シスコン野郎と青春フラクタル   作:金木桂

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短編なのでまだストック2話分しかないです。
良ければお気に入りと評価と感想のどれか、宜しくお願いします(媚び)


一点状のフェイクカップル

 

 高校2年生になって1ヶ月が経った。

 高校生という思春期最高到達点に立たされた俺の日常は、美少女が空から降ってきてパンツ丸出しで地面にめり込むだとか自転車で坂道を駆け下り大いなる海へとフライアウェイするだとか、はたまた転校生の美少女に顔面を蹴られて鍵を落とすだとか、そんな青春っぽいことは何も無く淡々とカレンダーはその枚数を減らしていた。つまるところ、これがギャルゲーならばクソゲー評価を免れない程に俺の青春には出会いも事件も過不足気味であった。帰宅部としては正しいのだろうが俺としてはミジンコほどでも良いから何か刺激チックなイベントが起きてほしいわけで。

 

 だが一つだけ。刺激的と言っても毒のような忌避したい出来事だが、進級してから変わったことがある。ある種最新ニュースだ。 

 この俺、桂川静流(けいせんしずる)には一人妹がいる。それこそ思春期真っ盛りな年齢の中学3年生の妹が。妹なんて別にどこの家庭にいたっておかしくないだろ? と返答が来てしまう予想は付くがまあ待ってほしい。もしこれを友人が聞けば「お前自慢じゃねえか!? 万年彼女の影がない僕への当てつけですか!? 妹とかおまそれ存在自体が奇跡って分かってて宣わってんですか!?こうやって怨恨を抱く僕を眺めてせせら笑ってる訳ですか!? ぶっ殺すぞああん!?」と憤怒して殴り合いになるのだが、その話はさておき。

 端的に、俺の妹───桂川優愛菜(けいせんゆあな)は、俺のことが嫌いになったかもしれない、と思うのだ。

 こう、アイスピックで氷山を登るかのようにザクザクとした言葉で優愛菜は俺を抉ってくる。と言っても分からないかもしれないので、紳士諸君には先日の兄妹会話を見てもらいたい。

 

 

 

「お前、今日は早いんだ」

 

 と、これは俺が高校から帰って来たときにリビングにいた妹の第一声である。

 お前、という二人称は当然俺のことで、優愛菜が中学3年になった頃から気付けば呼ばれるようになっていた。それまでは普通にお兄ちゃん呼びだったのが、進級して突然である。心変わりするにもアレだ、超常生物に脳味噌を交換され操られてしまったならまだしも、そんな非科学的事象の起こり得ない現代社会において何故そうなってしまったのかは非常に気になる点である。

 それにこの間まで懐いていた妹から拒絶されるのは兄貴としては辛い。会話を拒絶され続けたら精神が殺られて精神科入院コースになること請け合いなので、なるべくダメージを受けないようしょぼくれて立ち去る他ないのだった。自分でも兄貴としての立場が弱いなと思う。うん、すっげー弱い。心も弱い。妹に言葉で負ける兄貴って何よ、って話。

 

 ついでに、兄貴に「お前」呼びとか世間的にも普通じゃない訳で。両親の前なら良いが親戚の前で言われてみろ、絶対に俺が妹に何かして嫌われたと思われるだろうが。特にああいう親戚輩一同の、特に性格の悪い一部は過激な噂話をでっち上げがちだ。「桂川さんの長男、妹さんのブラで女装してたのを見られて妹さんに嫌われちゃったらしいんですよ」とか叔母様会議でヒソヒソ言われてみろ、事実無根であっても俺は死ぬ。サイコロを振って1〜6が出る確率で死ぬ。急性の突然死、死因は社会的恥辱による心停止。ってな訳で優愛菜、お前呼びはやめろ。せめて呼ぶなら「お兄ちゃん」とか、それが嫌なら「お兄」とか「兄さん」とか「にーにー」。「兄たま」も悪くない……ってそうじゃないな。

 願望は心の床下に隠しつつ、気になるのはやはり優愛菜のことだ。

 

 中学3年生になるまでの優愛菜はそれはもう素直に可愛かった。何も不純物の含まれていない精製水みたいで、天使だとも思ってた。中学の時運動会に応援に来て「お兄ちゃん頑張って!」と笑顔を咲かせた優愛菜とかシスコンじゃないがマジモンの天使だと思ったまである。キリスト教も三位一体に出てくる精霊は優愛菜だと認めるレベル。

 なのに今では俺に対しては日常的に罵詈雑言が飛ぶし、とても邪険に扱ってくる。スケバン宜しく、ヤンキーチックな少女に生まれ変わってしまったのだ。がんがらがっしゃん、俺の心は壊れた。

 

「早く出てってくんない? お前がいるとドラマに集中出来ないから」

 

 そんな事を考えてるとは露ほども知らないであろう我が妹は、ソファーでだらし無く寝っ転がりながらテレビを見ている。Tシャツが捲れてへそと共に白い健康的なお腹が見えていて、と思うと何気ない動作でサッと服を摘んで元に戻した。俺が見てるのに気づいて戻すのやめなさいもう! とオカンのように説教したいが、した瞬間舌打ちが飛ぶので辞める。闇落ちした天使は兄貴でも怖いのだ。

 俺は部屋に行こうとして、足を止める

 そういや親父もお袋も今日仕事で帰ってこない、ということを伝えなきゃならない。

 

「……なあ優愛菜。今日晩ごはんどうする?」

「なんで?」

「今日帰ってこないって言ってたぞ」

「そなんだ。じゃあお前が適当に惣菜買っといて。私はご飯炊いて味噌汁作るから」

 

 そう言うと再びリモコンの一時停止ボタンを押して、ドラマを見始める。

 両親共々バリバリの社会人で有る我が家はこういう状況も珍しくない。だから俺も優愛菜も手慣れたもので、この役割分担もいつものパターン。

 最初の頃は「お兄ちゃん! 一緒に作ろ!」とか言ってくれたのになぁ……すっかり資本主義的分業に慣れちゃって。大丈夫だぞ優愛菜、資本主義の犬から救ってやるからな。

 

 昔を懐かしめば懐かしむほど、取り戻したくなる。優愛菜がこうなって1ヶ月、未だに俺は慣れないのだ。輝かしいあの日々が懐かしくて堪らない。シスコンとか謂れなき誹謗中傷を受けても良い、何せそれくらいには追い詰められている。

 直接優愛菜に聞いても「別に良いでしょ、私の勝手じゃん」とかリターンエースしてくるし、ホントに打つ手が無い。元の優愛菜に戻ってほしいけど長年連れ添った俺もどうすればいいか分からない状況で。

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「と、言うわけで御厨(みくり)。どうすれば良いと思う? 簡潔に意見を述べたまえ」

「なるほど、それで僕にコメントを求める訳ね。一言でいってやろう。死ね。滝壺に落ちてグチャグチャにミキサーされて死ね。酷たらしく無残に死ね」

「真面目に聞いてるんだ俺は」

 

 中学以来の親友である絹久御厨(きぬひさみくり)に相談してみれば、雪崩のような罵詈雑言が返ってきた。妹がいないことを妬むのいいが俺に当たらないでほしい。フレンドリーファイヤは現実でもゲームでも御法度だぞ? 加えてお前に妹がいないのはお前自身の努力不足であって、御厨がもっと両親に働きかけていれば妹が生まれていた可能性はあったのだ。知らんけど。

 

「あのな、唯一の兄妹である妹から冷たく対応されるのって結構しんどいんだぞ? しかもこないだまで普通だったのが、唐突にだな」

「馬鹿野郎! 冷やし妹とか天然記念物ですからね!? そのダイヤにも匹敵する希少性が分からないとか僕が拳で分からせてやろうか!?」

「いやなんで拳? なんで肉体言語なんだ? 気が早くないか?」

「妹に決まってんだろ!」

 

 何が妹なの? 何が決まってんの?

 駄目だこいつ、正常な会話が出来ない。変な薬でも飲んだか? 流石に友人といえ違法薬物を摂取しているならば警察に引き渡すのも吝かじゃない。幻覚とか見始めたらガチで110番に電話する他ないだろう。

 しかし、遺憾ながらこんな馬鹿茄子だろうと腐っても友人。頭が壊れていても直せるなら直したいとちょっとは思う。1ナノメートルくらいは。何せ都合の良い肉盾になれる才能を秘めてるのだ、教師に怒られたときにスケープゴートにできる人材なぞ彼以外にほぼ類を見ない。

 それはそれとして、一つ物申したい。

 

「あのな御厨。分かってないなら教えてやる。時代は妹じゃない、姉だ」

「はぁ? あんな年増の何が良いんだよお前。可愛さが無いし上から目線だし、良いとこ一個もないぜ?」

「お前本当に分からないやつだな。姉の尊さ、そしてエロスを。分からない? 殺すぞ?」

「いいねー、妹がいる奴は訳分からん生物に好意を抱く余裕があって! なーにが姉じゃ、時代は妹! 純真無垢妹ヤンキー妹ギャル妹オタク妹サド妹マゾ妹メンへラ妹ヤンデレ妹文系妹理系妹体育会系妹ニート妹メイド妹OL妹看護婦妹教員妹ゾンビ妹ケモミミ妹、全部あり寄りのありなんだよ!」

「相変わらずその熱意キモいっつの。そもそもだな、妹いないのにシスコン(妹)(カッコいもうとカッコとじ)とか頭可笑しいんじゃないか?」

「お前こそ姉いない癖にシスコン(姉)(カッコあねカッコとじ)とか狂ってるよ!あ〜 殺意で頭が殺られそう、てか殺りそうなくらい煮えたぎってる!」

「お、やるのか? 万年帰宅部のお前がそんな貧弱な拳でやるのか?」

「お前も帰宅部だろうが! やってやんよ! マジのガチで真剣にやってやんよ!」

 

 と、拳を互いに構える。そして目を合わせて数秒、互いに溜息をついて構えを解いた。

 

 虚しい。とてもとても虚しい。

 

 譲らない一線があるとはいえ、その為に喧嘩するとか馬鹿らしい。なんたってコイツを殴り倒したところで俺に姉が出来る訳がない。ファイトマネーは教師の説教だ、今月もう一度経験してるため次食らったらレッドカード。期間限定特典は反省文10枚である。ふっ、命拾いしたなシスコンが。

 御厨も同じことを思ったのだろう。拳を引っ込めれば脱力したように椅子に座る。考え直してみると、そもそもこの言い争い、不平等なのでは? 御厨はまだ両親が夫婦の営みさえすれば妹が出来る可能性があるのに対し、俺に姉が出来る可能性は皆無。時間の壁は厚い。タイムマシンを作るか勉強机からドラちゃんが出てこない限り俺に姉は出来ないのだ……そう思うと好き勝手言ってくるこのクソ友人をぶちのめしたくなるが、お前の姉の顔に免じて我慢してやろう。

 

「それで、なんだったか? 妹と仲が悪くなったとかグレたとか、そういう話だったっけ?」

「ああ。無茶苦茶困ってる」

「そうだな……一応優愛菜ちゃんのことを知ってる僕からすると不思議なくらいなんだけど」

 

 と、首をひねった。

 高校一年からの友人である御厨は我が家に何度か遊びに来ており、その時に優愛菜とも会っている。最近は来てないが、来ていた当時の優愛菜はまだ天使だったから想像付かないのだろう。安心しろ。俺も未だに想像付かん。

 

「正直優愛菜ちゃんがグレるとこ思いつかないんだけど……本当にそれグレたのか? ちゃんと確認したのか?」

「確認ってもだな。実際俺は優愛菜とは話してるわけだし」

「や、違う。一度ちゃんとそのグレたことについて、コミュニケーションを取ったことあるのか?って話を僕はしてるんだ」

 

 ……そう言われると、無いとしか言えない。優愛菜からマジうぜえとか、失せろとか、嫌いとか言われたら死にたくなるのだ。ちょっとした感じで聞いたことはあっても、きっちりと話すことは意識的に避けてきた。

 考えていると「で、どうなんだ」と御厨は更に急かすように言葉を重ねる。

 

「……無い。無いな」

「じゃあ僕の答えはシンプルだよ。ちゃっちゃか優愛菜ちゃんと話せ。それで前に進むか後ろに戻るかは結果が出るまで分からないけど、進展する事だけは保証するよ」

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 御厨に諭されて、俺は決意した。かの暴虐な妹と剣を持たず対話すると。

 放課後、帰ろうとした俺に「静流」と名前を呼んでくる声が背後から伸しかかった。

 

「今日は一人なのね、このぼっち」

「ぼっちじゃない。俺は友達いるからな」

「友達っていうのは私とあと絹久君の事でしょ? 粋がらない粋がらない」

 

 んだよこいつ……と思いながら振り返れば、予想通りの人物が立っていた。

 水梨遊璃(みずなしゆうり)。俺の無二無三の幼馴染だ。

 茶色の長い髪はシルクのカーテンの如くゆらりと腰まで広がり、目鼻口は職人が取って付けたみたいで、白い肌も相まって顔立ちはさながら高価な人形。スラリとした腰つきに細くも肥えた太腿、噂では新しいクラスメイトからもう3回告られたとか。だからまあ。癪だが、いつ見ても美人だと思ってしまうのはしょうがないことなのだろう。

 

「なんかこうして会うの久々だな」

「そりゃそうよ。私は暇じゃないんだから」

 

 大きな胸を張って、遊璃はカバンを肩に掛け直した。事実、遊璃はモデル並みの身長を活かしてバレー部のエースをやってるからその通りだ。だと言っても俺が暇みたいに言うのは止めてほしい。……あまり否定出来ないけど。

 

 昇降口を過ぎて、横に並んで外へと出る。グラウンドは体育会系の生徒が部活動に勤しむ姿で埋まっている。

 

「今日は部活休みなのか?」

 

 手持ち無沙汰になったので取り敢えず話題を振ってみると、遊璃は肩を落として言う。

 

「まあそんな感じ。男子バレー部の馬鹿が集団で女子更衣室の覗きをやってたのよ、それで一週間休部」

「今時やる奴なんているんだな」

 

 もはや漫画とかでしか見ないだろ覗きって。ネットで検索すりゃそういう画像だって山のようにあるだろうに……リアルで目にしたいという謎の熱意すら感じる。分かるが分かりたくない。この微妙な男心を理解してくれる彼女募集中だ。じゃんじゃん投稿フォーマットに送ってくれ。

 俺の感心半分の言葉に、遊璃は心底興味なさそうに「らしいわね」と吐き捨てた。

 

「でもどうでも良いわ。ただ今の時期は本当に勘弁して欲しいのよね、全く。私達は関係ないのに巻き込まれた感じだし、大会前に停部とか……。考えだけで腹が煮えたぎってくるわ」

「まあ落ち着けって。遊璃は見られてないんだろう?」

「当然じゃない。あんなクズ達に見せる身体なんて無いわよ」

「……こりゃ当分続くな」

 

 遊璃の綺麗な仏頂面を眺めながら、思わず呟く。

 ここまで馬鹿とかクズとか罵倒を連呼する遊璃はレアだ。宝くじで4等が当たるくらいレアだ、と表現すると少し多すぎる気もするが実際は一年に一回もここまで苛立つ遊璃はお目にできない。それほど今回の事件にムカついてるのだろう。いや、それは季節によって木々の葉が変化するくらい当たり前の出来事だ。自分の知らないところで起こされた事件で被害を被ってるんだから、腹立って立つだろう。それにしても、美人が怒ると怖いというのは本当で、無表情なのに威圧感から距離を取りたくなってくる。

 

「まあ遊璃は覗かれてないんだろ? ならまあ、部活はともかく個人的感情としては一旦鉾を収めても良いんじゃないか?」

「そんな訳にはいかないわ。何せ奴らは覗き対象に優先度を付けていたらしくて、私の身体は第一位だったらしいの。腹立たしいことにね。怒るくらいで済むなら感謝して欲しいくらいよ。もし私まで覗かれていたならまず警察沙汰にするわ。絶対に逃さない。司法の手で地獄の深淵まで追いかける」

「え、めっちゃこわ」

 

 目が語っていた。ガチだ。この女、やると言ったら絶対にやる。良かったな覗き魔共、こいつの着替えは覗かなくて。きっと問題を大きく焚き付けてSNSとかにも匿名拡散しまくって社会的に抹殺されてたぞ。

 

 校門を出て、駅の方面へと歩く。幼馴染というのもあって遊璃の家は俺の家のすぐ近く、歩いて2分くらいの位置にある。昔は良く遊びに行ったものだが、如何せん高校に上がってからは忙しくて遊ぶことすらしない。高校2年となってからはクラスも違うから、精々今日みたいに登下校を共にするくらいだ。

 それで疎遠になったかと言えばそういう訳でもないが、それでも互いの距離感は少し遠くなったのは間違いない。

 

 そんな事はどうでもいいけど、と遊璃は口にする。

 

「最近、優愛菜はどう? 今年受験だったかしら、元気にしてる?」

「ああ……まあな」

「何か含みのある誤魔化し方ね。吐きなさい。キリキリ吐きなさい」 

 

 最近の優愛菜のことを思い出して、胃がキリキリしてきたので曖昧に返事をすると直ぐに噛み付いてきた。流石幼馴染、俺の胃腸の変調に鋭い。俺の家に健康診断機として就職してくれたら毎日元気に生活できるだろう。そして不摂生があれば無茶苦茶罵られると……マゾでは無いからノーセンキュー。

 さておき、エロ本でも無いからして隠すようなことでもない。要点だけ摘んで話す。

 

「それがな。優愛菜が中学3年に上がってから、俺のことを嫌いになったみたいなんだ」

「え、あ〜。なにそれ。新手の冗談? 分からないんだけど、ちゃんと説明してくれない?」

「そうか、遊璃は今年に入って優愛菜に会ってないもんな」

「メールに、週1で電話はしてたわ。進級してからは受験で忙しいと思ってしてないけど」

 

 何それ、仲睦まじすぎでは? 俺とより話してるぞそれ。

 

「それでどうしたのよ。静流のことを嫌うなんてあるのかしら、あの子が」

「それがあるんだよなぁ。最近家に湧いたゴキブリみたく邪険に扱ってくるんだよな。同じ空間にいるだけでも早く出てけとせかせか言われ、一緒に夕飯食ってもすぐ食って自分の部屋戻る、まるで反抗期の猫でも相手にしてる気分だ。話す機会とかもこの一ヶ月全くない」

「なるほどね」

 

 そう言うと遊璃は納得するように頷いて、それから俺の手を掴んだ。

 

「どうしたんだ?」

「静流、一つ。対ショック療法になるけど方法があるわ」

「構わないけど……何をするんだ?」

「私達、付き合いましょう」

 

 瞬間、時は止まる。当然そんなのは比喩だ。俺がそう感じただけで腕時計の長針は目に見えて回っているし、春終わりの湿った風は肌を打ち付ける。

 でもそう思わないとやってられない。

 付き合いましょう? 誰と?

 その結論は誰よりも理解できているはずなのに、情報が処理し切れずフリーズした。

 漸く再起動した脳味噌で、俺は口を衝く。

 

「……え? 付き合う?」

 

 自分でも間抜けな声が出た。自己弁護するわけじゃないけど、当然と思う。

 漸くマトモに回るようになった脳味噌だったが、未だ分からない。会話の脈略的に、どこがどうなってそう転じるのか。全然分からない。本気で言ってる訳じゃないことくらいは分かるが───と、遊璃は微笑んで言う。

 

「勿論、本気じゃないわ。フリよ、フリ。恋愛漫画とかでよくあるじゃない。付き合ってるフリをするのよ」

「付き合ってるフリ……? 今時古風な。する必要なんてあるのか?」

「あるわ。優愛菜だってそんな事を言われれば反応が変わるはずよ。付き合ってると言ったとき、どう言葉を返してくるのかを見なさい。ふーん、くらいで終わるようなら無関心ってことだし、逆に興味津々に来るなら静流のことが嫌いじゃないってことになるわ」

 

 言われれば、最適な方法のように思えてきた。

 御厨の言うコミュニケーションよりもこっちの方がやりやすいし、優愛菜の本心も引き出しやすい気もする。やる価値はあるのかもしれない。

 

「あ〜そうだな」

「煮え切らない返事ね」

「だってなぁ……」

 

 抽象的な、言葉にならない声が口から出ては風に流され雲散無消してを繰り返す。

 だって、それって嘘カップルってことだろ? もしバレたら面倒だ。相手は学年でも異性人気の高い遊璃で、それに相手が出来たとなったら大騒ぎするに決まってる。俺だって問い詰めはしないが絶対に相手について聴取するだろう、10年以上も幼馴染なんだしな。半端なやつと付き合わせる気はない、それでも覚悟があるなら俺の死体を超えて行け。

 

「言っとくけど広める気は無いわよ? あくまで優愛菜ちゃんにだけ言うだけ、学内に広めようとかは考えてないから」

「それなら大丈夫……なのか?」

 

 フリとは言え、付き合う訳で。それがどう影響するのかなんて万年恋愛初心者の俺に解るべくもなく、ただ無知故の不安な声が出るのみだった。

 

「大丈夫よ。私も全面協力する、フリって言うのは二人の秘密にすれば。ね?」

「まあ、ああ、うん。ならやってみるのも悪くないな」

「決まりね。じゃあ早速手を繋ぎましょ」

「手ね」

 

 ほい、と投げ出す反面に俺の心は真昼のサハラ砂漠のように火照っていた。もし俺の心臓がマントルなら今頃血圧で噴火して日本の地図を変えていたことだろう、その点は全人類俺に感謝して欲しいものだ。

 

「お、おい」

「何? 恋人でしょ?」

 

 遊璃は俺の手を掴むと、指をするりと絡めた。

 恋人繋ぎ。脳内辞書でしか知らない言葉に脳がパンクしそうになりつつも、何とか持ち直す。というか持ち直せ、俺。ここで弱いところを見せてみろ、今後永遠にネタにされるぞ。な? 俺なら踏ん張れる、でも遊璃の指スベスベしてて暖かいな……じゃない踏ん張れよ俺!

 幸いと言うべきか、前を向いて歩く遊璃は一切合切俺の様子など鑑みてなかったようで、少しホッとするような残念なような気分になる。ここで残念とか思っちゃうところが俺の弱い心なんだろうな。だが男子高校生である以上仕方のないことではある、と自己正当化だけはしておこう。

 

「なあ。恋人のフリをするのは良い、だがいつまでやるつもりなんだ? 地球が終わるまで、とかありきたりな恋愛漫画的発言をカマすつもりが無いなら決めとこうぜ」

「それでも良いわよ…………冗談よ。冗談だから手を解こうとしないでくれる? 鬱陶しい」

 

 うるせ! 恋愛はしたいが俺はまだ人生の墓場には入りたくないんだよ!

 違うとのことなので、渋々抵抗を止める。

 

「真面目に言えよな。冗談でも本気にするタイプだぞ俺は」

「一番社会で厄介なタイプねそれ」

 

 それも確かに。ジョークに噛み付きまくってネットで炎上してそうだ。

 少し考え込むように遊璃は握っていない方の手を顎に当てると、すぐに思いついたのか口を開く。

 

「そうね。何なら今日明日だけでも良いけど……どうする?」

「どうする、と言われてもだな」

「少なくとも優愛菜ちゃんを揺さぶるのが目的なら長期間やる必要はないのよね」

「なら今日明日だけってことか?」

「そうね。いや、やっぱり1ヶ月くらい続けるわよ」

「はあ? 1ヶ月?」

 

 突然言葉を翻した遊璃に聞き返す。

 伸ばすにしても一週間とかならまだ分かる。遊璃の部活が再開するのもその頃で、丁度いい頃合いだからな。だが一ヶ月となるとそれはもう、下手をすればフリであるのがバレるリスクだってある。それで困るのは俺じゃなく遊璃じゃないんだろうか?

 

「ええ、そう。一ヶ月。良いじゃない、そのくらい気合を入れて聞いて来なさいよ」

「まあ、お前がいいんなら何も言わんが」

 

 どうせこの一ヶ月の間で俺に彼女が出来るわけでもあるまいし、結局は世界のカップル数が一組増えるだけだ。それなら何も問題は無い。

 

「じゃあ決まり。デートもしましょう」

「え、そこまでやるのか」

「当たり前でしょ。些細なことからぽろぽろと漏れてバレるものよこういうのは」

 

 それは恋愛漫画の見過ぎでは? とか思ってしまうが、隠し事をする以上穴は無くしたいという点に関しては同意だ。リスクヘッジと思えば、妥当な判断だと納得できる。にしてもそこまでやったら本気で遊璃に惚れそうで怖いが。嘘が本当に流転する展開とかそれこそ恋愛漫画で山ほどある訳で、俺自身この容姿端麗な幼馴染に惚れ込む可能性が無きにしもあらず。もし幼馴染とかじゃなかったら速攻で告白して振られてる。撃沈族の仲間入りである、笑えねえ。

 

「そういうわけだから、次の日曜日開けといて。デートよデート」

「分かった分かった、んでどこ行くんだ?」

「適当よ。所詮はフリだもの」

「そんな雑な」

 

 まあ後でメールするから、と言うに留まった。完全に昔一緒に遊びに行ってた頃と何も変わらないんだよなぁこれ。

 

 そんなこんなで、それからは何も関係ない話題を駄弁りながら自宅付近で別れたのが十分前。

 今思えば間違いだった。遊璃も連れてくるべきだったのだ。

 

 頭をガシガシ掻きながら俺は盛大に顔を顰める。

 ───ああ、やっちまった、と。

 

 





タイトルは仮題です。
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