五つ子と風太郎の話   作:豊島

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何かあった話 二乃の場合

 

 

 

 

 

「なにこれ?」

 

 ある晴れた昼下がり。窓から差し込む陽光が部屋を照らし、開けた窓からは心地良い風と鳥のさえずりが流れ込んでくる日曜日。

 特に理由もなくふらふらっとやってきた二乃を家に招き入れ、特に何かをすることもなくまったりと過ごしていた俺に、突如災厄が降りかかった。

 油断していたことは否めない。ワンルームの狭苦しい部屋だから、二乃が怪しい、ないしは俺にとって不利益な行動を取ったらすぐに見咎めることができるとタカをくくっていたのだ。

 彼女である二乃が俺の部屋に来るのは珍しくない。気まぐれで連絡をするかしないか決めているようなので、いつ二乃が来てもいいようにと部屋は常に綺麗にしてある。

 そう、綺麗にしてあるのだ。つまり、ベッドの下に手を突っ込むことなど容易い。

 隠し場所が無いのでやむなくそこに押し込んであるアレやコレやを見つかるわけにはいかないので、普段は細心の注意を払っているのだが、先も言ったように、今日は油断していた。

 俺が飲み物を取りに行った僅かな間に二乃は行動を起こした。おそらく初めから狙っていたのだろう。俺が二乃から目を離した時間は10秒に満たない。

 俺の持っているうんたらかんたらの中ではぶっちぎりの一位で見つかってはいけないものが、二乃の手にあった。

 

「えーと、なになに……『クールでミステリアスな彼女もこの責めには耐えられない〜図書館でスリル満点プレイ〜』ですって」

 

 顔をトマトのように真っ赤にしてタイトルを読み上げる二乃に新たな扉が開きかけたが、そんなことをしている場合ではないと思い直す。

 俺は二乃の冷ややかな視線を浴びながらも、打開策を考える。

 言い訳…………無理。

 黙秘………………無理。

 逃走………………無理。

 逆ギレ…………論外。

 …………土下座。

 

「すいませんっした」

 

 深々と額をカーペットにつけて、でき得る中で最も低い姿勢をとる。プライドは捨てた。というか、あんなものが見つかった時点でプライドもクソもない。恥と外聞は捨てる前に剥ぎ取られたのだ。

 

「迅速な謝罪は結構だけど、それはつまりあんたがこれを買ったってことでいいのかしら」

「……まあ、はい」

「へー、そう。ふーん……」

 

 世の男子がエロ本やらAVやらを見つかってはいけない相手は、家族と彼女である。男友達はギリギリ許容範囲だ。

 そして今回の場合は、一番ヤバいものを、一番ヤバい相手に見つかったということになる。

 

「これ……ちょっと三玖に似てない?」

「へ、へー。そりゃ気づかなかったなあ」

「ねえ」

「はい」

「どういうこと?」

「すみませんでした」

 

 前田や武田が無理矢理貸してきたもの、とかだったらまだ言い逃れの余地はあっただろうが、残念ながらそれは俺が買ったものだ。

 そういったものはほとんど買わない俺だが、連れて行かれたR18コーナーでふと目に留まってしまった。衝動買いだった。ちなみにあと3つ買った。

 

「まあいいわ。私は心が広いのよ」

「に、二乃……」

「他に持ってるもの全部、正直に出しなさい。そうしたら許してあげるかもしれないわ」

「に、二乃……様……」

 

 何故そんなに楽しそうな顔をしているのか。理由はさっぱりわからない俺だが、何となくその場の雰囲気に当てられてらしくもないことを言ってしまう。"様"なんて初めて使ったのではなかろうか。

 それはそれとして、二乃には"様"が似合うとかなんとかそういう話は置いておくことにして、彼女の要求は俺にとって相当厳しい。

 何が厳しいって?ああ、それは既に三本の映像作品を持っている二乃から聞けばいい。

 

「えー……『みんなが羨む!あの人気女優との濃厚な一夜〜もうっ!私に何を言わせるの!〜』」

「あー」

「次……『純真無垢なスポーツ少女の意外な性欲〜精根尽き果てるまでくんずほぐれつガッツリプロレスごっこ〜』」

「えー」

「最後……『真面目なあの子もハマっちゃった気持ちよすぎる保健体育〜た、体温計はそうやって使うものではありません!〜』」

「おー」

「………………ちょっと引いたわ」

「大丈夫。お前は正常だ」

「あんたは異常よ」

「返す言葉も無い」

 

 やはり真っ赤な顔で淫猥なタイトルを読み上げる二乃が可愛くて非常にそそられるものがあるが、それを言ったら今度こそ情状酌量の余地なく死罪だろう。

 処刑台に登った俺にできることは、処刑人たる二乃の心の広さを信じることと、介錯するならできるだけダメージを少なくしてほしいと願うことのみ。

 

「そうね…………普通なら、思いっきり引っぱたいて全力で罵った後にまた引っぱたくんだろうけど……」

「オーバーキルでは」

「この場合はどうするのが正解なのかしら」

 

 肉体にしろ精神にしろ、何らかの攻撃が来ることはもはや避けられないらしい。

 そもそも何故これだけの怒りを買うのか。普通のカップルであれば、男が持っているAVを女が見つけたところでこうまで怒りはしないだろう。いや、人によるのかもしれないが、大抵の場合笑い話になるような気がする。

 だが今回の場合。彼女である二乃の姉妹、一花、三玖、四葉、五月にどことなく雰囲気が似ている演者のビデオを所持しているのは、俺が言うのも何だが圧倒的にギルティだと思う。

 四本のビデオはそれぞれ違う演者が出ているのに、自他共に認める五つ子姉妹のそれぞれと雰囲気が似ているのは一体どういうわけなのか。

 そこに一定の興味はあるが、買った理由の大半が『似ていたから』なのはちょっと最低すぎて何を言ったらいいのか分からない。

 

「…………フー君は、私よりあの子たちの方が興奮するってことなのかしら」

「いや別にそういうわけでは」

「そうよね、知ってるわ。うん、知ってる」

「……」

 

 腕を組み、目を瞑って何かを、否、ナニかを思い出している二乃。そんなことをされると否が応でも夜の営みを思い出させられるので勘弁してほしいのだが、俺に発言権は無いので黙っておく。

 

「……うーん…………そういうのもアリかしら……でも…………まあ一回くらいなら……」

 

 何を考えているのかは知らないが、きっとロクなことではない。直感とか思考とかそういうものに頼る必要もなく分かる。

 そろそろ正座している足が痺れてきたので、完全に動かなくなる前に、一応この場から逃げられるようにほぐしておく。幸いにも二乃は目を瞑っているので咎められることはない。

 

「…………いえ、やっぱ無し。こうなったら……」

 

 何やら難しい顔をしている二乃を横目に、静かに立ち上がる。完璧な無音。衣擦れの音すら無い。

 自分の家から逃げるというのも変な話だが、なに、地震や火事が起きれば必死で逃げるだろう。あれと変わらない。

 さあ、扉まで10歩もない。さっさと外に出よう。

 

「逃がすわけないでしょ」

「知ってた」

 

 見聞色によりこちらの動きは筒抜けだったようで、目を瞑ったままの二乃に袖を摘まれる。振り払うのは容易だったが、覇王色により圧倒された俺に抵抗のすべはなかった。

 

「シャワーで待ってて。今日あと半日、全部使うわ」

「拒否権は」

「ない」

「了解」

 

 まだ昼だが、命に逆らうことは許されないので大人しく脱衣所へ向かう。

 ほぼ100%乱入してくることは想像に難くないが、なんというか、今はそういうことをする気にはならない気がする。不能ではないけれど、ちゃんと機能してくれるかどうか不安ではある。息子に小さなエールを。

 

「売るか、捨てるか」

 

 湯船に湯を張りながら、そんな二択を考えてみる。実を言えばまだ例のいかがわしいビデオは一度も見ていない。だから正直なところ処分するのはもったいないと感じるのだが、処分しないわけにもいかない。泣かれたらそっちの方が辛い。

 

「そもそも売れるのか……?」

 

服を脱ぐ。家の中に女子がいるのに全裸になるのはどうなのかと思うが、今更だろうか。今更だろうな。

 

「あ"あ"〜〜」

 

 湯に浸かる。大して疲れてもいないのに、腑抜けた声が漏れる。日本人は風呂好きと聞くが、まったくもって否定の必要も無い説だと個人的には思う。

 何だか大きな温泉にでも行きたくなってきたなあ、なんて考えたところで、脱衣所に気配。

 考えるまでもなく二乃だろう。風呂に乱入されるのはこれで三度目……いや、高校の頃を含めたら五度目か。

 

「湯船の中で土下座とかさせられなければいいんだが……」

 

 物騒な話だが、無くはない、気もする。そして残念なことに命じられたら逆らえないのが現在の俺の立場だ。完全に尻に敷かれている状態である。

 

「さあ!ヤるわよ!」

「もう少し言い方があるだろ」

「口ごたえしない!」

「はいはい」

 

 二乃が発した言葉は雰囲気を重視する彼女にしては珍しく、それでいてその直球さは二乃らしかった。

 当然一切の抵抗は許されていない俺だが、俺の意思とは無関係に俺の息子は抵抗を続けている。……いや、実際には俺が意図的に視覚を封じているが故の半勃ち状態なのだが、もし全勃ちしたらもう逃げ場がなくなると予測して必死になってしまっているのだから仕方あるまい。

 

「……あんた、いつから不能に……」

「なってねーよ!」

「はい目を開けた。もう閉じちゃダメだからね」

「……ま、瞬きは」

「だーめっ」

「嘘だろ……」

「私を見つめて死になさい」

「……それはまあ、悪くないな」

「……ここでそんなこと言えるの、あんたくらいよ、たぶん」

「オンリーワンだな」

「はいはい」

 

 一体どうしたことだろう。俺自身は二乃に容赦なく殴られ続ける、いわばサンドバッグのような存在であろうと意識していたはずなのに、何故か会話が成立し、あまつさえいつも通りの軽口すら叩き合っている。

 けれど悲しいかな。目を閉じることを禁じられた俺の視界は二乃の豊満な肢体に埋め尽くされ、禁じられていなくとも目を閉じる気にはならない。そしてそうなれば、小さな抵抗虚しく俺の息子も元気になってしまうわけで。

 

「二乃」

「なによ」

「こっち」

「……何かいつもより大きくない?」

「さあな、挿れればわかるだろ」

「ちょっ、待っ───」

 

 所詮俺も男。そしていかに非力で貧弱でも、俺は男なのだと、二乃にも伝わったことであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでこうなるのよ……」

「結局俺には勝てないってことだな」

「……カチンときた」

「何だよ……何か凄い悪い顔してるぞ」

「これとこれとこれ、あの子達に見せることにしたわ」

「ほんとマジすいません二乃様」


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