もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 作:青空の下のワルツ
三校合同文化祭エキシビションマッチの後、あたしたちはアールグレイさんからティーセットを貰った。戦車道のない学校に贈るのは初めてという言葉と共に……。
優花里曰く、聖グロリアーナ女学院は好敵手と認めた相手に紅茶を贈る風習があるらしい。
アンチョビさんからも後日お礼の手紙を貰った。戦車道の履修に鞍替えを希望する生徒が多く出て、その上、多額の寄付金も入って新しい戦車が購入出来るみたいなことが書いてあった。
彼女たちの役に立てたなら何よりだ。
来年度から戦車道を大洗女子学園で開始する準備も着々と進んでおり、戦車の捜索も急ピッチで進められた。
探せば何とかなるもので、既に数両の戦車が見つかり、自動車部に整備をお願いしている。
そして、時は流れて師走の季節。12月になった。
12月といえば、毎年あたしはやらなきゃならない事がある。
でも、今年は事情が違うしなぁ……。
とか、考えていたら、携帯の着信が鳴り響いた。
ちなみに今日は土曜日で学校は休みである。
あたしは生徒会の仕事で学校に居て、みほ姉は寮にいる。
そして、着信先の表示は――。
《母さん》
あたしの母親、西住流の次期家元――西住しほである。
はぁ、憂鬱だなぁ。でも、出ないと怒られるだろうし……。
あたしは電話に出た――。
「母さん、久しぶり。風邪とか引いてない?」
『もちろんです。日々規則正しい生活を送り、心身を鍛えていれば、病に冒される道理はありません』
母は相変わらずの様子で淡々とあたしの質問に答えていた。
そういえば、この人が病気になったのをあたしは見たことない……。
「はいはい。わかりました。あと、父さんは元気?」
あたしはついでに父の様子を尋ねる。父は整備士をやっていて、穏やかな人だ。母と違って……。
『あなたに心配される必要はありません。あの人とは週に一度はキチンと夜の営みを――』
「わぁーっ! 何を急に言ってるの!? あたしは父さんの
母がいきなりとんでもない事を口にしたので、あたしは彼女の話を慌てて遮る。
時々、母は浮世離れしたことを言う。そう、あたしの母である西住しほは天然で口下手な女だ……。
そして、天然で口下手の遺伝子はまほ姉とみほ姉にもきっちりと受け継がれているのだ。
ちなみにあたしの雰囲気は父親に似ているとよく言われる。
『まみ……』
「はい……?」
『弟と妹はどっちが欲しいですか?』
「…………妹かな」
『そう……』
何なんだ、この会話は! 出来たのか? おめでたなのか! なんで、2文字で会話を終わらせるんだよ!
「あ、あのさ。それで、用件っていうのは?」
この話を深く突っ込むと頭痛がしそうだったので、あたしは母からの用件に話を戻す。
『そうでした。毎年のことですから、察しが付いているでしょうが、クリスマスのことです』
母からの用件は思っていたとおりクリスマスの話だった。
もう、何年くらいこの会話を続けているだろう……。
「やっぱり……。みほ姉は相変わらずボコグッズだったよ。特にボコパジャマがほしいみたい」
あたしは事前にリサーチしたみほ姉が欲しがっている物を答える。
意外かもしれないが、ウチの母親は毎年クリスマスになると必ずプレゼントをくれる。
そして、もっと意外かもしれないが、みほ姉とまほ姉は
あたしは幼少期にトイレに起きたタイミングでサンタの衣装を着て鈴を鳴らしている母と鉢合わせしたので、結構早めにサンタの正体を知ってしまった口だが……。
そんな経緯もあって、みほ姉とまほ姉には絶対にバレないように徹底されて、あたしは何気ないそぶりで二人の欲しいものをリサーチして母に伝えるという役割を与えられたのだった。
『わかりました。それでは、まほの方ですが……』
そして、話は当然まほ姉の方に移る。まほ姉とは最近全然連絡取ってないんだよねー。
なぜなら――。
「いやー、まほ姉なんだけどさ。なんか、最近携帯の設定をイジったみたいでメールが送れないのよ〜。母さんに言っても無駄だろうし、今度、父さんにでも――」
実は、まほ姉は携帯を触るのが苦手だ。戦車は得意なのに……。
メールよりも文通の方が良いと大真面目に言っている。ちなみに字はめちゃめちゃ上手い。
だから、あたしは先ずは父に事情を説明して、まほ姉の携帯の設定を直してもらうことを考えた。
『それなら、明日黒森峰の学園艦にいらっしゃい。直接、まほに話をしてクリスマスに欲しいものを聞き出してください。彼女も寂しがっていましたから』
すると母は驚いた事にたかがクリスマスプレゼントを何にするか聞き出す為に黒森峰に来いと言ってきた。
いや、母にとってはクリスマスは重要なイベントなのかもしれない。
あたしたちが幼かった頃は次期家元っていうプレッシャーも今ほど無かったから、和気あいあいとクリスマスケーキを食べたりしていた。
だからこそ、そのときの事を一瞬でも思い出せるから、母はサンタクロースになりたいのかもしれない……。
ふぅ、仕方ない。少しは親孝行しておくか……。
あたしの心の中で黒森峰に行くことを決心する。
「そっか。てか、母さんはあたしが黒森峰に行くの気まずいとか考えてないの?」
『みほならともかく図太いあなたの事です。そんな繊細な感覚は持ち合わせていないでしょう』
黒森峰を中等部までで出ていったあたしが気まずくなるとか、母は微塵も考えてない。
戦車道やってるところにお邪魔するだろうから、元チームメイトとかにも普通に会うんだけどなー。
「あはは……。まぁ、合ってるからいいわよ……。今日の夕方に出て、明日の朝イチで黒森峰に行ってみる」
あたしは手早く準備を済ませて、黒森峰女学園の学園艦を目指した。
黒森峰の学園艦には母の顔が効くので、学校とまほ姉にはあたしが向かうことを事前に伝えてもらっている。だから、特に面倒な手続きもなく学園艦内に入ることが出来た。
しかし、久しぶりに来たことだし、ちょっとは楽しもうかな……。
あたしは手早く凛々しい顔つきになるようなメイクをして、胸に少々詰め物をして黒髪のウイッグを被った。
そして、黒森峰の制服を着る……。これで……。
「隊長、おはようございます!」
きれいな銀髪をした美少女があたしに元気良く挨拶をする。
彼女は逸見エリカ。中等部時代からの友人である。とても負けん気が強く努力家で、よくみほ姉と張り合っていた。
ちなみにあたしよりも戦車道の実力があり、将来有望な選手だと言われていた。
そんな彼女が何故あたしを隊長と呼んだのか? それは変装したあたしがまほ姉にそっくりだからである。
「ああ、おはよう。今日は冷えるな……」
あたしは出来るだけまほ姉の声色を真似て話してみた。まだ行けるか?
「そうですね。しかし、これくらいの寒さ何でもありません」
「それは頼もしい。ところでエリカ、君に頼みがあるのだが……、聞いてくれるか?」
エリカが一向に気が付かないので、楽しくなったあたしはもう少し楽しむことにした。
あたしはエリカの目をジッと見つめて、頼みごとがあると話す。
「も、もちろんです! 隊長がお困りなら私は何でもやります」
エリカはパァーっと明るい笑顔を見せて、何でもすると言ってきた。
この子も変わらないわね……。相変わらずまほ姉のことを崇拝してる……。
「大袈裟だな……。大したことではない、私はこれから重大なことを話し合う為に隊長室に行く。君にはこれを着て共に参加してほしい」
「――っ!? こ、これをですか?」
あたしはカバンからミニスカートの可愛らしいサンタクロースの衣装を取り出して、これを着るようにエリカに頼んだ。
彼女はそれを見て、びっくりした顔をしてあたしを見る。やはり、これは無茶振りかなぁ?
「可愛らしいエリカなら、似合うと思うんだ」
「すぐに着替えて来ます!」
しかし、あたしが一言だけ付け加えるとエリカはすぐにあたしからサンタの衣装を受け取って走って着替えに行ってしまった。
やはり、彼女は可愛らしい人だ……。
「あらあら、簡単にあたしをまほ姉だと、信じちゃったよ。観察力が足りないなぁ」
「――まみさん?」
独り言をボソリとつぶやいていたら、茶髪のウェーブがかったショートカットが特徴的な女の子があたしの名前を呼ぶ。
うわっ、すぐにバレた……。彼女の名前は――。
「――あれ? ああ、小梅じゃない。よくあたしってすぐに分かったわね」
声の正体は赤星小梅。エリカと同じく中等部時代からの友人だ。
「毎日隊長とは顔を合わせてるから見間違いなんてしないよ。あと、みほさんはこんなことしないし、ここに来るはずないから……」
「そっかぁ。結構、上手い変装だと思ったんだけどな」
小梅はあたしの変装をあっさりと見破り、高い観察力を窺わせた。というより、エリカが鈍いのか……?
「隊長が昨日言っていた客ってまみさんだったんだ」
「ええ、そうよ。何はともあれ、あなたが元気そうで良かったわ。それに、戦車道続けてたのね……」
あたしは何より小梅が戦車道を続けていたことに驚いていた。
何故ならみほ姉からの話によると小梅はあの事故に遭った車両に居たからだ。あんなに怖い目に遭って戦車道が続けられるなんて……。
「私が止めちゃうわけにはいかないよ。みほさんがしたことを否定するわけには行かないもの……」
「――小梅……、あなたは強いのね……」
あたしは彼女の言葉を聞いて、彼女の心の強さを感じた。
そして、彼女もまたみほ姉に対して強い思いやりの心を持っているということも……。
「まみ! 早かったな……。遠いところから、よく来てくれた」
あたしが小梅と世間話をしていると、いつも聞いていた優しい声が聞こえた。
誰の声か確認するまでもない。
「まほ姉! 久しぶり! 会いたかったわ!」
「――おいおい。相変わらずだな……」
あたしはまほ姉に抱きつくと、彼女は優しく受け止めてくれて、いつもみたいに頭を撫でてくれた。この温もり――大好きだ……。
「ご、ごめん。まほ姉に会えたのが嬉しすぎて」
「ふっ……、私も会えて嬉しいよ。元気そうで何よりだ」
まほ姉は微笑みながら、あたしの顔が見られて良かったと微笑んだ。
そして、小梅とは後で話す約束をして別れ、まほ姉と共に隊長室に向かった。
「――そうか。みほも上手くやれているか……」
「うん。きっちりと文化祭の仕事もやってたし。馴染んでるみたい」
あたしは一通り近況をまほ姉に報告する。さすがに文化祭で戦車に乗ったことは伏せたけど……。
母の耳に入ると面倒なことになるし……。まほ姉は告げ口しないとは思うけど念の為……。
「しかし、驚いたよ。まさか、お母様の方からまみをこっちに寄越すなんて」
「――え、ええ。それもそうね。母さんはまほ姉に何か言ってたかしら?」
まほ姉はあの母があたしを黒森峰に来るように指示を出すとは思わなかったらしい。
そして、もちろんその目的がまほ姉のクリスマスプレゼントの為のリサーチだなんて夢にも思ってないだろう。
あたしは母が何と言っているのか気になったので、それをまほ姉に尋ねた。
「規則正しい生活習慣の作り方を指導するように言われているが……。お前たち……、そんなに乱れているのか?」
母はあたしたちの普段の生活を正すようにまほ姉に頼んだらしい。
思ったより普通のことを言っていてくれて良かったわ……。
「え? いやー、深夜のコンビニに行ったりはするけど、特には……」
「深夜のコンビニ?」
「あー! 何でもない、何でもない! えへへ!」
あたしはそんなまほ姉の質問についポロッと余計なことを口走ってしまったので、慌てて誤魔化す。
「お前はすぐにそうやって笑って誤魔化そうとする……」
そんなあたしを彼女は呆れ顔で見つめて苦笑いした。
そのとき、勢いよく隊長室のドアが開く――。
「――隊長! 着替え終わりました!! 如何でしょうか!?」
「「…………」」
サンタクロースのコスプレをしたエリカが息を切らせながら、まほ姉に感想を求め、少しの間、沈黙が流れた――。
「え、エリカ……? すまない。お前にそこまで心労をかけているつもりはなかったんだ……。クリスマスが楽しみなのも分かるが、その……」
「やっぱ、エリカちゃんが着るといい感じね。持ってきた甲斐があったわ」
まほ姉はエリカが疲れていると勘違いをし、あたしはエリカの衣装を褒める。
そして、エリカはあたしの顔に気が付いてこちらに詰め寄ってきた。
「…………まみぃぃぃ!! あなたがぁっ……!!」
エリカはあたしがまほ姉に扮装していたことに気付きあたしの襟を掴んでグラグラ揺らしてくる。
「あはは、エリカちゃん。久しぶり。元気かどうかは聞かなくても良さそうね」
「あなた、よくウチに顔出せるわね。早々に戦車道から尻尾巻いて逃げたのに」
そして、彼女は彼女らしい容赦のない一言をあたしに言い放った。
相変わらず痛いところをつくなぁ。
「もう、エリカちゃんったら。怖い顔しないの。親友でしょ?」
「誰が親友よ! ヘラヘラして……、それに私にこんな格好をさせて!」
あたしはエリカを親友だと思っているが、彼女は違うらしい。
ムッとした顔をして、まだ文句を言っている。
似合っているからいいじゃないか。
「よく似合ってると思うぞ、エリカ。昔のクリスマスパーティーを思い出す」
あたしとエリカのやり取りを見ていたまほ姉は懐かしそうな顔をしてエリカのサンタクロースの衣装を褒めた。
「た、隊長……。じゃあ、この格好のことはいいわ。とにかく、何をしに来たのよ!?」
そんなまほ姉の言葉を聞いたエリカは頬を赤らめて衣装の話は不問にすると言って、あたしの目的を尋ねる。
実はエリカにも協力してほしいことがあったので、この質問は丁度良かった。
「ちょっと、エリカ。耳を貸しなさい……。実はね――」
あたしはエリカに頼みごとをひそひそ話で、まほ姉には聞こえないように話した。
「――それ、本当に? ま、まぁ……、ひ、久しぶりだし、ゆっくりしていけば良いじゃない」
すると、彼女は急にしおらしくなり、あたしにゆっくりするように言った。
やっぱりエリカは可愛い人だ……。
クリスマスの季節が今年もやってきた――。
しほのキャラクターはまみと絡ませるとあんな感じになるのですが、どうでしたか?
クリスマスについてとか、その辺は妄想というか、和気あいあいとした西住家があってもいいじゃないかと思って書きました。
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