オレは何でまた生きてるんだろうな。セラが逝き、ソーナが逝き、留流子が逝き、イッセー達が逝き、子供や孫が逝き、地球が逝き、とうとう世界にはオレとオーフィスとグレードレッドだけになり、そして世界が逝くのと一緒にオレ達も逝ったはずだった。
なのにオレはこうして再び生を得ている。平行世界で再び生を得てしまった。この世界には、思い出の場所も人も何もない。ただ生きているだけだ。力の全てを失い、ただの一般人として。
長すぎる年月を絶対強者として生きてきた。だから忘れていた。世界ってのは弱者に厳しいと言うことを。
目の前に並ぶ二つの棺には肉片が納められている。あまりにもひどい状態で比較的に綺麗な部分を納めたとのことだ。棺にはオレの両親だったものの一部が納められている。
両親が二人きりで旅行に行き、そこで魔族に襲われて死んだ。悪趣味にもオレの携帯に通話しながらだ。流石にこれには錆び付いていたオレの心を動かした。だが、力を失ったオレでは魔族を呪い殺すのが限界だった。前世の、高3の頃程度の力でもあれば救えたはずなのに。
多少の錆が落ちた心が悲鳴を上げている。この悲鳴を押さえる方法はただ一つ。強くなることだ。もう二度と同じ後悔をしないで済むように、ひたすらに強くなることだ。
この身体で出来る限界を目指す。それだけがこの痛みを誤魔化す薬となる。
マフラーで口元を隠し、コートのフードを深く被って目元を隠す。魔力を両腕に巻き付けている鎖に通し、内気を活性化させて肉体を戦闘状態にする。
準備が整った所で壊れたテーブルを持ち上げ、同年代と思われる少女を襲おうとしている男の顔面に投げつける。うむ、あの首の曲がりよう、死んだな。
混乱している場に縮地の要領で飛び込み、両腕の鎖を自在に操り、襲撃犯の男達の両目を潰す。それだけで制圧は完了した。
襲われそうになっていた少女と護衛の女性に近づく。
「近寄らないで!」
「倒れている女性は大丈夫なのか?見たところ麻痺毒だろうが、効き目が強かったり、他の毒も混ぜられていたら命に関わるぞ」
まあ、楽しむつもりだったようだから麻痺毒だけだろうがな。混ざっても媚薬だろう。
少女は警戒しながらも視線だけで治療を指示してくる。倒れている女性に近づき、傷口に触れて魔力を通す。通した魔力に毒性だけを集めさせて傷口から抜き出し、調整した気を流し込んで自己再生を促す。この身体は魔力の放出が死ぬほど苦手なためこんなめんどうな治療しかしてやれない。
「麻痺毒だけだな。量はかなり多いが、これで問題ないはずだ」
「あ、ああ、まだ少し痺れが残っているが、大丈夫だ」
「そうか。すまないがオレに出来る治療はこれだけだ」
「回復魔法では無いようだが」
「ちょっとした魔力の応用だ。体内から毒素を抜いて、代謝を良くしただけだから後でちゃんとした治療を受け」
指向性の空間爆破術式を感じて素早くサイドステップで回避する。女性から離れるのを確認する前から追撃の各属性のランス系魔法が回避先に飛んでくるのをマフラーに対属性の魔力を纏わせて迎撃する。鎖は周囲のテーブルだったものを空中に投げさせ、多少の目眩ましと足場とする。ただし後方にだ。魔力の痕跡から敵はそちらにいるのが見えている。
わざわざランス系を自分から離れた位置に出して自分のいる方向に撃ち出すという隠蔽を行うような相手は想定していなかった。それでもやれることだけはやる必要がある。
指先を噛みきり、血で両足にルーンを刻み、投げたテーブルを足場にして敵に接近、その間も次々とルーンや術式を刻んで肉体を強化していく。この体は魔力を放出するのが苦手だ。ちょっとした炎や水を生み出すことすら難しい。逆に言えば考える必要がない。強化して殴る。それだけだ。
そして今まで姿を魔法で隠していた相手を直接殴れる距離まで近づいた所で慌てて鎖でブレーキをかけ、マフラーを全身に巻き付けて防御体勢をとる。相手も、毬乃さんも気付いたようだが初手で使った指向性の空間爆破は既に発動している。直撃を食らい、マフラーと鎖が防具としての役割を果たしながら吹き飛ばされ、威力が落ちた爆発をその身で受ける。
初めて見たときから分かっていたことだが、毬乃さん、世界最強クラスなのだろう。何だかんだで今の防御力、禁主化したての頃の鎧と同等だったんだが完全に砕かれた。やっぱり素材の限界だな。そんなことを考えながら生命維持に全力を注ぐ。
「へぇ、ああ、なるほど」
薙刀を振るう姿から、彼女が目の前の壁にぶつかっていると判断する。武の道を歩む者が何度もぶつかる壁の中でも一際大きく、そして手前側にある多くの者が挫折することになる壁にぶつかっている。
焦りは、少しあるようだが問題はないだろう。いずれ乗り越え、大きく飛躍することになるだろう。
邪魔にならないように気配と音を殺して燻製の準備をする。段ボールを組み立ててから切れ込みを入れてそこに金網を通し、その上にチーズやゆで卵を並べる。それを3つほど用意し、それとは別に塊肉を乗せた物を1つ用意して上側をガムテープで止める。金属製の皿にチップを時間に合わせた量を乗せて火を着けて段ボールを被せる。ついでに隣にコンロを置いてコーヒー用のお湯を沸かす。
「気付かなかった私も悪いと思うが、一体何をしている?」
今まで振るっていた薙刀をこちらに向けながら訪ねてくる。
「見ての通りだが」
「いや、お湯を沸かしているのは分かるんだが、その段ボールは?」
「ああ、即席の燻製機だ。金属製は匂いがこびりつくから1種類のチップしか使えないから使い捨て出来る段ボールを使っている」
「ほう、初めて見るな」
「家庭でやるなら土鍋でやることが多いな」
「いや、燻製自体が珍しいんだが。そんなに驚いた顔をされても困るんだが」
「まあわざとだから。燻製以外に梅干しを漬けたり、味噌を仕込んだり、糠漬けを仕込んだり、色々するのが趣味なもんでね」
「そ、そうか。珍しい趣味だな」
「正確には物作りが好きなんだけど、形として残る物は自分で使う物とある程度の金を手に入れる分だけにしている」
「それはまたなぜ?」
「まあ、見れば分かると思います」
持ってきていたクーラーボックスから自分で拵えた包丁を取り出して手渡す。
「こ、これは、素晴らしいという言葉しか出てこないな」
数十億年も鍛冶をやればその程度は余裕で打てるようになる。逆に言えば数億年は頑張る必要がある。そして染み付いた技術はそういう物しか作れないのだ。これが戦闘面になれば肉体の限界に合わせた程度しか引き出せない。その結果重傷を負ったのだ。
とは言え怪我の方は既に完治している。毬乃さんが心配するから大人しくしているだけだ。あと、マフラーは最高級品で支給された。値段は約200倍だが、性能は3倍程度だ。無論改良しているので性能は50倍ほど向上している。鎖の方は金属を貯めてからだな。流石に何でもかんでも毬乃さんに頼るわけにはいかない。稼ぎ方は幾らでもある。元金もそこそこな。問題は分身出来ないことだ。出来て当たり前だったから計画を立てづらい。
「すまない、つい見惚れてしまった」
しばらく包丁を眺めていた彼女が包丁を返して来るので素早く片付ける。未練はきっちり絶っておく。
「ちなみに、これでお遊びなんですよ。それでも鍛冶場を借りた初老に近い鍛冶士が土下座で財産も孫娘もやるから弟子にしてくれと言われて困りました」
「そうなっても仕方ないな」
彼女は笑っているが、眼は笑えていない。気持ちは分かる。その道は通ったから。素晴らしい道具を使いたいという欲、抗うのは難しい。特にその機会さえないと余計にだ。だから機会を与える。
「薙刀、少し貸してもらえますか?」
「あ、ああ。あの包丁を見せて貰った後だと恥ずかしい限りだが」
受け取った薙刀を構えて神楽舞を踊る。
「薙刀ってのは少し特殊な武器で、元は農具、そして祭具、最後に武器として派生していった物なんだ。そして形自体は祭具の時に固まった。だから神楽舞にこそ薙刀の本来の動きが隠されている」
説明を続けながら徐々にスピードを上げていく。
「元が武器じゃないと言うことで長物なのに斬撃武器というのも特長の一つに挙げられる。普通の長物は叩くか突くになるはずだ」
ちなみに戟は長柄武器の総称だとオレは考えている。
「また使い手は巫女か僧兵が基本だ。武器じゃなくて祭具扱いだからな」
薙刀が廃れたのはそれが理由だ。戦国から江戸に続いて寺社と女を戦から遠ざけた。だから再び祭具に戻った。
「だからこそ薙刀は他の武術と大きく異なり、真の力を発揮するために必要な素養が異なる。それが神降、一種のトランス状態になるほどの極度の集中を持続させる技法だな。その集中力さえあれば」
神楽舞で高めた集中力を使って魅せ技を放つ。目の前の滝に向かって9つの斬撃を少しずつ速度をあげて飛ばし、滝に命中するタイミングで全てが重ねる。ストラッシュX、いや違うな。確か
「九頭龍閃。こういうことも出来なくもない」
滝を叩き割る所か、流れそのものが変化するほどの威力に彼女は唖然としている。斬撃の痕も綺麗な華を思わせる。実戦でこんなものを使う余裕なんてないがな。
「これが目指す先」
「違う違う。九頭龍閃はただの魅せ技だ」
「え、これほどまでにすごいのに!?」
「これだけの威力が必要な相手に当てることなど出来ないのさ。止まっている標的にしか無理だ。やれても3連撃までだな」
実戦なら一撃に力を込めるか、時間をかけて手数を増やすかで対処するのが一番だ。
「魅せ技であるが、これの難しさは分かるだろう?それをこなせるだけの状態を維持する。それが薙刀とそれを用いた神楽舞だ。慣れれば3動作位で一気に集中を高められるようになるはずだ」
ルーティーンで集中するのはよくある行動だ。それを無意識にやるか、意識してやるかで効果は大きく異なる。神楽舞は無意識にする動きではないのでルーティーンに採用するのは効率がいい。何より、体幹を鍛えるのにも良いのだ。特に女性は胸で体幹が崩れる。崩れている状態がデフォルトで矯正するのも難しい。だが、神楽舞は元々巫女が踊る物。体幹が崩れるとすぐに舞が変になる。だから意識して舞う必要があり、体幹を鍛えることとルーティーンに使うことが出来るのだ。
「基本的な動作だけでも覚えるか?神によって舞が異なるから殆ど教えられないけど」
「ああ、少し試してみたい。ちなみに今の舞はどんな神に対する舞なんだ?」
「忘れ去られた龍神だな。黒蛇龍帝の二つ名と万能ということが辛うじて残されているだけの名も知れぬ龍。それを思って舞っている」
「それだけしか分からないのか?」
「無限と夢幻と共に世界の終わりを待ち続ける。それだけだ。この無限と夢幻も龍神なんだろう。同格みたいな書かれ方だから」
「……何を思って世界の終わりを待っていたんだろうな?」
「さあな?」
答えはもう無くなった。だが、オレは生きている。
鎖の整備をしながらマフラーで本を捲りこの世界の理を身に付ける。やはり前世との大きな違いは魔素によって身体能力が上がるということか。まるでゲームのようだ。うーむ、ゲームだとするとこの方法はチートなのだろうか?いや、でも現実だし管理者が居るわけでもない。なら別に構わないだろう。
庭に出て姿勢を正し、そして大きく息を吐き出してから全身を使って世界を構成する全てを取り込む。特に重点的に足元から龍脈を、呼吸で魔素を取り込む。
うむ、これだけで身体が強くなるのを感じる。自分の器が大きくなるのが分かる。特別な呼吸法とは言え、これだけで鍛えられてしまって良いものだろうかと言う疑問はすぐに消え去る。油断して一度消滅してしまったことがあるからな。あんな失態は一度きりだ。違うな、鍛えるのを怠って両親を見殺しにしてしまった。それを考えれば呼吸だけで鍛えることができると言う事実に両手を上げて喜ぶべきだろう。後は効率の良い場所を探す位か。
1時間程演舞を行い、身体の調子を確認してからキッチンに向かい、夜景に目を奪われる。凄いなー、ソーナよりも強いぞ、これは。取りあえず床に倒れているクラリスさんの口許を拭ってからソファーに運んで寝かせる。少しでも気が紛れてくれと願いながらアロマを焚いておく。
さて、あの夜景はオレが処分するとして、姉さんに気付かれないように夕食の準備をするか。炊飯器から微妙に洗剤の匂いがするからそっちも、いや、土鍋で炊き込みご飯にするか。
問題は冷蔵庫に近づくと姉さんに気付かれるから冷蔵庫の中身が使えないのが問題だな。取りあえず使える食材を集める。
結果、手元にはトマトと焼き鳥の缶詰め、そして米だけがある。米を洗面所で洗い、トマトに十字の切れ込みを入れる。土鍋に米、トマト、焼き鳥の缶詰めの順番に入れて水を少し少な目に入れて庭の隅で七輪を使って炊きあげる。
これだけしか用意出来ないオレを許して欲しい。
桜の木々を横目に、急ぎ足で進んでいく。
確かに余裕を持って家を出たはずだ。入学式の準備があるらしい毬乃さんや姉さんから2時間遅れ、寄るところがあるらしいリュディ達から遅れること1時間。ゆっくり歩いても10分前には到着する、そんな時間に家を出たはずだ。
だが、どうだろうか。学園寮から学園に来るために、必ず通らなければならないはずのこの道に、学生は一人も見当たらない。もう入学式が始まっている時間だから、いる方がおかしいのだが。
まあ、仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。足を痛めた老人を見つけ、それを無視して学園へ行けるだろうか?素早く手当を施して病院まで担いで走り、病院から学園へ向かう途中でトラックが幼稚園児たちの列に突っ込みそうになっていたのでフロントガラスを叩き割って運転手をマフラーで強引に引きずり下ろし、肉体強化を全開にしてトラックを安全な場所に投げ飛ばし、警察がやってくるまで幼稚園児にヒーローのように憧れの目線を浴びながら保護者から感謝され、警察の事情聴取の際には花邑の一族であることを証明して出来るだけ穏便に済ませる。
毬乃さんには2回とも連絡を入れておいたが、入学式から遅刻とは思ってもみなかった。他に誰もいない通学路を全力でかけていくと閉じられている門の前に一人の男子生徒が立っていた。
そいつを見た瞬間、懐かしい感覚を覚える。この感覚は、その時代の騒動の中心に立つ人物と出会った時に感じる感覚だ。子孫の一人が言うには主人公みたいな奴がもつ独特のオーラを感じ取ってるんだろうとのことだ。つまり目の前のこいつは主人公みたいな奴なんだろう。何時の時代でもこいつらはオレに多少の刺激を与え続けてきた。それをオレは少しだけ楽しんでいた。ここで出会ったのも何かの縁だろう。こいつの行きつく先を見せてもらおう。
「よう、お前も新入生か?」
「え、ああ、そうだけど」
「連絡を入れてないのなら口裏を合わせろ。それで多少は怒られずに済むはずだ」
「大丈夫なの?」
「どうとでも言いくるめてやるよ。ああ、自己紹介がまだだったな。オレは瀧音幸助。世界最強を目指す男だ」