シスコン野郎と青春フラクタル   作:金木桂

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全然ストックないし終わらないし、何ならまだプロローグ…。


三角形上のストラグル

 ゴツンと、重い衝撃が頬を走った。俺の身体はその余波を受け切れずに地面へと倒れ掛け、すんでのところで踏みとどまる。だが空いた腹に拳が刺さり、なす術も無く俺は倒れ込む。

 

「あのな? 分かるだろ桂川。お前にゃ、水無は似合わないんだよ」

 

 見下しながら、今にも痰でも吐いてきそうな表情で俺に言う。やれやれ、何も俺はしてないというのに。俺をサンドバックにする体力があるなら本職(バレーボール)の練習でもするか、それか女子バレー部に謝罪でもしてりゃまだ社会の役に立つだろうに。

 昼休みはまだ半分、ダウンする俺はまた道端の石ころみたく蹴られることだろう。こんなんなら昨日だけでも筋トレしとくんだったな。痛いのは苦手なんだが、仕方がない。

 男子バレーボール部部員である葉加内源内(はかないげんない)の暴行に、被害者である俺は憤慨するでも慄くでもなく。どうしようもなく無関心だった。

 

 

 

 閑話休題(どうでもいいが)

 

 

 

 事の始まりは昼休みに入った直後のことである。

 昼飯を食べようと俺は弁当箱の蓋を開けて、それから教室にクラスメイトではない知らない奴が入ってきたことに気付いた。

 いつもなら特段気にすることでもない。森の中に木が生えるくらい日常的な光景で、友人に会いに来たとかそんな理由で他クラスの人間が入ってくることは多い。

 だが今日、この瞬間に入ってきた男に関しては違う。剣呑とした雰囲気に何より鋭い眼光、明らかに磯野を草野球に誘いに来たとかそんな平和な目的ではなさそうだった。

 そして彼は言ったのだ。

 

「桂川はいるか?」

 

 ……は? 誰だよお前。

 残念ながら、俺の乏しい記憶力だとその髪をオールバックにした、以下にもガラの悪そうな高校生に心当たりはない。

 

 問われたクラスメイトの一人が俺のいる方向を指差した。あのな、人を指差すとか本当に道徳履修したの? 心のノートちゃんとやった? 心のノートに「危ない人物が来た場合は桂川静流に押し付けるのが道徳的に正しい」とか一言でも書いてあったか?

 その男はギロリと、さながらこれから殺すターゲットを見定めるように俺に視線を寄越すとズンズンと不敵に歩んでくる。

 

「お前が桂川静流か?」

「桂川静流? はて、俺はウィリアム・バートリー。南アフリカからの留学生だ」

「お前のどこが南アフリカ人だ。くだらねぇ嘘吐いてる暇あるなら付いてこい、話がある」

 

 冗談が通じないとは相当人生損してるな。それはもうダイヤモンド並みに硬い脳みそなのだろう。哀れなり。

 

 

 

 とまあ、そんな感じで校舎裏まで連れてかれて蹴られ殴られるのが今の俺。情けない? 確かに、端から見たら虐められっ子極まってるだろう。

 昼下がりの校舎裏は不良の溜まり場の鉄板と言うべきか、人っ子一人おらず立っているのは俺と庭加だけだ。正確に言うなれば俺は尻もち付いて倒れてるわけだが。にしても、一応県内ならそこそこの進学校でも不良っているんだな。また知識が広まったわ。

 厳つい相貌で葉加内は路面に唾を吐き捨てた。

 

「俺は別れろっつってんだよ。じゃなきゃ未だ殴られるか?」

「葉加内。そういうのは水無に言え、どうせアレだろ? 水無のことが好きなんだろ? なら俺なんか殴ってないでささっと聞いて告ってくれ、俺の怪我が増える」

「誰に向かって言ってんだ。状況を見ろよゴミ。俺が上、お前が下。上か下の言うことを聞く道理、あるか?」

 

 頬に葉加内の拳が押し付けられる。ヤダ理不尽。お前はどこのメソポタミアの王様だよ。

 もしかして男子バレー部はみんなこうなのか? こういう感じなのか? ガラも悪いし覗きもするし、救いようがないだろもうこれ。もう廃部になれ廃部に。

 

「なあ葉加内。そもそもお前、俺が水無に別れろと言ったらどうなるか解ってて言ってんのか?」

「はぁ? どういう意味だ」

 

 猜疑心マシマシの声を上げて葉加内は拳を引っ込める。

 

「仮に俺が遊璃に別れ話を持ち掛けるだろ? そうすると絶対に遊璃は理由を聞いてくる。その時に「葉加内源内に別れろと言われたから」とか伝えたらお前の印象がどうなるかなんて自明の理だぞ」

「……一理あるな。でもお前が嘘を吐けば良いだけの話だ。吐かなかったら殺す」

 

 指をポキポキと鳴らしつつ、シャフ度顔負けで「ああん?」とかガンをつけてくる葉加内に俺は溜息をついた。

 

「分かってないな葉加内。お前に対する遊璃の印象を決定付ける権力を持ってるのは俺だ。後から殴ろうが今殴ろうが、俺が真実を話せば全て事も無し。嘘つくメリットも無いしな」

「……何だよそれ。んだよクソ!」

 

 そう言って葉加内は地面を蹴り飛ばす、砂埃が舞って非常に煙いので辞めてほしいんだが。

 尻に付いた砂やら何やらを叩いて立ち上がると、イライラした様子の葉加内が舌打ちをしてくる。

 

「そもそもお前、何で俺の方に直談判しに来たんだ? 遊璃に直に言えばいいだろ、同じバレー部なんだし」

「アホか! んなこと出来るか! 覗きをやらかした集団にいる男ができる訳ねえだろ!」

 

 それもそうだ。遊璃もその事についてはそれはもう静かに噴火していたのだから、葉加内が会いに行ったとこで「で? 何で来たの?」とRPGゲームの村人みたいな台詞を百回は繰り返すだろう。

 

「もう一発食らいたくなかったら教えろ! 俺はどうすれば良い!」

「知るか! 自分で考えろそんなの!」

 

 殴られてた相手に教えを請われるとか長い人生でも初めてだぞ。素直か。意味が分からん。もう即急にクラスに帰れ、つか遊璃に告れ。俺は知らん。

 そう叫び倒してやりたいのは山々だったが、そんな事をすれば桜島よりも噴火頻度の高そうなこの男の琴線はまたもや弾けに決まっている。俺だって無為に殴られる趣味は生憎持ち合わせちゃいない。

 

「分かったよ。じゃあ俺が遊璃にお前の印象を聞いてやろう、それで良いだろ?」

「……チッ」

 

 それ、肯定の舌打ちなの?

 仕方ないので俺はスマホをポッケから取り出して電話アイコンをタップする。慌てて「お前今ここで聞くつもりか!?」と葉加内が言ってくるが知ったことか、何で俺が知らん暴漢のために未来の時間を割く必要があるんだ。悪いが俺の未来の時間はもう妹に予約してある。

 無言の空間に虚しい電話音が響く。5コールした後に遊璃は出た。

 

『静流どうしたのよ』

「葉加内源内って知ってるか?」

『え? 突然何よ』

「あんまり気にせず、思ったことをそのまま言ってくれると助かる」

 

 本当に助かる、暴力的な意味で。

 遊璃は言葉に詰まる、というよりかは思い出すように呆けた声がスマホから流れる。その間に俺は電話をスピーカーモードにした。

 そうね、と遊璃は思考を打ち切るように呟くと、ガトリング砲みたく口火を切った。

 

『知らないわ。誰? 新種の昆虫の名前か何か?名は身体を表すと言うけど、触れれば崩れそうな名字ね。葉加内、儚い? それとも墓が無いのかしら可哀想に、まあ別にそんな事はどうだって良いわ。重要なのはこの私がその名前を一切認知していないということよ』

「分かった分かった、一切の憂慮も無く100%丸っと分かりましたよ。俺が悪かった」

『あんたは別に悪くないわよ。じゃ、そういうことだから』

 

 ピッ。という無慈悲な断線音。

 そこから葉加内が崩れ落ちるのにさほど時間は要さなかったと付け加えておこう。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

 

 一日の授業を無為に流し、特筆するようなやり取りも無く家に帰った。

 6月の日差しと蔓延する湿気に体力が奪われつつ、使って十年目の家の鍵を錠前に差し込む。確かな感覚と共に今日も機能していたらしい我が家唯一のセキュリティーになんら感想もなく玄関ドアを開けば、妹がいた。

 

「お前さ。話があるんだけど」

 

 玄関の土手のすぐ手前、年数を経ても度重なる掃除の成果として今日も清潔感のあるフローリングの上で何故か妹は体育座りをしていた。その様はさながら座敷童子。いつの間に妖怪変化したのだ妹よ。

 優愛奈の服装はまだ制服で、ブレザーだけ脱いでYシャツにスカートという出で立ちだ。ついでにパンツまで見えてしまっているが、そこはコイツの兄としてプライバシーの観点から語るべくもないだろう。ソメイヨシノを連想させる淡いピンクだ。

 

「丁度いい、俺も優愛奈に話があったからな」

 

 様子を伺いなら俺は靴を雑に脱ぐ。昨日は喧嘩別れのような形になってしまった訳だが、今の優愛奈は幾分か冷静さがあるように思える。

 藍色の双眸が俺の頬を捉えた。

 

「そう……頬腫れてない? 喧嘩でもした?」

「気にすんな。青春の証だ」

 

 あ〜、と咄嗟に濁しながら放った言葉は何か違う気がした。冷えた脳味噌で思案すればこの殴打痕、やっぱり恐喝の証とでも云った方が正確で、でも妹に温良優順とイチから話すのは少し面倒臭い。何せ遊璃のことを話さなきゃならないから、昨日のことを思い出してまた荒れてもおかしくない。

 

「珍しい。そういうのガラじゃないじゃんお前」

「勘違いすんな、不可抗力だぞ。俺は巻き込まれたんだ」

「どうだか。そういうのに昔から鈍感だし。手当しよか?」

「鈍感じゃねえよ。頼むわ」

 

 立ち上がると、癖なのかスカートに付いた砂を払うみたいにパンパンと手で叩く。ここ、室内なんですけどね……。

 

 リビングに移動すると俺はソファーに座って、優愛奈は戸棚から絆創膏やら消毒液やら胃薬が詰まった医療ボックスを取り出してガーゼに消毒液を染み込ませた。準備終えると「これでいっか」とひとりでに頷き、そのまま俺の頬に当てる。最初はそっと、患部に優しく当てるような力加減。だったのだが何故か徐々にグリグリと力を込め始めて痛覚が神経を介して危険サインを高々と発し始める。マジで痛い。俺、なんか恨みでもあるのか?

 

「妹よ。痛いんだが」

「うるさい。圧迫止血だからこれ。男なら我慢して」

「圧迫止血ってもう血流れてないんだが……」

 

 苦情の声を上げてみるが、サッカーボールと間違えて地球でも蹴っ飛ばしたみたいに妹の反応は芳しくなかった。

 巫山戯た事を宣いつつも真正面に見える優愛奈の顔は至極真剣なもので、多分俺はこんな表情は久しく見てない。ここまで近くで見詰めるのも久々のことだ。スッピンにも関わらずシミやニキビ一つ無い結晶化したミョウバンのように透き通った白い肌、整ったプロボーション。見れば見るほど自分の妹はこんなにも可愛いんだと自慢したくなる。遊璃とか、ついでに御厨とか。やっぱ御厨はやめておこう、アイツは妹の話をした瞬間発狂する。

 

「はい、これで問題無い」

 

 絆創膏を貼って、ピンと軽く弾いて優愛奈の細く伸びた指が離れる。高尚な芸術品みたいな人差し指に、これを吸ったらどんな反応をするのだろうか? と脳裏で純然たる疑問が過ぎ去ったが、それをしてしまったら一生会話をしてくれない気がした俺は静かに衝動的な欲求を呑み込む。変態的な思考回路だが俺は変態ではなく紳士である。マジの方の紳士である。しかし如何に俺ほどの紳士といえど滾る妄想に手は付けられないのだ。

 処置が終わって、やってきたのは空白の無言。鼻孔を燻るフレグランスな匂い。いつから香水なんて付け始めたんだろうか? きっと最近だ、それまでは無味無臭の、敢えて言及するならば優愛奈の肉体から滴った汗の匂いしかしなかった……本当に俺、紳士なんだよな? 自分でも自身が無くなってきたが。一応、妹を一人の女として見てはないから大丈夫だと思うが……。こんな心配をしなきゃならない自分に嗚呼、本当に凹んだ。

 

 口を固く結び、何か、現状を変化させるような致命的な言おうとしているのか、妹の顔は硬い。茶化そうと口を開いた俺が再び閉じざるを得ないレベルだった。

 きっと今この場で俺が何を言っても、蛇足な雑音と化して虚空に飲み込まれるだろう。兄妹だから分かる、否。兄妹にしか分からない、そんな決定的な確信だ。

 

 無言でいるとヤケに五感が敏感になる。優愛奈がリビングで飲んでいたのか、ティーパックをお湯に潜らせた1個14円くらいのホットレモンティーが離れた場所から香ってきて香水と混ざり合う。車が家の前を走る音、烏がカァカァと夕方の調べを奏で上げ、室内からは互いの呼吸の音だけが微かに響く。

 三点リーダーが10個は並ぶくらいに十分な間隔を開けて、優愛奈は少しカサついた唇を戦慄かせた。

 

「私、さ。実は嘘を付いてたの。お前のことも、自分の事も。真っ直ぐ目を向けずに欺瞞で塗り潰して、目前に嘘で出来た強大な壁を作り上げてた」

 

 自嘲するように言う優愛奈に、俺はひと呼吸置いた。冷静になるためだ。

 追い詰められていたのは知っていた。何故なら無自覚とは言え、俺が優愛奈の精神を歪めてしまったからに他ならないからだ。

 とは言え、今更だが俺は妹に嘘を吐きたくはない。

 だから突いて出たのは優愛奈の言葉を否定するものだった。

 

「……それは悪いことなのか?」

「え?」

「俺は思うんだが、現実から視線を反らすのは悪いことじゃないはずだ。現実だって全てが真実とは限らない。嘘も虚構も誇張も、現実を織り成した一部分だ。見たくないものは見なくたって良い、それは人間に許された権利なんだよ。大丈夫だ、本当に目を向けなきゃならない現実は俺が代わりに見てやる」

「………………それじゃ、駄目。駄目なんだよ、お兄ちゃん」

 

 駄目なはずが無いだろ……!

 そういう強い気持ちが強く心で燃えて、優愛奈を見返すと、秋風でも吹いたかのように灯った想いは揺らいだ。意地でも引かない、そんな意志が滲み出た眼孔。怯んだと言われたって良い、俺は知っている。以前からこうなった優愛奈は絶対に自分の意見を変えない。

 

「もうさ、良い加減変えなきゃならないの。この関係も、環境も、全部。全部全部全部、全部! このままなんて私は嫌だよ!」

「……安易に変化を求めても、崖から落ちて泥濘に嵌るだけだぞ」

「分かってる! けど私は欲しいの! 私は、私が考えた自分の理想が欲しい! ねえ、お兄ちゃん。それっていけないことなのかな? 手が届きそうで届かない、何万光年先の明星と分かってても目が反らせないの!」

 

 優愛奈は胸を上下させて、声を荒げる。

 掛ける言葉が無かった。いや、無かった、というのは正確には違う。俺が何かを言ってそれで円満にこれまでの事もこれからの事も解決出来る、なんて幻想が抱けなかった。俺はコイツの兄貴なのに抱けなかったのだ。

 兄貴は妹より早く生まれた以上、先立ちとしてその不安は最大限なくしてやらなくてはならない。とか心意気を得意気に語っていたのは親父だが、俺もまあその慈善活動に5ミリくらいは理解を示さない訳でも無い。親父自身はどうせ俺より優愛奈可愛さで言い放ったんだろうが、それでも俺も妹は可愛いと思ってる。嗜好的には姉の方が好みとはいえ妹だってまあ可愛いものだ。お前呼びされたりぞんざいに扱われても心が痛いだけで生傷が増える訳じゃないからな。やっぱちょっと辛いかも。

 だから妹の力になりたいという俺の自由意志はダイヤモンド並みとは言わずとも、厚さ1メートルの鉄板くらいは見事にあるもので、しかし今回は言わなきゃ悪化すると分かりつつ何も言えなかった。言ったら悪化する、そんな確信が脊髄反射で全身を巡ったからだ。

 

 考えに考え倦ね、俺の口からはついぞ答えは出ず。代わりに優愛奈の薄いピンクの上唇が持ち上がった。

 

「ねえ、お兄ちゃん。お前とか言うの、もう辞める。辞めるからさ───一緒に一生の恋をしよう」

 

 ─────────へっ?

 まあ随分と間抜けな声が出たもんだ、と脳内のもう一人の俺が冷静に自己分析すると共に心に熱が灯った。

 待てよ、待て。待ってくれ優愛奈。

 何だ、それは。昨日は、もしかして優愛奈は遊璃の事を好きなんじゃないか……?、とか勘繰った訳で、だから俺がネコみたく奪い取ったと思ってあんな癇癪が起きてしまったと考えたが。それは反対なのか? 俺が盗られたと思って、あんな激情を見せたのか?

 核弾頭ばりに落とされた衝撃告白は俺の思考を阻害する。何万頭もの像に直接内臓を踏み潰されているような、圧迫感。何も理解が進まない。

 

「ねえお兄ちゃん、私さ。今日だから全部隠したことも想いも全部言っちゃうけど、本当に自分の気持ちに気付いたのは大体一ヶ月前なの。お兄ちゃんが遊璃さんと仲良さげにファミレスで勉強してるのを見て、凄いモヤモヤしたの。それこそ積乱雲みたいに感情が渦巻いた、自分が兄妹として好きなのか異性として好きなのかって。それでさ、改めて自分があそこに、お兄ちゃんの隣に居ない事に深い不満を覚えたの。で、気付いたの。お兄ちゃんが好きだって。異性として好きだって」

 

 ほんのり赤く上気した頬に、熱の籠もった視線を感じながら曖昧に返事をする。優愛奈は全く気にせず続けた。

 

「でも私とお兄ちゃんは兄妹。法律も倫理観もこの想いは許してくれないじゃん。だからキツく紐を結んで自分の想いを縛ったの。態度も変えて、あまり関わらないよう接触も避けて、それまでの呼び方だって取り繕って」

 

 でも、ホントは最初から失敗すると知ってたんだ、と優愛奈は少し悲しげな声で言う。

 

「だって忘れられなかった。この想いも、お兄ちゃんの事も。他の些事と十把一絡げにしてゴミ箱に捨てるなんて、とても出来なかったの。知ってる? 恋愛ってね、相手に会えないほど想いは増幅するの。相手が遠大であるほど理想は理想で有り続けるの。だからその分を補完するために自分を慰めたって、脳裏ではお兄ちゃんを思いながらだったから何も意味は無かった。土台諦めるとか忘れるとか、もう不可能だったんだよ……。病魔に侵されたのと一緒で、治る見込みなんて無かった」

 

 ───だからね、好き。血縁とか知らない。遊璃さんも関係ない。略奪でも良い。欲しいの、お兄ちゃんが。

 そう言う優愛奈に俺はどうすれば良いか分からず、ただ無意味に思考だけが空転し始める。

 今更遊璃との関係が嘘だと告白しても無駄だろう。もう優愛奈は決意してしまっている。最早こんなの、見たことの無い優愛奈だ。多分もう現代社会からハブられ批判される覚悟すらも決まっている、そんな重みすらある。

 俺はどうすれば良いのだろう。そんな疑問ばかりが追って回る。

 

 だって相手は血縁関係のある、親父もお袋も俺と同じ妹だ。幼い頃から面倒も見たし、恥ずかしいところも見られたし、寝食共にしてきた妹だ。両親よりも長い時間を過ごしたと言って過言では無い、妹だ。

 確かに妹は兄貴として見てもきっとその学年では一番を争えるくらいは可愛い。そこまでアウトドアじゃないから身体は全体的に白くて、顔立ちも少し幼さが残ってるがそこがまた大人ではない美少女感で溢れている。男子なら否が応でも興味を惹かれてしまう胸だって中3にしてそこそこある。だからか中学時代なんて「ちょっとこの手紙妹さんに渡してください!」と俺経由でラブレターが来る始末だった。俺に頼る軟弱者の手紙は全部破ったが。

 ともかく、何だかんだ言っても家族というジャンルにしか分けられない。異性として見たことが無い───とか言ったら嘘になるかもしれないが、それでも他人でも友達でも増してや恋人でも無い。家族なのだ、優愛奈は。

 

 だがしかし。俺は正直にそう伝えようとして、舌が動かない。口も開かなかった。

 それは未だ愕然と驚嘆している、なんてアホみたいな理由じゃない。単純に、それで良いのかと思ってしまう訳だ。

 一世一代の大告白を優愛奈主観で彼女のいる兄貴にして、断られたら優愛奈はどうするだろうか? 彼女がいるから仕方ないと思うだろうか? 多分思うだろう、根は優しい優愛奈の事だ。納得はすると思う。あくまで納得だけだ。納得と理解は別物である。

 優愛奈の潤んだ瞳に浮かぶ気迫は、俺の目からすると命すら掛けてるようにも視えた。断られたら身投げでもしそうなほど儚く、なのに意志だけが前に出てしまっている。辛いだろう、そんな二律背反の感情を抱くのは。怖かっただろう、実の兄貴に告白するのは。

 

 どっちとも答えは付かない。示せる回答なんて初めから俺には掃除機で掛けたあとのフローリングに残ったチリほども残っていなかった。

 

「……少し、考える時間をくれ」

 

 我ながらゴミクズみたいな発言だ。

 にも関わらず優愛奈は気にしない風に「……3日。それまでに結論、出して。あんまり遅いと……私も何するか分からないから」と指先で絆創膏の貼られた俺の頬をなぞりながら告げた。

 

 

 

 

 

 

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