J月m日
月見当日。日記は月見に行く前につけておこう。
天気は晴れでいい月を眺められそうだ。曇りや雨などにならなくて本当に良かった。
集合時間はアカザ殿に伝えたので、憐哀さんが来てくれるのを待つばかりだ。
『少し寒くなってきたなぁ…。けど寒い夜は月がとても綺麗だ…。』
雲一つ無い。月は遮るものもなく光を放っていた。
太陽とはまた違った暖かさだった。
これ以上無い、いい日だ。
『忘れものはないよな…?お供えもののサツマイモや、お団子は持った。料理も重箱にいれて持った…。うーん、ちょっと料理は作りすぎたかも。昨日アカザ殿と二人で、張り切りすぎたかな?』
団子と重箱が風呂敷の半分をしめていた。
『……あとは…口紅。』
憐哀さんに贈り物。赤過ぎず、自然な色で色白な憐哀さんに似合うと思った。
『絶対に綺麗だよなぁ…。口の形とか凄い整ってるし…。だめだめ!煩悩退散!』
喜んで貰えるだろうか?
喜んでくれたらいいな…。
何故だ!
完璧な存在である私は常に余裕をもち優雅であらねばならない!
だというのに…何故こうも落ち着かないのだ!
それにこの服はなんだ!流行だからと着ては見たが、袴など男が着るような服ではないか!
頭の「りぼん」というやつも、簪よりは固くなくていいかもしれないが使いなれないものはやはり違和感がある。
ただこの「ぶーつ」とかいうのは、履き心地がいいかもしれないな。
「零余子!化粧は変なところはないか?」
「は、はい!とてもお美しいです!」
「当たり前だ。
奴も私の美しさに驚くことだろう!」
好みじゃなかったら?
肝心なのは奴にはどう見えているのか?ということ。
流行の服を着て、化粧でおめかししたとしても奴に…奴に良く思って貰わなければ意味がないのだ。
「違う!私こそが美の頂点である。好みは奴が私に合わせるのだ!」
何故私が奴に合わせなければならない。私こそが基準である。
女が男に合わせるなど、それではまるで…
「奴との集合時間です。店に行きましょう。」
あり得ない。私が望むのは奴が私に服従することだけだ。
そのはずなのだ…。
「アカザ。月見に行くのは私だけでいい。お前は店にいろ。」
「は!」
「鳴女。」
琵琶の音とともに地に足をつく。少し歩いたら、奴の店につく。
何かの血鬼術でも使われているのか?
胸が苦しい。私に血鬼術を使うとは無礼な鬼だ。
おかしい。鬼はいない。
奴の店に近づくごとにどんどん苦しくなる。
なんだこれは!?
『あ!憐哀さん!お待ちしておりました。』
心臓が爆発した。
変な声が出てしまったかもしれない。
『突然声をかけてすみません…。脅かせてしまいましたね。』
やはりこいつはこの私を愚弄するのが得意なようだ。
「驚いてなどいない!」
『ふふっ』
何が可笑しい?
「何が可笑しい?」
『ごめんなさい憐哀さんを笑ったんじゃなくて、憐哀さんが来てくれて嬉しくて思わず笑ってしまいました。物凄く楽しみだったんです!』
「何を当たり前のことを…私との約束だぞ?楽しみで無いはずがない。」
『そうですね!』
計画は順調のようだ。
『憐哀さん!』
「なんだ?」
何だ突然?一応聞いておいてやろう。
『今日の憐哀さんとっても可愛いです!頭のりぼんが似合っていますね。靴もブーツなんて凄く今時ですね。こんなに可愛いハイカラさん見たことがありません!』
可愛い?不敬だぞ
「…うれしい」
私は今なんといったのだ?
まて可笑しい!私が言うはずがない!
『寒くなってきましたし、そろそろ行きましょう?』
手が差し出される。
手を繋げというのか?
反射的に繋ぎそうになってしまった。
繋ぐはずがないだろう!
『行きましょう!』
「あ」
私の手を勝手に触るな!
引っ張るな!万死に値する!
嫌なはずなのに振りほどこうとは、思えなかった。