し今この瞬間にまで辿り着いた! 神の領域に到達した私達ならば、今こそ神を妥当出来る」
問答と共に振るわれる攻撃は、相手の手足を切り裂く。しかし、互いの傷は瞬時に復元されこの戦いは無限に続くかと思われた。
「ほんと、面倒くさいインキャおじさんがぁ!」
「乳臭いガキの言う事かぁ!」
「――そういうあんたが、一番家族の愛に飢えてるんでしょうが!!」
「はっ!?」
それはほんの一瞬だった。雪のその言葉に、一瞬だけ八咫烏の動きが止まった。
「参式奥義"桜牙――」
「そうか、私が欲しかったものは……」
「天翔"っ!!!!」
閃光と見間違う程の俊足、本来ならば守りの型である霞の構えからの踏み込み。その一撃は、八咫烏を心臓を確実に貫いた。
「まだだ、これで終わりではない……」
「いいえ、これで終わりよ」
「私は、私達は――」
"もう、いいのです貴方様と共に果てるのならば……"
"やれる事は全てやりました。あとは、運命に身を委ねましょう"
「神楽、彩音…… 私はもう、一人では無いのだな……」
八咫烏は雪の肩を押すと、元いた世界へと押し戻す。
「貴様が生きるべきはここではない。仲間達の所へ帰るがいい」
「あんた……」
「そして私の名を永遠に刻むがいい。私の名は――」
その言葉が雪に届いたかどうかは、本人にしか分からない。しかし彼にとって、それはそれで満足であった。
「ふっ――こんなにも欲していたものが、もう既に手中にあったとはな」
"さぁ、行きましょう"
"どこまでもお供します"
「さらばだ、神に造られし世界よ。さらばだ、永遠のライバルよ。この次元の狭間の底で、永遠にお前の人生を眺めてやろうではないか」
八咫烏をゆっくりと眼を閉じ、微睡みに身を委ねた。