「さて、ここが今日から君達が暮らすことになる家だ」
「ここは、教会ですか?」
「放棄されてるから元、もしくは廃が頭に付くけどね。だけど、土台はしっかりしているし大切に扱われていた痕がある。こういう思いが詰まった代物は時に力になる」
「思いが力?」
首をかしげる三日月君に例を出して説明する。
「君があの大人を殺す時、どう思った?」
「……怒って、オルガを殺させないって」
「自分で思っている以上に力が出た。思いが力になったね。それは物にだって起こり得ることなのさ。だから、大切に使おうね」
「よく分からないけど、物を大事にすれば良いんだね」
「今はそれで十分だよ。実感すれば分かるよ。さて、部屋を決めたら今後の方針を説明するよ」
二人を部屋に案内し、扉の前で針を渡す。
「基本は二人一部屋だよ。扉には魔術で施錠できるようになっているから、それの認証に血を一滴貰うよ」
「魔術って、神様は力が封印されてるはずでは?」
「ああ、そこから説明が必要か。うーん、説明、難しいんだよねぇ。ええっと、ああ、これなら分かるかな。ヴァリスって実は通用しない国があるんだよね、ここから物凄く遠い場所なんだけど、そこではブレッドって通貨が使われてるんだ。神の力を使うのに必要なのがヴァリスで、この魔術に必要なのがブレッド、これで理解できるかな?」
「ヴァリスを全部家に置いてきてるで合ってます?」
「多少は持ってるけど、変に減らすと強制的に戻される感じかな。まあ、大体合ってるよ。ちなみにこのブレッド、君たちも才能が有って使い方を覚えれば使えるよ。元々は遥か昔の君たちのご先祖様が使っていた技術だからね」
「俺達が?」
「そう。まあ、ブレッドが使えないならルピーでもゴールドでもギルでも、使えそうなものを探してあげる。これでも結構凄い神様だからね」
これでも勤勉なのだよ。ありとあらゆる、は流石に言いすぎだが、メジャーな物は習得している。まあ、最終的にこの子たちなら僕が作った術式で落ち着くことになるだろうけど。
鍵の登録を終えて教会裏の庭で簡単に今後の説明を行う。
「さて、今後の予定だけど、基本的には僕の知り合いのファミリアでの雑用の仕事を貰えることになっている。生きていくのに最低限の賃金だけど、拘束時間は少なめにしてある。大体、1回3時間だと思ってほしい。朝5時から6時までに朝食や身支度を済ませて移動、6時から9時まで働いて戻る。9時から12時まで勉強、これは文字の読み書きや計算から始まり、先程の魔術や技術も教えることになる。もちろん、武術もね。12時から15時までは昼食や休憩。身体を休めることも時には重要だよ。15時から18時まではまた働きに行く。これで将来に向けての貯金ができるよ。18時からは夕食と自由時間だ。24時には就寝。翌日に疲れを残さないように。これを6日続けて1日を完全に自由に過ごす。これを繰り返す形さ。これは指導者として有名な方の5つの教えを元に考えてある」
「5つの教えですか?」
「よく働き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む。とある武術の修行だよ」
「勉強や遊びが武術の修行?」
「疑問に思っても不思議ではないよ。二人に質問だけど武術とは何かな?」
二人が考えて、三日月君がすぐに考えるのを止めてオルガ君の方を見る。
「三日月君、君の考えも聞くからちゃんと考えるように。同じ答えになったとしても、全く見当外れでも、考えることに意味がある質問だからね」
「答えが重要じゃないの?」
「答えも重要だよ。でも、考えるってことの方が重要なのさ。命とお金、どっちが大事だい?」
「命」
「だけど、お金があると命が助かることだってある。食べ物を買ったり、薬を買ったりだね。どっちも大事、どちらかと言えばこちらを優先、そういうことは世の中にはいっぱいある。さっきの質問もその一つだ。分からないことかも知れないけど考えてみよう」
そうやって理由を説明すれば三日月君は理解してくれたのか再び考え始める。オルガ君は答えを見つけたようだけど、三日月君を待ってくれている。しばらく待っていると三日月君が答えを口に出す。
「戦い方」
「オルガ君は?」
「敵を倒すための技術」
「うん、二人とも間違っていないよ。じゃあ、オルガ君、敵って?」
「えっ?」
僕の質問は想定していなかったのか口を開けては閉じるのを繰り返す。
「敵を倒すための技術、それを使って倒すべき敵は誰?」
再度促してあげれば答えてくれる。
「そりゃあ、怪物、いや、俺たちを襲ってくる奴ら」
「直接的に襲ってくれればそれで問題ないね。じゃあ、君たちを騙して借金漬けにしようとしてくる相手にはどうする?」
「殴るのじゃダメなの?」
場合によってはオッケーと教えたいけど、基本はダメと言っておこう。三日月君が判断できるまで成長した時に再度教えてあげよう。
「騙されたとしても契約を交わしているならダメだね。悪いのは三日月君達になる。だから騙されないようにするためにも勉強が必要なんだ。例えば」
地面にオラリオ周辺で使われていない言語で会話文を書く。
ヘスティア『そんな装備で大丈夫?』
オルガ『大丈夫だ、問題ない』
三日月『いや、やめとこうよオルガ』
「さあ、正しく答えられるかな」
「いや、これ本当に文字なんですか!?なんか、絵に見えるんですけど」
「象形文字と呼ばれる文字だね。絵というか、見た物を簡略化して文字として使ってるんだ、ちなみにこれが亀だね。上から見たらなんとなくこんな感じだよね」
「頭で甲羅で尻尾、確かに亀っぽさはありますけど」
「さあ、これにサインしないとお金を渡さないぞと言われたらどうする?」
「身を守るためにも勉強が必要になるってわけですか」
「そうだね。でも、もっと単純に考えても良い。文字が読めるなら本が読める。本にも勉強に使う物もあれば娯楽に関するものだってある。自分で文字が書けるなら本だって書けるようになる。勉強ってのはね、自分の可能性を広げるってことなんだ」
「可能性を広げる」
「まあ、そこは明日からの仕事で説明しよう。話を戻すと、この指導者の言う敵とは自分のことさ」
「自分ですか?」
「この指導者曰く、武術とは周りに強いことをアピールしてモテたりするためのものではなく、心身を鍛えることで健康となり、それによって生まれた余裕をもって人生を楽しく過ごすための物。ただし、自分や正しい人々が不当な力に襲われた時はぶちのめせ。少し長いけど分かったかい?」
「分からない」
「あー、一生懸命修行、さっきの五つのことを守って人生を楽しく生きよう。辛いと修行が嫌になるから程々に遊ぼう。それを邪魔する奴はぶっとばせってことだよ」
噛み砕いて説明すれば理解できたのか三日月君は首を縦に振る。
「それなら分かる」
「楽しく生きる。強くなるためで終わらずに強くなってどうするのかがはっきりとしていてすげえ分かりやすいです」
「そう言ってもらえると彼も喜ぶだろう。きっと君達の本当の居場所は楽しく生きているうちに見つかるはずさ。だから、焦る必要はないよ」
「「はい」」
ヘスティア様と暮らし始めて1ヵ月が経つ。その間に一緒に暮らす人数も増えた。ハーフドワーフであるアキヒロとマサヒロのアルトランド兄弟、狼獣人のノルバ・シノ、ハーフエルフのビスケットとその双子の妹でまだ乳飲み子のクッキーとクラッカのグリフォン兄妹、種族が分からないぐらいに血の混ざったユージン・セブンスターク。
一応、リーダーとして纏めることになっているが孤児である俺達は元からある程度助け合って生きていたから問題は起こってない。仕事もクッキーとクラッカは出来ないがヘスティア様が面倒を見て下さるので問題は無い。
仕事は現在4種類受けられることになっている。まずはデメテルファミリアでの農作業の手伝い。害虫駆除や収穫物の運搬、空いた耕作地を耕したりなどの知識がそこまで必要ない作業を行う。それとは別にヘスティア様が1区画を借上げて自分達で食べる分を自分達で作ることにしている。今は育てやすい蕎麦を作っている。ミカは興味があるのか休みの日にも手入れに行っているそうだ。
次はヘファイストスファミリアでの鍛冶仕事の手伝い。こちらも知識がそこまで必要ない掃除や材料の運搬などだ。ビスケットは接客も行っている。礼儀作法が最低限身に付いているし、読み書き計算もできるからな。初日にヘスティア様がランタンを渡したら物凄く驚かれていたがなんだったんだろうか?
その次はイシュタルファミリアの経営する食堂でのコック見習いと言う名の皮剥き、皿洗い担当だ。ヘスティア様は料理人として腕を振るい、店の収容数を遥かに越える客を一人で捌く。それが終わればヘスティア様が考案した新しい形式の娼館の女性達の作法の講師を行う。これがヘスティアファミリアの一番の収入源となっている。
最後は屋台。ヘスティア様が簡単な料理のレシピと実際に作り方を教えてくれたのでそれで屋台をやっているのだが、こいつは儲かりはしない。わざと大量に作って余らせて捨てるからだ。孤児たちの縄張りに。
ヘスティアファミリアでも受け入れられる限界は存在している。実際、今の人数で結構ギリギリだ。無理をしても3人ぐらいで限界だ。だが、オラリオの孤児は多い。孤児同士の繋がりで確認出来ただけで1000は超える。俺達だけがこんなに幸せになっていいのかと悩んでヘスティア様に相談してこういう形で少しでも孤児が生き残れるように支援する形を採っている。特にアキヒロ達が力を入れている。
あいつらは孤児の中でも限界に近いデブリと呼ばれる最低辺だからな。出来るだけ廃棄量を増やせるように安い食材を無駄なく調理して廃棄している。だが、これにも限界はある。大量に廃棄すると言っても200食しか用意できないし、多少は普通の客に買われる。少ない日は20食、多ければ80食売れる日もあるのだ。最低100食と見積もって孤児たちがそれを分け合っても200人の口に入るかどうかだ。もっと量を増やそうとしてもヘスティア様がそれを許さない。使える金額は50食分に加えて参加者の手持ちの1割までと厳格に決められている。助ける側が倒れてはそれまでの苦労が全て無駄になるからと。反論は出来なかった。ある程度の少しずつ貯蓄できている状況だが、それでもこの貯蓄は次の段階に進むための物だ。1割でも多すぎると言っても良い。
今以上に金を稼ぐ方法は1つしかない。冒険者としてダンジョンに潜る。そのためには恩恵を得なければならないが、ヘスティア様はまだ早いと言って恩恵を授けてはくれない。
今の気持ちでダンジョンに送り込んだら絶対に無理をして身体欠損か、最悪誰かが必ず死ぬと言われた。それを俺達は否定できなかった。だからこそ課題を出された。
ヘスティア様が俺達のために編み出した肉体強化法『阿頼耶識』の習得。それが出来たなら恩恵を授けて下さると仰られた。それから時間の許す限りを阿頼耶識習得に振った。周りの冒険者達には恩恵無しで出来るわけがないと笑われたが、デメテル様やヘファイストス様達はヘスティア様が言うのならそれは出来ることだと背中を押して貰えた。
その言葉通り、訓練を始めて2ヶ月でミカが最初に習得し、そこから1ヶ月で全員が阿頼耶識を習得した。そして今日、揃って恩恵が授けられることになった。
教会の像の前にテーブルを置いたヘスティア様が背中をむけた状態で立ち、俺達は1段低い位置に横一列で並ぶ。
「君達を拾って4ヶ月か。早いものだね。半年位はかかると思っていたんだけどね。さて、恩恵を授けるんだけど、ちょっとだけ話を聞いてくれるかい。とても大事な話だ」
ヘスティア様の真剣な声色に浮わついていた心を落ち着かせる。
「僕はね、この恩恵が嫌いなんだ。子供達を全く別の存在に作り替える恩恵が嫌いだ。だけど、これがないと怪物に対抗するのがとても難しいのも事実だ。だから嫌いでも君達に授けるのに否応はない。そして、これを受け取る君達は心に刻んでおいて欲しい。恩恵は目に見えない強力な武器だと言うことを。ビスケットは理解しているよね。好き勝手に他人を傷つけることを選んだ者達を。それに対して有効な手を執れない者達を。そして復讐に走る者達を。君達はこの力でどんな未来を掴み取るのか分からない。だけど、後悔だけはしないように。恩恵を得たからと言っても、君達が僕の可愛い子供達であることに変わりはない。自分達の未来を望んでここから離れたとしても変わらない。恩恵を受けるのを拒否しても変わらない。君たちが自分で未来を選び取れるのなら、僕はうれしく思う」
ヘスティア様が振り返り俺達に手を差し伸べる。
「さあ、僕の可愛い子供たち、神の恩恵を授けよう」
阿頼耶識
ヘスティアが編み出した複合魔法。肉体強化、空間認識能力強化、念話の3つを1つの術式に纏めた魔法。言うまでもなく習得難度はグロい。発動時に大量の魔力が必要だが維持にはほぼ必要ない。重複発動可。