もし、西住みほに双子の妹が居たらという物語 作:青空の下のワルツ
「そういえば、エリカの着てきた衣装を見て思ったんだけど、もうすぐクリスマスだね。まほ姉」
あたしはさりげなくまほ姉にクリスマスの話題を振ってみた。
彼女の欲しいものを聞き出すまで帰ることは出来ない。
エリカには
「ああ、そうだな。まみとエリカはサンタさんに何をお願いするのだ?」
案の定、まほ姉はこの話題に乗ってくれた。
良かった。この流れなら簡単に聞き出せそうだ。
「ええーっと、あたしはねー。“圧力鍋”かな。美味しいシチューとか作りたいし」
「主婦か!? もうちょっと可愛らしいこと言いなさいよ」
あたしがガチで欲しいものを口にすると、エリカが切れ味抜群のツッコミを入れる。
割とこの子のこういう所があたしは好きだ。
「では、エリカ。お前は可愛らしい物なのか?」
そして、天然というか何というか、私の上のお姉ちゃんは無茶振りだとは意図せずに、エリカになかなか難しい大喜利みたいな質問をした。
「し、しまった……」
「自爆ね……」
エリカは答えのハードルが上がったことに気付いて、困った顔をする。
「わ、私はですね……。チョコレートで出来たお家ですね……。甘い物が好きなので……」
エリカは汗をダラダラ流しながら、頓珍漢な答えを出した。
この子は墓穴を掘ることも多いのよね~。
「それって、可愛いのかしら? いや、エリカちゃんは可愛いんだけど、ていうかハンバーグの家じゃないのね」
「――うっさい」
あたしはエリカをフォローしたつもりだったが、彼女はムッとした顔でピシャリとあたしを黙らせた。
「ところで、まほ姉は何にするの?」
そして、まほ姉にこの流れでクリスマスのプレゼントは何が欲しいのか尋ねる。
まほ姉って、いつも予想外な答えを言うからな~。
「私か? いや、私のところにはサンタさんは来ないさ。今年の私の行いはお世辞にも良いものじゃなかったからな」
まほ姉の口から出たのは思いもよらない発言。
彼女は自分の所にサンタクロースは来ないと自嘲しながら口にする。
「「えっ?」」
あたしとエリカは不意打ちを食らって思わず絶句してしまった。
「だから、私には欲しいものなどないんだ」
「まほ姉……」
「隊長……」
まほ姉の寂しそうな顔を見てあたしとエリカは何とも言えない気分になる。
多分、優勝出来なかったり、みほ姉が居なくなったことを気に病んでいるんだろうけど……。
「ちょっと、聞いてないわよ。こんな展開……。話が違うじゃない」
「困ったわ……。まほ姉があそこまで気に病んでいるなんて思ってもいなかった……」
エリカが言いたいことは分かる。あたしはまほ姉は強い人だと勝手に勘違いしていた。
まさか、ここに来てまほ姉が自虐的になるなんて……。
ここはあたしが何とかしなきゃ……。
「どーすんのよ。これじゃ、隊長にプレゼント渡せないじゃない……」
「そ、そうね……。あたしもこのまま帰ったら母さんに何言われるか……。何とかしましょう……」
エリカとあたしは困った状況に直面してひそひそ話で作戦を練ろうとする。
まほ姉の欲しいものをここから聞き出すにはどうすれば良いんだろう?
「どうした? 二人とも……。お前たちは仲が良かったし、久しぶりに会って嬉しいのは分かるが……」
「いえ、何でもありません!」
まほ姉があたしたちの様子を見て変に感じてしまったらしく、何かあったのか尋ねてきたので、エリカはすぐにそれに対して答える。
それにしても、昔からよく小競り合いをしていたあたしとエリカを仲が良いって見てくれてたんだ。あたしはともかくエリカはどう思っているのやら……。
ここは合わせ技で行くか……。
「うん。何でもないよ。でも、まほ姉らしくないなぁ。サンタさんが来ないって勝手に決めつけるなんて。まだ決まった訳じゃないんだからさ、一応、何か欲しいものを考えた方が良いんじゃないかな? ねぇ? エリカ」
あたしは勝手な決めつけは良くないと、エリカに同意を求める。
もしサンタクロースが来たとしたら大変だと煽りながら。
「そ、そうですよ。万が一を想定して動けと教えてくれたのは隊長ではないですか」
エリカもあたしに合わせて、以前まほ姉が言った言葉を使いながら欲しいものを考えるように促した。
「そうか……。しかしだな、私が欲しいものは西住流に伝わる免許皆伝の者だけが扱えるという奥義書なんだ。とても今の私が頂ける物ではない」
まほ姉が口にしたのは“西住流の奥義書”。あれってクリスマスプレゼントにしても良いものだっけ?
「西住流の奥義書ですか……?」
「代々西住家に伝わってる秘伝書があるの。火の章、炎の章、焔の章、煉獄の章の四部構成になっていて、4冊とも母さんが持ってるはず……」
ピンと来ないエリカにあたしがそれが何なのか伝える。
「それなら……」
「うん……」
エリカは目でサインを送り、あたしはうなずく。取り敢えず、まほ姉が欲しいものは分かった。
後はそれを彼女にプレゼントするだけだ。
だが、しかし――。
「それに……、私は今年のクリスマスは寝るつもりはない。ずっと起きていて、サンタさんが来たらプレゼントを受け取ることを固辞するつもりだ……」
何とまほ姉はクリスマスの日に徹夜することを宣言する。
マジか……。まほ姉は生活習慣がしっかりとしてるから毎日早寝早起きなのに……。
彼女が訓練以外で深夜に起きてるところをあたしは見たことない。
「ね、寝ないのですか? 隊長、それはダメですよ。日々の生活習慣をしっかりとしなくては心身に悪影響が出てしまいます」
エリカはそんなまほ姉に徹夜は良くないと口にする。
あたしもそう思う。美容にも良くないし……。
何よりプレゼントを渡せないのは困る……。
「ふっ……、エリカは優しいな。そこまで気遣ってくれるなんて」
「ふわぁいっ! ありがとうございます!」
「ニヤけすぎ……」
しかし、エリカはまほ姉に微笑みかけられただけで陥落して、ニヤけてそれ以上文句を言わなかった。
「だが、もうこれは決めたことなんだ……。この日だけは私は眠らない。大丈夫だ。1日くらい寝なくて壊れるようなヤワな鍛え方はしてない」
まほ姉も意志が固いみたいで、絶対に寝ない気である。
うーん。何かいい手は? そうだ、こういうのはどうだ?
「まほ姉は頑固だからなぁ……。――そ、そうだ! せっかく冬休みなんだし、今度はまほ姉が大洗女子学園に来ない? みんなでクリスマスパーティーをするのよ。一人で起きてるよりもみんなと居た方が楽しいわよ」
あたしはまほ姉を大洗女子学園に誘ってみる。
冬休みなら、こっちに来てもらうことも出来ると思ったからだ。そして、こっちのホームなら何とか色んな手を使ってまほ姉を眠らせることが可能かもしれない。
「ちょっと、まみ! 隊長が大洗に行くわけないでしょ」
エリカはあたしにそんなツッコミを入れる。それは確かにそうなんだけど……。
「うむ。誘ってくれるのは嬉しいが……。お母様がそれは許さないだろう」
「はい。母さんからのメール」
あたしはその辺はきちんと根回ししている。つまり、まほ姉が決して逆らえない人物にメールで既にお伺いを立てているということだ。
『まほへ。おおあらいにいきなさい』
「お母様がどうして……? 行けと言われれば行くことはやぶさかではない……。それでは、今度のクリスマスは世話になろう。みほにも会えるしな」
まほ姉は母からのメールに困惑しながら、大洗女子学園の学園艦に来ることを了承する。
あとは作戦を練って、まほ姉にプレゼントを渡すだけだ。
「よしっ!」
「良しじゃないわよ。どうするの? プレゼント……」
小さくガッツポーズしていたあたしに対してエリカは小声でどうするつもりか聞いてくる。
彼女はまほ姉の事を心から想ってくれているみたいだ。
「パーティーのドサクサに紛れて渡してみせるわ。受取拒否なんてさせない」
あたしはパーティーを上手く利用してまほ姉にプレゼントを渡す計画を立てるつもりである。
「ふうん。で、私も一応は協力したんだから……」
「そうね。約束は守るわ。ほら、まほ姉の小さいときの写真」
それを聞いたエリカはあたしに約束の報酬を要求してきたので、あたしは約束どおりまほ姉の幼少期の写真を彼女に渡す。
まほ姉は用事があるからと言って、ちょうど部屋を出ていっていた。
「か、可愛い……。まるで、天使みたい」
すると彼女は恍惚とした表情でうっとりしながら、あたしの姉の写真を眺めていた。
うわぁ……。思った以上にだらしない表情……。
「あ、それみほ姉だったわ」
「くっ、目にゴミが入ってたみたい……。別に可愛くなんか……」
あたしが実は写真に写っているのはみほ姉だと言うと、エリカはイラッとした表情に素早く変わる。やっぱりわかりやすい子……。
「嘘……、本当はまほ姉だったりして」
「――あなた、良い死に方しないわよ」
あたしが本当はまほ姉だというとエリカはムッとした表情を見せたが、素早く写真をカバンに入れる。
「私が悪かった。許してくれ……。エリカ……」
「ちょ、ちょっと、それは反則よ」
あたしは黒髪のウィッグを身に着けて、まほ姉のモノマネをしながらエリカの銀髪を撫でる。
エリカはたじろいで文句を言うが抵抗はしない。
「どうした。その可愛い顔をもっと見せてくれ……」
「た、隊長……」
エリカはあたしの目を見て頬を桃色に染めていた。
あー、なんだろう。こう、抱きしめちゃいたくなるわー。
「なーにが、“た、隊長”よ。顔が真っ赤じゃない」
あたしはエリカの鼻を抓んで、顔が赤いことを指摘する。
「あなた、今から戦車に乗りなさい! 叩き潰してやる!」
するとエリカは昔みたいに直ぐにあたしに勝負を挑んできた。
割と本気だったみたいだから、あたしはさっさと黒森峰女学園から逃げ出していった。
よし、取り敢えず実家に戻って奥義書を手に入れておこうっと……。
◇ ◇
「ふぇっ!? お、お姉ちゃんがこっちに来るって本当!?」
綺麗に飾り付けをした、あたしたちの部屋のリビングで、みほ姉にまほ姉が大洗女子学園の学園艦に来ることを伝えると彼女は目を丸くして驚いた。
そりゃ驚くわよね。母のクリスマスだけは特別って意識が無かったら実現不可能だったと思うわ。
「本当だって、だから会長に手伝ってもらって生徒会のみんなでやるクリスマスパーティーと一緒にすることにしたんだ」
「まみ子とお姉ちゃんのお姉さんが来るんだったら、挨拶しときたいしねー。戦車道を復活させるにあたって、聞きたいこともあるし」
会長は黒森峰の隊長のまほ姉から戦車道について色々とアドバイスを貰いたいみたいなことを言っていた。
まぁ、同学年で隊長をやってるアンチョビさんやダージリンにも助言して貰ったりしてるみたいだけど……。
「でも、あまりパーティーで夜遅くになり過ぎると、サンタさんからプレゼントもらえなくなるから注意しなきゃ」
「何を言っているんだ。みほ。サンタクロースなど――。――ぶほっ! んんーっ、んー!」
みほ姉が真剣な顔をしてサンタクロースのことについて言及し、河嶋先輩がそれを否定しようと口を開く。
あたしは彼女がさっき話したことを聞いていなかったことに驚きながらも、とっさに彼女の口をふさいだ。
「へ? 河嶋先輩?」
「小山ーっ!」
みほ姉はキョトンという表情をして、会長はすべてを察して小山先輩の名前を叫ぶ。
「桃ちゃん。ちょっと、外に行こうか?」
「へっ? おい! 何がどうなってる? 桃ちゃん言うな! 離せ、柚子!」
河嶋先輩は小山先輩にズルズルと引きずられて部屋の外に出ていった。
ごめんなさい、河嶋先輩。でも、今日のイベントを成功させるにはみんなの力がいるんです……。
そんな中、沙織と華と麻子と優花里がやって来る。みんなでプレゼント交換をしようと決めていたので、それぞれ自らが選んだプレゼントを手にしていた。
そして――。
「まみはこの前に会ったばかりだが……。みほ、久しぶりだな。すっかり元気そうな顔になっているから、安心したよ」
あたしはまほ姉が学園艦に着いたという連絡を受けて彼女を連れて寮まで来た。
そして、みほ姉とまほ姉が対面する。
「お、お姉ちゃん……、あの、私……」
「気に病むことはない。お前たちは私が守ると決めたのだから。お前たちは自分の道を行け」
まほ姉はあたしとみほ姉の肩に手を置いて、自分たちの好きに生きろと声をかける。
まほ姉はあたしたちをいつも守ってくれた。あたしたちはいつもそんなまほ姉に甘えていた――。
「お姉ちゃん。でも、ごめんなさい。相談もせずに飛び出して……。きっと心配をかけたと思うから……」
「お前一人なら心配もしたが、まみも居るからな。きっと大丈夫だと信じていたさ」
まほ姉はニコリと微笑みながら、みほ姉の謝罪を受け流す。
こうして和やかな雰囲気のままクリスマスパーティーは開始された。
しかし、あたしたちはまだ知らない。今日のパーティーにとんでもないゲストが呼ばれていたことを――。
まほは良いお姉さんなのは揺るがないですね。リトルアーミーのまほは本当にカッコ良かった。姉としての覚悟が凄い。