五つ子と風太郎の話   作:豊島

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何でもない話 四葉の場合

 余計なことをしてくれやがって。

 それが最初の感想で、今の感想だった。

 

「これとこれと、これも頼む」

「……はい」

 

 ボサボサ髪の担任教師にいろんなものを押し付けられ、風太郎は遠い目で返事をした。要領が良く覚えのいい風太郎は当然のように学級長の仕事も早いが、いかんせん量が多い。相方がアレなので事務的な作業はほぼほぼ風太郎がこなしていると言っても過言ではないから、余計に多く感じる。その代わり、クラスメイトとのコミュニケーションが必要なことや体を動かすことは四葉がやってくれるからトントンではあるのだが。

 

「手伝いますよ!」

「お前の仕事なんだけど!」

「あ"ー!リボンは、リボンは引っ張らないでくださーい!」

「ったくよ……教室行くぞ」

「うう……待ってくださいよー!」

 

 自分で乱したリボンを整えて、ため息とともに歩き出す風太郎の後ろをウサギのようにぴょこぴょこと四葉がついて行く。心なしか機嫌が良いように見えるのは、風太郎のリボン手直しがお気に入りだからだろう。

 

「あいつらは?」

「三玖はバイトで、他のみんなは図書室で勉強してから帰るそうです」

「……偉くなったな」

「お父さんみたいですね」

「一年も面倒を見てるんだから実質父親みたいなもんだろ」

「そ、それはさすがに無理があるような……」

「とにかく、さっさと仕事終わらせてあいつらのとこ行こうぜ。勉強したい」

「勉強したいって言う人初めて見ました」

「世界は広いってことだ」

「適当ですね」

「そんなもんだ」

 

 内容がゼロの会話をしながら、二人で廊下を歩く。少しだけ傾いた太陽の光が窓から差し込んでポカポカと春の陽気を伝えてくる。

 廊下にはまだまだ人がいて、暇そうな生徒がどうでもいい会話をしていたり、部活に遅れそうな生徒が必死の形相で走っていたり。こんな賑わいもあと10分もすれば無くなって、廊下には静かさだけが残るのだと思うと何とも不思議な気分になる。

 外からはキィンという金属音やどこかの部活の顧問の罵声と思われる大声、金管楽器の奏でるハーモニーが聞こえてくるが、うるさいということはない。むしろBGMとして心地良い部類に入ると言えるだろう。

 

「平和だな……」

「あはは……先日はお疲れ様でした」

「まったくだ。模試の日は帰ってすぐ寝ちまったぞ」

「私もです。たぶん、みんなも」

 

 つい先日、三年生となって初めての全国模試があり、またもや中野父との勝負じみたことをしたばかりである。結果はまだ分からないが、風太郎としては正直不安が残る。最後の科目、英語の時間のラスト数問の記憶が一切無いのだ。

 席の配置的に一花や五月あたりは風太郎が模試の最中に意識を落としたことに気づいているだろうが、今のところそれが話題に上がったことはない。風太郎としても余計な心配をかけるのは避けたいし、一花や五月としてはどちらにしろ風太郎を信じる以外にないから、自分の心の中に留めている状態だ。

 

「二乃が目の下にクマ作ったまま登校してくるとは思わなかったな」

「本人には言わない方がいいですよそれ。それだけ一生懸命頑張ったということです」

「分かってる。二乃含めお前らが頑張ってくれたから俺も頑張れたんだ」

「おお……素直な上杉さんだ……本物ですか?」

「そのリボン引っこ抜くぞ」

「え、遠慮します……」

 

 そうこうしているうちに三年一組の教室に到着。学年が上がるたびに教室が変わるのは正直煩わしいと思っている風太郎だったが、一生徒が文句を言ったところで何が変わるわけでもないと分かっているし、そうは言っても大して気にすることでもないので受け入れている。

 適当な席に座って、押し付けられたノートやらプリントやらを広げる。四葉は風太郎の座った席の一つ前の机を動かして、対面に座って机上に広げられたノートの一つを手に取った。

 

「このシステム、珍しくないですか?」

「あ?……あー、そうかもな」

 

 ノートに書かれた名前を見て、記憶からその人物の席の位置を思い浮かべてそこに持って行く四葉が不思議そうに言った。風太郎も何を言いたいのかを理解して頷く。

 課題のノートを放課後に配るのは確かに珍しい。担任の微妙なサボり具合から生まれたシステムだと風太郎は推測しているが、これでは一日置きでしか課題を出せないのだから、欠陥システムもいいところだ。人によっては課題が少なくてラッキーとか思っていることも事実ではあるけれど。

 

「俺、顔と名前が一致しないどころか席もわからないから結構困るんだよな……」

「覚えればいいじゃないですか」

「これがどうにも難しいんだ」

「ちなみに私は一週間で全員覚えました」

「お前に負けるのはあまりにも悔しいな」

「酷い!上杉さんのコミュ障!」

「……ちょっとこっち来い」

「わー!怒った!絶対行きませんよ!」

「怒ってない怒ってない。ノート配り終わったらこっち手伝ってもらいたいだけだ」

「……本当ですか?信じますよ?」

「ああ、何も怖くはないぞ。だからこっちに来い」

「では……」

「隙ありっ」

「あ"ー!裏切られたー!」

 

 素直で純粋な少女を騙す風太郎は控えめに言って鬼だったが、被害者たる四葉が叫びつつもニコニコとしているから雰囲気自体は和やかだ。中野学級長の笑顔は全てを救う、とは一組の男子の間でまことしやかに囁かれている噂である。

 ……その笑顔を独り占めしている上杉学級長死すべしという話もあるとかないとか。

 

「半分は終わったから、残ってるうちの半分を頼む」

「えーと……つまり四分の一ですね」

「偉いぞ四葉。よく分かったな」

「バカにされてる……!」

 

 カリカリとペンを動かしながら、四葉と適当な会話を交わす。

 サラサラと文字を書きながら、風太郎と楽しく言葉を交わす。

 穏やかで和やかで、誰でも割り込めそうな気安さがあるのに、誰にも割り込めないような二人の世界があった。

 

「終わりました!」

「俺もだ、今ならまだあいつらも残ってそうだな」

「では、職員室には私が行くので……」

「馬鹿、ここまで来て放り投げるわけあるか。一緒に行くぞ」

「……はいっ」

 

 プリント類をまとめ、鞄を持って立ち上がる。目の前では四葉が先ほど動かした机を元に戻しているから、風太郎は四葉の席から彼女の鞄を持ってくることにした。

 

「ほらよ」

「ありがとうございます」

「ん」

 

 最後に教室を振り返って、忘れ物がないかを確認。そして教室の戸を閉め、来た道を引き返すように職員室へと向かう。

 さっき通った時よりも少しだけ暗くなったような廊下は予想通り静かになっていて、足音や衣擦れの音、呼吸音がお互いに聞き取れるほどだった。時折聞こえる調子の外れたような楽器の音や運動部の大声も、先ほどと比べてなんだか遠くに感じた。

 

「あったけえなあ……」

「春、って感じがありますね……」

「もうすぐ夏だけどな……」

「暑くなりますね……」

「嫌だな……」

 

 ポカポカ、ホワホワ。陽気にあてられて、二人の歩調と会話もゆったりとしたものになる。

 勉強会に顔を出す時間が減ってしまうことが分かっていても、何だか急ぐ気にはなれない風太郎。四葉といる時は比較的こうなることが多いことに、彼自身はまだ気づいていないのだった。

 

 


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