五つ子と風太郎の話   作:豊島

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何かあった話 三玖の場合

 

 

 

 演技派の嘘つきに手玉に取られるのと、暴走機関車に正面衝突されるのはどっちがマシなのか。

 余裕のあるふりをして、自分の魅せ方を知った女に誘惑されるのと、強気なくせに実は初心なやつが顔を真っ赤にして強引に迫ってくるのはどちらがいいのか。

 ある種贅沢な悩みであることは重々承知の上であえて言わせてもらえば、俺はここ最近非常に困っている。

「フータロー君フータロー君」

「何だよ」

「着替えるからこっち見てて」

「ああ……?…………ん?今なんて?」

「もう、ちゃんと聞いててよ。今から着替えるからこっち見ててって言ったの」

「頭おかしくなったのかお前」

 

とか、

 

「ねえフー君」

「何だ」

「このケーキ、ちょっと味見してくれない?」

「いいけど、俺に味の良し悪しなんて分からないぞ」

「いいのよ別に」

「なんだそりゃ…………うん、美味い」

「良かったわ。じゃあそのフォークは私が洗っておくから」

「は?いや別にそんくらいは俺がやるけど」

「いいから。それ寄越しなさい。何もしないから。咥えたり舐め回したりなんてしないから」

「…………洗うわ」

「ああっ!」

 

とか。

 

 なまじ二人きりになる機会があるだけに、この二人の猛攻は止まるところを知らない。一花はホテルでの撮影と称した勉強会、二乃はバイト。二乃に関しては休憩時間や帰り道以外では好き勝手出来ないから、その分好き勝手出来る時が強烈だ。

 互いが互いのアプローチに関して情報を共有しているのか、徐々に苛烈に、羞恥心を忘れたような迫り方になっているのが主な悩みである。

 好意をはっきり示されているから、二人の行動の意味も一つに絞られる。俺ははぐらかすことも誤魔化すことも難しくなっているし、逃げ道はどんどん減っている。そもそも逃げること自体が誠実さに欠ける行為であることは俺とて理解しているものの、だからといって今すぐに受け入れることなんて出来ない現状だ。

 

「ねえフータロー…………どうかしたの?」

 

 だからこそ、と言っては彼女に失礼かもしれないが、変に気張らずに接してくれるのは俺にとってありがたいことだった。

 

「何でもない。さっきの、解けたか?」

「うん。教えてもらった通りにやったら出来たよ」

 

 ほら、と見せてくるノートを覗くと、どうやら"ほぼ"完璧に解けているようだった。

 

「最後のところ、計算ミスってないか?」

「え?…………あ、本当だ。何で分かったの?」

「同じ問題を解いた記憶がある……確か、四月の模試の時だったかな」

「あー……凄い頑張ってたもんね」

「……まあ」

「私たちの家庭教師を続けるために」

「ぐ…………間違っていないだけに恥ずかしいもんがあるな」

「私は嬉しかったよ」

「そ、そうか」

 

 ……このくらいは許容範囲だ。三玖も以前よりはグイグイ来るようになったが、それでも最近の姉二人と比べればかなり弱い方だ。正直言って助かっている。

 むやみやたらに脱ごうとしないし、俺の使った食器を回収しようともしない。それが普通と言われれば返す言葉なんざ俺は持っていないが、とにかく三玖と二人でいることにはそれなりの安心感があるわけだ。

 多少距離は近いが、比較対象が普通じゃない人たちなのでそこまで意識することはない。

 

「ごめんね、急に呼び出したりして」

「気にすんな。俺も暇……ではなかったが、まあいつでも呼んでくれ」

 

 五月を始めとした受験組用の今後のプランを練ったり、俺自身の勉強をしたり、答えを探して自分と向き合ったり。

 冗談でも忙しくないとは言えないが、分からない問題があると言われてしまえば断れない。そもそも俺はこいつらの家庭教師なのだから。

 こういうことはこれまでにもあったから、別に苦でもなんでもない。が、今日は少しだけ意外なことがある。

 

「にしても、この家に二人きりだとめちゃくちゃ広く感じるな」

「懐かしいよね。前のアパートのこぢんまりとした感じも好きだったけど、やっぱり自分の部屋があるっていいなって思った」

「ま、姉妹くらいしか家にいないとはいえ、プライベート空間があるってのはいいよな。少しだけ羨ましいよ」

 

 俺にとっては夢のまた夢なわけだが、だからこそ自分の部屋というものには憧れがある。防音ではないし、完全なプライベートというわけにはいかないが、個人の空間でなければ出来ないことが出来るようになるという利点は大きいだろう。

 例えば俺だったら…………………………いや、別にいらないかもな、部屋。勉強しかしない気がする。

 ともあれ、三玖しかいないのは意外だった。いつ呼びつけられても基本的に二人以上いるイメージだったが、今日は三玖以外は予定があるらしい。

 

「……そうだね。部屋があると無いとじゃやりやすさが全然違う」

「やりやすさ……?何の?」

「知りたい?」

「何だよ、言いにくいことなのか?」

「ふふ、いつか教えてあげるね」

「気になるな……まあいいか。その"いつか"ってのを楽しみにしてるよ」

 

 ふわりと微笑む三玖につられて俺の口の端もつり上がる。他の姉妹と二人でいる時とは違った穏やかな空気が流れ、少しだけ肩から力を抜くことができた。

 

「それはそうと…………フータロー、疲れてる?」

「いや別に…………あー、まあ少しだけ」

「フータローは私たちのことになると無茶するから心配」

「…………」

 

 否定ができない。花火大会やら家族旅行やらで東奔西走していた自分のせいで、三玖の言葉を認めざるを得ない。

 

「私の方はもう大丈夫だから、今日は休んだ方がいいよ」

「だが……」

「倒れてからじゃ遅いでしょ?」

「うぐ……」

「私のベッド使っていいから、寝た方がいいと思う」

「いやそれは……」

「だって帰ったらどうせ勉強しちゃうんでしょ?」

「ぐぬ……」

「分かったらほら、私の部屋に行こう」

「いやいやいや、分かった大丈夫だ。帰っても勉強しないから、しないで寝るから。だから引っ張るなって」

「むぅ……なら仕方ない。あとでらいはちゃんに確認するからね」

「へいへい……」

 

 気が抜けて油断したところに、想定外の押しの強さで迫ってこられて危うく折れるところだった。一度の油断が命取りになる戦場でもあるまいに、気をぬくことも許されないのは何故なのか。

 とはいえ、純粋に気遣ってくれているのはちゃんと伝わった。すぐに諦めたのがその証拠だ。確かにここのところ満足に休めていなかったのは事実なので、ここは三玖の言う通りにするべきだろう。

 

「んじゃ、帰るとするわ。誰か帰ってきたら引き止められそうだし」

「うん。またね」

「おう」

 

 帰り道を歩きながら、少しだけ考えた。

 あいつらも三玖と同じくらい素直で大人しかったらなあ、なんて、ちょっと余計なことを。

 

 

 

 

「ねえフータロー」

「何だ、解けたか?」

「うん、見て」

「…………よし、正解だな」

「やった」

 

 今日も今日とてお呼び出しだ。なんでも授業で分からない問題があったとかで、下校から直接タワーマンションへとやってきた。

 

「そういえば」

「ん?」

 

 そして始まる雑談タイム。どうもこっちをメインに据えている節がある三玖だが、こちらとしてもゆっくりと会話ができるのは悪いことではないので咎めることはしない。

 

「この間はちゃんと休めた?」

「おかげさまで。というか、らいはに確認とったんだろ」

「そうなんだけど。フータロー相手だと何重にも重ねてチェックしないと」

「信用ねえんだなあ……」

「これに関してはフータローが原因」

「まったくもってその通り」

 

 両手をあげる。降参だ。

 俺が無茶をして、俺にだけ反動が来る分には構わない。が、今となっては俺が倒れたら五つ子全体にあまり良いとは言えない影響が出るのは想像に難くない。

 五月なんかは責任を感じて勉強に身が入らなくなる可能性すらある。そうなれば本末転倒だ。俺が頑張りすぎることは逆に非効率であり、俺は適度に力を抜くのがベストなのだ。

 

「長時間集中すると、目元が疲れるでしょ?」

「確かに。無意識に眉間をぐりぐりしてることとか良くあるな」

「そういう時は、首をマッサージすると少し良くなるらしい」

「へぇ…………何で立つんだ」

「やってあげる」

「……」

 

 別に今は疲れてないとか、普通に恥ずかしいとか適当に理由をつけて断ることは出来たが、厚意を無碍にするのは憚られた。

 

「……頼む」

「うん」

 

 結論から言えば、かなり気持ちよかった。詰まっていた何かがほぐれて取れていくような感覚で、気持ちよすぎて目を瞑って堪能してしまったほどだ。

 よほどガチガチに固まっていたのか、マッサージを始めて少し経ったくらいから三玖のパワーが増したのだが、それが俺にとってベストパワーだったのか、少しの痛みすらも快感に変わるのを感じた。

 

「さんきゅ……」

 

 「終わり」と息を切らした三玖が言ったのを危うく聞き逃すほど心地よさに浸っていた俺だが、どうにかこうにか礼だけは言って首を回す。

 首だけが軽くなったような感覚で、マッサージを受ける前よりも頭が重く感じる。それでも不快さは無く、心なしか目もよく見えるような気がした。

 

「悪いな、こんなことまでしてもらって」

「フータローから貰ったものに比べたらこんなのは小さなことだよ」

「そんなもんかね」

「そんなもんだね」

 

 目を合わせて笑い合う。なんと穏やかな空間だろうか。

 

「ま、それはそれとして、お返しはしないとな」

「え?」

「さっきのマッサージ、お前にもやってやるよ」

「…………え!?」

「さっきまで机に向かってたし、何ならいつもヘッドホンしてるから結構凝り固まってるだろ」

 

 ヘッドホンだって軽くない。むしろ重い。年がら年中そんなものを付けていれば肩や首はカチコチのはずだ。……いや、確か三玖はスパだか何だかの会員なんだっけ……じゃあ特に問題はないのかもしれない。

 

「嫌ならやめておくが……」

「う、ううん!最近凄く凝ってる!もう石みたいにカチコチだから!」

「そ、そうか。なら、ほぐさないとな」

 

 石を素手でかち割るなんて俺には出来ないが、まあ比喩だから問題ないはずだ。それにしても、そんなに凝っているのか。受験はしないとはいえバイトと学校で忙しくしているのは知っている。スパとやらに行っている暇もないのかもしれない。

 

「よ、よろしくお願いします……」

「んじゃ、ヘッドホン取るぞ?」

「う、うん」

 

 使い古した青いヘッドホンに手をかけ、髪を引っ掛けないように慎重に首から外す。するとどうだ。真っ白で透き通っている、一点の曇りもないうなじが露わになり、思わず息を飲んだ。見たことがないわけじゃあない。なのに俺は一瞬、完全に我を忘れて見入ってしまっていた。

 これが前田の言っていたうなじパワーなのだろうか。校則でポニーテールが禁じられた学校があるという話を聞いた時はアホらしいと思ったが、なるほど、今なら少しは理解できるかもしれない。

 

「触るけど……いいか?」

「ど、どうぞ…………ひゃっ……」

「わ、悪い。大丈夫か?」

「へ、平気。くすぐったかっただけ」

「そうか、ならもう少し強めに……」

 

 気を使ってソフトタッチにしたのが良くなかったようだ。何というか、新雪に一番乗りで足を踏み入れるワクワク感と清廉潔白なものを汚してしまうような罪悪感がある。

 そんなことを言っていてはお返しもクソもないので、さっき三玖にマッサージをしてもらった時の力加減を思い出して、もう一度その白磁の肌に触れる。

 

「……んっ……はぁっ…………ぁっ」

「…………」

「そこっ…………んっ、きもちい……」

「………………」

「……あぅっ…………ダメ……限界……」

「……………………」

 

 ……煩悩退散。俺は無になる。無は何も考えない。何も生まない。ただ"無"という概念だけがそこにある。

 

 そうして悟りを開くこと10分ほど。

 

「……終わり」

「あ、ありがとう。その、凄く気持ちよかった……」

「……何よりだ」

 

 意識してか無意識か。非常に悩ましげな声を上げていた三玖だが、俺のマッサージ自体は満足いくものだったらしい。

 ならば良し。他に何があったかは関係ない。この場合、過程や方法なぞどうでもよくて、結果が全てなのだ。

 

「じゃあ俺はこの辺で」

「あ、うん。またね」

「おう」

 

 逃げるように立ち去ったが、俺は今日いいことをしたはずだから問題ない。きっと、何も問題ない…………たぶん。

 

 

 

 

「ねえフータロー。思春期の男の子は、みんなお猿さんなんだって」

「……は?」

「この間ネットの記事で見たの……フータローもお猿さん?」

「どんな怪しい記事だよ。俺を下半身で物事を考える原人どもと一緒にすんな」

 

 相も変わらず、広いリビングに二人。今日の雑談テーマは修学旅行の夜じみたものらしい。

 

「確かに。フータローには性欲が無い」

「無いと断言するな」

「じゃあ、あるの?」

「…………さあ」

「どっち?」

 

 同級生の女子に性欲の有無を問われる日が来るとは、人生とは分からないものだ。なんて誤魔化すのはこのくらいにして。果たしてここは何と答えるのが正解なのか。

 "ある"と答えれば警戒されそうだし、"無い"と答えればそれはそれで人として致命的な欠陥があることになる。

 いやそもそも、種の存続という崇高な目的のために存在する性欲に対し、腫れ物を触るかのような態度を取ることこそ不遜なのではなかろうか。それは人類の繁栄の歴史を馬鹿にしているのと変わらないのではないのか。

 ということは、俺の言うべき答えは。

 

「そりゃまあ、あるにはある……たぶん」

 

 最後に保険をかけるように言葉を付け足す辺りがなんとも俺らしい。個性と思って諦めることにしよう。

 

「ふーん…………」

 

 納得がいかないのか、まだ何か言いたげな三玖。正直この手の話は苦手だし、自分に好意を抱いている女子とするようなもんでもないと思うから早めに切り上げたいのだが。

 

「じゃあ、証拠は?」

「は?」

「性欲があるって証拠」

「……そんなもん、どうやって証明すんだよ」

「……さあ?」

 

 首を傾げられても、俺が困るだけだ。どうやらここで俺の性欲の有無に関して決着をつけたいらしい三玖。諦めてくれそうにはないが、かと言って俺の方も悪魔の証明みたいなもんを突きつけられているので手が打てない。

 

「…………じゃあ、さ」

「何だよ」

「アレの、頻度とか……教えてよ」

「アレ?アレって何だ?」

「だ、だから、その………………だよ」

「なっ…………!」

 

 よほど恥ずかしいのだろう(じゃあ言わなければいいと思うが)、消え入りそうな声をどうにか捉えた俺の耳は性能がいいのか悪いのか。どうか性能が悪すぎて聞き間違えたのであってほしかったが、どうやら話の流れと三玖の態度からして聞き間違いではないらしい。

こともあろうに、オナニーなどと。うら若き女子高生が言うべきではなかろうて。だが悲しいかな、そのギャップが良いか悪いかと問われれば良いと答えてしまう俺がいる。

 

「何でそんなもん教えなきゃならねーんだ」

 

 完全にただの自己申告だ。何の証拠にもなりはしないだろう。だというのに、三玖は止まってはくれない。

 

「……私が教えれば、教えてくれる?」

「…………は?」

 

 驚いて三玖の顔を見れば、リンゴのように真っ赤ではあるもののしっかりと俺を見つめている。

 その目は僅かに潤んでいて、その綺麗さに不覚にもドキッとしたせいで、反応が遅れた。

 

「……わたしは、毎日してるよ。フータローのことを考えながら」

 

 耳元で、甘ったるい声がした。

 脳が蕩けそうな声だった。

 しかし、蕩けるよりも数瞬早く、俺の脳は的確に体へと指示を出す。

 

「お、俺今日は帰るわ!じゃあな!」

「あっ……」

 

 飛ぶように立ち上がり、荷物をまとめてできる限り速く走った。後ろから名残惜しそうな声が聞こえたが、気にしてはいられなかった。

 あのまま流されたら、きっと取り返しがつかなくなっていただろう。直感ではなく、理性的な思考でそう判断できる。

 

 家に着いてから、自分だけなんの情報も開示していないことに罪悪感を感じた俺は、『ここ1、2ヶ月は忙しくて全然していない』とだけ書いたメールを三玖に送った。

 返信が無いのが、少しだけ怖かった。

 

 

 

 

「いらっしゃい」

「……ああ、その、この前は悪かったな」

 

 開口一番で謝罪を口にするのは何とも情けないと思うが、謝らないよりはマシだろう。結局、なんだか有耶無耶になってしまった雰囲気があったので一度きちんと謝るべきと判断した。

 「気にしてないよ」と言ってくれたから、まあ大丈夫なはずだ。

 

「この前のメール見て思ったんだ」

「な、なんだよ」

 

 『この前のメール』とは1、2ヶ月はうんたらかんたらってので間違いない。問題はそれを見て三玖が何を思うかだが……

 

「フータロー、それは良くないよ」

「……は?」

「調べたんだけどね、男性は最低でも週に一回くらいは出した方がいいんだって」

「…………いやでも、俺の体には特に異変はないしな……」

「ねえフータロー」

 

 俺の言葉を遮るように、三玖が近寄りながら言う。迫力も圧力も無いのに、逆らう気にも逃げる気にもならないのは何故なのか。

 

「な、なんでしょう」

「私は、フータローの健康を気遣ってる」

「わ、分かってる。感謝してるよ」

「フータローは今、健康を損なう危険に陥っている」

「そ、それはそうなのかもしれないが、個人差とかあるだろうし……」

「つまり私は、フータローの健康のために、性を吐き出させる必要がある」

「……飛躍しすぎだ。落ち着け」

 

 宥める言葉に力が入らない。いや、そもそもだ。すでに安息の地ではなくなっていた三玖と二人っきりになるこの状況を知っていたはずなのに、俺は三玖の呼び出しに応じた。この時点で、何かを期待していたのではないかという可能性が浮上する。

 加えて、何のフィルターがかかっているのかは知らないが、息を荒らげて近寄ってくる三玖が綺麗すぎて今にも襲いかかってしまいそうだ。

 

「ねえフータロー」

「…………」

「本当のことを言うとね」

「…………」

「わたし、もう我慢できないんだ」

「…………」

 

 くらくらとして、思考がおぼつかない。リソースのほとんどが自制に割かれているせいだろうか。

 この場所が五つ子が住まう家のリビングで、誰が来るか分からない。今やその事実だけが俺を押しとどめる最後の砦だった。

 それなのに、三玖は分かっているかのように、的確に、正確にその砦を壊しにかかる。

 

「今日はね、みんな帰りが夜になるんだって」

 

 俺が覚えているのはこの一言まで。

 ぐっちゃぐちゃのリビングを掃除しながら、一つ思い出した。

 "いつか"教えると言ったアレだ。要するに、前のアパートでは満足に自慰行為ができなかったという話なのだろう。何とまあ、その時から俺は嵌められていたのか。

 

 演技派の嘘つきよりも狡猾で。

 暴走機関車よりも突撃が上手い。

 

 そりゃあ、強いわけだ。

 

 今後から目を背けて、そんなことを考えた。

 

 

「ねえフータロー」

「何だ」

「性欲、あったね」

「うるせえ」

 

 

 

 


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