そして残念ながらベル君の登場はまだ先なんだ。
「先輩、お題として出された分、打ち終わりましたよ。っと、お客、って訳でもないか。嬢ちゃんには先輩の武器は早いぞ」
強い剣が欲しくてヘファイストスファミリアに来たのに拒否された。
「ヴェル吉か、相変わらずの出来だな。もっと切れ味を出せないのか」
「耐久優先。切れ味を良くしたって使いこなせない奴ばっかりじゃないですか。簡単な研ぎすら出来ないとか舐めてるでしょ。それどころか血糊すら落とさずに錆びさせたりするんですから耐久を優先しないと死にますよ」
それどころか私を無視して言い争いを始める。
「鍛冶師として、至高の一振を作ろうと思わんのか!」
「武器は身体の延長線上!どんなに性能が高い武器だろうと、扱う奴がヘボなら武器もヘボになる!先に至高の一振に見合うだけの奴を連れてこいってんだ!」
「あんなぶっ壊れた性能の魔剣を作っておいて何を言うか」
「オレの中じゃあ、魔剣は武器じゃねえって言ってるだろ!使い捨ての魔道具だよ」
魔剣、探索系ファミリアが挙って集めているとっておきの武器。それを私と同じぐらいの子が作っている。悔しいと思う。それだけ認められているのに、その力を使わないなんて許せない。
「なんだ、嬢ちゃん。まだなんかあるのか?」
「剣が欲しくて来た」
「予算は?」
「これ」
財布を渡せば中をみて変な顔をする。
「ええ~、これで先輩に剣を打ってもらうつもりだったのかよ。厚かましいにもほどがあるだろ。値段相応なら『なまくらの剣』だな」
「いや、それでもサービスしすぎだな。こっちの鈍物位が相応品だ」
また二人で言い合いをして私を無視する。今思い出せば、二人とも私のことを真剣に思って考えてくれていたんだと分かる。
結局、我慢出来ずにわがままを言って椿の機嫌を損ねて追い出され、ポップの工房に連れていかれた。そこで異常な物を見せられた。
「先輩の言っていた異常な性能の魔剣だ。使えるものなら持っていって良いぞ。ダンジョンには持っていけないけどな」
床一杯に敷かれている一振の剣が異常な性能の魔剣の正体だった。
「こいつが使えるなら最強だぜ。魔法もオラリオを吹き飛ばせる程だ。まあ、使った本人も吹き飛ばされるだろうがな」
そう言って笑いながら魔剣を踏んで奥の鍛冶場に行く。私も恐る恐る魔剣を踏んで奥に行く。
「先輩は臍を曲げると長いからな。しばらくはふて寝して相手をしてくれなくなる。仕方ないから暇なオレが相手をしてやるが、その前に1つだけ理解しろ。こんな少額で魔剣だったり一流の鍛冶師の武器を欲しがるな。馬鹿にしていると判断して叩き出してないだけ先輩もオレも優しいんだぞ」
そう言って私の財布の中身を全部出して綺麗に並べる。
「鍛冶系ファミリアならギルドでぼったくりで売られている初心者用よりはマシな物が買える程度だ。ギルドだと初心者用すら買えない程度。これがどういう意味か分かるか?お前らの仕事なんてこの程度の価値しかないと喧嘩を売ってるんだよ。まあ、嬢ちゃんが何も分かってないってのが丸分かりだから優しくしてやってるんだがな」
空になった財布を私に投げ渡して、棚に置かれてある武器の中から私の体格にあった剣を取り出す。
「値段相応におまけして『なまくらのショートソード』がぴったりだな」
なまくら、ちゃんとした意味は知らないけど、悪い意味だったはずだ。
「私にはこれで十分だと?」
「自分で稼いだ金を持ってこい馬鹿たれ。ファミリアの運営費か、先輩のポケットマネーかは知らないが、自分で稼いで装備を整えて一人前だ。何から何まで用意してもらう子供にはそれで十分。それとも、値段相応の魔剣、用意してやろうか」
その言葉に、何も考えずに飛び付いた。今なら分かる。私の立ち位置を確かめられていたのだ。利用されている存在なのか、庇護されている存在なのかを。
私はその日、拠点に戻ってリヴェリアにその事を話すと難しい顔をしてその鍛冶師に話があるから着いていくと言うので翌日、ポップの工房に案内したら私を放ったらかしにして言い合いを始めた。最初は私のことに関してだったのに別のことで言い争っている。クロッゾの罪だとか、子育てがどうのとか。
暇になって工房を見渡せば、昨日はなかった剣が机の上に置かれている。よく見てみれば昨日持たされたショートソードと同じ長さで、柄が私の手にピッタリで、何より床に置いてある魔剣と同じ感覚がする。
つまり、これが私の剣。お金は昨日の時点で払った。だから、これは私の物。それを手に取りダンジョンに走る。
お互いの意見が水平線を辿り続ける中、多少のクールダウンが必要と判断する。頭はクールに心はホットに。パーティーの頭脳役は大変だ。だから、すぐに状況に気付いて動く。
「嬢ちゃんがおんぼろ魔剣を持ってダンジョンに行きやがったぞ!剣槍斧どいつだ!」
「槍を!」
立て掛けてある『入魂の槍』とポーション1本を投げ渡してダンジョンに走る。
「耐久性は!」
「上層なら20前後、魔法を撃てば1発だ!嬢ちゃんの腕前は!」
「1層を軽くだ、そっちは!」
「レベル1の耐久以外700オーバー!嬢ちゃんは1層から3層の何処か、多分2層!」
「道は教えてあるから2層だ!左回りで行く!」
「右回りは任せろ!先に行け、ピオラ!」
レベルが高い『九魔姫』を強化して先に行かせる。ごっそりと魔法力が減って気持ち悪くなるのを我慢して走る。すぐに魔法力は回復してくるが、気持ち悪さまでは回復しない。それでも改めて自分にピオラをかけて走る。
ダンジョンに駆け込み、レミラーマでおんぼろ魔剣を探してみれば反応があった。まだ壊れていないようだが状況まではわからない。急いで反応の方向に走れば血で赤く染まった嬢ちゃんを担いだ『九魔姫』に出会す。
「ポーションは残っていないか!」
「どれぐらいヤバい!」
「エリクサーで間に合うかどうか、だ」
「そんな状態で、ああ、糞が!回復魔法を使う!地上まで待たねえぞ!」
「すまない」
ホイミじゃあ間に合わない。ベホイミ、いや、ベホイムが必要か?今のオレの魔法力で足りるか?ええい、悩む暇もない!大魔王を倒して世界を救った大魔導師様の力を信じろ!
「ベホイム!」
一瞬で魔法力が枯渇し、意識が遠くなりそうなのを懐から取り出したナイフを足に突き刺した痛みで繋ぎ止める。『九魔姫』が何かを言っているが、何を言っているかが分らない。それでもベホイムを止めるわけにはいかない。中途半端で終わらせれば意味がなくなる。ナイフで傷口を抉り、意識を最後まで保つ。終わり次第余っているポーションで足の傷を癒して壁に体を預ける。
「行け、治っているはずだが医療系のファミリアに連れていけ」
「だが、お前はどうする」
「少し休めば問題ない。行け」
気持ち悪いし、魔法力は底を付いているがそれでも敵愾心がある相手に身を任せることはできない。お互いのためにもな。『九魔姫』もそれが分ったのか頭を下げてから走り出す。
休んでから工房に戻り、床に倒れこむ。魔法力がなかなか回復しない。限界を超えるとこうなるのかよ。やべえな、これ、もうやりたくねえ。
「えっと、ごめんなさい」
数日後、『九魔姫』に連れられて嬢ちゃんが謝罪に来た。
「おぅ、後遺症は残ってないか?」
「えっと、うん、リヴェリアは大丈夫だって」
よく分っていないようなので『九魔姫』に視線を向ける。
「ああ、後遺症も傷痕も残っていない。お前の回復魔法のおかげでな」
「そいつはよかった。無理をしてよかったよ」
「そちらは、見た限りダメそうだな」
『九魔姫』が申し訳なさそうにする。今のオレは厚着の上で口元を布で覆っているのだ。
「見ての通りだよ。あれから酷い風邪を引いてるんだよ。まともな体調に戻ったら連絡してやるから今日は帰れ」
「…そうか、アイズ。ここに書いてある物を買ってきてくれるか。流石にこのままの状態で放っておくことは出来ないからな」
「分かった」
嬢ちゃんがメモとヴァリスを受け取って出ていったあと、再度問われる。
「本当の所はどうなんだ?」
「あれからずっとマインドダウンみたいな状態が続いている。無理しすぎたせいで魔力の器に穴が空いて漏れているような状態だろうな。治るかどうかは分からん。鍛冶は、まあ出来るから生活は問題ない。それより嬢ちゃん、反省してねえぞ。目敏く確認で打った魔剣に釣られてやがったぞ」
「ああ、そのことで悩んでいるんだ。あれだけの大怪我をおったと言うのに」
「怪我を理解する前に意識を失ったか、無意識に忘れているかだな。早めになんとかしねえと、死神に連れていかれるぞ」
「分かってはいる。だが、私たちではあの娘に声を届けられない」
「何を当たり前のことを言ってるんだ?上から降ってくる言葉なんて心に入るかよ。面倒とか、関係ないとか、そんな感じで流されるに決まってるだろ。動物ってのは上からの音に警戒心を持ち、下からの音に興味を持ち、同じ高さからの音に共感を持つように出来てるんだよ。物理的にも精神的にもな。まあ、精神的に常に上だったハイエルフ様にはわかんねえよな」
「我々を愚弄するのか」
「エルフやそのハーフから王族のように崇められて世話をされて距離を置かれて上に置かれてるだろう?下の者を見て安心するのは普通のことだから愚弄するつもりなんてねえよ。オレだって一族のことを見下してるしな。オレとあんたらハイエルフの違いは上を見上げることがあるってことだよ。神様達を除いてな。まあ、あれはそもそも高位次元の存在だから例外か。本能的に平伏するか、反抗するかだな」
「…先程から何が言いたい」
「結論を急ぐなよ。長命種らしく悠然と構えろよ。まあ、嬢ちゃんが戻ってきたら面倒か。はっきり言おう。あんたら、ロキファミリアの面々には嬢ちゃんを理解してやることも、支えてやることも出来ねえよ。とっとと手放してやるのがお互いのためだ」
「…我々に、ロキファミリアに喧嘩を売るつもりか?」
「事実を言っているだけだ。なんなら賭けてやるよ。嬢ちゃんがレベル2になっても今と根本的に変わらない。そうだな、多少は周りに合わせるようにはするが、何かから逃げるために怪物を自分の手で殺すことに、強くなることに拘る。外れたら利き腕を切り落としてやるよ」
「いくら子供でも二言は許さんぞ!」
「勝てるから問題ないねえよ。んで、そっちは何を賭けるよ。空手形で構わんよ」
「ならばその時のお前の利き腕に匹敵するだけの魔法石を用意してやる」
「賭けは成立だ。その時を楽しみしている」
そして1年の時が流れ、賭けはオレの勝利に終わる。
1年前、挑発されるように乗せられた賭けの対価を支払うために送られてきた手紙の住所を訪ねて絶句する。
「やあ、よく来てくれた」
最後に会った時も調子が悪い姿だったが、今はそれが悪化し、死相すら浮かんでいる。
「ふふ、これでも今日は体調が良い方なんだ。酷い時は起き上がるのも一苦労だ」
「治らなかったのか」
「ああ、色々と試したが駄目だった。余命数ヶ月、半年は持たないだろうな」
自らの命が残り少ないと言うのに落ち着いた姿に私は愕然とする。アイズと同じ位の子供がここまで落ち着いていられるのが理解できない。
「どうしてだ、何故そんなに落ち着いていられる!今も苦しみ、痛み、まともに動くことの出来ない焦燥、死が迫る恐怖!他にも色々あるはずだ!何故責めない!私たちの所為だと、何故、何故だ!」
「諦めていないからだ」
「…諦めていない、だと」
「そうだ、オレは諦めていない。まだ手は残っている。今回来て貰ったのはその手を増やすためと、嬢ちゃんをどうにかするための相談だ」
「アイズの?何をするつもりだ」
「噂は色々聞いている。最速でレベル2になったことで天狗になっているとな。その鼻をへし折る。嬢ちゃんに決闘を申し込む」
「バカを言うな!こんな身体で何が出来ると言うんだ。それにお前のレベルは1の、まさか残されている手と言うのは!?」
「そう、レベルアップだ。残されている可能性はそれしかない」
魔法を限界以上に使用したのが原因ならそれに耐えられる身体を得れば改善される可能性は確かにある。だが、魔力の器が大きくなるだけで、穴はそのままの可能性だってある。そもそもレベルアップのための偉業が達せられるかすら分からない。
「無謀だぞ。お前が考えている以上にレベル差がある者の戦いは厳しい」
「逆だな。レベル差は関係無い。オレに言わせれば『冒険者』ってのは子供なんだよ。目に見える数値に振り回されている」
「何をっ!?」
気を抜いたつもりはなかった。だが、今の私は喉元にナイフを突きつけられている。
「レベル差は関係無い。むしろあると分かっているからこそ付ける虚もある。げほっ、問題は体調をどこまで回復させた状態で戦えるかだ」
咳に血が混ざっているが、それが常態なのか気にすらしていない。彼の提案は断るべきだ。こんな状態の子供に無理をさせるべきではない。だが、今の状況を作り出した要因の一人である以上断るのも心情的に難しい。
最終的に見届け人という形でその場に私も同行させて貰うことで話を付ける。そして、アイズへの餌として使えと剣を渡される。正直に言ってロキファミリアにあるどの剣よりも上等なのが恐ろしい。素材は鉄なのだが、凄みがある。1年前に渡された槍もレベル1が打った物とは思えない出来だったが、これは遥か上を行く。これだけの武器を作れるのならアイズとも渡り合えるはずだ。そう思っていたのだが、決闘当日に持ってきた剣はあの工房に置いてある物の中で一番程度の低い剣だった。
ふざけているのかレベル差を甘く見ているのか判断に悩むが、顔を見ればこれでいいのだと物語っている。相変わらず死相が浮かんでいるが先日よりは元気そうである。これならばと思い決闘を始めさせ、結果に驚かされる。
アイズが負けたのは、まだ分かる。明らかに舐めてかかり、隙だらけだった。それにアイズのスキルも人相手には効果を発揮しない。だが、彼の使う剣技、アバン流刀殺法は異常だ。油断していたアイズの剣を一撃で砕いた『大地斬』アイズの魔法である『エアリアル』を切り裂き無効化した『海破斬』離れた位置から投石で攻撃していたアイズを切り裂いた『空裂斬』そしてそれら全てを組み合わせたと思われる『アバンストラッシュ』
「……どうして、どうして私が負けるの」
「アイズ」
「強くなったはずなのに、あんなのに負けるはずがないのに!なんで、どうして!」
私にはかけてやれる言葉が見つからない。私にはアバン流刀殺法が凄かったからとしか言いようがない。だけど、きっとそれは目先のことで本質ではない。その答えを出せるのは彼だけだろう。視線を彼に向ければ剣を鞘に収めて歩いてくる。
「『冒険者』ってのは歪な存在だ。神の恩恵という異物を受け入れることで体を急激に成長させられてしまう。本来あるべき生物の成長を歪められていると言ってもいい。オレの先生に言わせれば心技体が揃って初めて成長したと言える。得た力を技を以ってして心の示すままに振るう。神の恩恵で与えられるのは体だけだ。技も心も鍛えずに体だけが大きくなりバランスが悪い。自分は神の恩恵を持っていない奴、レベルの低い奴とは違うんだって万能感に酔いしれている子供なんだよ。特に心は鍛えるのが難しい。鍛えようとして鍛えられるようなものでもなく、きっかけが必要で、そのきっかけは他人と付き合うことでようやく得られる物だ。嬢ちゃん、お前は何のために力が欲しい」
「わ、私は、私は、力なんて欲しくなかった」
アイズの言葉に衝撃を受ける。あれだけ力に執着していたはずのアイズがそんなことを言うなんて思ってもいなかった。
「そうか」
「だけど、お父さんも、お母さんも居なくなって、私の隣に英雄が居なくて、だから、私が英雄になるしかなくて」
「そうか」
「だから、力が欲しい。英雄になれる力が」
本当に私たちは何も分かっていなかった。アイズがここまで苦しんでいることに気づくこともなく、知ろうともしなかった。泣きじゃくるアイズを抱きしめることすら出来ない。
「オレは鍛冶師だ。英雄じゃねえし、英雄になろうとも思わねえ。嬢ちゃんが英雄になれるかどうかも分からねえ。嬢ちゃんが本当に欲しい物である両親も用意してやれねえ。でもな、嬢ちゃんのことを大事に思ってくれてる奴もいる」
彼が私の方を指差し、アイズがそれに釣られて私を見る。その目を見た瞬間、私は走ってアイズを抱きしめる。
「すまなかった、アイズ。何も分かってやれてなくてすまない」
「リヴェリア」
「あんなスキルもあって、お前が無茶なことばかりをするから、無茶をして死なないようにとだけ考えていた。だが、違ったのだな。すまない、本当にすまない!」
情けない自分に涙が止まらない。子供どころかほとんど会ってすらいない彼には分っていたことが私には、私たちには分かっていなかった。彼の忠告は全て的を得ていた。そんな情けない私がアイズを抱きしめてやれるのかと思った。だが、アイズの目を見てそれが間違いだとも思えた。まだ、私たちはやり直せる。
「
「まあ、私たちの馴初めはこんな感じだな」
応接室でヴェルフとの馴初めをロキたちに話したのだが、アイズは早々にヴェルフに抱きつくようにして顔を隠している。まあ、肌の見えている部分が真っ赤になっているので恥ずかしがっているのが分かりやすい。
「付け加えると化粧で誤魔化していただけでボロボロの身体だったオレが倒れてヘファイストス様の所に担がれてレベルアップすることでなんとか一命を取り留めたって位だな。その後は折っちまった剣の代わりをくれてやったり、たまに一緒にダンジョンに潜ったり、正式に専属鍛冶師になったり色々だな。これ以上は話すつもりはねえ」
本当に色々なことがあった。秘密が多い彼だが、信頼できるし、ぶっきらぼうに見えて優しい男だ。彼がハイエルフなら、なんてバカなことを考えたこともある。たぶん、長たちにキレて里を燃やすだろうしな。それに、私には眩しすぎる。きっと何処かでその光に焼かれて自分を見失う。だから今で十分だ。私の、私たちの娘の伴侶。アイズの英雄で家族。それぐらいの距離がちょうどいい。