もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 作:青空の下のワルツ
今回でエキシビションマッチは終了です。
「やっぱり、想定よりも速いわね……。このままだと合流する前に追いつかれる」
クロムウェル巡航戦車の快速ぶりにあたしは背筋が凍っていた。
スピード特化型とはいえ、あそこまで速い車両をあたしは見たことがない。
疾風アールグレイとはよく言ったものだ。この車両は1両で戦況を変えることができる力がある。
「どうします? Uターンして、タイマン勝負されますか?」
華はこの状況を打破するために一対一の勝負でクロムウェルを撃破することを提案する。
どうでもいいけど、華は“タイマン”って言葉が好きだな……。
「いや、負けた言い訳じゃないんだけど、この車両は1対1に向いてないわ。チーム戦だし、分が悪い戦闘は避けるべきよ」
三式中戦車は本来待ち伏せをして運用することに適した車両である。
もちろんみほ姉に負けたのは車両のスペックのせいではないが、この場で踏みとどまって戦うのは上手くない。
「しかし、このままだとどのみちやられるぞ……」
麻子はクロムウェルのスピードを感じて、この車両がそう遠くない未来に撃破されることを予感した。
彼女の言うことは事実だ。このままだと確実にやられてしまう。
「わかってる。何か手はないかしら……。こういうとき……、みほ姉ならば……」
こういう窮地のときは必ずあたしはみほ姉ならどうするかと考える。
もちろん、そんなことくらいでみほ姉のマネが出来るわけではないのだが、それでも何回かに1回くらいは不格好ながらも何とかしたことがある。
「こっちとのスピード差どれだけあるのよ!? あんなの風紀違反よ!」
あたしが脳みそをフル回転させていると、そど子先輩がクロムウェルと三式中戦車のスピード差について文句を言った。
風紀違反って……。彼女らしいツッコミだなぁ。
――んっ? いや、待てよ……。
「スピード差っ……!? そうね……、向こうの方が速いのならいっそのこと……! 麻子! 次のカーブで曲がり切ったら急停車して!」
「わかった……」
あたしがカーブを曲がってすぐに急停車するように指示を出し、麻子がそれに従う。
すると、クロムウェル猛スピードで停止した三式中戦車を横切って追い抜いて行った。
ふぅ、何とか思ったとおりになってくれた――。
「よし! 上手くやり過ごせたわ! あのスピードじゃ、そう簡単には止まれない。ならば、それを利用しない手はない」
あたしは駆け抜けて行ったクロムウェルを確認しながらそう呟いた。
さすがに開始早々に撃破されるのは格好悪いからなー。窮地を脱出することが出来て良かった。
「しかし、これでは結局あの車両と一対一になるのでは?」
そんなあたしの言葉を聞いて華はクロムウェルがUターンしてこちらに戻って来ないかどうかを心配する。
「大丈夫よ。このまま前進しましょう。向こうはあたしたちの作戦がどんなものなのか気付いている。だからこそ
あたしには確信があった。アールグレイさんは戻ってこないという……。
「――っ!? 確かにあのまま全速力で走って行ったわ! どうして?」
そど子先輩はクロムウェルが全速力であたしたちから遠ざかることを確認して、不思議そうな声を出した。
「簡単な話だ。さっきの時点で既にデコイを使って挟撃する作戦はバレている。あの人も自信家みたいだが、わざわざこっちに向かってきて、迫ってくると分かっている他の2両に背中を向けるなんてことはしないだろう」
麻子はアールグレイさんが全速力でこの場を離れた理由を説明する。
彼女はこちらの作戦を知っている。あたしたちの車両にこのまま絡んでいると挟み撃ちにされてしまうことも……。
だから、彼女に残された選択はみほ姉とアンチョビさんがやって来る前にこの場から一刻も早く立ち去ることだったのだ。
「そういうこと。アールグレイさんは派手な戦い方はするけど、冷静さは失ってない。実際、少しでもあそこで躊躇していたら……、ほら」
「みほさんと、アンチョビさんが既に合流地点に……」
あたしが声を発するのと、ほぼ同時にみほ姉とアンチョビさんの車両があたしたちの目の前に姿を現した。
あたしたちは予定通り広い自然公園の駐車場で合流を果たすことが出来た。
「あともう少し時間が早ければ作戦は完璧と言えないまでもある程度は決まっていたか……」
「ええ。それを寸前で回避するんだから、強豪校の隊長は伊達じゃないってことよ。これで、勝負は振り出し……。いや、作戦が破られたあたしたちがやや不利か……」
麻子の言うとおり、あと30秒……、いや、あと20秒でも時間が稼げればアールグレイさんのクロムウェルを撃破できたかもしれない。
しかし、それを
彼女は引き際を弁えている……。
「まみちゃん、無事で良かった〜」
「実際、危なかったわ。もうちょっとで撃破されるところだった」
みほ姉はあたしたちが無事で嬉しそうな顔をしていたが、あたしはギリギリまで追い詰められてしまっていたので、上手く笑うことが出来なかった。
「すまないな、まみ。まさか、簡単にマカロニ作戦が突破されるとは……。結構自信があったんだけどなぁ」
「いえ、もっと用心深い人間が相手ならば、かなり有効な手段です。あたしこそ、申し訳ありません。あと少し引きつけることに成功していれば……」
あたしはマカロニ作戦自体はとても良い作戦だと思った。
今回は失敗に終わったが、決まれば戦況を一気に傾ける可能性を秘めている。
そんなことより、あたしは自分がもっと機転を利かせて時間を稼ぐことが出来れば、と悔やんでいた。
「何を言っている。私は8割くらい撃破されていると思っていた。やはり、西住流で鍛えられただけはある。大したやつだよお前は」
「あ、ありがとうございます……」
しかし、アンチョビさんは撃破されなかっただけで十分だと言ってくれた。
確かに今のあたしの実力的にはそれが限界か……。
「こうやって、まだみんなで戦えるのはまみちゃんが粘ってくれたおかげだよ? ここからもう一回頑張ろう」
「みほ姉……。うん。せっかく拾った命だし思う存分暴れてみせるよ!」
みほ姉もあたしに力強い言葉を送ってくれた。
そうだね。ウジウジしても仕方ない。まだ動けることをプラスに捉えて頑張ろう。
「その意気だ! なあに、向こうだって撃破し損ねたと悔しがってるさ! さて、次の作戦だが……」
「アンチョビさん! クロムウェルが戻ってきました。それにチャーチルとマチルダも……」
アンチョビさんが次の作戦を口にしようとしたとき、聖グロリアーナ女学院の全ての車両がこちらに向かって来る姿をあたしは確認した。
「何っ!? 動きが早いな……。ダージリンのやつ、真正面からの力押しなら絶対に負けないと踏んで、偵察を送りつつ進軍していたか……!」
ダージリンさんはクロムウェル巡航戦車を先行させて、なおかつ自分たちの車両もそれに続けて接近させていたみたいだ。
「このまま、無傷で逃げ切るのは難しいと思います。どうしますか?」
「ええーいっ! まずは厄介なクロムウェルを最優先で叩くぞ。あれさえ何とかすればスピードで負けはしない! なるべく、多方向から砲撃をして動きを鈍らせて仕留める!」
みほ姉の言葉を受けてアンチョビさんはこの広い駐車場で一戦交えることを決断する。
確かに下手に背中を見せるよりは良さそうだ。
しかし、結局、真正面からやり合うことになったか……。ダージリンさんの手腕は実に鮮やかだ……。
あたしたちは駐車場で戦闘を開始する――。
「動きを鈍らせる……。なんて……、大変な作業なの……!」
「三両からの同時攻撃もあまり効果が無いように思えます……。まるで本当に風を相手にしてるみたいです」
あたしたちはとにかくクロムウェル巡航戦車を撃破しようと奮闘したが、撃破するどころか砲弾が掠りもしない。
華が風を相手にしていると感じるほどクロムウェルの動きは洗練されていた。
「それだけじゃない。こちらが上手く攻撃に移れるというタイミングに合わせて、チャーチルとマチルダが上手くそれを邪魔している……。それも段々とシビアなタイミングで……」
麻子の言うとおり、あたしたちが砲撃を仕掛けようとするタイミングで必ずと言って良いほど邪魔が入る。
しかも、敵の砲撃は徐々にこちらを捕らえ始めていて、逆に撃破されるのではと思わされるほどの精度まで上がっていた。
「どうやら、あたしたちの動きを観察しているみたいね。この速さでクセまで把握されかけている。データを集めることが得意な人がいるのかもしれないわ」
そう、聖グロリアーナ女学院はあたしたちみたいな相手でも決して手を抜いていない。
こちらの細かいクセまで把握して確実な撃破を狙おうとしている。
まぁ、ダージリンさんは隊長就任がかかっているので本気になるのは当然か……。
「つまり、このまま試合が進むと……」
『うわぁあああっ! す、すまない! 撃破されてしまった! みほっ! お前がこの後は指示を出せ!』
華がある予感を口にしようとしたその時、アンチョビさんが撃破されてしまう。
アンチョビさんの車両は司令塔なので、特に集中的に狙われていた。
やはり、容赦はないみたいだ……。
『わ、わかりました。アンチョビさん、怪我はありませんか』
『大丈夫だ。申し訳ないがせめて一矢報いてくれ……』
アンチョビさんは指揮権をみほ姉に託して一矢報いて欲しいとあたしたちに告げる。
「アンチョビさんがやられてしまった……。やはり、聖グロリアーナ女学院は強いわね……。でも……、このまま終わるのは……。みほ姉、どうしよう?」
『まみちゃん。ここから先はクロムウェル巡航戦車を狙うのは止めたほうが良いかも』
あたしがみほ姉にここから先の戦略を質問すると、彼女はクロムウェルを狙うのは止めようと提案した。
「えっ?」
『三両で狙っても当たらなかったのなら、二両ならもっと難しいよ。まずは相手の数を減らすことから始めなくちゃ』
あたしは今までの方針を捨てるような提案をしたみほ姉の言葉に驚いていると、彼女は敵を減らすことが先決だとあたしに告げた。
「な、なるほど。確かに、司令塔はダージリンさんだし。他の二両に阻まれてこちらの攻撃が上手く行かなかった部分が大きいわね。クロムウェルは撒き餌だったってことか」
みほ姉の言葉であたしはようやく気付いた。あたしたちは派手な立ち振る舞いをするアールグレイさんにまんまと嵌められていたということに。
『うん。アールグレイさんに気を取られて、私たちは知らない間に撹乱されていたの。最初からあれだけ派手に動いていたから無理ないけど……。だから、今度はクロムウェル巡航戦車を狙うフリをして』
「ダージリンさんを討つ……。わかったわ……」
そして、みほ姉は提案する。ならば、この状況に乗ったふりをしてダージリンさんを倒そうと……。
あたしとみほ姉は先ほどまでと同じようにクロムウェルを狙おうと、途中まで動く。
当然、チャーチルとマチルダはその瞬間を突いて攻撃を仕掛けようとする。
しかし、あたしたちが放ったのは共に“空砲”――つまりフェイクである。
そして、次の瞬間にチャーチルに二人の車両は肉薄する。
不意をつかれたチャーチルは動きが一瞬遅れた。
まずはみほ姉がチャーチルに向かって一撃を放つ。
これは見事にヒットしたが、装甲の硬い部分に当たり、撃破には至らなかった。
だが、車体はグラついており更に動きが鈍った。
「華――頼むぞ!」
「――行きます! ――きゃあっ!」
華が砲弾を放とうとした刹那――轟音と共にあたしたちの車両は大きく揺れる――。
そう、回避行動を取ったと思われていたクロムウェル巡航戦車は、あたしの方に向かってきており、砲弾を命中させたのだ。
「まだ甘いな……。君からは殺気を感じなかったよ。お姉さんと違ってね……。君から
「――殺気? 何それ? そんなことで“空砲”のフェイクが――」
あたしが愕然としていると、クロムウェル巡航戦車の追撃により、あえなく三式中戦車は撃破されてしまった――。
くっ……、
中等部最後の試合……。あたしは今日のように大きなミスをして、チームを壊滅寸前に晒したことがあった――。
あたしはやはりみほ姉やまほ姉のお荷物だ……。
『大丈夫、みんな! 怪我はない?』
「全員無事だよ。みほ姉……。ごめん、またあたしのせいで――」
みほ姉はどんな時でも必ず最初は搭乗員の無事を確認する。
そんな彼女の優しさはいつもあたしを癒やしてくれた。でも今日は――。
『まみちゃん、まだ終わってないよ。大丈夫。お姉ちゃんが、まみちゃんを負けさせたりしないから――』
みほ姉はハッキリとあたしを負けさせないと断言した。
その声は優しかったが、いつもよりもトーンが低い……。
「姉さん……?」
「これはどういうことでしょうか? いつもの穏やかなみほさんとは、どこか雰囲気が違うような……」
華もみほ姉の言葉から放たれる違和感に気付いたみたいだ。
この雰囲気のみほ姉はあたしも数度しか見たことはない。
「でも、これで3対1……。みほさんがどれだけ強くても……」
「いや、そうでもないらしい……」
そど子先輩が悲観論を述べたとき、麻子が呟いたような声を出した。
それと同時に――。
『聖グロリアーナ女学院、マチルダ走行不能!!』
三両の攻撃を掻い潜ってみほ姉はこの試合での初撃破を達成する。
その動きはアールグレイさんの風のように洗練された戦車運用を見事に真似ているようにも見えた。
「あ、あの時と一緒だ……。みほ姉はやっぱりもう一段階強くなれるんだ……」
中等部最後の大会――あたしのミスから状況が一変して一気に攻め込まれた。
黒森峰はフラッグ車であるみほ姉の車両とその周りの2両のみという絶体絶命の状況に追い込まれる。相手の車両は13両も残っているにも関わらず……。
みほ姉はそこから単騎でフラッグ車を含めて10両を撃破して優勝を勝ち取った。
あたしはそれを見て確信したのである。みほ姉はあたしとの戦いでは一度も本気を出していないと――。
さて、試合の方に話を戻そう。
みほ姉のⅣ号はその後もクロムウェルとチャーチルを同時に相手取り圧倒していた。
自らは一切被弾せずに、何度か両方の車両に砲弾を当てるその動きはまるで未来が読めているようにも見えた――。
「お、おい! まみ! アレは何だ! あれじゃあお前たちの姉よりも……」
「ご覧のとおりです。みほ姉はまほ姉よりも強い……」
「マジか!? 全国大会のMVPだぞ!?」
車両の回収を終えてスクリーンで激戦を繰り広げるみほ姉を見て驚くアンチョビさんに、あたしはハッキリと伝えた。
あの状態のみほ姉はまほ姉をも凌駕すると……。
このまま、みほ姉が二両を撃破するのも時間の問題だと思えた――。
だが、しかし――。
「小山先輩が接近戦に弱いことが露呈してしまったか……」
あたしは猛スピードでⅣ号に接近して、撃破されることもお構いなしでⅣ号を止めるクロムウェル巡航戦車の様子を見て、そう呟いた。
『聖グロリアーナ女学院、クロムウェル巡航戦車走行不能!!』
『大洗女子学園、Ⅳ号戦車走行不能!! 残存車両、大洗女子学園、アンツィオ高校、0両! 聖グロリアーナ女学院、1両! よって聖グロリアーナ女学院の勝利!!』
クロムウェル巡航戦車が体を張って稼いだ数秒間が致命的だった――。
ダージリンさんは素早くⅣ号の急所に一撃を加えてこれを撃破し、勝利を掴んだのだ。
どうやら、チャーチルに相当有能な砲手がいるみたいである。
何はともあれ、三校合同文化祭エキシビションマッチは大方の予想通り聖グロリアーナ女学院が勝利した。
だが、その試合内容は予想を裏切る内容だったらしい。
あたしたちが善戦したという反響は大きく、それに加えてアンツィオ高校の母港で行ったことが影響して、翌年の戦車道の全国大会でアンツィオ高校が大きく躍進することとなるのは別のお話……。
何はともあれ、文化祭のこのイベントは大成功に終わり、大洗女子学園の戦車道復活の1ページとまで呼ばれることとなった――。
みほは、まみが撃破されたりするとパワーアップします。
次回は文化祭の後日談のあと、少しだけ時が進んでクリスマスのエピソードでも書こうかなと思ってます。
お気に入り登録や、感想をよろしくお願いします!