「フータロー君はさー、料理できる子ってどう思う?」
「は?」
自主映画の作成、何て名目で始まったホテルでの勉強会。その3回目となる今日、一花はどうにも集中できていないようだった。
勉強をしていていつのまにか朝になっていることすら多々ある風太郎にとってはあまり理解出来ないことではあったが、集中力が切れた相手に無理やり勉強をさせようとしても上手くいかないことはこの一年で学んでいる。風太郎自身、二乃に告白された時なんかは脳裏にその光景と二乃がちらついて集中など出来なかった覚えがある。
一花にも何か衝撃的なことがあって、それで勉強に身が入らないのかもしれない。実際には全くもってそんな事実はないのだが、そう考えた風太郎は、一旦休憩をとって一花の話に付き合うことにした。
「いつだか言ったと思うが、料理上手なやつは好きだぞ」
「……それ、確からいはちゃんのことじゃなかった?」
「バレたか」
「もー、ちゃんと答えてよ」
ぷくっと頬を膨らませるその仕草を見ていると、何だか三玖を見ているようで少し風太郎の口の端が持ち上がった。普段、余裕があるような態度で接してくるだけに、こういったギャップはなかなかの破壊力を持っているのだが、風太郎相手では柔らかに微笑ませるのがいいところだ。それでも以前よりはガードが緩くなっていると言えるあたり、風太郎の鉄壁っぷりがうかがえる。
もう少し適当なことをペラペラと話して揶揄ってもよかったが、あくまで休憩のこの時間をあまり長引かせるのは風太郎としては好ましくなかったので、大人しくそれなりに真面目な答えを返すことにした。
「手料理の方が安上がりで済むから料理は出来た方がいいんじゃないか」
「うわー……キミらしいけど、そういうことが聞きたいんじゃないんだよねえ……」
「じゃあ何を言えばいいんだよ」
「それはほら、料理出来る人が好きーとかさ」
「さっき言っただろ」
「そうだけど!そうじゃなくて!」
「落ち着けって。女優がしていい顔じゃないぞ」
「もう……フータロー君のいじわる」
「なんのことだか」
一花の声は不満ありありといった様子だったが、その表情は微妙に緩んでいるのが見て取れる。それが何より、一花がこのどうしようもないほどくだらない会話を楽しんでいることの証左だった。
そしてそれは、風太郎も然りである。
「ま、あれだ……自分のために料理作ってくれるやつを嫌いになる男子なんていねーよ、たぶん」
「…………ふーん、そっか」
「なんだよ」
「なんでもないよ」
「なんなんだよその顔は」
「なんでもないよ?」
「……勉強再開するぞ」
「はーい♪」
滅多なことは言うもんじゃない。
楽しさからか、珍しく素直になってしまった風太郎はそんなことを思った。思ったことを正直に口に出すのは難しい。風太郎にとっては特に。それでいて、たまに素直になったところで恥ずかしさに襲われるだけなのだから、風太郎が苦い顔になるのも無理はなかった。
対照的に一花はご機嫌だ。料理が得意分野かと問われれば笑って誤魔化すしかない彼女ではあるが、風太郎が作ってくれと言うのなら全身全霊でチャレンジするだろう。風太郎は一花に、というからいは以外にはそんなことを言わないが。
「……手、止まってるぞ」
「休憩しよっか」
「お前が言うのかよ……まあいいけど」
先の休憩から10分も経っていない。どうやら本当に、今日の一花は集中力に欠けるようだ。
教える相手が集中していないと、風太郎のやる気も少なからず削がれる。
(今日はもう進まないかもな……)
内心そんなことを考えるが、焦りはない。休学中の一花には試験や模試は当然無いし、直近で学力を試されるのは復学時だろう。それにしたって何ヶ月も先のことだから、ここで無理に知識を詰め込んだところでそこまで意味があるわけではないのだ。
「フータロー君は、ゲームとかするの?」
「しない。持ってないし」
「持ってればするの?」
「どうだろうな。触ってみるくらいはしてもいいが、多分下手すぎてすぐに飽きるんじゃないか?」
「不器用だもんね〜」
「そう言うお前はどうなんだよ。するのか?」
「あまりしないかな。四葉とかに誘われた時に一緒に遊ぶくらい」
「ああ……想像できるな」
「どっちの方が上手いと思う?」
「四葉じゃないのか?お前はあまりやらないんだろ」
「まあ、そうなんだけどね。でも四葉以外には負けないよ」
「お前は無駄に要領がいいからな」
「無駄にって……一言多いなあ」
そんな風に会話を弾ませる間に、一花は机からベッドへと移動してしまった。もう完全にやる気がない。それどころか、ベッドに腰掛けた一花は隣をポンポンと叩いてこっちへ来いと言わんばかりの視線を風太郎に向けていた。
風太郎は何とも形容し難い微妙な表情を見せてから、渋々といった様子を隠すことなくそこへ腰を落ち着けた。
「二人きりだね……」
「はいはい、何回目だそれ」
「もー、もう少し乗ってくれてもいいじゃん」
「面倒くさい」
「直球……でっどぼーるだよ」
「コントロールが悪いんだ、不器用だからな」
「む……言うじゃん」
二人ともに若干の負けず嫌い気質を持っているために、会話の中に勝負事じみた何かが発生するのはいつものことだ。揶揄いたい一花と意地悪したい風太郎は反発し合うようでいて、案外相性がいい。
会話一つとっても、二乃とも三玖とも四葉とも五月とも様相が異なるのだから、五つ子といってもそれぞれ別の人間なのだと改めて思い知らされる。
「そういやお前、あいつらと連絡取ってんの?」
「うん。二乃とは昨日も電話したよ」
「相変わらずの姉妹バカだな」
「あはは……私が疲れてるかもって気遣って長話はしないあたり、本当に姉妹バカなのかもね」
「何も姉妹バカなのは二乃だけじゃないけどな」
「と言うと?」
「お前ら全員ってことだ」
「うーん、私は確かに妹たちのこと大好きだけど、バカとまで言われるほどじゃないよ」
「細かいことはどうでもいい。仲が良ければな」
「……そうだね」
そこで会話は一度途切れた。二人とも、部屋の壁や天井に焦点の合っていない視線を向けながら、考え込むようにして黙る。実際、考えることはあった。
先の修学旅行で何があったのかは風太郎も聞いている。褒められた行為では無かったが、姉妹間で決着がついている以上は風太郎から言うことは特にない。だからといって何も気にならないかといえばそれもまた嘘になり……何もはぐらかさずにいうのなら、『全部嘘』という言葉が気になって仕方がない風太郎だった。
一花は一花で、風太郎の言う"仲の良さ"がいつまで続くのかを考えていた。最後には、本当の本当に最後になればきっと仲良し姉妹に戻れると信じてはいる。けれど、彼が誰かを選んだ直後にも今まで通りに笑い合えるのかといえば、即答は出来ない。簡単に諦められるような想いではないのだ。一花も、二乃も、三玖も、四葉も。
とはいえ今はそんな暗い話をする場でもない。そういった大事な話は全員がいるところで。それが、言葉を交わさずとも共有している思いだった。
なので、一花は別の話題を投げる。
「ちなみに、この部屋でも料理は出来るんだよ」
「するなよ」
「……先読みしないでよ」
「普通に分かるだろ……食わねえからな?家帰ればらいはの飯があるし」
「私の作ったご飯が食べられないって言うの!?」
「女優のスキルをこんなところで使うな。食わんと言ったら食わん」
「むむむむむ……何がなんでも食べさせたくなってきた」
「残念だったな」
「……そんなこと言うなら、こっちにも考えがあるんだよ」
「へえ、どんな?」
「ひみつ」
「は?」
「教えてあーげない」
「……ま、いいけど。ろくなもんじゃないし」
「ひどい!」と一花が言って、「知らん」と風太郎が返す。取り留めもない話とはまさにこのことだと言えるくらい他愛ないことを話す二人は、その時間が貴重なものだと分かっているから、楽しむ。そこに自覚無自覚の違いはあれど、二人が楽しもうとして会話をしているのだから、それが楽しくないわけはないのだ。
「結局こんな時間かよ」
「作戦成功だね」
「やっぱわざとか」
「分かってたの?」
「……ま、たまにはいいんじゃねーの」
「ふふ、そうだね。たまにはいいね」
「じゃーな」
「うん、ばいばい」
いつまでも、こうありたい。
それが無理だと分かっているから、今は、これで。
何もせずに過ごすことは、時間の浪費ではない。何もしないことを楽しむことだって可能なのだ。
(本当は、いつの日か……)
遠ざかる風太郎の背中を見つめながら、『いつまでも』とは矛盾したことを、一花は考えるのだった。
後日、五つ子のマンションを訪ねた風太郎を、綺麗な形をしたハンバーグと絆創膏だらけの指を後ろ手に隠した一花が待ち構えていたのはまた別の話だ。