五つ子と風太郎の話   作:豊島

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二乃

 

 

 そわそわしている。

 私らしくはないと思いつつも、どうにも落ち着かない気分。

 いつもよりも気合を入れているからなのか、いつもよりも緊張が大きい。

 

「大丈夫かしら……」

 

 視界に入る髪をいじいじ、くるくる。

 時間をかけてセットした、なんてことはない。むしろいつも通りもいつも通り、変わったところなんてほんの少しも無いと言えるくらいだから、多少なら崩れても問題はない。

 けれども、こんな仕草がそもそも私らしくないような気がして、いろいろと考えてしまう。私らしさ、なんて言えるほど自分を理解しているわけではないんだけど。

 

「悪い、待ったか?」

「あ……ううん、今来たところよ」

 

 定番のやりとり。彼の場合は素で言ってるんだろうけど、それでも私はこれが気に入っている。恋人っぽいでしょう?

 

「にしても、すごい人の数だな」

「新年だもの。というか、それよりも先に言うことがあるでしょ?」

「ああ、明けましておめでとう。今年も……なんだ、よろしくな」

「明けましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしくね」

 

 改まった挨拶がどうにも苦手なようで、彼は私から視線を外した。

 いつもなら、そんなところも可愛いとほくほくするのだけれど、今日はもっと私を見てほしい。

 見て、褒めてほしい。

 

「二乃」

「なに?」

「あー……その、なんだ……着物、似合ってる。綺麗だ……と、思う、ぞ?」

 

 そんな思いが通じたのか、今度は視線を合わせて彼はそう言った。

 真っ赤な顔。寒いから、なんて言い訳は聞くつもりはない。

 言葉尻は疑問形だったし、できることなら「綺麗だ」と言い切ってほしかったけど、一応及第点といったところだろうか。

 私は努めて優雅に微笑んで、言った。

 

「ふふっ、ありがと」

「……はは」

「な、なによ」

「いや、なんかニヤけてるし、顔赤いぞ」

「なっ……!」

 

 努めただけで、出来てはいなかったらしい。

 慌てて両手を頬に持ってくると、確かに少し熱い。口角も上がってしまっているのが分かる。

 思考に反して、私の体はこれでもかと喜んでしまっていたらしい。

 とりあえず、未だにくつくつと笑いを噛み殺しているフー君の肩を叩いて咎め、俯いてぐにぐにと頬を動かし、表情を作る。

 どうにかマシになったかなと思ったところで顔を上げて咳払いを一つ。

 それから恥ずかしいのを誤魔化すように話し始めた。

 

「とりあえず、参拝しましょ」

「うげ……あの列に並ぶのか……」

「文句言わないの。フー君も願い事の一つや二つあるでしょう?」

「神に頼んでどうにかなるもんかね……」

「神社でそんなこと言わない方がいいわよ。厄年になっても知らないんだから」

「厄年ねえ……高校二年の時とかはまさにそれだったかもな」

「あら、聞き間違いかしら。私たちと出会った年のことを厄年って言った?」

「……言ってない」

「ならいいのよ。ほら、早く並びましょう」

「へいへい」

 

 失礼なことを言う口は閉じてもらって、私たちは参拝の列へと向かった。

 吐息は白み、耳は赤らむような寒さだけど、人口密度が高ければそれほど苦にはならない。

 半径50センチの範囲に二人も人がいれば、それはそれは温かいものだ。

 

「……くっつきすぎでは」

「そうかしら」

「……別にいいけど、転ぶなよ」

「平気よ。でもありがと」

 

 ぐいっと彼の腕を絡めとって抱き寄せ、頬をすりすり。彼の恥ずかしそうな顔が新年からとても美味しい。

 こうやって私からくっつくのは問題ないのに、急に彼がデレたりするとどうにも参ってしまう。

 ずるいものだ。私からのアプローチなんて百発十中くらいなのに。

 

「ま、十発当たるようになっただけマシなんだけど……」

「? 何か言ったか?」

「何でもないわ」

 

 この朴念仁。と悪態を吐きたいのを堪えて、代わりに頬をつつく。長めに手入れしてある爪が刺さらないように優しく。つんつん、うりうり。

 

「……なんだ、これは」

 

 心底鬱陶しいと言わんばかりの、どう考えても彼女に向けていいものではない表情で彼は言った。

 けれど、残念。その顔で私がビビっていたのは遥か昔のこと。猛犬が睨んでいるようなその表情も今となってはチワワに見つめられているようにしか感じない。

 

「んふふ〜、なにかしらね〜?」

「やめてほしいんだが」

「やーよ。楽しいもの」

「……そうかい」

 

 彼が私に甘いのはもう分かりきったことなのだけど、最近は特に甘々になってきている。

 最後に怒られたのはいつだったか。記憶にある限りでは、一年くらい前のアレだろうか。事の最中に興味本位で彼のナニを甘噛みしたときの、アレ。

 雷が落ちたかのような怒声にさすがの私も涙目で反省せざるを得なかったことは苦い記憶として残っている。というか、消えることはないだろう。

 それ以外では、特に覚えていることはない。

 ……逆を言うなら、何ヶ月か前に彼が隠し持ってた『私の姉妹似』の大人のビデオを見つけた時はちょっと頭にきたけど、それはまた別の話。

 少し逸れたけど、要するに彼は私に激甘で全然怒らないということが言いたかったのだ。

 

「えいえい……怒った?」

「怒ってねーよ」

「えいえい……怒った?」

「怒ってねーよ」

 

 とまあ、謎のやりとりを交えつつ、ゆっくりと進む列の流れをぼんやりと待つこと数十分。

 途中、後ろの男の人に舌打ちされた気もするけどそれはとりあえず無視するとして。ようやく順番が回ってきた。

 

 参拝は毎年やっていることだけど、一年に一回しか機会がないから作法なんかは覚えていられない。普段はお参りなんてしないものね。

 

「二礼……なんだっけ」

「二拍手一礼だな」

 

 そんな時は杉ペディアさんに聞くのが一番早い。回答は正確で早く、何より顔が好みなのが良い。

 お賽銭をポイっと投げ入れて二人並んで二度頭を下げ、パンパンと手を合わせてから願い事をお祈りする。

 私と彼と、それから私たちにとって大事な人たちが今年も健康でありますように。あと、何か良いことありますように。

 それから目を開けて、もう一礼。

 

「……よし」

「なにお願いしたの?」

「こういうのは言わない方が叶うんだよ」

「ケチ」

「ケチじゃない」

「お賽銭、1円だったの見たわよ」

「……金額は問題じゃねーんだ」

「200円入れたこともあるくせに」

「あれは特別だ」

「む…………知ってるわよ……」

「拗ねんなって、ほら」

「ん……」

 

 賽銭箱の前から移動しつつ、差し出された彼の手を握る。季節が季節だから全然温かくはなかったけど、私の体温で火傷させるくらいの気持ちでギュッと握った。

 当然こんなことで照れてくれるほど初心でも純情でもない彼だけど、強めに握り返してくれたから良し。

 

 別に拗ねたわけではない。四葉との思い出は大切にしてほしいし、そもそもそれはずっと昔の話だ。今さら取り立ててギャーギャー喚く気は全く無い。

 ただ、まあ、ちょっと口を尖らすくらいのことはしたけれども。

 

「参拝は終わったし、あと正月と言えば……」

「おみくじね」

「今年も勝負するか」

「あんた凶しか出ないのによく毎年そんなこと言えるわよね」

「そろそろ大吉が出るはずなんだよ……」

「ギャンブル思考になってるんじゃない?」

「かもしれん。だがそれで良い」

「……分からないわ」

 

 本当に分からない。初めてこんな会話をしたからなのか、彼が何をもって「良い」と言ったのかが分からない。

 分かる必要もなさそうだから、別にいいのだけれど。

 

「毎年思うが、無料で引かせてはくれないものかね」

「お賽銭ケチってるんだからこのくらいいいじゃない」

「……さて、引くか」

「目を逸らしたわね」

「知らん」

 

 お金を所定の場所に投入し、ガラガラと六角形の入れ物を混ぜるように揺らし、適度に揺らしたところでひっくり返すと数字の書かれた木の棒が一本出てきた。

 くるっとひっくり返しすと、『2』と書かれているのが見えたので2番の引き出しを開けて中の紙を一枚取り出す。

 彼も同じようにして、お互い中身を見ないままでその場を離れた。

 

「どっちから見せようかしら」

「なあ、なんで相手に先に見せるんだ?」

「さあ……なんとなく?」

「……ま、いいけど。ほれ」

 

 そう言いながら彼が差し出したおみくじを見ると、相も変わらず凶。今日も今日とて凶。

 流石に気の毒になってしまい何も言えずにいると、彼は思いのほか明るい声で言った。

 

「もはや才能だよなあ」

「あら、あまり気にしてないのね」

「ここまでくると来年も凶を引きたくなるくらいだな」

「それは……まあ、フー君がいいならいいんだけどね……」

 

 もう少し自分の運気を気にしてほしいと思わなくはなかったけど、最終的に彼は運賦天賦に頼るような人ではないだろうと自分を納得させる。

 ちらりと『恋愛』の欄を見てしょんぼりとしつつ、今度は自分のおみくじを彼に見せる。当然私もその瞬間に初めて見るわけだけれど──

 

「……珍しい」

「……」

 

 ──なんと驚いたことに、私も凶。

 これには流石の私も言葉が出ない。今年も大吉が出ると思っていただけに、何と反応していいものかがいまいち分からない。

 

「引き分けだな」

「……ぐぬぬぬ」

「唸るな。甘んじて結果を受け入れるところから開運は始まるんだ」

「……ふんっ。さすが、万年凶の男ね」

「アドバイスはありがたく受け取っておけ」

「くっ……悔しいわ……まるで私が負けたみたいになってるのはなんでなのよ……」

 

 そんな私を見かねたのか天然なのか。彼はニヤリと意地悪な笑みを浮かべて私を煽り、まんまと釣られた私は口の端をこれでもかと引きつらせることとなった。

 苦虫を噛み潰したような顔の私に満足したのか、彼はカラカラと笑って私に手を差し出す。

 

「みくじ掛け、結びに行こうぜ」

「……せめて綺麗に結んであげましょうか」

 

 そして私は、そんな彼のたった一つの仕草にやられて、機嫌を直してしまう。

 我ながら、チョロすぎると思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「なんだそれ」

「お守りよ」

「ほう……こういうのって、実際ご利益あるもんなのか?」

「さあ……あると思えばあるんじゃない?」

「そんなもんか」

「そんなもんよ」

 

 所変わって(数十メートルくらいだけど)お守り売り場へ。

 私は結構こういうのを験担ぎで買ってしまうタイプだけれど、彼がお守りを買っているのは見たことがない。

 妹のらいはちゃんが作ってくれたミサンガを大事に持っていたりと、全くもって信じてないわけではなさそうだが。大方、お金がもったいないから買わないのだろうと私は勝手に推測している。

 

「……一個買ってくか」

 

 だからと言うわけではないけど、この言葉には少しだけ驚いてしまった。

 

「珍しいわね」

「まあ、そういう時もある」

 

 そう言って彼が手に取ったお守りを見て、ようやく私は気づいた。

 

「そっか、高校受験だっけ」

「ん……まあ、そんなところだな」

「別に照れなくてもいいじゃない」

「なんか、俺らしくないような気がしないか?」

「そんなことないわ。フー君は妹思いの素敵なお兄さんでしょう?」

「…………そうだな、そうだよな。むしろ俺らしいとすら言えるかもな」

「そうよ。きっとらいはちゃんも喜ぶわ」

「そうだと嬉しいもんだがな」

 

 そんな風に言いつつも、表情は至って柔らかで優しい。そこには、彼の『兄』としての側面が如実に現れているように思えた。

 彼の妹に嫉妬してもしょうがないのでレジへと向かう彼を温かく見守りながら、私は私でお守りを吟味することにした。

 

「金運……仕事運……んー、これといって必要もないのよね……」

 

 合格祈願も特に必要ない。恋愛運……というか恋のお守りみたいなものもあったけど、これも今は必要ない。

 運気を管理するわけじゃないけど、必要のないお守りを買うのは何だか余計な運を使ってしまいそうで気が引ける。それに、そのお守りを必要としている人にも悪い。

 だからといって一つも買わないのもなー、と謎の購買意欲を発揮してうろつくこと数秒。

 面白いものを見つけてしまった。

 

「ねえフーくっ…………!?」

 

 そして振り返った私は、面白くないものも見つけてしまった。

 

「わあ〜、妹さんのために合格祈願のお守りを買ってあげるなんて優しいんですね〜」

「い、いえ、別にそんなことは」

「高校受験ですか〜?」

「ええ、まあ」

「いいな〜、妹さん。こんなかっこいいお兄さんがいるなんて羨ましいな〜」

「えっと、どうも……あの、お会計を」

「あっ、はーい。えっと、450円になりまーす」

「…………これで」

「450円丁度、お預かりしまーす」

「……どうも」

「え〜、行っちゃうんですか〜?お客さんもいませんし、もう少しお話しましょうよ〜」

「いえ、その……」

「時間があれば、この後お食事とかどうですか〜?」

「えっと……」

 

 面白くない面白くない。新年早々、全然面白くない。

 バイトなのか何なのか知らないが、巫女服を着て男を誘うとは何事か。

 何だそのあからさまな猫撫で声は。

 そもそも、その人は、私のだ。

 

 怒りのままに、手に触れた何かを掴み取って突撃をしかける。

 

「ちょっと、何してんのよ」

「い、いや、この巫女さんがな……」

「ふーん。あ、私これ買います」

「は、はい……っ……あの、お二方は……?」

「恋人よ、まだ」

「そ、そうですか……」

 

 終始、上から見下ろすような心持ちと立ち位置で圧をかけつつ、睨みもきかせて、声は逆に普段通りに。

 少しやりすぎなくらい威圧してしまったせいか彼女の目尻が潤んでいたけど、知ったことではない。

 "人のものを奪おうとしたのだから"それ相応の報いを受けるのは仕方があるまい。

 

「なあ、何買ったんだ?」

「それより先に言うことがあるんじゃない?」

「あー……助かった、さんきゅ」

「ん。それで、私の買ったお守りだっけ?」

「ああ、それ見てあの人ビビってたろ」

「はいこれ」

「おっとと……えーと……っ……」

「これから、よろしくね?」

「…………う、おお、マジか……?」

「さあ、どうかしら」

 

 そんな嫌な思いも、彼の困った顔を見て吹き飛んでしまった。

 もはやチョロいとかそんなレベルではないと自覚しつつも、こんな自分が嫌いではない。

 好きな人なんだから、一緒にいて幸せになるのは当たり前でしょう?

 

 お守りを片手に硬直する彼の腕を取って、そろそろ帰りましょうと提案する。

 寒さからか、顔が真っ赤になったフー君は少しだけ渋ったけれど、最後には首をガクッと折って為されるがままについて来てくれた。

 家に帰ることの、何がそんなに嫌なのかしらね。

 

 

 

 

 

 

『  安  産  祈  願  』

 

 

 

 

 

 


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