五つ子と風太郎の話   作:豊島

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何かあった話 五月の場合

「……ゃぁ…………」

 

 目の前の少女の口から漏れ出る甘い声が俺の耳朶を打つ度に、言いようのない高揚感に駆られる。

 ギュッ……と何かに耐えるように、或いは抗うかのように体に力を込める様子を見ていると、息が荒くなる。

 俺が彼女をそうさせているのだと思うと、俺らしくもない支配欲が満たされて気分が高まる。

 

 ───一体どうして、こうなったのだろう。

 

 

 

 

「今日、五月さんが来るって」

「またかよ」

「文句言わないの。私は晩ご飯の買い物に行ってくるから、お兄ちゃんはおもてなししておいてね」

「へいへい」

 

 五月が来る。

 大したことではない。自分でも「またかよ」なんて言うくらいだから、それこそ数えるのも億劫なほどあいつはうちに来たことがあるはずだ。

 けれど、俺と五月の関係性の変化を考慮するのであれば、今日の訪問は初めてと言えなくもない。

 らいはにはいつか伝えなくてはと思いつつもまだ何も言っていないので知らないのも無理はないことだが、一週間ほど前から俺と五月は交際関係にある。

 なんやかんやあったのだ。親友だと思っていた五月のことを好きだと気づいた時は大いに慌てたし、どうすればいいのか分からなくて気まずくなったりもした。

 それでも今は恋人なのだから、結果良ければ全て良しという言葉を今以上にありがたいと思ったことはない。

 

「さて……」

 

 迎え入れるにあたって、何か準備をするべきかと考える。

 例えば掃除とか、そうでなければ何か菓子やお茶を用意するとか。

 けれども、掃除なら綺麗好きの妹がこまめにやっているから必要ないし、まだ来てもいないのにお茶なんて出しても仕方がない。そもそもそんな仰々しいことをしても怪しがられるというか、不気味がられるだけな気もする。

 自然体が一番なのだろう。学校でもそれで通しているし、上手くいっている。意識しないわけにもいかないが、意識しすぎるのも良くないということだ。

 

「お」

 

 そんなことを考えながら半自動的に参考書の問題を解いていたら、インターホンが鳴った。

 考えるまでもなく五月だろうと判断して立ち上がり、玄関へと向かう。少しだけそわそわしているのは見逃してほしいものだ。

 一度頬を張って浮かれ気分を飛ばし、できるだけ無表情を作ってドアを開ける。

 

「早かっ……た………………な?」

 

 声が上擦った。言い訳をさせてもらうと、俺が緊張していたわけではない。いや緊張はしていたが、それが理由ではない。

 五月の恰好に驚いたのだ。

 

「あ、あの、これは、その……一花が……」

「……あー、そういうことか。まあ、なんだ……似合ってる、と思うぞ」

 

 五月は普段、肩を出した服をよく着ているイメージがある。そのイメージと照らし合わせれば、露出度という面では今の服はまだ少ないと言えるだろう。

 だが、何というか、よくその服でここまで歩いて来たなと思わずにはいられなかった。

 

「つーか、そんなの誰が持ってたんだよ」

「何と言いますか……通販で買ったらしいですよ。このためだけに」

「……それはまた、気の毒というか。俺的にはラッキーというか」

「……今なんと?」

「何でもない」

 

 誤魔化し無しで言えば、五月が着ているのは所謂メイド服だ。

 ゴスロリというか何というか、どちらかと言えば二乃っぽい印象の服だし、例え二乃でも流石にこれを着て街中を歩くことはしないだろうと思われるほど目立つ恰好だったが、改めて見るまでもなく似合っている。もはや使用人本職の人にすら見える。

 

「……とりあえず、中に入ってもいいですか?」

「あ、ああ、そうだよな」

「お邪魔します……らいはちゃんはどちらへ?」

「買い物だと。まあそんなに時間はかからねーと思うぞ」

「正直、心の準備をしたいので出来るだけ遅く帰ってきてほしいのですが」

「そのあたり、可哀想だとは思うが諦めろ。今、それを着てるってことはなんやかんやで了承したんだろ?」

「う……お見通しでしたか」

「一花だって無理矢理着せるほど鬼じゃないだろうしな」

 

 一体どんな言葉で説得をすれば五月がこの姿でうちに向かうことになるのかはさっぱり見当もつかなかったが、目の前に揺るぎない結果があるのだから認めざるを得ない。

 それにおそらくだが、共犯が三人ほどいるはずだ。二乃がこういうことに首を突っ込まないわけはないし、三玖はああ見えて意外と五月に対する押しが強い。四葉はそこまで積極的に参加はしなかっただろうが、止めることもなかったのではなかろうか。

 

「……んで、どうすんの?」

「さあ……?」

「えー…………じゃあいつも通り勉強するけど」

「…………とりあえずはそれで構いませんよ」

「何その間。え、お前マジで何企んでんの?」

「いえ、何も。さあ、やりましょう?」

「……おう」

 

 「勉強を、だよな?」という煩悩に満ち溢れた問いを我慢したのはひとえに俺の鋼の理性の賜物だろう……違うか。

 

 

 

 それから。

 

「ふぅ……何だか肩が凝りましたね……」

 

「……揉んでくれませんか?」

 

「……んっ……上手いです……」

 

「ぁっ……気持ちぃ……………っ」

 

「そこっ…………んんっ……」

 

 

 

 どう考えてもわざとだし、罠だ。

 何を吹き込まれて来たのかは知らないが、そんな見え見えの罠にわざわざハマってやる必要はない。

 肩を揉んでいるだけなのだから、「はい終わり」とか何とか言って勉強を再開すればいいだけの話なのだ。

 さあ言え。言え、俺。

 

「五月…………いいのか……?」

 

 ──あれ?

 

「…………はぃ…………」

 

 ──思ってたのと違うような。

 

「五月っ……!」

 

 ──一体どうして、こうなったのか。

 

 

 

 

 

 

「それは上杉さんがお猿さんだからではないでしょうか」

「恥を忍んで相談してるんだからそんな直球で致命傷与えんなよ」

「相談の内容が恥すぎてつい……」

「俺も男だったってわけか……」

「あの、黄昏るように窓の外を見てますけど、カッコよくないですからね?」

「うるせ」

 

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