五つ子と風太郎の話   作:豊島

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何でもない話 二乃の場合

 スイーツ男子、なんて言葉がどっかの誰かの口から生まれた昨今、世の男性諸君にも「甘いものが好き」という権利がある。いや、権利自体はもともとあったのだろうが、世間の風潮としてそんな甘っちょろいことを男が言うとは何事か、みたいなものがあったのは否めないのではなかろうか。

 甘いものが好きだろうが辛いものが好きだろうが、それを他人にとやかく言われる筋合いは無い。だから逆に、甘いものが嫌いであったとしても何の問題もない。さらに加えて言うのなら、何でも好き好んで食べる人間がいたとして、その人が文句を言われるなんてことはあるはずもない。

 

「張り合いが、無いわ」

「張り合うな」

 

 しかし現実では、そんな綺麗な話は通らない。

 バイト先のケーキ屋にて、人の少ない時間帯のことだ。

 世にも珍しい中野五つ子姉妹の次女である中野二乃は、あまり仕事がなく暇だったので、店長に頼んで厨房の一角を借りた。新しいケーキのレシピを考えるとか、店のためになることをしようとしたわけでもないのにすんなりと許可が下りたのは普段の二乃の働きぶりが評価されたのか、或いは店長の甘さ故か。

 そしてしばらく時間が経過したところで、少ない客の相手をせっせとこなしていた上杉一家の長男である上杉風太郎を呼びつけた二乃。仮にも仕事中なのだから、と一蹴しようとした風太郎を強引に引きずり込んで、丁寧に作ったシンプルなショートケーキを食べさせたところだ。ちなみにホールには店長が出た。

 風太郎は一口食べて、「美味い」と言った。感想としては少し物足りないかもしれないが、知識はあるくせにボキャブラリーに乏しい彼がそれしか言えないのは二乃とて分かりきっていたことのはずで。

 

「フー君が思わず唸っちゃうようなものを作りたいのよ」

「……そうか、頑張れよ」

「ちょっと、え、嘘、それだけ?」

「いや、それ以外に言うことないし……」

「好みとか、こういうのがいいとか、何でもいいわよ」

「………………特に無いな」

「そういうところ、フー君らしいけどやっぱ作る側としては張り合いないのよね……」

「だから、張り合うなって」

 

 しかし、分かっていても、もっと喜んでほしい、褒めてほしいと思ってしまうのは仕方のないことだった。

 姉妹の中で最も料理が得意な二乃が、出来ることならその長所を存分に発揮して意中の風太郎にアプローチを仕掛けたいと考えるのは当然のことで、どうにもそれが通用しそうにない状況に愚痴を漏らすのもまた当然のことである。

 好みがはっきりしているのなら、それに合わせるように努力できるのが二乃だ。けれど、何を作っても「美味い」と言われてしまうのではどうしようもない。改善のしようが無い。一応褒められているのだからそれで我慢するしかない。

 

 そんな妥協はクソくらえだ。

 

 こうなったら意地でも、風太郎を料理で唸らせる。そうと決めたら行動あるのみ。これは数ある二乃の魅力の一つだ。それに付き合わされる風太郎の苦労からは目を逸らすとして。

 

 

 

 

「さて、と」

 

 宣言したはいいものの、一体何をどうすればいいのかはさっぱり分からない。

 そもそもの話、彼には味の違いが分かるのか。いつだか三玖と自分の料理を食べ比べさせた時のことを思い出すと、100人いれば99人が二乃の料理を指差すだろう場面で、彼は「どっちも普通に美味い」などと言ったのだ。万人に認められても、ほんの一握り側の存在である彼に認められなければ意味がない。

 見た目で勝負するのはどうだろう。無しだ。すぐに分かる。控えめに言っても食欲を削がれるような見た目の料理ですら、彼ならとりあえず一口は食べるだろう。そして「美味い」と言う。ならば綺麗な見た目の料理を用意したところでさして変わらない反応をされるだろうことは想像に難くない。

 考えれば考えるほど八方塞がりであることが思い知らされてしまう如何ともし難いこの状況に頭を抱える二乃。そこに光をもたらしたのは、意外でもなんでもなく、むしろ当たり前のように、中野姉妹の食べる担当だった。

 

「何か悩み事ですか?」

「ええ、ちょっとね」

「珍しいですね」

「何か含みがある気がするけど……まあいいわ。今日のお昼は私と五月だけだったかしら」

「はい。みんな用事があるようで、外で食べるそうです」

「じゃあ、何かリクエストあったら聞くわよ」

「そうですね……では、久しぶりに二乃のカレーが食べたいです」

「お昼にカレーかあ……まあ、五月がいれば残っちゃうってことはないわよね」

「残すわけありません!」

「はいはい……そういえば、あんた時々フー君の家でご飯食べてるんだっけ?」

「ええ、まあ。それがどうかしたんですか?」

「フー君って、らいはちゃんのご飯を食べる時どんな感じなの?」

「どんなと言われても……普通ですよ。『今日もらいはの飯は世界一美味いなあ』とか言ってらいはちゃんの頭を撫でるだけです」

「撫でっ……そ、そう、それが普通なんだ……」

 

 動揺を見せる二乃を見てキョトンと首を傾げる五月。そこには小さな食い違いとでも言うべきものがあった。

 五月にとっては兄である風太郎が妹のらいはの頭を撫でるのはなんら不思議ではない、むしろそうあるべきとすら思っていることである。だから、『普通』と答えるのは五月にとって正しい。

 二乃にとっては風太郎が料理を褒めるときに『世界一』なんて言葉を使うのはあり得ないことで、同時にそれは自分が欲していたものでもある。さらに言うのなら、料理を褒めながら頭を撫でてほしかった。ゆえに、『普通』という五月の言葉に反応した。

 見ているものがほんの少しだけ違ったという話だ。

 けれどこの時この場合、それは特に気にする必要はなかった。

 

「……もしかしたら」

「?」

「ねえ五月」

「な、なんですか?」

「ちょっと、味見、手伝ってくれない?」

「味見、ですか?構いませんけど……何か新しい料理でも試すのですか?」

「違うわ。作るのはカレーよ」

「二乃のカレーはいつも美味しいですよ?」

「知ってるわよ」

「では何故味見を?」

「らいはちゃんの作るカレーに寄せるためよ」

「……なる、ほど?…………いえ、やっぱりよく分からないのですが……」

「一から説明するわ。いい?まず……」

 

 それから二乃は、何を作っても風太郎が「美味い」としか言ってくれないこと、どうにか料理で彼を唸らせたいこと、らいはの作る料理の味に似せれば何らかの反応が得られると考えたことを話した。

 五月は呆れたような感心したような表情で話を聞いていたが、最後には『味見役』という美味しい立場に屈した。ただでさえ美味しい二乃のカレーが同じくらい美味しい、けれどその種類が異なるらいはの上杉家特製カレーに近づいていくその味の変化を舌で感じれるのだ。五月にとってこれほどの贅沢はなかった。

 

 かくして共同戦線は出来上がり。

 数日後、風太郎が中野家にやって来ると問答無用で食卓へ通され、一杯のカレーが目の前にコトリと置かれた。

 

「……これは?」

「とりあえず一口食べてみて」

「…………分かった」

 

 実は風太郎はこの時、家で既に食事をとっていたので空腹感は一切無かった。しかしそれを伝えようと二乃の顔を見て、気が変わった。怖い、とは違う。圧があるわけでもない。ただ、本気さを感じた。

 カレーを食べるだけで緊張したのは人生で初めてだ。微かに手が震えているのを感じたが、それでも感想に色は付けないと心に決めて、風太郎はパクリと一口。それからゆっくりと嚥下して、目を見開いた。

 

「これ……お前……」

「どう?美味しい?」

「あ、ああ……最高に美味い」

 

 驚いた様子の風太郎の感想は、相変わらず『美味い』だったけれど。『最高に』なんて言われたことがない二乃にとっては嬉しいことのはずだった。

 

「そ」

 

 そのはずだったのに、二乃の口から出たのはたったの一音。

 

(あーあ、何やってんだろ、私)

 

 二乃は、らいはの味を完成させた。少なくとも五月が「これです」と言うくらいには近いものが出来て、それは味に無頓着な風太郎ですら分かるものだった。

 けれどそれは、二乃の料理ではない。自分の味ではない。

 そのことに気づいたのは、皿を出す直前だった。

 何とも馬鹿馬鹿しい。熱くなりすぎて手段を間違えてしまった。

 失敗だ。

 

「でも」

「……何よ」

 

 そんな風に、二乃にしては珍しくかなりへこんでいたところに、風太郎は自然に声をかけた。

 何と言うべきか、何を言えばいいのか。そんなことを一切考えずに、風太郎は思ったままに口を動かした。

 

「俺はいつものお前の料理の方が好きだな」

 

 その言葉に、二乃が狂喜乱舞して暴走タックルを仕掛けたのは言うまでもない。

 

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